Qt カスタム描画入門:QTreeView drawRow() を使った行のカスタマイズ例
QTreeView::drawRow()
は、QTreeView
クラス(およびその基底クラスである QAbstractItemView
)の仮想関数の一つです。この関数は、ツリービュー内の特定の行を描画するために呼び出されます。
より具体的に説明すると、以下のようになります。
- 引数
drawRow()
関数は通常、描画を行うためのQPainter
オブジェクト、描画先のオプションを含むQStyleOptionViewItem
オブジェクト、そして描画するアイテムのモデルインデックスQModelIndex
を引数として受け取ります。これらの引数を通じて、描画に必要な情報が提供されます。 - 呼び出しのタイミング
drawRow()
は、ツリービューがアイテムを表示する必要がある際に、Qt の内部的な描画処理の過程で呼び出されます。これには、初期表示時、アイテムのデータが変更された時、スクロール時、選択状態が変更された時などが含まれます。 - 仮想関数
これは仮想関数であるため、QTreeView
を継承したカスタムクラス内で再実装(オーバーライド)することで、行の描画処理をカスタマイズできます。例えば、特定の条件を満たす行の背景色を変えたり、特別なアイコンを表示したりといったことが可能です。 - 役割
drawRow()
関数は、モデル内のデータに基づいて、ツリービューの指定された行の表示をどのように行うかを決定し、実際に描画処理を行うための基盤を提供します。
カスタム実装の例
もし QTreeView
を継承したクラスで drawRow()
を再実装する場合、典型的な処理の流れは以下のようになります。
- 親クラスの drawRow() を呼び出す (オプション)
基本的な描画処理を親クラスに任せたい場合は、最初にQTreeView::drawRow(painter, option, index);
を呼び出します。 - 描画オプションのカスタマイズ
option
パラメータを通じて、背景色、フォント、選択状態など、デフォルトの描画オプションにアクセスできます。必要に応じてこれらのオプションを変更します。 - モデルデータの取得
index
パラメータを使って、描画するアイテムに対応するモデルのデータを取得します。例えば、index.data(Qt::DisplayRole)
で表示テキストを取得できます。 - QPainter を使った描画
取得したデータやカスタマイズしたオプションに基づいて、painter
オブジェクトのメソッド(fillRect()
,drawText()
,drawPixmap()
など)を使って、行の各要素を描画します。
一般的なエラーとトラブルシューティング
-
- 原因
QPainter
の設定が不適切(例:ブラシやペンが設定されていない、色が透明になっている)。- 描画範囲の計算ミス(座標やサイズが間違っている)。
- モデルから取得したデータが期待する形式ではない。
- 親クラスの
drawRow()
を適切に呼び出していない(必要なデフォルト描画が行われていない)。
- トラブルシューティング
QPainter
の設定(ブラシ、ペン、フォントなど)を明示的に行う。- 描画処理を行う前に、描画範囲(
option.rect
など)をよく確認する。 - モデルから取得したデータの型と内容をデバッグ出力などで確認する。
- 基本的な描画処理を維持したい場合は、最初に
QTreeView::drawRow(painter, option, index);
を呼び出すことを検討する。
- 原因
-
パフォーマンスの問題 (描画が遅い)
- 原因
drawRow()
内で複雑な計算や重い処理を行っている。- 頻繁にスタイルシートの再評価や複雑な描画処理を繰り返している。
- 不要な描画処理を行っている(例:画面に表示されていない部分も描画しようとしている)。
- トラブルシューティング
drawRow()
内の処理をできる限り軽量化する。複雑な処理は事前に計算しておくか、別のスレッドで行うことを検討する。- スタイルシートの利用を適切に行い、不必要な再評価を避ける。
- 描画が必要な範囲のみを描画するように最適化する(通常は
option.rect
内)。
- 原因
-
選択状態やフォーカス状態の描画が不正
- 原因
option.state
を適切に評価していない(選択されているか、フォーカスがあるかなど)。- 選択色やフォーカスインジケータの描画処理が正しくない。
- デフォルトの選択/フォーカス描画を上書きしてしまい、必要な情報が表示されなくなっている。
- トラブルシューティング
option.state
のフラグ(QStyle::State_Selected
,QStyle::State_HasFocus
など)を適切にチェックし、状態に応じた描画を行う。QStyle
クラスのメソッド(proxy()->drawControl()
,proxy()->drawPrimitive()
など)を利用して、プラットフォームに依存しない標準的な選択/フォーカス表示を行うことを検討する。
- 原因
-
アイテムの高さが正しく計算されない
- 原因
- カスタム描画によって、アイテムの論理的な高さがデフォルトと異なるにもかかわらず、
sizeHint()
を再実装していない。 drawRow()
内での描画内容が、アイテムの高さに影響を与えている。
- カスタム描画によって、アイテムの論理的な高さがデフォルトと異なるにもかかわらず、
- トラブルシューティング
- カスタム描画に合わせて、
QAbstractItemDelegate
を使用している場合はそのsizeHint()
関数を、QTreeView
を直接サブクラス化している場合はrowHeight()
関数を再実装し、正しい高さを返すようにする。
- カスタム描画に合わせて、
- 原因
-
デリゲートとの連携の問題 (カスタムデリゲートを使用している場合)
- 原因
drawRow()
とカスタムデリゲートのpaint()
関数で描画処理が競合している、または矛盾している。- デリゲートが提供する描画オプションを
drawRow()
で無視している。
- トラブルシューティング
- カスタムデリゲートを使用している場合は、
drawRow()
ではなく、デリゲートのpaint()
関数内で描画処理を実装することを推奨する。 - もし
drawRow()
で追加の描画を行いたい場合は、デリゲートの描画結果を尊重し、その上に重ねるように描画する。
- カスタムデリゲートを使用している場合は、
- 原因
トラブルシューティングの一般的なヒント
- シンプルな描画から始める
まずは基本的な描画(単色の背景、シンプルなテキスト表示など)を実装し、徐々に複雑な描画を追加していく。 - デバッグ出力を活用する
描画処理の中で、変数の値(座標、サイズ、データなど)をqDebug()
などで出力し、意図した値になっているか確認する。
基本的な例: 行の背景色を変更する
この例では、特定の条件を満たす行の背景色をカスタムで設定します。
#include <QApplication>
#include <QTreeView>
#include <QStandardItemModel>
#include <QPainter>
#include <QStyleOptionViewItem>
class CustomTreeView : public QTreeView {
public:
CustomTreeView(QWidget *parent = nullptr) : QTreeView(parent) {}
protected:
void drawRow(QPainter *painter, const QStyleOptionViewItem &option, const QModelIndex &index) const override {
QStyleOptionViewItem customOption = option;
// 特定の条件(例:0列目のアイテムのテキストが "Error" の場合)
QVariant data = index.model()->data(index.siblingAtColumn(0), Qt::DisplayRole);
if (data.toString() == "Error") {
customOption.backgroundBrush = QBrush(Qt::red);
} else if (index.row() % 2 == 0) {
// 偶数行の背景色を少し薄いグレーにする
customOption.backgroundBrush = QBrush(QColor(240, 240, 240));
}
// 親クラスの drawRow を呼び出し、基本的な描画を行う
QTreeView::drawRow(painter, customOption, index);
}
};
int main(int argc, char *argv[]) {
QApplication a(argc, argv);
QStandardItemModel model;
model.setHorizontalHeaderLabels({"Name", "Value"});
model.appendRow({new QStandardItem("Item 1"), new QStandardItem("10")});
model.appendRow({new QStandardItem("Error"), new QStandardItem("20")});
model.appendRow({new QStandardItem("Item 3"), new QStandardItem("30")});
model.appendRow({new QStandardItem("Error"), new QStandardItem("40")});
model.appendRow({new QStandardItem("Item 5"), new QStandardItem("50")});
CustomTreeView treeView;
treeView.setModel(&model);
treeView.show();
return a.exec();
}
この例では、CustomTreeView
クラスが QTreeView
を継承し、drawRow()
をオーバーライドしています。drawRow()
内で、描画する行のモデルインデックス (index
) を使って、0列目のテキストを取得し、それが "Error" であれば背景色を赤に設定しています。また、偶数行の背景色を薄いグレーにしています。最後に、変更したオプション (customOption
) とともに親クラスの drawRow()
を呼び出し、実際の描画を行っています。
応用的な例: アイコンとテキストをカスタム描画する
この例では、各行にアイコンを表示し、テキストの色をデータに基づいて変更します。
#include <QApplication>
#include <QTreeView>
#include <QStandardItemModel>
#include <QPainter>
#include <QStyleOptionViewItem>
#include <QIcon>
#include <QColor>
class CustomTreeViewWithIcon : public QTreeView {
public:
CustomTreeViewWithIcon(QWidget *parent = nullptr) : QTreeView(parent) {}
protected:
void drawRow(QPainter *painter, const QStyleOptionViewItem &option, const QModelIndex &index) const override {
QStyleOptionViewItem customOption = option;
// 親クラスの drawRow を最初に呼び出し、基本的な要素(背景、選択など)を描画
QTreeView::drawRow(painter, customOption, index);
// アイコンを描画
QIcon icon(":/images/qt_logo.png"); // リソースファイルに "qt_logo.png" があると仮定
if (!icon.isNull()) {
QRect iconRect = option.rect;
iconRect.setWidth(20); // アイコンの幅
iconRect.setHeight(20); // アイコンの高さ
iconRect.moveCenter(QPoint(option.rect.left() + 15, option.rect.center().y()));
icon.paint(painter, iconRect);
customOption.rect.adjust(30, 0, 0, 0); // テキストの描画位置をアイコンの幅だけ右にずらす
}
// テキストの色をデータに基づいて変更
QVariant valueData = index.model()->data(index.siblingAtColumn(1), Qt::DisplayRole);
bool ok;
int value = valueData.toInt(&ok);
if (ok && value > 30) {
painter->setPen(Qt::blue);
} else {
painter->setPen(Qt::black);
}
// テキストを描画 (アイコンの描画位置を考慮)
QString text = index.model()->data(index, Qt::DisplayRole).toString();
painter->drawText(customOption.rect, option.displayAlignment, text);
}
};
int main(int argc, char *argv[]) {
QApplication a(argc, argv);
QStandardItemModel model;
model.setHorizontalHeaderLabels({"Name", "Value"});
model.appendRow({new QStandardItem("Item A"), new QStandardItem("25")});
model.appendRow({new QStandardItem("Item B"), new QStandardItem("40")});
model.appendRow({new QStandardItem("Item C"), new QStandardItem("15")});
CustomTreeViewWithIcon treeView;
treeView.setModel(&model);
treeView.show();
return a.exec();
}
#include "main.moc" // moc ファイル (必要に応じて)
この例では、まず親クラスの drawRow()
を呼び出して基本的な描画を行います。その後、アイコンを描画するために QIcon
を使用し、描画位置を計算しています。テキストの描画位置はアイコンの幅だけ右に調整しています。さらに、2列目の値が 30 より大きい場合はテキストの色を青に、それ以外の場合は黒に設定しています。最後に、調整された描画領域 (customOption.rect
) を使ってテキストを描画しています。
- リソースファイル (
.qrc
) を使用する場合は、適切に設定し、アイコンなどのリソースがアプリケーションからアクセスできる状態になっている必要があります。 - アイテムのサイズヒント (
sizeHint()
) がカスタム描画の内容と一致していることを確認してください。そうでない場合、アイテムが正しく表示されないことがあります。必要に応じて、QAbstractItemDelegate
を使用し、その中でsizeHint()
を実装することを検討してください。 - カスタム描画を行う際は、選択状態やフォーカス状態など、標準的な UI の挙動を考慮する必要があります。
option.state
を確認し、適切に描画を切り替えることが重要です。 drawRow()
内では、できるだけ軽量な処理に留めるべきです。複雑な計算や I/O 処理を行うと、描画のパフォーマンスに影響が出る可能性があります。
デリゲート (Delegates) の使用 (QAbstractItemDelegate およびそのサブクラス)
- デメリット
- 複雑性
デリゲートの作成は、drawRow()
のオーバーライドよりも一般的にコード量が多く、理解が難しい場合があります。 - ビューとの連携
デリゲートとビューの間で信号とスロットを使った連携が必要になる場合があります。
- 複雑性
- paint() 関数
デリゲートのpaint()
関数は、drawRow()
と同様に、QPainter
、QStyleOptionViewItem
、QModelIndex
を引数として受け取り、アイテムの描画処理を行います。
例 (簡単な背景色の変更)
#include <QApplication>
#include <QTreeView>
#include <QStandardItemModel>
#include <QPainter>
#include <QStyleOptionViewItem>
#include <QStyledItemDelegate>
#include <QColor>
class CustomDelegate : public QStyledItemDelegate {
public:
CustomDelegate(QObject *parent = nullptr) : QStyledItemDelegate(parent) {}
void paint(QPainter *painter, const QStyleOptionViewItem &option, const QModelIndex &index) const override {
QStyleOptionViewItem customOption = option;
QVariant data = index.model()->data(index.siblingAtColumn(0), Qt::DisplayRole);
if (data.toString() == "Special") {
customOption.backgroundBrush = QBrush(QColor(200, 255, 200)); // 明るい緑
}
QStyledItemDelegate::paint(painter, customOption, index);
}
};
int main(int argc, char *argv[]) {
QApplication a(argc, argv);
QStandardItemModel model;
model.setHorizontalHeaderLabels({"Name", "Value"});
model.appendRow({new QStandardItem("Item 1"), new QStandardItem("10")});
model.appendRow({new QStandardItem("Special"), new QStandardItem("20")});
model.appendRow({new QStandardItem("Item 3"), new QStandardItem("30")});
QTreeView treeView;
treeView.setModel(&model);
CustomDelegate *delegate = new CustomDelegate(&treeView);
treeView.setItemDelegate(delegate);
treeView.show();
return a.exec();
}
スタイルシート (Style Sheets)
- デメリット
- 描画ロジックの制限
スタイルシートは主に外観のカスタマイズに特化しており、複雑なカスタム描画ロジック(例:特定の形状を描画する、アニメーションを行うなど)には向きません。 - パフォーマンス
複雑なスタイルシートは、パフォーマンスに影響を与える可能性があります。
- 描画ロジックの制限
- メリット
- 宣言的
外観の定義がコードから分離され、より宣言的な方法で記述できます。 - 柔軟性
実行時にスタイルを動的に変更できます。 - テーマの適用
アプリケーション全体で一貫した外観を簡単に実現できます。
- 宣言的
- カスタマイズ範囲
背景色、文字色、フォント、ボーダー、アイコンなど、多くの視覚的な属性をスタイルシートで制御できます。 - 適用
スタイルシートは、アプリケーション全体、特定のウィジェット、またはその子ウィジェットに適用できます。
例 (特定のテキストを持つアイテムの背景色を変更)
#include <QApplication>
#include <QTreeView>
#include <QStandardItemModel>
int main(int argc, char *argv[]) {
QApplication a(argc, argv);
QStandardItemModel model;
model.setHorizontalHeaderLabels({"Name", "Value"});
model.appendRow({new QStandardItem("Item 1"), new QStandardItem("10")});
model.appendRow({new QStandardItem("Special"), new QStandardItem("20")});
model.appendRow({new QStandardItem("Item 3"), new QStandardItem("30")});
QTreeView treeView;
treeView.setModel(&model);
treeView.setStyleSheet("QTreeView::item[column=\"0\"][data=\"Special\"] { background-color: lightgreen; }");
treeView.show();
return a.exec();
}
この例では、スタイルシートを使用して、0列目のデータが "Special" であるアイテムの背景色を明るい緑に設定しています。
モデルのデータロールの活用 (Qt::DecorationRole, Qt::TextColorRole, Qt::BackgroundRole など)
- デメリット
- カスタマイズの限界
より複雑なカスタム描画には向きません。提供されているロールの範囲内でのカスタマイズとなります。
- カスタマイズの限界
- メリット
- 簡潔性
簡単な外観の変更であれば、drawRow()
やデリゲートを直接操作するよりも簡潔に実装できます。 - モデルとの連携
外観のロジックをモデルに含めることができるため、データの意味合いに基づいて表示を制御できます。
- 簡潔性
- 実装
モデルのdata()
関数をオーバーライドし、特定のロールに対して適切な値を返します。ビューはこれらのロールに基づいてアイテムを描画します。
例 (アイコンと背景色をモデルのデータロールで設定)
#include <QApplication>
#include <QTreeView>
#include <QStandardItemModel>
#include <QIcon>
#include <QColor>
class CustomModel : public QStandardItemModel {
public:
CustomModel(int rows, int columns, QObject *parent = nullptr) : QStandardItemModel(rows, columns, parent) {}
QVariant data(const QModelIndex &index, int role) const override {
if (role == Qt::DecorationRole && index.column() == 0) {
if (QStandardItemModel::data(index, Qt::DisplayRole).toString().startsWith("Item")) {
return QIcon(":/images/info.png"); // リソースファイルに "info.png" があると仮定
}
} else if (role == Qt::BackgroundRole && index.column() == 1) {
bool ok;
int value = QStandardItemModel::data(index, Qt::DisplayRole).toInt(&ok);
if (ok && value > 30) {
return QBrush(QColor(255, 230, 230)); // 薄い赤
}
}
return QStandardItemModel::data(index, role);
}
};
int main(int argc, char *argv[]) {
QApplication a(argc, argv);
CustomModel model(3, 2);
model.setHorizontalHeaderLabels({"Name", "Value"});
model.setItem(0, 0, new QStandardItem("Item A"));
model.setItem(0, 1, new QStandardItem("25"));
model.setItem(1, 0, new QStandardItem("Item B"));
model.setItem(1, 1, new QStandardItem("40"));
model.setItem(2, 0, new QStandardItem("Other"));
model.setItem(2, 1, new QStandardItem("15"));
QTreeView treeView;
treeView.setModel(&model);
treeView.show();
return a.exec();
}
#include "main.moc" // moc ファイル (必要に応じて)
どの方法を選ぶべきか?
- ビューの特定の行に対してのみカスタム描画を行いたい場合 (ただし、再利用性は低い)
drawRow()
のオーバーライドが比較的簡単です。 - 個々のアイテムの複雑なカスタム描画
デリゲートの使用が最も柔軟性が高く、推奨されます。 - 簡単な外観の変更 (色、フォントなど)
スタイルシートやモデルのデータロールの活用が適しています。
多くの場合、これらの方法を組み合わせて使用することも可能です。例えば、基本的な外観はスタイルシートで設定し、特定のアイテムに対してはデリゲートでより詳細な描画を行うといった使い方が考えられます。