Qtでスクロールバーを究極にカスタマイズ!mouseMoveEvent()の代替手法

2025-05-26

QScrollBar::mouseMoveEvent() とは

QScrollBar::mouseMoveEvent(QMouseEvent *event) は、QtのウィジェットであるQScrollBarクラスの仮想保護関数です。この関数は、ユーザーがスクロールバー上でマウスを移動させたときにQtのイベントシステムによって自動的に呼び出されます。

より具体的に言うと、以下の役割と特徴があります。

  • 引数 QMouseEvent *event: マウスイベントに関する詳細な情報が格納されたQMouseEventオブジェクトへのポインタを受け取ります。このオブジェクトには、マウスカーソルの現在位置、押されているボタンの状態、修飾キー(Shift, Ctrlなど)の状態などが含まれています。
  • 保護関数: 直接アプリケーションコードから呼び出すことは通常ありません。Qtの内部イベントループによって適切なタイミングで呼び出されます。
  • 仮想関数: QWidget::mouseMoveEvent()を再実装(オーバーライド)しています。つまり、QScrollBarQWidgetからこのイベント処理のメカニズムを継承し、スクロールバー固有の動作を行うために独自の実装を持っています。
  • イベントハンドラ: マウスの移動イベント(QEvent::MouseMove)を処理するためのハンドラ(処理関数)です。

QScrollBarにおけるmouseMoveEventの役割

QScrollBarは、ユーザーがスクロールバーのつまみ(thumb)をドラッグしてコンテンツをスクロールするために使用されます。mouseMoveEventは、このドラッグ操作において非常に重要な役割を果たします。

  1. つまみの移動: ユーザーがスクロールバーのつまみ部分をマウスでクリックし、ボタンを押したままマウスを移動させると、QScrollBarmouseMoveEventを受け取ります。
  2. 新しい値の計算: QScrollBarは、受け取ったマウスの移動量に基づいて、スクロールバーの新しい値(value)を計算します。例えば、垂直スクロールバーであれば、マウスが下に移動するにつれて値が増加します。
  3. シグナルの発行: 新しい値が計算されると、QScrollBarvalueChanged()シグナルを発行します。このシグナルは、スクロールバーの値が変更されたことを他のオブジェクトに通知するために使用されます。通常、このシグナルに接続されたスロットが、関連するコンテンツ(テキストエリア、ビューなど)の表示を更新します。
  4. 画面の再描画: スクロールバー自体も、つまみの位置が変更されたことを反映するために再描画されます。

通常、QScrollBarの標準的な動作で十分なため、mouseMoveEventを自分で再実装する必要はありません。しかし、もしQScrollBarの標準的なマウス移動による振る舞いを変更したい場合や、独自のカスタムスクロールバーを作成する場合には、QScrollBarを継承したクラスでprotected:セクションにmouseMoveEventをオーバーライドして、独自のロジックを記述することができます。

#include <QScrollBar>
#include <QMouseEvent>
#include <QDebug> // デバッグ出力用

class MyCustomScrollBar : public QScrollBar
{
    Q_OBJECT

public:
    MyCustomScrollBar(QWidget *parent = nullptr) : QScrollBar(parent) {}

protected:
    // mouseMoveEventをオーバーライド
    void mouseMoveEvent(QMouseEvent *event) override
    {
        // 親クラスのmouseMoveEventを呼び出し、標準のスクロールバー動作を維持
        QScrollBar::mouseMoveEvent(event);

        // ここに独自の処理を追加できます
        // 例: マウスのX座標をデバッグ出力
        qDebug() << "Mouse moved on MyCustomScrollBar at X:" << event->position().x()
                 << ", Y:" << event->position().y();

        // 特定の条件で、スクロールバーの値を強制的に変更するなどの処理も可能
        // if (event->button() == Qt::LeftButton) {
        //     setValue(minimum() + (maximum() - minimum()) * event->position().x() / width());
        // }
    }
};


QScrollBar::mouseMoveEvent()は、Qtのイベントシステムによって内部的に管理されることがほとんどで、開発者が直接この関数を呼び出したり、頻繁にオーバーライドしたりする機会は多くありません。そのため、この関数自体に直接起因するバグは少ないですが、マウスイベント全般や、QScrollBarの動作をカスタマイズしようとした際に発生しやすい問題がいくつかあります。

mouseMoveEventが期待通りに呼び出されない(マウス追跡が無効な場合)

問題: QScrollBar(または任意のQWidget)でmouseMoveEventをオーバーライドしたが、マウスボタンが押されていないときにマウスを移動してもイベントが発行されない。

原因: デフォルトでは、QWidget(したがってQScrollBarも)は、マウスボタンが押されている間のみmouseMoveEventを受け取ります。これは「マウス追跡(Mouse Tracking)」が無効になっているためです。

トラブルシューティング: マウスボタンが押されていないときにもマウス移動イベントを受け取るには、ウィジェットのsetMouseTracking(true)を呼び出す必要があります。

// スクロールバーのコンストラクタや初期化時に設定
MyCustomScrollBar::MyCustomScrollBar(QWidget *parent) : QScrollBar(parent)
{
    setMouseTracking(true); // これにより、ボタンが押されていなくてもmouseMoveEventが発行されます
}

void MyCustomScrollBar::mouseMoveEvent(QMouseEvent *event)
{
    if (mouseTracking()) {
        // マウスが動くだけでイベントを受け取る場合の処理
        qDebug() << "Mouse moved at:" << event->pos();
    } else {
        // 通常のドラッグ操作の場合の処理(ボタンが押されている時)
        QScrollBar::mouseMoveEvent(event); // 親クラスの処理も呼び出す
    }
}

イベントが他のウィジェットに「消費」されてしまう

問題: QScrollBarを含むQScrollAreaなどの親ウィジェットや、QScrollBarの上に配置された他のウィジェットがマウスイベントを先に処理してしまい、QScrollBarmouseMoveEventが呼び出されない、または意図したように動作しない。

原因: Qtのイベント伝播メカニズムにより、イベントは特定の順序でウィジェットにディスパッチされます。子ウィジェットがイベントを受け取った場合、そのイベントをaccept()すると、親ウィジェットには伝播されません。逆にignore()すると親に伝播されます。QScrollBarがマウスイベントを消費しているために、その下のウィジェットがイベントを受け取れない、といったケースも考えられます。

トラブルシューティング:

  • イベントの受け入れ/無視の確認: カスタムでmouseMoveEventをオーバーライドしている場合、必要に応じてevent->accept()event->ignore()を呼び出すことで、イベントがさらに伝播するかどうかを明示的に制御できます。
  • イベントフィルターの利用: 特定のウィジェットにイベントフィルターをインストールし、イベントが対象のウィジェットにディスパッチされる前に処理したり、event->ignore()event->accept()を使ってイベントの伝播を制御したりします。
    // 親ウィジェットのイベントフィルターをインストールする例
    // MyParentWidget::MyParentWidget()
    // {
    //     myScrollBar->installEventFilter(this);
    // }
    
    // bool MyParentWidget::eventFilter(QObject *watched, QEvent *event)
    // {
    //     if (watched == myScrollBar && event->type() == QEvent::MouseMove) {
    //         QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event);
    //         // ここで独自の処理を行い、必要に応じてイベントを無視または受け入れる
    //         // return true でイベント消費、return false で伝播を続行
    //         qDebug() << "Filtered mouse move on scroll bar at:" << mouseEvent->pos();
    //         return false; // スクロールバー自体にもイベントを渡す
    //     }
    //     return QWidget::eventFilter(watched, event);
    // }
    

mousePressEventなしにmouseMoveEventで状態変更を行おうとする

問題: マウスボタンが押されていない状態でのmouseMoveEventで、スクロールバーのドラッグ状態や値の変更などのロジックを直接実行してしまう。

原因: QScrollBarの一般的なドラッグ操作は、mousePressEventでドラッグ開始を検知し、mouseMoveEventで移動中に値を更新し、mouseReleaseEventでドラッグ終了を検知するという流れで行われます。setMouseTracking(true)にしている場合、mouseMoveEventはボタンが押されていなくても常に発行されるため、このイベントだけで状態変更を行うと意図しない動作(例:マウスが動くだけでスクロールバーが動く)が発生します。

トラブルシューティング: mouseMoveEvent内で、event->buttons()メソッドを使用して、現在どのマウスボタンが押されているかを確認し、適切な場合にのみ処理を実行します。

void MyCustomScrollBar::mouseMoveEvent(QMouseEvent *event)
{
    if (event->buttons() & Qt::LeftButton) {
        // 左クリックしながらドラッグしている場合の処理
        // 例: つまみの位置を更新するロジック
        // QScrollBar::mouseMoveEvent(event); // 親の動作も維持する場合
    } else {
        // ボタンが押されていない、または別のボタンが押されている場合の処理
        // QScrollBar::mouseMoveEvent(event); // 親の動作も維持する場合
    }
}

QScrollBar::mouseMoveEventをオーバーライドしたが、標準のスクロールバー動作が失われた

問題: QScrollBar::mouseMoveEvent()をオーバーライドした結果、スクロールバーのつまみをドラッグしても動かなくなったり、クリックしてもページスクロールしなくなったりする。

原因: オーバーライドした関数内で、親クラス(QScrollBar)のmouseMoveEventを呼び出していないため、QScrollBarの持つ標準的なドラッグ処理や値の更新ロジックが実行されません。

トラブルシューティング: カスタムロジックを追加する場合でも、通常はオーバーライドした関数の最初に親クラスの同名関数を呼び出すようにします。これにより、標準の動作を維持しつつ、独自の処理を追加できます。

void MyCustomScrollBar::mouseMoveEvent(QMouseEvent *event)
{
    QScrollBar::mouseMoveEvent(event); // ★これがないと標準動作が失われます

    // ここに独自の追加処理を記述
    // 例: マウスの位置に応じて特定のUI要素をハイライトするなど
}

スクロールバーの値が正常に更新されない(特にQScrollArea内でのカスタムウィジェット)

問題: QScrollArea内にカスタムウィジェットを配置し、そのカスタムウィジェット内でmouseMoveEventを使ってコンテンツをパン(移動)させようとしているが、スクロールバーが追従しない。

原因: QScrollAreaのスクロールバーは、ビューポート内のウィジェットのサイズと位置に基づいて自動的に調整されます。カスタムウィジェット内でコンテンツを移動させるだけでは、QScrollAreaがその変更を認識せず、スクロールバーの範囲や位置を更新しません。

トラブルシューティング:

  • QScrollAreasetWidgetResizable(true): QScrollAreaが内部のウィジェットのサイズ変更に反応して自動的にスクロールバーを調整するようにするには、QScrollArea::setWidgetResizable(true)を設定します。これにより、ビューポート内のウィジェットが大きくなると、それに応じてスクロールバーも表示・調整されます。
  • スクロールバーの値を直接設定: カスタムウィジェットのmouseMoveEvent内で計算したオフセットに基づいて、QScrollBarsetValue()メソッドを直接呼び出すことも可能です。ただし、これはQScrollAreaの自動管理機能を迂回することになるため、より複雑になる可能性があります。
  • ビューポートウィジェットのサイズ変更: QScrollAreaのビューポートとして設定されているウィジェット(通常、コンテンツを保持する単一のウィジェット)のsetGeometry()resize()setMinimumSize()を呼び出すことで、そのウィジェットの仮想サイズを更新します。QScrollAreaはこれに基づいてスクロールバーを自動的に調整します。


QScrollBar::mouseMoveEvent()は、通常、QScrollBarのカスタム動作を実装する場合にオーバーライドします。デフォルトのQScrollBarは、ユーザーがドラッグすると自動的に値を変更し、valueChanged()シグナルを発行するため、一般的な用途ではこの関数を直接操作する必要はありません。

以下の例では、QScrollBarを継承したカスタムスクロールバーを作成し、mouseMoveEvent()をオーバーライドして、その動作をカスタマイズする様子を示します。

例1: マウスの移動をデバッグ出力するシンプルなカスタムスクロールバー

この例では、カスタムスクロールバー上でマウスが移動したときに、その座標をデバッグ出力します。マウスボタンが押されているかどうかにかかわらずイベントを捕捉するために、setMouseTracking(true)を使用しています。

MyCustomScrollBar.h

#ifndef MYCUSTOMSCROLLBAR_H
#define MYCUSTOMSCROLLBAR_H

#include <QScrollBar>
#include <QMouseEvent> // QMouseEvent クラスを使用するために必要
#include <QDebug>    // qDebug() を使用するために必要

class MyCustomScrollBar : public QScrollBar
{
    Q_OBJECT // Qt のシグナル/スロット機構を使用するために必要

public:
    explicit MyCustomScrollBar(Qt::Orientation orientation, QWidget *parent = nullptr);
    explicit MyCustomScrollBar(QWidget *parent = nullptr);

protected:
    // mouseMoveEvent をオーバーライドします
    void mouseMoveEvent(QMouseEvent *event) override;
};

#endif // MYCUSTOMSCROLLBAR_H

MyCustomScrollBar.cpp

#include "MyCustomScrollBar.h"

// コンストラクタ (垂直または水平スクロールバーを指定)
MyCustomScrollBar::MyCustomScrollBar(Qt::Orientation orientation, QWidget *parent)
    : QScrollBar(orientation, parent)
{
    // マウスボタンが押されていなくても mouseMoveEvent を受け取るように設定
    setMouseTracking(true);
    qDebug() << "MyCustomScrollBar created with mouse tracking enabled.";
}

// コンストラクタ (デフォルトは垂直スクロールバー)
MyCustomScrollBar::MyCustomScrollBar(QWidget *parent)
    : QScrollBar(parent)
{
    setMouseTracking(true);
    qDebug() << "MyCustomScrollBar created with mouse tracking enabled.";
}

// mouseMoveEvent のオーバーライド
void MyCustomScrollBar::mouseMoveEvent(QMouseEvent *event)
{
    // 親クラスの mouseMoveEvent を呼び出すことで、標準のスクロールバー動作を維持します。
    // これを省略すると、つまみのドラッグなどが機能しなくなります。
    QScrollBar::mouseMoveEvent(event);

    // ここに独自の処理を追加します。
    // event->pos() はウィジェット内のローカル座標を返します。
    // event->globalPos() はスクリーン上のグローバル座標を返します。
    qDebug() << "Mouse moved on custom scroll bar at: " << event->pos()
             << " (Global: " << event->globalPos() << ")";

    // もし特定のボタンが押されている場合にのみ処理したい場合
    if (event->buttons() & Qt::LeftButton) {
        qDebug() << "  Left button is pressed.";
        // ここでドラッグ操作に関連するカスタムロジックを実装できます
    }
}

main.cpp (使用例)

#include <QApplication>
#include <QVBoxLayout>
#include <QHBoxLayout>
#include <QLabel>
#include <QWidget>
#include "MyCustomScrollBar.h" // 作成したカスタムスクロールバーをインクルード

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QWidget window;
    window.setWindowTitle("Custom QScrollBar Example");

    QVBoxLayout *mainLayout = new QVBoxLayout(&window);

    // 垂直カスタムスクロールバー
    MyCustomScrollBar *vScrollBar = new MyCustomScrollBar(Qt::Vertical, &window);
    vScrollBar->setRange(0, 100); // 範囲を設定
    vScrollBar->setValue(30);    // 初期値を設定
    QLabel *vLabel = new QLabel("Vertical ScrollBar Value: 30", &window);
    QObject::connect(vScrollBar, &QScrollBar::valueChanged, vLabel, [vLabel](int value){
        vLabel->setText(QString("Vertical ScrollBar Value: %1").arg(value));
    });

    // 水平カスタムスクロールバー
    MyCustomScrollBar *hScrollBar = new MyCustomScrollBar(Qt::Horizontal, &window);
    hScrollBar->setRange(0, 100);
    hScrollBar->setValue(50);
    QLabel *hLabel = new QLabel("Horizontal ScrollBar Value: 50", &window);
    QObject::connect(hScrollBar, &QScrollBar::valueChanged, hLabel, [hLabel](int value){
        hLabel->setText(QString("Horizontal ScrollBar Value: %1").arg(value));
    });

    mainLayout->addWidget(vLabel);
    mainLayout->addWidget(vScrollBar);
    mainLayout->addWidget(hLabel);
    mainLayout->addWidget(hScrollBar);

    window.resize(300, 200);
    window.show();

    return a.exec();
}

解説:

  • event->buttons()を使って、現在どのマウスボタンが押されているかをチェックし、それに応じた独自の処理を追加することも可能です。
  • その後、qDebug()を使ってマウスの現在位置を出力しています。
  • mouseMoveEvent(QMouseEvent *event)をオーバーライドし、その中でまずQScrollBar::mouseMoveEvent(event);を呼び出しています。これは非常に重要で、この行がないとQScrollBarの基本的な機能(つまみのドラッグによる値の変更など)が失われてしまいます。
  • コンストラクタでsetMouseTracking(true)を呼び出すことで、マウスボタンが押されていなくてもmouseMoveEventが呼び出されるように設定しています。
  • MyCustomScrollBarクラスはQScrollBarを継承しています。

この例では、カスタムスクロールバーの背景にマウスがオーバーしている間だけ、特別な描画(例:強調表示)を行います。これはmouseMoveEventpaintEventを組み合わせて実現します。

MyStylableScrollBar.h

#ifndef MYSTYLABLESCROLLBAR_H
#define MYSTYLABLESCROLLBAR_H

#include <QScrollBar>
#include <QMouseEvent>
#include <QPaintEvent>
#include <QPainter> // 描画のために必要

class MyStylableScrollBar : public QScrollBar
{
    Q_OBJECT

public:
    explicit MyStylableScrollBar(Qt::Orientation orientation, QWidget *parent = nullptr);

protected:
    void mouseMoveEvent(QMouseEvent *event) override;
    void leaveEvent(QEvent *event) override; // マウスがウィジェットから離れた時のイベント
    void paintEvent(QPaintEvent *event) override; // 描画イベント

private:
    bool m_mouseOverBar = false; // マウスがスクロールバー上にあるかどうかのフラグ
};

#endif // MYSTYLABLESCROLLBAR_H

MyStylableScrollBar.cpp

#include "MyStylableScrollBar.h"

MyStylableScrollBar::MyStylableScrollBar(Qt::Orientation orientation, QWidget *parent)
    : QScrollBar(orientation, parent)
{
    setMouseTracking(true); // マウスがボタンを押していなくても追跡するように設定
}

void MyStylableScrollBar::mouseMoveEvent(QMouseEvent *event)
{
    QScrollBar::mouseMoveEvent(event); // 親クラスの処理を呼び出す

    // マウスがスクロールバーのどの部分にいるかを判断し、描画フラグを設定
    // この例では、スクロールバー全体を対象とします。
    // より詳細に、つまみの上か、溝の上かなどを判断するには、
    // QStyleOptionSlider などを使って計算する必要があります。
    if (rect().contains(event->pos())) {
        if (!m_mouseOverBar) {
            m_mouseOverBar = true;
            update(); // 再描画を要求
        }
    } else {
        if (m_mouseOverBar) {
            m_mouseOverBar = false;
            update(); // 再描画を要求
        }
    }
}

void MyStylableScrollBar::leaveEvent(QEvent *event)
{
    QScrollBar::leaveEvent(event); // 親クラスの処理を呼び出す

    if (m_mouseOverBar) {
        m_mouseOverBar = false;
        update(); // 再描画を要求
    }
}

void MyStylableScrollBar::paintEvent(QPaintEvent *event)
{
    QPainter painter(this);
    // スクロールバーのスタイルを設定するQStyleOptionSliderを初期化
    QStyleOptionSlider opt;
    initStyleOption(&opt); // QScrollBar の現在の状態(値、範囲、向きなど)でオプションを初期化

    // スクロールバーの背景を描画
    // QStyle::PE_ScrollBarGroove (溝) や QStyle::PE_ScrollBarSlider (つまみ) など、
    // 各パーツを個別に描画することも可能ですが、ここでは全体の背景に焦点を当てます。
    style()->drawControl(QStyle::CE_ScrollBarGroove, &opt, &painter, this);

    // マウスがオーバーしている場合に、独自の描画を追加
    if (m_mouseOverBar) {
        painter.setBrush(QColor(0, 150, 255, 50)); // 半透明の青で塗りつぶし
        painter.setPen(Qt::NoPen);
        painter.drawRect(rect()); // スクロールバー全体を塗りつぶす
    }

    // 標準のつまみ、矢印などを描画
    // QStyle::PE_ScrollBarSlider (つまみ)
    // QStyle::PE_ScrollBarAddLine (増分矢印)
    // QStyle::PE_ScrollBarSubLine (減分矢印)
    // QStyle::PE_ScrollBarAddPage (増分ページ領域)
    // QStyle::PE_ScrollBarSubPage (減分ページ領域)
    style()->drawControl(QStyle::CE_ScrollBarSlider, &opt, &painter, this);
    style()->drawControl(QStyle::CE_ScrollBarAddLine, &opt, &painter, this);
    style()->drawControl(QStyle::CE_ScrollBarSubLine, &opt, &painter, this);
    // その他のコントロールも必要に応じて描画

    // もしQScrollBar::paintEvent(event); を呼び出す場合、
    // 上記のカスタム描画は標準描画によって上書きされる可能性があるので注意が必要です。
    // 特定の要素の描画順序を制御したい場合は、
    // 各パーツを個別に drawControl で描画する必要があります。
    // 通常は、上記のように標準描画(drawControl)を呼び出すことで、
    // カスタム描画をその上または下に配置します。
}

解説:

  • QPainterQStyleを使って、Qtのテーマに沿った標準的なスクロールバーの描画を行いつつ、その上にカスタム描画を追加しています。initStyleOption(&opt);は、現在のスクロールバーの状態をQStyleOptionSliderにコピーするための便利な関数です。
  • paintEventをオーバーライドし、m_mouseOverBartrueの場合にカスタムの描画(半透明の青の矩形)を行います。
  • leaveEventは、マウスカーソルがウィジェットの領域から離れたときに呼び出されます。ここでもフラグをリセットし、再描画を要求します。
  • mouseMoveEventでマウスの位置をチェックし、フラグを更新します。フラグが変更されたらupdate()を呼び出して再描画を要求します。
  • m_mouseOverBarという真偽値フラグを導入し、マウスがスクロールバー上にあるかどうかを追跡します。


QScrollBar::mouseMoveEvent()の代替手段

QScrollBar::mouseMoveEvent()をオーバーライドする主な目的は、通常、以下のいずれかです。

  1. スクロールバーの視覚的なフィードバックをカスタマイズする: マウスカーソルの位置に応じて色を変えたり、特定のインジケーターを表示したりする場合。
  2. スクロールバーのドラッグ動作を大きく変更する: 標準のスクロールロジックとは異なる独自のドラッグロジックを実装する場合。
  3. 特定のスクロールバー領域にカスタムイベントをトリガーする: 例えば、スクロールバーの空き領域にマウスを移動したときに何か別の処理を行う場合。

これらの目的を達成するための代替手段を以下に示します。

イベントフィルター (QObject::eventFilter)

これは、mouseMoveEvent()をオーバーライドする最も一般的で推奨される代替手段です。イベントフィルターを使用すると、対象のウィジェットをサブクラス化することなく、そのウィジェットに送られるイベントをインターセプトして処理できます。

利点:

  • 複数のウィジェットに対応: 一つのイベントフィルターオブジェクトで複数のウィジェットのイベントを処理できます。
  • 疎結合: イベント処理ロジックをQScrollBarクラス自体から分離できます。
  • 継承不要: QScrollBarを継承してカスタムクラスを作成する必要がありません。既存のQScrollBarインスタンスにフィルターを設定できます。

欠点:

  • イベントの伝播を理解しておく必要があります。
  • フィルターロジックが大きくなると、eventFilter関数が肥大化する可能性があります。

コード例:

// mainwindow.h (または任意の親クラス)
#ifndef MAINWINDOW_H
#define MAINWINDOW_H

#include <QMainWindow>
#include <QScrollBar>
#include <QLabel> // デモンストレーション用

class MainWindow : public QMainWindow
{
    Q_OBJECT

public:
    MainWindow(QWidget *parent = nullptr);
    ~MainWindow();

protected:
    // イベントフィルター関数をオーバーライド
    bool eventFilter(QObject *watched, QEvent *event) override;

private:
    QScrollBar *verticalScrollBar;
    QLabel *mousePosLabel;
};

#endif // MAINWINDOW_H

// mainwindow.cpp
#include "mainwindow.h"
#include <QVBoxLayout>
#include <QDebug>
#include <QMouseEvent> // QMouseEvent を使用するために必要

MainWindow::MainWindow(QWidget *parent)
    : QMainWindow(parent)
{
    QWidget *centralWidget = new QWidget(this);
    setCentralWidget(centralWidget);
    QVBoxLayout *layout = new QVBoxLayout(centralWidget);

    verticalScrollBar = new QScrollBar(Qt::Vertical, this);
    verticalScrollBar->setRange(0, 100);
    verticalScrollBar->setMouseTracking(true); // マウス追跡を有効にする

    // スクロールバーにイベントフィルターをインストール
    verticalScrollBar->installEventFilter(this);

    mousePosLabel = new QLabel("Mouse X: 0, Y: 0", this);

    layout->addWidget(verticalScrollBar);
    layout->addWidget(mousePosLabel);

    resize(200, 400);
}

MainWindow::~MainWindow()
{
    // 特に解放する必要はありません (親が管理するため)
}

// イベントフィルターの実装
bool MainWindow::eventFilter(QObject *watched, QEvent *event)
{
    // verticalScrollBar からのイベントかどうかを確認
    if (watched == verticalScrollBar) {
        // マウス移動イベントかどうかを確認
        if (event->type() == QEvent::MouseMove) {
            QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event);
            // ここでマウス移動イベントを処理
            mousePosLabel->setText(QString("Mouse X: %1, Y: %2")
                                       .arg(mouseEvent->pos().x())
                                       .arg(mouseEvent->pos().y()));
            qDebug() << "Event Filter: Mouse moved on scroll bar at" << mouseEvent->pos();

            // イベントをさらに処理するかどうかを制御
            // true を返すとイベントは消費され、対象のウィジェットには送られない
            // false を返すとイベントは通常通り対象のウィジェットに送られる
            return false; // スクロールバー自身の mouseMoveEvent も呼び出されるようにする
        }
        // 他のマウスイベントもここで処理できる (QEvent::MouseButtonPress, QEvent::MouseButtonRelease など)
    }

    // それ以外のイベントや、他のウィジェットからのイベントはデフォルトのイベントフィルターを呼び出す
    return QMainWindow::eventFilter(watched, event);
}

スタイルシート (QAbstractSliderのサブコントロール)

主に視覚的なカスタマイズが目的の場合、QScrollBarにスタイルシートを適用することで、mouseMoveEventのオーバーライドなしにマウスオーバー時の見た目を変更できます。QScrollBarQAbstractSliderから継承されており、そのサブコントロールに対してスタイルを適用できます。

利点:

  • テーマの適用: アプリケーション全体で統一されたスタイルを適用しやすい。
  • コード量削減: C++コードでの複雑な描画ロジックが不要になります。
  • 視覚的カスタマイズが容易: CSSライクな構文で見た目を変更できます。

欠点:

  • Qtスタイルシートでできる範囲に限られます。
  • 描画以外の複雑なロジック(例:特定の領域をクリックしたらカスタムダイアログを出す)は実装できません。

コード例:

/* QScrollBar のスタイルシート */
QScrollBar:vertical {
    border: 1px solid #999999;
    background: #e0e0e0;
    width: 15px;
    margin: 20px 0 20px 0; /* 上下の矢印の分のスペース */
}

/* スクロールバーの溝 (背景部分) */
QScrollBar::groove:vertical {
    background: #f0f0f0;
    width: 15px;
    border: 1px solid #cccccc;
}

/* スクロールバーのつまみ (ドラッグする部分) */
QScrollBar::handle:vertical {
    background: #c0c0c0;
    min-height: 20px;
    border: 1px solid #aaaaaa;
    border-radius: 5px;
}

/* つまみにマウスがオーバーした時 */
QScrollBar::handle:vertical:hover {
    background: #a0a0a0; /* ホバー時に色を変更 */
    border: 1px solid #888888;
}

/* つまみが押されている時 */
QScrollBar::handle:vertical:pressed {
    background: #808080;
    border: 1px solid #666666;
}

/* その他のサブコントロール(矢印ボタンなど)もスタイル可能 */
QScrollBar::add-line:vertical { /* 増分矢印ボタン */
    background: #d0d0d0;
    height: 20px;
    subcontrol-position: bottom; /* 下に配置 */
    subcontrol-origin: margin;
    border: 1px solid #bbbbbb;
    border-radius: 3px;
}

QScrollBar::add-line:vertical:hover {
    background: #b0b0b0;
}

QScrollBar::sub-line:vertical { /* 減分矢印ボタン */
    background: #d0d0d0;
    height: 20px;
    subcontrol-position: top; /* 上に配置 */
    subcontrol-origin: margin;
    border: 1px solid #bbbbbb;
    border-radius: 3px;
}

QScrollBar::sub-line:vertical:hover {
    background: #b0b0b0;
}

適用方法:

// アプリケーション全体に適用する場合
qApp->setStyleSheet(QString::fromLocal8Bit("QScrollBar::handle:vertical:hover { background: red; }"));

// 特定のスクロールバーに適用する場合
myScrollBar->setStyleSheet("QScrollBar::handle:vertical:hover { background: red; }");

QGraphicsViewとカスタムアイテム

もし非常に複雑なカスタムスクロールバーの動作や描画が必要で、既存のQScrollBarの枠にとらわれないデザインを目指すのであれば、QGraphicsViewフレームワークを使用して完全にカスタムなスクロールバーを実装することも可能です。

利点:

  • シーンベースの管理: 大量の要素を効率的に描画・管理できる。
  • 究極のカスタマイズ性: ピクセルレベルで描画を制御でき、複雑なアニメーションやインタラクションも実現可能。

欠点:

  • Qtの標準ウィジェットの機能や統合の恩恵を受けにくい。
  • 実装が複雑になり、学習コストも高い。

この方法では、QGraphicsItemを継承したクラスで独自のmouseMoveEventQGraphicsItem::mouseMoveEvent)をオーバーライドし、描画もpaint()関数で完全に制御します。

シグナルとスロットによる間接的な制御

QScrollBar::mouseMoveEvent()を直接オーバーライドするのではなく、QScrollBarの既存のシグナル(例: valueChanged())を利用して、間接的に別のオブジェクトのmouseMoveEventのような振る舞いを模倣することも考えられます。これは、スクロールバーの「値の変化」に基づいて何かをしたい場合に適しています。

利点:

  • UIロジックとデータロジックの分離。
  • Qtのシグナル/スロットメカニズムに沿った自然な設計。

欠点:

  • マウスの移動自体ではなく、スクロールバーの値が変化したときにのみ反応します。
  • mouseMoveEventが提供する「マウスの位置」のような低レベルの情報は直接得られません。

コード例: これはmouseMoveEventの代替というよりは、QScrollBarの一般的な使い方ですが、スクロールバーの値を監視してUIを更新する典型的な例です。

#include <QApplication>
#include <QScrollBar>
#include <QLabel>
#include <QVBoxLayout>
#include <QWidget>
#include <QDebug>

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QWidget window;
    QVBoxLayout *layout = new QVBoxLayout(&window);

    QScrollBar *scrollBar = new QScrollBar(Qt::Vertical, &window);
    scrollBar->setRange(0, 100);
    scrollBar->setValue(50);

    QLabel *valueLabel = new QLabel("Current Value: 50", &window);

    // QScrollBar の valueChanged シグナルを QLabel のテキスト更新スロットに接続
    QObject::connect(scrollBar, &QScrollBar::valueChanged, valueLabel, [valueLabel](int value){
        valueLabel->setText(QString("Current Value: %1").arg(value));
        qDebug() << "ScrollBar value changed to:" << value;
    });

    layout->addWidget(scrollBar);
    layout->addWidget(valueLabel);

    window.resize(200, 300);
    window.show();

    return a.exec();
}
  • スクロールバーの値に基づいて何かをしたい場合: シグナルとスロットによる接続が最も適切です。
  • QScrollBarの非常に根本的な動作を変更する必要がある、または完全に異なる外観/インタラクションが必要な場合: QScrollBarのサブクラス化によるmouseMoveEventオーバーライド、または究極的にはQGraphicsViewとカスタムアイテムを検討します。ただし、オーバーライドの際は必ず親クラスの関数も呼び出すことを忘れないでください。
  • QScrollBarの標準動作を維持しつつ、追加のイベント処理やロジックが必要な場合: イベントフィルターが最も強力で柔軟な選択肢です。
  • 簡単な視覚的カスタマイズやホバー効果: スタイルシートをまず検討すべきです。