Qtプログラミング徹底解説: QScrollBar::mouseReleaseEvent()の基本と応用
QScrollBar::mouseReleaseEvent()
は、Qtの QScrollBar
クラスが持つ仮想保護メンバ関数です。この関数は、スクロールバー上でマウスボタンが離されたときに呼び出されるイベントハンドラです。
イベントハンドラとしての役割
Qtでは、ユーザーからの入力(マウス操作、キーボード操作など)を「イベント」として扱います。mouseReleaseEvent
は、マウスボタンが離されるという特定のマウスイベントを処理するために用意されています。
仮想関数であること
virtual
キーワードが付いているため、QScrollBar
を継承したカスタムスクロールバーを作成する際に、この関数をオーバーライド(再実装)して、独自の動作を追加することができます。例えば、マウスボタンが離されたときに特別な処理を実行したい場合に利用します。
QMouseEvent *e 引数
この関数は QMouseEvent *e
という引数を取ります。QMouseEvent
オブジェクトには、イベントが発生した際のマウスの位置、どのボタンが離されたか(左クリック、右クリックなど)、どのモディファイアキー(Shift, Ctrlなど)が押されていたか、といった詳細な情報が含まれています。これらの情報を使って、マウスイベントに応じたきめ細やかな処理を行うことができます。
典型的な使用例
通常、スクロールバーのドラッグ操作は、mousePressEvent
(マウスボタンが押されたとき)で開始され、mouseMoveEvent
(マウスがドラッグされている間)でスクロール位置が更新され、そして mouseReleaseEvent
(マウスボタンが離されたとき)でドラッグ操作が完了します。mouseReleaseEvent
は、ドラッグ終了後の最終的な状態の調整や、関連するシグナル(例: sliderReleased()
)の発行などの内部処理に使われます。
QAbstractSlider からの継承とシグナル
QScrollBar
は QAbstractSlider
クラスを継承しており、QAbstractSlider
は sliderReleased()
というシグナルを持っています。通常、ユーザーがスクロールバーのツマミ(スライダー)を離したときには、この sliderReleased()
シグナルが発せられます。mouseReleaseEvent
は、このシグナルが発せられる内部的なメカニズムの一部として機能しています。直接 mouseReleaseEvent
をオーバーライドするよりも、sliderReleased()
シグナルにスロットを接続する方がQtの設計思想に沿っており、推奨されることが多いです。
void QScrollBar::mouseReleaseEvent()
に関連するよくあるエラーとトラブルシューティング
QScrollBar::mouseReleaseEvent()
は、通常、カスタムウィジェットでマウスイベントを処理する際にオーバーライドされることが多い関数です。しかし、正しく実装されていない場合、意図した動作が得られないことがあります。
イベントがまったく発火しない、または期待通りに呼び出されない
-
原因4:
Q_OBJECT
マクロの欠落(カスタムクラスの場合)- 説明
シグナル/スロット機構やイベントハンドラなどのQtのメタオブジェクトシステムを利用するカスタムクラス(QObject
やその派生クラス)では、クラス定義にQ_OBJECT
マクロを含める必要があります。これが欠落していると、イベントハンドラが正しくディスパッチされないことがあります。 - トラブルシューティング
QScrollBar
を継承したカスタムクラスのヘッダーファイルにQ_OBJECT
マクロが存在することを確認し、プロジェクトをクリーンビルド(再構築)してください。
- 説明
-
原因3:
QWidget
のイベントポリシーの問題- 説明
ウィジェットのイベントポリシーが正しく設定されていない場合、イベントが期待通りに処理されないことがあります。特に、setEnabled(false)
に設定されているウィジェットはマウスイベントを受け取りません。 - トラブルシューティング
QScrollBar
オブジェクトが有効(isEnabled()
がtrue
)になっていることを確認してください。
- 説明
-
原因2: 他のウィジェットがイベントを「消費」している
- 説明
マウスイベントは、カーソル下の最も具体的なウィジェットから順に、親ウィジェットへと伝播します。もし、QScrollBar
の上や手前に別のウィジェットがあり、そのウィジェットがマウスイベントを処理してevent->accept()
を呼び出している場合、QScrollBar
にイベントが到達しないことがあります。 - トラブルシューティング
- UIのレイアウトを確認し、
QScrollBar
を覆い隠すようなウィジェットがないか確認してください。 eventFilter()
を使用して、親ウィジェットや他のウィジェットがイベントを横取りしていないかデバッグしてみてください。
- UIのレイアウトを確認し、
- 説明
-
- 説明
Qtのイベント伝播メカニズムでは、mouseReleaseEvent
が発火するためには、通常、対応するmousePressEvent
がそのウィジェットで受け入れられている(event->accept()
が呼び出されている)必要があります。mousePressEvent
でイベントを受け入れないと、Qtはイベントを親ウィジェットに伝播させようとするため、子ウィジェットのmouseReleaseEvent
が呼び出されないことがあります。 - トラブルシューティング
QScrollBar
を継承したクラスでmousePressEvent
もオーバーライドし、その中でevent->accept()
を呼び出しているか確認してください。- カスタムウィジェットの場合、
setMouseTracking(true)
を設定している場合でも、mousePressEvent
でイベントを受け入れることが重要です。
- 説明
イベントが複数回発火する
-
原因2: イベントフィルターとの重複
- 説明
eventFilter()
を使ってイベントを処理している場合と、mouseReleaseEvent()
をオーバーライドしている場合で、両方で同じイベントを処理しようとすると、イベントが重複して処理されることがあります。 - トラブルシューティング
イベント処理のロジックを見直し、イベントが一度だけ処理されるように設計してください。
- 説明
-
原因1: 親クラスの
mouseReleaseEvent
を呼び出していない- 説明
mouseReleaseEvent
をオーバーライドした場合、通常はオーバーライドした関数の最後に親クラスの同名の関数(例:QScrollBar::mouseReleaseEvent(e);
)を呼び出すべきです。これを怠ると、Qtの内部処理が適切に行われず、予期しない動作やイベントの重複が発生することがあります。 - トラブルシューティング
オーバーライドしたmouseReleaseEvent
の中で、必ず親クラスのmouseReleaseEvent(e)
を呼び出してください。
- 説明
マウスの位置情報が正しくない
- 原因: グローバル座標とローカル座標の混同
- 説明
QMouseEvent
オブジェクトから取得できるマウスの位置情報(e->pos()
やe->globalPos()
)には、ウィジェットのローカル座標とスクリーン全体のグローバル座標があります。これらを混同すると、意図しない位置で処理が行われることがあります。 - トラブルシューティング
- ウィジェット内での相対位置が必要な場合は
e->pos()
を使用します。 - スクリーン全体での絶対位置が必要な場合は
e->globalPos()
を使用します。 - 必要に応じて
mapToGlobal()
やmapFromGlobal()
を使用して座標変換を行ってください。
- ウィジェット内での相対位置が必要な場合は
- 説明
メモリリークやクラッシュ
- 原因:
QMouseEvent *e
の不適切な利用- 説明
QMouseEvent *e
はQtがイベントを生成し、そのハンドラに渡す一時的なオブジェクトです。このポインタが指すメモリを解放しようとしたり、イベントハンドラのスコープ外でポインタを使用したりすると、未定義の動作やクラッシュを引き起こす可能性があります。 - トラブルシューティング
QMouseEvent *e
は参照専用として扱い、そのポインタが指すデータを変更したり、delete
を呼び出したりしないでください。
- 説明
-
Qtドキュメントの参照
常に最新のQtドキュメント(QScrollBar
,QMouseEvent
,QWidget::event()
,QWidget::mouseReleaseEvent()
など)を参照し、イベントシステムに関する詳細な振る舞いを理解することが重要です。 -
イベントフィルタの利用
特定のウィジェットのイベントが期待通りに届かない場合、そのウィジェットの親ウィジェットやアプリケーション全体にイベントフィルタをインストールして、イベントの伝播状況を監視することができます。// メインウィンドウなどで bool MyMainWindow::eventFilter(QObject *obj, QEvent *event) { if (event->type() == QEvent::MouseButtonRelease) { QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event); qDebug() << "Event Filter: Mouse release on" << obj->objectName() << "at" << mouseEvent->pos(); } return QMainWindow::eventFilter(obj, event); } // MyMainWindowのコンストラクタなどで myScrollBar->installEventFilter(this);
-
qDebug() を使ったデバッグ
mouseReleaseEvent()
の冒頭や特定の処理の前後でqDebug()
を挿入し、イベントがいつ、どのウィジェットで発火しているか、QMouseEvent
の情報(位置、ボタンなど)が正しいかを確認することが非常に有効です。void MyCustomScrollBar::mouseReleaseEvent(QMouseEvent *e) { qDebug() << "Mouse released on MyCustomScrollBar at local pos:" << e->pos() << "global pos:" << e->globalPos() << "button:" << e->button(); // 必要な処理 // 親クラスのイベントハンドラを呼び出すことを忘れない QScrollBar::mouseReleaseEvent(e); }
void QScrollBar::mouseReleaseEvent()
のプログラミング例
QScrollBar::mouseReleaseEvent()
は、QScrollBar
を継承したカスタムスクロールバーを作成し、マウスボタンが離されたときに特別な処理を実行したい場合にオーバーライドして使用します。
ここでは、単純なカスタムスクロールバーを作成し、マウスボタンが離されたときにデバッグメッセージを出力する例を示します。
ヘッダーファイル (mycustomscrollbar.h)
まず、QScrollBar
を継承したクラスを定義します。
#ifndef MYCUSTOMSCROLLBAR_H
#define MYCUSTOMSCROLLBAR_H
#include <QScrollBar>
#include <QMouseEvent> // QMouseEvent を使用するために必要
#include <QDebug> // デバッグ出力のために必要
class MyCustomScrollBar : public QScrollBar
{
Q_OBJECT // Qtのメタオブジェクトシステムを使用するために必要
public:
explicit MyCustomScrollBar(QWidget *parent = nullptr);
MyCustomScrollBar(Qt::Orientation orientation, QWidget *parent = nullptr);
protected:
// mouseReleaseEvent をオーバーライド
void mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event) override;
// mousePressEvent もオーバーライドして、イベントが正しく受け入れられるようにする (推奨)
void mousePressEvent(QMouseEvent *event) override;
};
#endif // MYCUSTOMSCROLLBAR_H
ソースファイル (mycustomscrollbar.cpp)
次に、定義したクラスの各関数を実装します。
#include "mycustomscrollbar.h"
MyCustomScrollBar::MyCustomScrollBar(QWidget *parent)
: QScrollBar(parent)
{
// コンストラクタで初期設定が必要な場合
// 例: スクロールバーの範囲やステップ値
setRange(0, 100);
setPageStep(10);
setSingleStep(1);
setObjectName("myCustomScrollBar"); // デバッグなどで識別しやすくするため
}
MyCustomScrollBar::MyCustomScrollBar(Qt::Orientation orientation, QWidget *parent)
: QScrollBar(orientation, parent)
{
// 方向を指定するコンストラクタ
setRange(0, 100);
setPageStep(10);
setSingleStep(1);
setObjectName("myCustomScrollBar");
}
// mouseReleaseEvent の実装
void MyCustomScrollBar::mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event)
{
// どのマウスボタンが離されたかを確認
if (event->button() == Qt::LeftButton) {
qDebug() << "MyCustomScrollBar: Left mouse button released!";
qDebug() << " Local position:" << event->pos();
qDebug() << " Global position:" << event->globalPos();
qDebug() << " Current scroll value:" << value(); // スクロールバーの現在の値
} else if (event->button() == Qt::RightButton) {
qDebug() << "MyCustomScrollBar: Right mouse button released!";
}
// ★重要★
// 必ず親クラスの mouseReleaseEvent を呼び出す
// これを忘れると、スクロールバーの通常の動作(ツマミの追従など)が失われる可能性があります。
QScrollBar::mouseReleaseEvent(event);
}
// mousePressEvent の実装 (mouseReleaseEvent が正しく機能するために推奨)
void MyCustomScrollBar::mousePressEvent(QMouseEvent *event)
{
qDebug() << "MyCustomScrollBar: Mouse button pressed!";
// イベントを受け入れることで、このウィジェットが後続のマウスイベント(mouseReleaseEventなど)を処理することをQtに伝えます。
event->accept();
// 親クラスのイベントハンドラを呼び出す
QScrollBar::mousePressEvent(event);
}
メインウィンドウ (mainwindow.h, mainwindow.cpp) と main.cpp
カスタムスクロールバーをアプリケーションで使用する例です。
mainwindow.h
#ifndef MAINWINDOW_H
#define MAINWINDOW_H
#include <QMainWindow>
#include <QVBoxLayout> // レイアウトのために必要
#include "mycustomscrollbar.h" // カスタムスクロールバーのヘッダーをインクルード
class MainWindow : public QMainWindow
{
Q_OBJECT
public:
MainWindow(QWidget *parent = nullptr);
~MainWindow();
private:
MyCustomScrollBar *verticalScrollBar;
MyCustomScrollBar *horizontalScrollBar;
QWidget *centralWidget;
QVBoxLayout *mainLayout;
};
#endif // MAINWINDOW_H
mainwindow.cpp
#include "mainwindow.h"
#include <QApplication>
#include <QLabel> // 例としてラベルを追加
MainWindow::MainWindow(QWidget *parent)
: QMainWindow(parent)
{
centralWidget = new QWidget(this);
setCentralWidget(centralWidget);
mainLayout = new QVBoxLayout(centralWidget);
QLabel *infoLabel = new QLabel("スクロールバーを操作し、コンソール出力を確認してください。", this);
infoLabel->setAlignment(Qt::AlignCenter);
mainLayout->addWidget(infoLabel);
// カスタム縦スクロールバーの作成
verticalScrollBar = new MyCustomScrollBar(Qt::Vertical, this);
verticalScrollBar->setRange(0, 500); // 適当な範囲を設定
verticalScrollBar->setPageStep(50);
verticalScrollBar->setSingleStep(10);
mainLayout->addWidget(verticalScrollBar);
// カスタム横スクロールバーの作成
horizontalScrollBar = new MyCustomScrollBar(Qt::Horizontal, this);
horizontalScrollBar->setRange(0, 500);
horizontalScrollBar->setPageStep(50);
horizontalScrollBar->setSingleStep(10);
mainLayout->addWidget(horizontalScrollBar);
setWindowTitle("Custom QScrollBar Example");
resize(400, 300);
}
MainWindow::~MainWindow()
{
}
main.cpp
#include <QApplication>
#include "mainwindow.h"
int main(int argc, char *argv[])
{
QApplication a(argc, argv);
MainWindow w;
w.show();
return a.exec();
}
プロジェクトの構築と実行
- 上記のファイルをそれぞれ作成し、Qt CreatorなどのIDEでQt Widgets Applicationプロジェクトとして構成します。
.pro
ファイルにQT += widgets
が含まれていることを確認してください。- プロジェクトをビルドして実行します。
アプリケーションが起動したら、表示されたカスタムスクロールバーのツマミをドラッグし、マウスボタンを離してみてください。アプリケーションのコンソール(出力)に、mouseReleaseEvent
が呼び出されたことを示すデバッグメッセージが表示されるはずです。
- MyCustomScrollBar クラス
QScrollBar
を直接継承しています。Q_OBJECT
マクロは、シグナル/スロットやイベントハンドラのオーバーライドなど、Qtのメタオブジェクト機能を使用するために必須です。- コンストラクタは、親ウィジェットやスクロールバーの方向を設定します。
mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event) override;
: これが今回焦点を当てている関数です。override
キーワードは、基底クラスの仮想関数をオーバーライドしていることを明示し、コンパイル時のエラーチェックに役立ちます。mousePressEvent(QMouseEvent *event) override;
:mouseReleaseEvent
が確実に発火するように、mousePressEvent
もオーバーライドし、その中でevent->accept()
を呼び出しています。これにより、このウィジェットがマウスプレスイベントを受け入れたとQtに伝わり、その後のマウスリリースイベントもこのウィジェットにディスパッチされるようになります。- デバッグ出力 (qDebug())
qDebug()
を使って、mouseReleaseEvent
がいつ呼び出されたか、どのマウスボタンが離されたか、イベントが発生したローカル座標とグローバル座標、現在のスクロールバーの値などをコンソールに出力しています。これにより、イベントの発生状況を視覚的に確認できます。 - QScrollBar::mouseReleaseEvent(event); の呼び出し
最も重要な点です。カスタムの処理を行った後、必ず親クラスのmouseReleaseEvent
を呼び出す必要があります。これを怠ると、QScrollBar
の基本的な動作(ツマミの移動状態の更新、sliderReleased()
シグナルの発行など)が適切に行われなくなり、スクロールバーが正常に機能しなくなる可能性があります。
QAbstractSlider::sliderReleased() シグナルを利用する (推奨)
これは、mouseReleaseEvent()
を直接オーバーライドするよりも、Qtの設計思想に合致した最も一般的な方法です。QScrollBar
は QAbstractSlider
を継承しており、QAbstractSlider
にはスライダーがマウスによってリリースされたときに発行される sliderReleased()
シグナルが用意されています。
-
使用例
#include <QApplication> #include <QMainWindow> #include <QScrollBar> #include <QVBoxLayout> #include <QLabel> #include <QDebug> class MyWindow : public QMainWindow { Q_OBJECT public: MyWindow(QWidget *parent = nullptr) : QMainWindow(parent) { QWidget *centralWidget = new QWidget(this); setCentralWidget(centralWidget); QVBoxLayout *layout = new QVBoxLayout(centralWidget); QScrollBar *scrollBar = new QScrollBar(Qt::Horizontal, this); scrollBar->setRange(0, 100); layout->addWidget(scrollBar); QLabel *statusLabel = new QLabel("スクロールバーを操作してください。", this); layout->addWidget(statusLabel); // sliderReleased() シグナルを独自のスロットに接続 connect(scrollBar, &QScrollBar::sliderReleased, this, [=]() { qDebug() << "QScrollBar::sliderReleased() emitted! Current value:" << scrollBar->value(); statusLabel->setText(QString("スライダーがリリースされました。現在の値: %1").arg(scrollBar->value())); }); // 必要であれば、valueChanged() や sliderMoved() も接続できる connect(scrollBar, &QScrollBar::valueChanged, this, [=](int value) { // スクロールバーの値が変更されるたびに呼び出される // トラッキングが有効な場合はドラッグ中も呼び出される // qDebug() << "Value changed to:" << value; }); connect(scrollBar, &QScrollBar::sliderMoved, this, [=](int position) { // スライダーがドラッグ中に移動するたびに呼び出される // qDebug() << "Slider moved to position:" << position; }); setWindowTitle("Slider Released Example"); resize(300, 200); } }; int main(int argc, char *argv[]) { QApplication a(argc, argv); MyWindow w; w.show(); return a.exec(); } #include "main.moc" // Qt Creatorが自動生成するmocファイルへのインクルード
この方法では、
QScrollBar
のインスタンスに対してsliderReleased()
シグナルを監視し、スロットで処理を実行します。これが最もQtのイベント処理の慣習に沿った方法です。 -
欠点
mouseReleaseEvent
が提供するQMouseEvent
オブジェクトの情報(マウスの位置や離されたボタンなど)は直接取得できない。必要であれば、sliderReleased()
シグナルが発行された時点でのスクロールバーのvalue()
やsliderPosition()
を取得することは可能。
-
- Qtの標準的なシグナル/スロットメカニズムを使用するため、コードがクリーンで理解しやすい。
- カスタムスクロールバーを作成する必要がなく、既存の
QScrollBar
インスタンスにスロットを接続するだけでよい。 QScrollBar
の内部的なマウスイベント処理に影響を与えることなく、リリース時の動作を追加できる。
QObject::eventFilter() を利用する
eventFilter()
は、特定のウィジェットに届くすべてのイベントを監視・処理するための強力なメカニズムです。ウィジェットのイベントハンドラをオーバーライドしたくない場合や、複数のウィジェットのイベントを一箇所で処理したい場合に有効です。
-
使用例
#include <QApplication> #include <QMainWindow> #include <QScrollBar> #include <QVBoxLayout> #include <QLabel> #include <QEvent> #include <QMouseEvent> #include <QDebug> class MyEventFilter : public QObject { Q_OBJECT public: explicit MyEventFilter(QLabel *label, QObject *parent = nullptr) : QObject(parent), m_statusLabel(label) {} protected: bool eventFilter(QObject *obj, QEvent *event) override { if (obj->inherits("QScrollBar") && event->type() == QEvent::MouseButtonRelease) { QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event); QScrollBar *scrollBar = qobject_cast<QScrollBar*>(obj); if (scrollBar && mouseEvent->button() == Qt::LeftButton) { qDebug() << "Event Filter: Left mouse button released on QScrollBar!"; qDebug() << " Local position:" << mouseEvent->pos(); qDebug() << " Global position:" << mouseEvent->globalPos(); m_statusLabel->setText(QString("フィルタ経由でスライダーがリリースされました。現在の値: %1").arg(scrollBar->value())); // イベントを消費しない場合、return QObject::eventFilter(obj, event); // イベントを消費する場合、return true; // ここでは、スクロールバーの通常の動作も継続させたいので false を返します。 return false; } } return QObject::eventFilter(obj, event); } private: QLabel *m_statusLabel; }; class MyWindowWithFilter : public QMainWindow { Q_OBJECT public: MyWindowWithFilter(QWidget *parent = nullptr) : QMainWindow(parent) { QWidget *centralWidget = new QWidget(this); setCentralWidget(centralWidget); QVBoxLayout *layout = new QVBoxLayout(centralWidget); QScrollBar *scrollBar = new QScrollBar(Qt::Horizontal, this); scrollBar->setRange(0, 100); layout->addWidget(scrollBar); QLabel *statusLabel = new QLabel("スクロールバーを操作してください。", this); layout->addWidget(statusLabel); // イベントフィルタをインストール MyEventFilter *filter = new MyEventFilter(statusLabel, this); scrollBar->installEventFilter(filter); setWindowTitle("Event Filter Example"); resize(300, 200); } }; int main(int argc, char *argv[]) { QApplication a(argc, argv); MyWindowWithFilter w; w.show(); return a.exec(); } #include "main.moc"
-
欠点
- イベントの種類を自分でチェックする必要がある。
- イベントフィルタのロジックが複雑になると、可読性が低下する可能性がある。
-
利点
- 元のウィジェットのクラスを継承したり変更したりする必要がない。
- 単一のフィルタオブジェクトで複数のウィジェットのイベントを処理できる。
- イベントを「消費」して、それ以上伝播させないことも可能(
return true;
)。
QAbstractSlider::isSliderDown() と QScrollBar::valueChanged() を組み合わせる
QScrollBar
は QAbstractSlider
を継承しており、isSliderDown()
というプロパティを持っています。これは、スライダーがユーザーによって押されているかどうかを示します。sliderReleased()
シグナルがない古いQtバージョンを使っている場合や、より低レベルな状態変化を監視したい場合にこの組み合わせが考えられます。
-
使用例
#include <QApplication> #include <QMainWindow> #include <QScrollBar> #include <QVBoxLayout> #include <QLabel> #include <QDebug> class MyWindowWithIsSliderDown : public QMainWindow { Q_OBJECT public: MyWindowWithIsSliderDown(QWidget *parent = nullptr) : QMainWindow(parent) { QWidget *centralWidget = new QWidget(this); setCentralWidget(centralWidget); QVBoxLayout *layout = new QVBoxLayout(centralWidget); QScrollBar *scrollBar = new QScrollBar(Qt::Horizontal, this); scrollBar->setRange(0, 100); // tracking を false に設定すると、valueChanged() はスライダーがリリースされたときのみ発行される // ただし、他の方法(キーボード操作など)でも発行されるため、isSliderDown() との組み合わせが重要 // scrollBar->setTracking(false); // 通常はデフォルトでtrueなので注意 layout->addWidget(scrollBar); QLabel *statusLabel = new QLabel("スクロールバーを操作してください。", this); layout->addWidget(statusLabel); // valueChanged() シグナルにスロットを接続 connect(scrollBar, &QScrollBar::valueChanged, this, [=](int value) { // スライダーが現在押されていない(リリースされた)場合にのみ処理を実行 // isSliderDown() が false になるのは、マウスボタンが離された瞬間。 if (!scrollBar->isSliderDown()) { qDebug() << "QScrollBar::valueChanged() emitted and slider is NOT down. Value:" << value; statusLabel->setText(QString("スライダーがリリースされました(isSliderDown)。現在の値: %1").arg(value)); } else { // ドラッグ中はここが実行される(trackingがtrueの場合) qDebug() << "QScrollBar::valueChanged() emitted while slider IS down. Value:" << value; } }); setWindowTitle("isSliderDown Example"); resize(300, 200); } }; int main(int argc, char *argv[]) { QApplication a(argc, argv); MyWindowWithIsSliderDown w; w.show(); return a.exec(); } #include "main.moc"
-
欠点
isSliderDown()
は状態であり、イベントではないため、変化を検出するにはvalueChanged()
シグナルと組み合わせる必要がある。valueChanged()
は、tracking
プロパティの設定によってはドラッグ中も常に発行されるため、isSliderDown()
の状態チェックを毎回行う必要がある。
-
利点
- カスタムオーバーライドやイベントフィルタなしで、Qtの既存のメカニズムを再利用できる。
- レガシーな方法や状態変化を監視したい場合
isSliderDown()
プロパティとvalueChanged()
シグナルを組み合わせる。ただし、ロジックが少し複雑になる可能性がある。 - 既存のウィジェットのイベントを監視したい場合
QObject::eventFilter()
を利用する。ウィジェットのソースコードを変更できない場合や、複数のウィジェットのイベントを一元的に管理したい場合に便利。 - クラスのカスタマイズが必要な場合
mouseReleaseEvent()
をオーバーライドする。ただし、親クラスの呼び出しを忘れず、mousePressEvent()
でイベントを受け入れるようにする必要がある。マウスイベントの詳細な情報(位置、ボタンなど)が必要な場合に適している。 - 最も推奨される方法
QAbstractSlider::sliderReleased()
シグナルを利用する。Qtの標準的なシグナル&スロットシステムに最も合致しており、カスタムオーバーライドやイベントフィルタの複雑さを避けられる。