Qt QML Flickable.pressDelay徹底解説:タップとスクロールの誤動作を防ぐ設定
QtにおけるFlickable.pressDelay
は、QMLのFlickable
アイテムの重要なプロパティの1つで、ユーザーがFlickable内の要素を「タップ」しようとしているのか、それともFlickable自体を「ドラッグ/フリック」しようとしているのかをシステムが判断するための遅延時間を定義します。
Flickable.pressDelay
とは何か?
Flickable
は、コンテンツをスクロール(フリックやドラッグ)するためのQMLアイテムです。このFlickable
の中に、ボタンやテキスト入力フィールドなど、ユーザーがインタラクションを行うための他のアイテム(子要素)が配置されることがよくあります。
ここで問題になるのが、ユーザーが画面に触れた(マウスでクリックした)ときに、それが:
- Flickable内の子要素をタップ(クリック)しようとしているのか?
- Flickable自体をドラッグしてスクロールさせようとしているのか?
という意図を、システムがどのように判断するかです。
Flickable.pressDelay
は、この判断のための時間的な閾値(しきいち)を設定します。
- 定義
pressDelay
は、ユーザーが画面に触れてから(またはマウスボタンを押してから)、Flickable
がそのイベントをフリック(ドラッグ)の開始とみなすまでのミリ秒単位の遅延時間です。
どのように機能するか?
- ユーザーがFlickable内の要素に触れる(クリックする)
- システムは、
pressDelay
で指定された時間だけ待ちます。
- システムは、
- pressDelayの時間内に指が離された(マウスボタンが離された)場合
- システムは、これをフリック(ドラッグ)ではなく、子要素に対するタップ(クリック)イベントとして扱います。したがって、子要素の
MouseArea
のonClicked
やonReleased
シグナルが発火します。
- システムは、これをフリック(ドラッグ)ではなく、子要素に対するタップ(クリック)イベントとして扱います。したがって、子要素の
- pressDelayの時間内に指が離されず、指が移動し始めた(マウスがドラッグされ始めた)場合
- システムは、これをFリック(ドラッグ)操作の開始とみなし、
Flickable
がイベントを「奪い取ります」(イベントスチール)。この場合、子要素のMouseArea
のonPressed
は発火するかもしれませんが、onReleased
やonClicked
は発火せず、代わりにFlickable
のスクロールが開始されます。
- システムは、これをFリック(ドラッグ)操作の開始とみなし、
なぜ重要なのか?
Flickable.pressDelay
は、ユーザーエクスペリエンスに大きく影響します。
- pressDelayが長い場合
- Flickable内のボタンなどをタップする際は良いですが、純粋にスクロールしたい場合でも、指を触れてからスクロールが始まるまでにわずかな遅延を感じることになります。これは、ユーザーにFlickableの反応が遅いと感じさせる可能性があります。
- pressDelayが短い(または0の場合)
- ユーザーが少しでも指を動かすと、すぐにFlickableがスクロールを開始してしまい、Flickable内の小さなボタンなどをタップするのが難しくなる可能性があります。タップのつもりが意図せずスクロールしてしまう、という状況が起こりやすくなります。
適切なpressDelay
を設定することで、ユーザーがFlickable内の要素を正確にタップできると同時に、スムーズなスクロール体験も提供できるようになります。
import QtQuick 2.0
Flickable {
width: 300
height: 200
contentWidth: image.width
contentHeight: image.height
// pressDelay を設定
// デフォルト値は環境やQtのバージョンによって異なりますが、
// 一般的には数ミリ秒から数百ミリ秒の範囲です。
// ここでは200msに設定しています。
pressDelay: 200
Image {
id: image
source: "large_image.png" // 実際の大きな画像ファイルに置き換えてください
width: 600
height: 400
}
// Flickable の上に配置されるボタンの例
// このボタンをタップするには、200ms以内に指を離す必要があります。
// 200ms以上指を触れたまま動かすと、Flickableがスクロールします。
Rectangle {
width: 80
height: 40
color: "red"
radius: 5
x: 50 // Flickable のコンテンツ内の位置
y: 50
MouseArea {
anchors.fill: parent
onClicked: {
console.log("ボタンがクリックされました!");
}
onPressed: {
console.log("ボタンが押されました!");
}
onReleased: {
console.log("ボタンが離されました!");
}
}
}
}
この例では、Flickable
内に赤いRectangle
(ボタンとして機能)があります。pressDelay: 200
と設定されているため、ユーザーが赤いRectangle
をタップした際、200ミリ秒以内に指を離せば「ボタンがクリックされました!」というメッセージが表示されます。しかし、200ミリ秒を超えて指を触れたまま動かすと、Flickableのコンテンツがスクロールし始め、ボタンのonClicked
は発火しません。
Flickable.pressDelay
は、Flickableと、そのFlickable内に配置されたインタラクティブな子要素(ボタン、テキスト入力など)との間のイベントの競合を解決するための重要なプロパティです。しかし、この設定が適切でない場合、ユーザーエクスペリエンスに問題が生じることがあります。
タップが意図せずスクロールになってしまう
問題
ユーザーがFlickable内のボタンや他のインタラクティブな要素をタップ(クリック)しようとしているのに、少しでも指(またはマウス)が動いた瞬間にFlickableがスクロールを開始してしまう。結果として、ボタンが反応しない、または誤ってスクロールされてしまう。
原因
pressDelay
の値が小さすぎる(またはデフォルト値がアプリケーションのニーズに合っていない)ため、システムが「タップ」と「ドラッグ/フリック」を区別する時間が短すぎます。特にタッチスクリーンデバイスでは、指のわずかな動きでもドラッグとして認識されやすいです。
トラブルシューティング
- テストと調整
- 実際のデバイスで、さまざまな
pressDelay
の値を試して、ユーザーが快適に感じる最適な値を見つけてください。ターゲットデバイス(デスクトップのマウス操作、タッチスクリーン、トラックパッドなど)によって最適な値は異なります。
- 実際のデバイスで、さまざまな
- pressDelayの値を増やす
pressDelay
をより大きな値(例:150
ms,200
ms,300
ms)に設定してみてください。これにより、ユーザーがタップ操作を完了するまでの許容時間が増え、意図しないスクロールが減ります。-
Flickable { // ... pressDelay: 250 // 例えば250ミリ秒に設定 // ... }
スクロール開始に遅延を感じる
問題
ユーザーがFlickableをスクロールしようとして指を触れてから、実際にスクロールが始まるまでにわずかな遅延を感じる。これにより、Flickableの反応が鈍い、またはラグがあるように感じる。
原因
pressDelay
の値が大きすぎるため、システムが「タップ」ではないと判断し、「ドラッグ/フリック」を開始するまでに時間がかかりすぎています。
トラブルシューティング
- 子要素のMouseAreaのpreventStealingプロパティの確認
- 稀に、Flickableの子要素にある
MouseArea
のpreventStealing
プロパティがtrue
に設定されている場合、Flickableがイベントを奪い取ることができず、スクロールが開始されないことがあります。これは直接pressDelay
の問題ではありませんが、関連する挙動です。通常、このプロパティはfalse
(デフォルト)のままにしておくべきです。
- 稀に、Flickableの子要素にある
- pressDelayの値を減らす
pressDelay
をより小さな値(例:50
ms,100
ms)に設定してみてください。これにより、スクロールの開始がより速くなります。- ただし、この調整は「タップが意図せずスクロールになる」問題とトレードオフの関係にあるため、両方のユーザーエクスペリエンスを考慮してバランスを見つける必要があります。
Flickable内の特定の要素が全く反応しない
問題
Flickable内にあるべきボタンや入力フィールドが、タップしても全く反応しない。
原因
- コンテンツサイズの設定ミス
Flickable
のcontentWidth
やcontentHeight
が適切に設定されておらず、Flickableがスクロール可能と認識されていない(またはスクロール範囲が意図したものと異なる)場合。
- Zオーダーの問題
- Flickableの子要素の上に、目に見えない別の
Item
やMouseArea
が重なっていて、そちらがイベントを拾ってしまっている。
- Flickableの子要素の上に、目に見えない別の
- 子要素のMouseAreaがFlickableによって完全に「盗まれている」
- 子要素の
MouseArea
がpropagateComposedEvents: true
に設定されていない場合や、イベントの伝播が適切に設定されていない場合、Flickableがすべてのイベントを消費してしまうことがあります。
- 子要素の
- pressDelayが大きすぎるため
- 上記「スクロール開始に遅延を感じる」問題と同様に、
pressDelay
が極端に大きい場合、ユーザーが指を離すまでにFlickableがスクロールイベントを「奪い取って」しまい、子要素のonClicked
やonReleased
が発火しないことがあります。
- 上記「スクロール開始に遅延を感じる」問題と同様に、
トラブルシューティング
- FlickableのcontentWidthとcontentHeightの確認
- これらのプロパティが適切に設定されており、Flickableが実際にスクロール可能である状態かを確認してください。Flickableのサイズがコンテンツサイズと同じかそれ以上の場合、スクロールは発生しません。
- Zオーダーの確認
- QMLの
z
プロパティを確認し、意図しない要素がFlickableの子要素の上に重なっていないか確認します。
- QMLの
- MouseAreaのpropagateComposedEventsの確認
- 子要素の
MouseArea
で、イベントをFlickableにも伝播させたい場合は、propagateComposedEvents: true
を設定することを検討してください。ただし、これはpressDelay
の動作を少し複雑にする可能性があるため、注意が必要です。 - 例:
MouseArea { anchors.fill: parent onClicked: console.log("Button Clicked!"); // 必要に応じて、Flickableにイベントを伝播させる // propagateComposedEvents: true }
- 子要素の
- pressDelayの値を適切に調整する
- 前述の通り、最適な値を見つけることが重要です。
特定のプラットフォームやデバイスでの挙動の違い
問題
開発環境(デスクトップ)ではうまく動作するのに、特定のモバイルデバイスやタブレットで試すとpressDelay
の挙動が異なるように感じる。
原因
プラットフォームやデバイスのタッチイベントの実装、タッチパネルの感度、OSのイベント処理などが異なるため、pressDelay
のデフォルト値や効果の感じ方が変わることがあります。
- Qtのバージョンアップ
- 古いQtのバージョンでは、タッチイベントの処理にバグや最適化の不足がある可能性があります。最新のQtバージョンを使用することで、安定性やパフォーマンスが向上することがあります。
- ターゲットデバイスでの徹底的なテスト
- 実際にアプリケーションが使用される可能性のあるすべてのデバイスで、
pressDelay
の値を細かく調整しながらテストを行うことが不可欠です。
- 実際にアプリケーションが使用される可能性のあるすべてのデバイスで、
基本的なFlickableとタップ可能なアイテム
この例では、大きな画像がFlickable内にあり、その上にボタンが配置されています。pressDelay
の値を変更することで、ボタンのタップとFlickableのスクロールの挙動がどのように変わるかを確認できます。
import QtQuick 2.15
import QtQuick.Controls 2.15 // Buttonを使用するために必要
ApplicationWindow {
visible: true
width: 640
height: 480
title: "Flickable.pressDelay Example"
Rectangle {
anchors.fill: parent
color: "#f0f0f0" // 背景色
Flickable {
id: myFlickable
width: 300
height: 200
anchors.centerIn: parent // ウィンドウ中央に配置
clip: true // コンテンツがFlickableの境界からはみ出さないようにクリップ
// Flickable のコンテンツサイズを定義
contentWidth: largeImage.width
contentHeight: largeImage.height
// pressDelay の設定 (ミリ秒単位)
// この値を変更して挙動を試してみてください
// 0: タップしてもすぐにFlickableがスクロールを試みる可能性が高い
// 100: デフォルトに近い値。バランスが良いことが多い
// 300: タップがしやすくなるが、スクロール開始に遅延を感じるかも
pressDelay: 200 // ここで pressDelay を設定
Rectangle {
anchors.fill: parent
color: "lightgray"
Text {
text: "Flickable Content Area"
anchors.centerIn: parent
color: "black"
}
}
Image {
id: largeImage
source: "https://via.placeholder.com/800x600/AAAAAA/FFFFFF?text=Large+Image" // 大きな画像(ダミー)
// 実際のアプリケーションでは、より大きな画像ファイルを使用します
width: 800
height: 600
// 画像がFlickableの左上から始まるようにする
x: 0
y: 0
}
// Flickable のコンテンツ上に配置されるボタン
// このボタンがタップされるか、Flickableがスクロールされるかを試す
Button {
id: actionButton
text: "Tap Me!"
width: 120
height: 50
x: 100 // Flickableコンテンツ内での位置
y: 100
z: 1 // 画像より手前に表示
onClicked: {
console.log("Button Clicked!");
// ボタンがクリックされたことを視覚的に確認
actionButton.text = "Clicked!";
actionButton.opacity = 0.5;
// 一定時間後に元に戻す
Qt.callLater(function() {
actionButton.text = "Tap Me!";
actionButton.opacity = 1.0;
});
}
}
// Flickable自身のイベントをログ出力(デバッグ用)
MouseArea {
anchors.fill: parent
// 注意: このMouseAreaはFlickableのイベントを「奪う」可能性があるため、
// 通常はFlickableの子要素としてインタラクティブなもの(Buttonなど)を直接配置するか、
// FlickableのcontentItemにMouseAreaを配置します。
// ここではデバッグ目的でFlickable全体をカバーするMouseAreaを使用しています。
// Flickableの挙動を妨げないように、`accepted`を常に`false`に設定することも可能です。
// あるいは、`Flickable`自体がイベントを処理するため、この`MouseArea`は
// `Flickable`がイベントを「奪った」後に残りのイベントを受け取るか、
// `pressDelay`によって`Flickable`がイベントを処理するかを制御します。
// Flickableがイベントを処理しているかどうかを確認するために使用
onPressed: {
console.log("Flickable MouseArea: Pressed");
}
onReleased: {
console.log("Flickable MouseArea: Released");
}
onClicked: {
console.log("Flickable MouseArea: Clicked (Usually not called if flicking occurs)");
}
onPressAndHold: {
console.log("Flickable MouseArea: Press and Hold");
}
}
}
}
}
試すこと
- pressDelay: 0 で実行
ボタンをタップしようとしても、少しでもドラッグするとすぐにFlickableがスクロールし始め、ボタンが反応しないことが多いでしょう。 - pressDelay: 200 で実行
ボタンをタップすると、200ミリ秒以内に指を離せばボタンが反応します。指を離さずに200ミリ秒以上ホールドしてからドラッグを開始すると、Flickableがスクロールします。 - pressDelay: 500 で実行
ボタンはさらにタップしやすくなりますが、スクロールを開始するまでにわずかな遅延を感じるかもしれません。
Flickable内のリストアイテムとイベントの伝播
ListView
やGridView
も内部的にFlickable
を使用しているため、pressDelay
プロパティを持っています。この例では、ListView
内の各アイテムが自身のMouseArea
を持ち、pressDelay
がどのようにインタラクションに影響するかを示します。
import QtQuick 2.15
import QtQuick.Controls 2.15
import QtQuick.Layouts 1.15
ApplicationWindow {
visible: true
width: 400
height: 600
title: "ListView pressDelay Example"
ColumnLayout {
anchors.fill: parent
spacing: 10
Text {
Layout.fillWidth: true
text: "List of Items (Try tapping and flicking)"
font.pixelSize: 20
horizontalAlignment: Text.AlignHCenter
}
ListView {
id: myList
Layout.fillWidth: true
Layout.fillHeight: true
clip: true // コンテンツをクリップ
spacing: 5
model: 20 // 20個のアイテム
// ListView は内部的に Flickable を使用しているため、pressDelay を設定できる
pressDelay: 150 // ここで pressDelay を設定
delegate: Rectangle {
width: parent.width
height: 60
color: "skyblue"
border.color: "darkblue"
border.width: 1
Text {
text: "Item " + (index + 1)
anchors.centerIn: parent
font.pixelSize: 24
color: "black"
}
MouseArea {
anchors.fill: parent
onClicked: {
console.log("Item " + (index + 1) + " Clicked!");
parent.color = "lightgreen"; // クリックされたら色を変える
Qt.callLater(function() {
parent.color = "skyblue";
});
}
onPressed: {
console.log("Item " + (index + 1) + " Pressed!");
}
onReleased: {
console.log("Item " + (index + 1) + " Released!");
}
// propagationComposedEvents を true にすると、
// この MouseArea でイベントが消費された後も、
// 親の Flickable (ListView) にイベントが伝播します。
// しかし、pressDelayの挙動と競合するため、通常は慎重に扱うべきです。
// propagateComposedEvents: true
}
}
// ListView のスクロール状態を視覚的に示す(デバッグ用)
ScrollIndicator.vertical: ScrollIndicator {
width: 10
}
}
}
}
この例でも、myList.pressDelay
の値を変更することで、リストアイテムのタップのしやすさとリスト全体のスクロールのスムーズさがどのように変化するかを確認できます。
コードを試すための準備:
- QMLファイルとして保存
上記のQMLコードをmain.qml
のような名前で保存します。 - QtQuick.Controls モジュールへの参照
import QtQuick.Controls 2.15
のように、必要なQMLモジュールをインポートしていることを確認してください。 - 画像ファイルの用意(例1の場合)
large_image.png
の代わりにダミー画像URLを使用していますが、ローカルの大きな画像ファイル(例:800x600.png
など)をプロジェクトディレクトリに置き、source: "800x600.png"
のようにパスを更新すると、より実際の挙動を確認できます。 - QMLプロジェクトの作成
Qt Creator を使用している場合、新しい "Qt Quick Application" プロジェクトを作成し、main.qml
を置き換えるか、新しいQMLファイルとして追加します。
ここでは、その代替方法をいくつかご紹介します。
MouseArea.preventStealing を活用する
MouseArea
の preventStealing
プロパティは、Flickable がその MouseArea
からマウスイベントを「奪い取る」のを防ぐことができます。これは、pressDelay
とは異なるアプローチで、イベント処理の優先順位を制御します。
考え方
通常、Flickable は子要素の MouseArea
よりも先にマウスプレスイベントを処理し、pressDelay
の後にフリックを開始するか、子要素にイベントを渡すかを決定します。preventStealing: true
を設定すると、Flickable はその MouseArea
からイベントを奪うことができなくなるため、MouseArea
が常にイベントを処理できるようになります。
利点
pressDelay
の調整では解決できないような、複雑なイベント競合の状況で役立つことがあります。Flickable
の自動的なスクロールを完全に無効にし、特定の領域でのみタップイベントを確実に検出したい場合に有効です。
欠点
- Flickable全体のスクロールを意図しつつ、その中にタップ可能な要素を置きたい場合には、この方法は適切ではありません。
preventStealing: true
を設定すると、そのMouseArea
が存在する範囲ではFlickableのフリック操作が一切できなくなります。これは、その領域が「Flickableではない」とユーザーに感じさせる可能性があります。
コード例
import QtQuick 2.15
import QtQuick.Controls 2.15
ApplicationWindow {
visible: true
width: 400
height: 400
title: "preventStealing Example"
Flickable {
id: myFlickable
width: 300
height: 300
anchors.centerIn: parent
contentWidth: 800
contentHeight: 800
clip: true
pressDelay: 200 // pressDelay が設定されていても、preventStealing が優先される
Rectangle {
width: 800
height: 800
color: "lightgray"
Text {
text: "Flickable Content"
anchors.centerIn: parent
font.pixelSize: 30
}
}
// このボタンは、Flickableのスクロールを妨げずにタップ可能
Button {
text: "Tap Me (Normal)"
x: 50; y: 50
onClicked: console.log("Normal Button Clicked!")
}
// このボタンは、preventStealing: true のため、
// Flickableのスクロールを完全に無効にしてタップ可能
Button {
text: "Tap Me (Prevent Stealing)"
x: 50; y: 120
MouseArea {
anchors.fill: parent
// ここが重要: FlickableがこのMouseAreaのイベントを奪うのを防ぐ
preventStealing: true
onClicked: {
console.log("Prevent Stealing Button Clicked!");
// ボタンの色を変えるなど、視覚的なフィードバック
parent.opacity = 0.5;
Qt.callLater(function() { parent.opacity = 1.0; });
}
onPressed: console.log("Prevent Stealing Button Pressed!");
onReleased: console.log("Prevent Stealing Button Released!");
onPressAndHold: console.log("Prevent Stealing Button Press and Hold!");
}
}
}
}
この例では、「Tap Me (Prevent Stealing)」ボタンがある領域では、Flickable
をドラッグしてもスクロールせず、ボタンがクリックに反応します。一方、「Tap Me (Normal)」ボタンは pressDelay
の影響を受けます。
カスタムのジェスチャー認識ロジックを実装する
Flickable
の標準的な挙動が要件を満たさない場合、より低レベルなイベント処理(MouseArea
や PointerHandler
を使用して)で、独自のタップ/ドラッグ検出ロジックを実装することができます。これは最も柔軟ですが、最も複雑な方法です。
考え方
MouseArea
の onPressed
、onPositionChanged
、onReleased
シグナルを使用して、ユーザーの指(またはマウス)の動きと時間を自分で監視します。
onReleased
で、移動距離と押下時間に基づいて、それが「タップ」だったのか「ドラッグ」だったのかを判断し、適切なアクションを実行します。onPositionChanged
で指の移動距離を計算。onPressed
でタイムスタンプと初期座標を記録。
利点
- 複数の指のジェスチャー(ピンチ、回転など)をより詳細に扱うための基盤にもなり得ます(ただし、これには
MultiPointTouchArea
やPointerHandler
がより適しています)。 pressDelay
では表現できない、距離ベースの閾値(例: 「5px 以上動いたらドラッグ」)や、速度ベースの閾値などを導入できます。- タップとドラッグの検出ロジックを完全にカスタマイズできます。
欠点
- デバッグが難しくなる可能性があります。
- Flickableが持つ慣性スクロールなどの高度な機能は、自分で再実装するか、Flickableの内部APIを深く理解して利用する必要があります。
- 実装が複雑になり、多くのボイラープレートコードが必要になります。
コード例 (簡略版: Flickableの代わりに手動でスクロールロジックを実装するイメージ)
import QtQuick 2.15
import QtQuick.Controls 2.15
ApplicationWindow {
visible: true
width: 640
height: 480
title: "Custom Gesture Example"
// コンテンツ表示エリア
Rectangle {
id: contentArea
width: 300
height: 200
anchors.centerIn: parent
clip: true
border.color: "blue"
border.width: 2
// 大きなコンテンツ
Item {
id: largeContent
width: 800
height: 600
x: 0 // 初期位置
y: 0
// 背景として画像など
Rectangle { anchors.fill: parent; color: "lightgray"; Text { text: "Custom Scroll Content"; anchors.centerIn: parent; font.pixelSize: 40 } }
// その上に置かれるタップ可能な要素
Button {
id: customButton
text: "Custom Tap!"
x: 100
y: 100
width: 150
height: 60
onClicked: console.log("Custom Button Clicked!");
}
}
MouseArea {
anchors.fill: parent
property point pressPos: Qt.point(0, 0)
property int pressTime: 0
property bool isDragging: false
property int dragThreshold: 10 // ドラグと判断する最小移動距離(ピクセル)
property int tapTimeThreshold: 200 // タップと判断する最大時間(ミリ秒)
onPressed: {
pressPos = Qt.point(mouse.x, mouse.y);
pressTime = Date.now();
isDragging = false;
mouse.accepted = false; // イベントを最初は消費しない(Flickableに似た挙動)
}
onPositionChanged: {
if (mouse.pressed) {
var dx = mouse.x - pressPos.x;
var dy = mouse.y - pressPos.y;
var distance = Math.sqrt(dx * dx + dy * dy);
if (!isDragging && distance > dragThreshold) {
isDragging = true;
// ドラグ開始時にFlickableのスクロールに似た挙動を開始
// ここで largeContent.x や largeContent.y を更新する
// 例: largeContent.x += mouse.x - mouse.previousX
// largeContent.y += mouse.y - mouse.previousY
// より高度な慣性スクロールなどは別途実装が必要
console.log("Drag Started!");
mouse.accepted = true; // ドラグを開始したので、このイベントを消費する
}
if (isDragging) {
largeContent.x += mouse.x - mouse.previousX;
largeContent.y += mouse.y - mouse.previousY;
// コンテンツの境界チェック (簡略化)
if (largeContent.x > 0) largeContent.x = 0;
if (largeContent.y > 0) largeContent.y = 0;
if (largeContent.x < contentArea.width - largeContent.width) largeContent.x = contentArea.width - largeContent.width;
if (largeContent.y < contentArea.height - largeContent.height) largeContent.y = contentArea.height - largeContent.height;
}
}
}
onReleased: {
var releaseTime = Date.now();
var duration = releaseTime - pressTime;
var dx = mouse.x - pressPos.x;
var dy = mouse.y - pressPos.y;
var distance = Math.sqrt(dx * dx + dy * dy);
if (!isDragging && duration < tapTimeThreshold && distance < dragThreshold) {
// タップと判断した場合
// その位置にある customButton にクリックイベントを「送信」する
// 実際の MouseArea の `onClicked` は自動で発火しないため、
// この MouseArea がイベントを消費しないようにするか、
// 手動で子要素のクリックをトリガーする。
// ここでは簡単な例として、クリックされたらログを出す
console.log("Tap Detected at (" + mouse.x + ", " + mouse.y + ")");
// 子要素の MouseArea の clicked シグナルをトリガーする最も簡単な方法は、
// その MouseArea がイベントを受け取るようにすることです。
// ここではカスタムボタンがクリックされたと仮定して、ボタンのロジックを直接呼び出します。
var clickedItem = largeContent.childAt(mouse.x - largeContent.x, mouse.y - largeContent.y);
if (clickedItem && clickedItem.id === customButton.id) {
customButton.clicked(); // ボタンの onClicked を手動でトリガー
}
}
isDragging = false;
mouse.accepted = false; // イベント消費を終了
}
}
}
}
このカスタムジェスチャーの例は、Flickable
の内部で何が起こっているかを理解するのに役立ちますが、実際のプロダクトでこれを全面的に置き換えるのは大変です。QtのFlickable
は、慣性スクロール、境界での跳ね返り、イベントの優先順位付けなど、多くの複雑な挙動をすでに実装しているためです。
これは QML から直接設定できるプロパティではありませんが、C++ のアプリケーションレベルでドラッグ開始の閾値を設定する方法です。これはQtアプリケーション全体に影響します。
考え方
QGuiApplication::setStartDragDistance(int pixels)
を使用すると、Qtアプリケーション全体で、マウス(またはタッチ)がドラッグと認識されるまでの最小移動距離を設定できます。これは、Qtが提供する低レベルのイベント処理に影響を与えます。
利点
Flickable
のpressDelay
とは異なる、物理的な移動距離に基づいた閾値を設定できます。- アプリケーション全体でドラッグの感度を一元的に制御できます。
欠点
pressDelay
とは目的が少し異なります。pressDelay
は時間ベースの判断ですが、setStartDragDistance
は距離ベースの判断です。両方設定した場合、両方の条件を満たす必要があります。Flickable
だけでなく、他のドラッグ&ドロップ操作など、Qtアプリケーション全体のドラッグ挙動に影響します。- QMLから直接変更することはできません。C++のメインアプリケーションコードで設定する必要があります。
C++ コード例 (main.cpp)
#include <QGuiApplication>
#include <QQmlApplicationEngine>
#include <QQuickView> // あるいは QQmlApplicationEngine を使用
int main(int argc, char *argv[])
{
QGuiApplication app(argc, argv);
// ドラッグが開始されるまでの最小移動距離を20ピクセルに設定
// デフォルトはプラットフォーム依存(通常数ピクセル)
app.setStartDragDistance(20);
QQmlApplicationEngine engine;
engine.load(QUrl(QStringLiteral("qrc:/main.qml")));
if (engine.rootObjects().isEmpty())
return -1;
return app.exec();
}
この方法で setStartDragDistance
を設定すると、QMLの Flickable
は、pressDelay
の時間制限と、この setStartDragDistance
で設定された移動距離の閾値の両方を考慮して、スクロールを開始するかどうかを判断するようになります。
QGuiApplication::setStartDragDistance()
(C++): アプリケーション全体でドラッグ開始の距離閾値を設定します。pressDelay
と組み合わせて使用することができ、より厳密な制御が可能です。- カスタムジェスチャーロジック: 究極の柔軟性を提供しますが、実装が複雑で、Flickableの多くの便利な機能を自分で再実装する必要があります。特定の複雑なインタラクションや、Flickableではないカスタムスクロールコンポーネントを実装する際に検討します。
MouseArea.preventStealing
: 特定のインタラクティブ要素がFlickableにイベントを奪われないようにしたい場合に有効。その領域ではFlickableのスクロールが無効になります。Flickable.pressDelay
: デフォルトで提供される最も簡単で推奨される方法。時間ベースでタップとスクロールを区別します。