torch.fx.Interpreter.call_function()
torch.fx.Interpreter.call_function()
は、PyTorch の torch.fx
モジュールにおける Interpreter
クラスのメソッドの一つで、FX Graph における "関数呼び出し" を実行する際の振る舞いを定義するものです。
torch.fx
は、PyTorch モデルを変換したり分析したりするためのツールキットです。その中心的な概念として、PyTorch モデルの実行を「グラフ (Graph)」として表現します。このグラフは、Node
と呼ばれる操作のリストで構成されており、各 Node
は特定の演算(関数呼び出し、モジュール呼び出し、属性取得など)を表します。
Interpreter
クラスは、この FX Graph を実際に実行するための基盤を提供します。Interpreter
を継承して独自のクラスを作成し、特定の Node
の実行方法をオーバーライドすることで、グラフの実行時にカスタムなロジックを挿入できます。
call_function()
メソッドは、特に Node
の op
(操作の種類)が 'call_function'
である場合に呼び出されます。これは、Python の組み込み関数(例: len
)や torch
の関数(例: torch.add
, torch.relu
)のような純粋な関数がグラフ内で呼び出されることを意味します。
call_function(self, target: Target, args: Tuple, kwargs: Dict) -> Any
このメソッドは以下の引数を受け取ります。
kwargs
: 関数に渡されるキーワード引数の辞書。args
: 関数に渡される位置引数のタプル。target
: 呼び出される関数の参照。例えば、torch.add
やoperator.add
などです。
そして、その関数の実行結果を返します。
主な役割
- デフォルトの実行
Interpreter
のデフォルトの実装では、call_function()
は単にtarget(*args, **kwargs)
を実行し、その結果を返します。 - カスタムな振る舞いの定義
Interpreter
をサブクラス化してcall_function()
をオーバーライドすることで、特定の関数が呼び出されたときに独自の処理を実行できます。これは、デバッグ、プロファイリング、あるいは特定の関数の挙動を変更する変換などで非常に役立ちます。
使用例(公式ドキュメントより)
例えば、グラフ内で torch.neg
と torch.sigmoid
のすべてのインスタンスを相互にスワップしたい場合を考えてみましょう。
import torch
import torch.fx
class NegSigmSwapInterpreter(torch.fx.Interpreter):
def call_function(self, target, args, kwargs):
if target == torch.sigmoid:
return torch.neg(*args, **kwargs)
elif target == torch.neg:
return torch.sigmoid(*args, **kwargs)
return super().call_function(target, args, kwargs)
# モデルの例
class MyModule(torch.nn.Module):
def forward(self, x):
return torch.neg(torch.sigmoid(x))
# モデルをトレースしてグラフを作成
m = MyModule()
traced_module = torch.fx.symbolic_trace(m)
# カスタムインタプリタで実行
interpreter = NegSigmSwapInterpreter(traced_module)
input_tensor = torch.randn(5)
output_tensor = interpreter.run(input_tensor)
print(f"Original output (simulated): {torch.neg(torch.sigmoid(input_tensor))}")
print(f"Swapped output: {output_tensor}")
print(f"Expected swapped output: {torch.sigmoid(torch.neg(input_tensor))}")
この例では、NegSigmSwapInterpreter
は call_function
をオーバーライドし、target
が torch.sigmoid
であれば torch.neg
を実行し、target
が torch.neg
であれば torch.sigmoid
を実行するように変更しています。それ以外の関数呼び出しは、super().call_function()
を呼び出すことで親クラスのデフォルトの実行ロジックに任せています。
call_function() のオーバーライド時に発生する一般的なエラーとトラブルシューティング
エラー: TypeError: 'NoneType' object is not callable
または AttributeError: 'NoneType' object has no attribute '__call__'
- トラブルシューティング:
super().call_function(target, args, kwargs)
の呼び出しを確認: カスタムロジックで処理しない関数は、必ずsuper().call_function()
を呼び出して親クラスのデフォルト実装に任せるようにしてください。これにより、PyTorch が認識している関数は適切に実行されます。- トレースされていない関数を特定:
symbolic_trace
でモデルをトレースする前に、torch.fx.wrap
を使用して、トレースしたい非PyTorch関数や組み込み関数を明示的にラップすることを検討してください。これにより、それらの関数がFX Graphにノードとして含まれるようになります。 - グラフのデバッグ:
traced_module.graph.print_tabular()
などを使用して、生成されたFX Graphを詳しく調べ、どのノードが問題を引き起こしているかを特定します。
- 原因:
call_function
メソッド内で、期待される関数 (target
) がNone
になっているか、または誤って他の型のオブジェクトを呼び出そうとしています。これは、主に以下のケースで発生します。- サポートされていない関数を処理しようとしている: FX はすべての Python 関数をトレースできるわけではありません。特に、Python の組み込み関数の一部や、PyTorch 以外のライブラリの関数は、デフォルトでは
torch.fx.symbolic_trace
でトレースできません。このような関数がグラフに現れた場合、target
が適切に解決されない可能性があります。 - 誤った
target
の使用: オーバーライドされたcall_function
内で、target
引数を誤って変更したり、存在しない関数を参照しようとしたりする。
- サポートされていない関数を処理しようとしている: FX はすべての Python 関数をトレースできるわけではありません。特に、Python の組み込み関数の一部や、PyTorch 以外のライブラリの関数は、デフォルトでは
エラー: RuntimeError: Expected positional argument for parameter ..., but one was not passed in!
- トラブルシューティング:
- 関数のシグネチャを確認: 呼び出している関数の正確なシグネチャ(引数の順序、デフォルト値、キーワード引数など)を確認してください。
args
とkwargs
を正しく渡す:super().call_function(target, args, kwargs)
を呼び出す際、またはカスタムロジックで関数を呼び出す際に、target
が期待するargs
とkwargs
を正確に渡していることを確認してください。FX Graph は引数の情報を正確にキャプチャしているはずですが、カスタム実装で誤って変更してしまう可能性があります。
- 原因:
call_function
のオーバーライド内で、関数に渡す引数 (args
,kwargs
) が、本来の関数が期待するシグネチャと一致していない場合に発生します。例えば、デフォルト引数を持つ関数に対して、引数を省略しているにもかかわらず、その引数が必要とされている場合などです。
エラー: 「動的な制御フロー (Dynamic Control Flow)」に関するエラー
- トラブルシューティング:
- 動的な制御フローを回避またはリファクタリング: 可能な限り、モデル内でデータに依存する
if
/for
文を避けるようにコードをリファクタリングします。例えば、torch.where
やtorch.masked_select
などのテンソル演算で置き換えることを検討します。 torch.compile
の利用:torch.compile
は内部的にtorch.fx
を利用していますが、より高度な制御フローの扱い(グラフブレイクの管理など)をサポートしています。もし、動的な制御フローを避けられない場合は、torch.compile
を利用することを検討してください。
- 動的な制御フローを回避またはリファクタリング: 可能な限り、モデル内でデータに依存する
- 原因:
torch.fx.symbolic_trace
は、データに依存するif
文やfor
ループのような動的な制御フローを直接トレースできません。FX Graph は静的な計算グラフを生成することを目的としているため、このような構造があると「グラフブレイク (Graph Break)」が発生したり、トレースが失敗したりします。call_function
自体は動的制御フローを直接処理するわけではありませんが、グラフブレイクによって生成された複数のサブグラフをInterpreter
が実行しようとした際に、予期せぬエラーが発生することがあります。
エラー: パフォーマンスの低下、メモリリーク、またはデバッグの困難
- トラブルシューティング:
- プロファイリング:
torch.profiler
などを使用して、Interpreter
の実行時間をプロファイリングし、どの部分がボトルネックになっているかを特定します。 - 最小限の変更:
call_function
は、必要最小限のロジックのみを実装するように心がけ、それ以外の部分はsuper().call_function()
に任せます。 - 段階的なデバッグ: 複雑な変更を加える前に、小さな変更から始めて、段階的に動作を確認しながらデバッグを行います。
- ログ出力:
call_function
内で詳細なログを出力することで、各関数の呼び出しと引数、戻り値を追跡し、問題の原因を特定しやすくします。
- プロファイリング:
- 原因:
- 非効率なカスタムロジック:
call_function
のカスタム実装が非効率的であったり、過剰な計算を行ったりすると、パフォーマンスが低下します。 - リソースの解放忘れ: カスタムロジック内で一時的なテンソルやオブジェクトを作成し、適切に解放しない場合、メモリリークが発生する可能性があります。
- 複雑なカスタムロジック:
call_function
を過度に複雑なロジックでオーバーライドすると、デバッグが非常に困難になります。
- 非効率なカスタムロジック:
- 再現可能な最小限のコード: 問題が発生した場合は、その問題を再現できる最小限のコードスニペットを作成することが、デバッグやコミュニティに助けを求める際に非常に役立ちます。
- 公式ドキュメントとフォーラムの活用: PyTorch の公式ドキュメントや PyTorch フォーラムは、FX に関する詳細な情報や、他のユーザーが遭遇した問題とその解決策を見つけるための貴重なリソースです。特に、
torch.compile
のトラブルシューティングに関するドキュメントは、FX の内部的な挙動について多くのヒントを提供します。 symbolic_trace
の制限を理解する:torch.fx.symbolic_trace
は強力ですが、すべてのPythonコードをトレースできるわけではありません。特に、データに依存する制御フロー、外部ライブラリへの複雑な依存、PyTorch テンソルを操作しない一般的なPythonコードなどは、トレースが困難または不可能です。これらの制限を理解することが、FX を効果的に使用する上で重要です。- バージョンの一致: PyTorch のバージョンが古い場合、
torch.fx
の機能が制限されている可能性があります。最新の安定版 PyTorch を使用することを推奨します。 - グラフの可視化:
traced_module.graph.print_tabular()
はもちろんのこと、torch.fx.Graph.graph_module_from_graph(graph).code
を使ってPythonコードとして出力したり、torch.fx.graph_drawer
などを使ってグラフを視覚的に表現したりすることで、何がトレースされ、どのように実行されているかを理解しやすくなります。
今回は特に call_function()
に焦点を当てて説明します。call_function()
は、FX Graph 内のノードの op
(操作の種類) が 'call_function'
である場合に呼び出されます。これは主に、torch.add
のような torch
関数や、len
のような Python の組み込み関数などが該当します。
例1: 特定の関数呼び出しを別の関数に置き換える (以前の例の再掲と詳細化)
最も一般的な使用例は、グラフ内の特定の関数呼び出しを別の関数呼び出しに置き換えることです。
import torch
import torch.fx
from torch.fx.interpreter import Interpreter
# 1. モデルの定義
class MyModule(torch.nn.Module):
def forward(self, x):
# この中で torch.sigmoid と torch.neg が呼び出される
a = torch.sigmoid(x)
b = torch.neg(a)
return b
# 2. カスタムInterpreterの定義
class NegSigmSwapInterpreter(Interpreter):
def run_node(self, node: torch.fx.Node) -> any:
# Interpreterのデフォルトのrun_nodeメソッドを呼び出す前に、
# ノードが 'call_function' であることを確認し、
# 必要に応じてオーバーライドする
if node.op == 'call_function':
target = node.target
args = self.fetch_args_from_env(node.args)
kwargs = self.fetch_args_from_env(node.kwargs)
# ここでカスタムロジックを実装
if target == torch.sigmoid:
print(f"DEBUG: torch.sigmoidをtorch.negに置き換えます。args={args}, kwargs={kwargs}")
# torch.negを実行し、その結果を返す
return torch.neg(*args, **kwargs)
elif target == torch.neg:
print(f"DEBUG: torch.negをtorch.sigmoidに置き換えます。args={args}, kwargs={kwargs}")
# torch.sigmoidを実行し、その結果を返す
return torch.sigmoid(*args, **kwargs)
else:
# それ以外の関数呼び出しは、親クラスのデフォルトの実装に任せる
# super().call_function() を直接呼び出すことも可能だが、
# run_node をオーバーライドしている場合は、通常、
# super().run_node() を呼び出すのが自然
pass # この例では、run_node をオーバーライドしているので、後の super().run_node で処理される
# オーバーライドしないノード、または上記で処理されなかったノードは、
# 親クラスのrun_nodeメソッドに任せる
return super().run_node(node)
# Note: run_node をオーバーライドする場合、call_function を直接オーバーライドするよりも柔軟性があります。
# call_function をオーバーライドする場合は以下のようになります。
# def call_function(self, target, args, kwargs):
# if target == torch.sigmoid:
# return torch.neg(*args, **kwargs)
# elif target == torch.neg:
# return torch.sigmoid(*args, **kwargs)
# return super().call_function(target, args, kwargs)
# 3. モデルのトレース
model = MyModule()
traced_model = torch.fx.symbolic_trace(model)
print("\n--- 元のモデルの実行結果 ---")
input_tensor = torch.randn(4)
original_output = model(input_tensor)
print(f"入力テンソル:\n{input_tensor}")
print(f"元の出力:\n{original_output}")
print("\n--- FX Graph の表示 ---")
traced_model.graph.print_tabular()
# 4. カスタムInterpreterでの実行
print("\n--- カスタムInterpreterでの実行 ---")
interpreter = NegSigmSwapInterpreter(traced_model)
swapped_output = interpreter.run(input_tensor)
print(f"スワップ後の出力:\n{swapped_output}")
# 5. 結果の検証
# 元のモデルのロジック: neg(sigmoid(x))
# スワップ後のロジック: sigmoid(neg(x))
expected_swapped_output = torch.sigmoid(torch.neg(input_tensor))
print(f"期待されるスワップ後の出力 (手動計算):\n{expected_swapped_output}")
assert torch.allclose(swapped_output, expected_swapped_output), "結果が一致しません!"
print("✓ スワップが正しく行われました。")
解説
- トレースと実行:
torch.fx.symbolic_trace(model)
でモデルの実行をトレースし、FX Graph を生成します。interpreter.run(input_tensor)
で、FX Graph をカスタムInterpreter
で実行します。
NegSigmSwapInterpreter
:Interpreter
クラスを継承しています。run_node
メソッドをオーバーライドしています。run_node
は各ノードの実行を担当する汎用メソッドです。node.op == 'call_function'
でノードが関数呼び出しであることを確認します。node.target
でどの関数が呼び出されるかを特定します(例:torch.sigmoid
)。self.fetch_args_from_env(node.args)
とself.fetch_args_from_env(node.kwargs)
で、グラフからノードの引数を取得します。これは、先行するノードの出力が現在のノードの入力になるため、Interpreter
の実行環境から値を取得する必要があります。if target == torch.sigmoid:
やelif target == torch.neg:
の条件で、特定の関数が見つかった場合に、代わりに別の関数 (torch.neg
やtorch.sigmoid
) を実行し、その結果を返します。- それ以外の関数(
else
ブロック)や、'call_function'
以外の操作 ('call_module'
,'get_attr'
など)は、super().run_node(node)
を呼び出すことで、親クラスのデフォルトの実装に任せます。これにより、他の部分は通常通り実行されます。
MyModule
:torch.sigmoid
とtorch.neg
を含む単純なモデルです。
例2: 関数呼び出しの引数を変更する
次に、関数呼び出しの引数を動的に変更する例を見てみましょう。ここでは、torch.relu
の入力に特定のオフセットを加える Interpreter を作成します。
import torch
import torch.fx
from torch.fx.interpreter import Interpreter
# 1. モデルの定義
class OffsetReLUModule(torch.nn.Module):
def forward(self, x):
a = x * 2.0
b = torch.relu(a) # ここをターゲットにする
c = b + 1.0
return c
# 2. カスタムInterpreterの定義
class AddOffsetToReLUInterpreter(Interpreter):
def __init__(self, gm: torch.fx.GraphModule, offset: float):
super().__init__(gm)
self.offset = offset
def run_node(self, node: torch.fx.Node) -> any:
if node.op == 'call_function':
target = node.target
# Interpreterの実行環境から引数を取得
args = list(self.fetch_args_from_env(node.args)) # タプルをリストに変換して変更可能にする
kwargs = dict(self.fetch_args_from_env(node.kwargs))
if target == torch.relu:
print(f"DEBUG: torch.reluの入力にオフセット {self.offset} を加えます。")
# ReLUの入力は通常、args[0] にあると仮定
if len(args) > 0 and isinstance(args[0], torch.Tensor):
args[0] = args[0] + self.offset
# 変更した引数で torch.relu を呼び出す
return torch.relu(*args, **kwargs)
# それ以外の関数は親クラスのデフォルト実装に任せる
# run_node をオーバーライドしているので、ここで super().call_function を直接呼び出すのではなく、
# 後の super().run_node(node) で処理される
pass
# オーバーライドしないノードは親クラスのrun_nodeメソッドに任せる
return super().run_node(node)
# 3. モデルのトレース
model = OffsetReLUModule()
traced_model = torch.fx.symbolic_trace(model)
print("\n--- 元のモデルの実行結果 ---")
input_tensor = torch.randn(4) - 2 # 負の値も含むように調整
original_output = model(input_tensor)
print(f"入力テンソル:\n{input_tensor}")
print(f"元の出力:\n{original_output}")
print("\n--- FX Graph の表示 ---")
traced_model.graph.print_tabular()
# 4. カスタムInterpreterでの実行 (オフセット = 5.0)
print("\n--- カスタムInterpreterでの実行 (オフセット = 5.0) ---")
offset_value = 5.0
interpreter_with_offset = AddOffsetToReLUInterpreter(traced_model, offset=offset_value)
offset_output = interpreter_with_offset.run(input_tensor)
print(f"オフセット適用後の出力:\n{offset_output}")
# 5. 結果の検証
# 元のモデルのロジック: relu(x * 2.0) + 1.0
# カスタムInterpreterのロジック: relu(x * 2.0 + offset) + 1.0
expected_offset_output = torch.relu(input_tensor * 2.0 + offset_value) + 1.0
print(f"期待されるオフセット適用後の出力 (手動計算):\n{expected_offset_output}")
assert torch.allclose(offset_output, expected_offset_output), "結果が一致しません!"
print("✓ オフセットの適用が正しく行われました。")
解説
AddOffsetToReLUInterpreter
:- コンストラクタで
offset
値を受け取るようにしています。 run_node
メソッド内でnode.target == torch.relu
でtorch.relu
ノードを特定します。args = list(self.fetch_args_from_env(node.args))
で引数を取得しますが、list()
でタプルからリストに変換している点に注目してください。これにより、args[0] = args[0] + self.offset
のように引数の値を変更できるようになります。タプルは不変なので、直接変更することはできません。- 変更された引数で
torch.relu(*args, **kwargs)
を実行し、その結果を返します。
- コンストラクタで
OffsetReLUModule
:torch.relu
を含む単純なモデルです。
例3: 関数呼び出しの実行をスキップし、固定値を返す
特定の関数呼び出しを完全にスキップし、代わりに固定値を返すことも可能です。これは、例えばデバッグ中に特定の計算ステップを無効にしたい場合などに役立ちます。
import torch
import torch.fx
from torch.fx.interpreter import Interpreter
# 1. モデルの定義
class SkipFunctionModule(torch.nn.Module):
def forward(self, x):
a = x * 3.0
b = torch.sin(a) # この関数をスキップし、固定値を返す
c = b + 5.0
return c
# 2. カスタムInterpreterの定義
class SkipSinInterpreter(Interpreter):
def run_node(self, node: torch.fx.Node) -> any:
if node.op == 'call_function':
target = node.target
if target == torch.sin:
print(f"DEBUG: torch.sinをスキップし、固定値 100.0 を返します。")
return torch.tensor(100.0, device=node.args[0].device, dtype=node.args[0].dtype)
# それ以外の関数は親クラスのデフォルト実装に任せる
pass
# それ以外のノードは親クラスのrun_nodeメソッドに任せる
return super().run_node(node)
# 3. モデルのトレース
model = SkipFunctionModule()
traced_model = torch.fx.symbolic_trace(model)
print("\n--- 元のモデルの実行結果 ---")
input_tensor = torch.randn(4)
original_output = model(input_tensor)
print(f"入力テンソル:\n{input_tensor}")
print(f"元の出力:\n{original_output}")
print("\n--- FX Graph の表示 ---")
traced_model.graph.print_tabular()
# 4. カスタムInterpreterでの実行
print("\n--- カスタムInterpreterでの実行 ---")
interpreter = SkipSinInterpreter(traced_model)
skipped_output = interpreter.run(input_tensor)
print(f"スキップ後の出力:\n{skipped_output}")
# 5. 結果の検証
# 元のロジック: sin(x * 3.0) + 5.0
# スキップ後のロジック: 100.0 + 5.0 = 105.0
expected_skipped_output = torch.tensor(105.0, device=input_tensor.device, dtype=input_tensor.dtype)
print(f"期待されるスキップ後の出力 (手動計算):\n{expected_skipped_output}")
assert torch.allclose(skipped_output, expected_skipped_output), "結果が一致しません!"
print("✓ 関数スキップが正しく行われました。")
解説
SkipSinInterpreter
:run_node
メソッドでnode.target == torch.sin
を検知します。return torch.tensor(100.0, ...)
で、torch.sin
の代わりに固定値100.0
を含むテンソルを返します。このとき、後続の計算のために、device
とdtype
を元の入力テンソルに合わせるのが良いプラクティスです。
SkipFunctionModule
:torch.sin
を含むモデルです。
上記の例ではすべて run_node
をオーバーライドして、その中で node.op == 'call_function'
の条件で分岐しています。これは、Interpreter
の各ノードを処理する汎用的な方法です。
call_function
を直接オーバーライドすることも可能です。その場合、FX の Interpreter
は、ノードの op
が 'call_function'
であれば自動的にあなたの call_function
メソッドを呼び出します。
# call_function を直接オーバーライドする例
class DirectCallFunctionInterpreter(Interpreter):
def call_function(self, target, args, kwargs):
if target == torch.sigmoid:
print(f"DEBUG (Direct): torch.sigmoidをtorch.negに置き換えます。")
return torch.neg(*args, **kwargs)
# その他の call_function ノードは親クラスのデフォルト実装に任せる
return super().call_function(target, args, kwargs)
# この Interpreter を使うには、上記と同じように symbolic_trace でグラフを作成し、
# interpreter = DirectCallFunctionInterpreter(traced_model)
# interpreter.run(input_tensor)
# と実行します。
どちらを使うべきか?
run_node
をオーバーライド:- 汎用性:
call_function
だけでなく、call_module
(nn.Module
の呼び出し) やcall_method
(テンソルのメソッド呼び出し、例:x.sum()
)、get_attr
(モデルの属性アクセス) など、すべての種類のノードの処理をカスタムしたい場合に便利です。 Interpreter
のノード処理の仕組みをより深く理解し、制御したい場合に適しています。
- 汎用性:
call_function
を直接オーバーライド:- シンプルさ:
'call_function'
オペレーションのみに焦点を当てたい場合に最も簡潔です。 - 使いやすさ:
target
,args
,kwargs
が直接引数として渡されるため、fetch_args_from_env
を自分で呼び出す必要がありません。
- シンプルさ:
多くのシナリオでは、call_function
を直接オーバーライドする方がシンプルで推奨されます。しかし、より複雑な変換や分析を行う場合は run_node
のオーバーライドが役立ちます。
これらの代替方法は、目的に応じてよりシンプルであったり、より高機能であったりします。
torch.fx.GraphModule の直接編集 (GraphModule の code を直接操作)
FX Graph を生成した後、GraphModule
の graph
オブジェクトを直接操作してノードを追加、削除、変更し、その後に新しい GraphModule
を作成するという方法です。これは Interpreter
を使用するよりも低レベルなアプローチですが、非常に柔軟です。
Pros
- 一度グラフを変換してしまえば、その後の実行にはカスタム
Interpreter
は不要になります。 Interpreter
を継承してロジックを記述するよりも、グラフの構造を直接操作できるため、より複雑な変換(例: ノードの追加、複数のノードを新しいサブグラフに置き換えるなど)に適しています。
Cons
- 変換されたグラフが正しいことを検証する責任が増えます。
- グラフの操作は手動で行うため、より複雑でエラーを起こしやすい可能性があります。
使用例の概念
import torch
import torch.fx
class MyModule(torch.nn.Module):
def forward(self, x):
a = x + 1.0
b = torch.relu(a) # このReLUをカスタムロジックに置き換えたい
c = b * 2.0
return c
# 1. モデルのトレース
model = MyModule()
traced_model = torch.fx.symbolic_trace(model)
graph = traced_model.graph
print("--- 元のグラフ ---")
graph.print_tabular()
# 2. グラフの直接編集
# ノードの検索
for node in graph.nodes:
if node.op == 'call_function' and node.target == torch.relu:
# ReLUノードの前に新しいノードを挿入する例
with graph.inserting_before(node):
# 例: ReLUの入力に100を加えるノードを追加
add_node = graph.create_node('call_function', torch.add, (node.args[0], 100.0), {})
# ReLUノードのターゲットを新しい関数に置き換える(または完全に削除して新しい計算フローを構築)
# ここでは、add_node の出力を ReLU の入力にするように ReLU ノードの引数を変更
node.args = (add_node,) # ReLUの引数を変更
# あるいは、ReLUノード自体を完全に新しい計算に置き換えることも可能
# with graph.inserting_after(node):
# # 例: ReLUの結果を2乗するノードを追加
# square_node = graph.create_node('call_function', torch.square, (node,), {})
# node.replace_all_uses_with(square_node) # ReLUの出力を使っていた全てのノードをsquare_nodeの出力に置き換える
# graph.erase_node(node) # 元のReLUノードを削除
break # 目的のノードが見つかったらループを抜ける
# 3. グラフの再コンパイル
traced_model.recompile() # グラフの変更を反映させる
print("\n--- 変更後のグラフ ---")
traced_model.graph.print_tabular()
# 4. 変更後のモデルの実行
input_tensor = torch.randn(4)
print(f"\n入力テンソル:\n{input_tensor}")
print(f"変更後の出力:\n{traced_model(input_tensor)}")
# 元のモデルの出力と異なることを確認
# print(f"元のモデルの出力:\n{model(input_tensor)}")
このアプローチは、より複雑なグラフ変換ツール(例えば、量子のためのグラフ変換)を作成する際に基盤となります。
PyTorch には、モデルを最適化するためのより高レベルなツールや変換パスが提供されています。これらは内部的に FX を利用していることがありますが、ユーザーが直接 Interpreter
やグラフ編集を行う必要はありません。
Pros
- 通常、パフォーマンスと正確性のバランスが考慮されています。
- 特定の最適化(量子化、融合など)のために設計されており、開発の手間が省けます。
Cons
- 汎用性が低く、提供されている変換パスの範囲外のカスタムロジックには適用できません。
例
- モジュールの融合 (Module Fusion):
torch.ao.quantization.fuse_modules
は、conv
とrelu
のように連続するモジュールを一つのモジュールに融合してパフォーマンスを向上させます。これは内部的に FX Graph を操作し、call_module
ノードなどを変換します。import torch import torch.nn as nn from torch.ao.quantization import fuse_modules_qat class SimpleConvReLU(nn.Module): def __init__(self): super().__init__() self.conv = nn.Conv2d(1, 1, 1) self.relu = nn.ReLU() def forward(self, x): return self.relu(self.conv(x)) model = SimpleConvReLU() # モデルを QAT (Quantization Aware Training) の準備をする model.qconfig = torch.ao.quantization.get_default_qat_qconfig('fbgemm') torch.ao.quantization.prepare_qat(model, inplace=True) # ConvとReLUを融合 fused_model = fuse_modules_qat(model, [['conv', 'relu']], inplace=False) print("--- 融合後のモデル ---") print(fused_model) # ConvReLU2d という新しいモジュールになっている
torch.compile (Dynamo/TorchInductor)
PyTorch 2.0 で導入された torch.compile
は、モデルの実行を高速化するための最先端のコンパイラです。これは内部的に torch.fx
(Dynamo) を使用してモデルをグラフとしてキャプチャし、次に TorchInductor を使用して最適化されたカーネルを生成します。
torch.compile
は、ユーザーが明示的に Interpreter
を書いたり、グラフを編集したりすることなく、モデルのパフォーマンスを向上させるための、より高レベルな方法を提供します。ただし、カスタムなロジックを挿入するという意味では、直接的な代替ではありません。しかし、もしあなたの目的が単にモデルの実行を最適化することであれば、torch.compile
が最もシンプルで強力な選択肢となるでしょう。
Pros
- ユーザーがFX Graphを直接扱う必要がないため、複雑さが軽減されます。
- ほとんどのPyTorchコードで特別な変更なしに動作します(多くの「グラフブレイク」を自動的に処理します)。
- 非常に高いパフォーマンス向上を期待できます。
Cons
- デバッグが難しい場合があります(最適化されたコードは読みにくいため)。
torch.fx.Interpreter.call_function()
が提供するような、個々の関数呼び出しレベルでの精密なカスタムロジックの挿入はできません。torch.compile
の内部の動作を制御することは困難です。
使用例
import torch
class MyModule(torch.nn.Module):
def forward(self, x):
return torch.sin(x) * torch.cos(x) + torch.relu(x)
model = MyModule()
compiled_model = torch.compile(model)
input_tensor = torch.randn(10)
# 通常の実行
output_normal = model(input_tensor)
# コンパイルされたモデルの実行
output_compiled = compiled_model(input_tensor)
assert torch.allclose(output_normal, output_compiled)
print("torch.compile を使ってモデルが実行されました。")
# 実際のパフォーマンスメリットは、より大規模なモデルや複数回の呼び出しで顕著になります
もしあなたの目的が、特定の関数の順伝播(forward)と逆伝播(backward)のロジックを完全にカスタマイズすることであるならば、torch.autograd.Function
を使用するのが適切です。これはFX Graphのレベルではなく、PyTorchの自動微分システム(Autograd)のレベルでのカスタマイズです。
Pros
- カスタムなC++カーネルやCUDAカーネルを統合する際に特に役立ちます。
- 順伝播と逆伝播の両方を完全に制御できます。
Cons
- 主にカスタムな低レベル演算を定義する際に使用され、既存のPyTorch関数を置き換えたり、グラフ全体の変換を行うものではありません。
- FX Graph の変換ツールとは異なる目的のものです。
使用例の概念
import torch
class MyCustomReLU(torch.autograd.Function):
@staticmethod
def forward(ctx, input_tensor):
# 順伝播ロジックをここに記述
output = input_tensor.clamp(min=0) + 10.0 # ReLU + 10.0 のカスタム演算
ctx.save_for_backward(input_tensor) # 逆伝播のために元の入力を保存
return output
@staticmethod
def backward(ctx, grad_output):
# 逆伝播ロジックをここに記述
input_tensor, = ctx.saved_tensors
grad_input = grad_output.clone()
grad_input[input_tensor < 0] = 0 # ReLUの勾配
return grad_input
# モデル内でカスタム関数を使用
class MyModelWithCustomReLU(torch.nn.Module):
def forward(self, x):
return MyCustomReLU.apply(x) # .apply() でカスタム関数を呼び出す
model = MyModelWithCustomReLU()
input_tensor = torch.randn(5, requires_grad=True)
output = model(input_tensor)
loss = output.sum()
loss.backward()
print(f"入力: {input_tensor}")
print(f"カスタムReLU出力: {output}")
print(f"入力の勾配: {input_tensor.grad}")
torch.fx.Interpreter.call_function()
は、FX Graph 内の「関数呼び出しノード」に焦点を当てた、特定の低レベルなグラフ実行時の挙動カスタマイズに非常に強力です。
しかし、目的によっては、以下の代替方法がより適切である場合があります。
- カスタムな順伝播/逆伝播の演算の定義:
torch.autograd.Function
。 - モデル全体のパフォーマンス最適化:
torch.compile
。 - 特定の最適化(融合、量子化など): PyTorch の
torch.ao.quantization
など、提供されている変換パス。 - より複雑なグラフ構造の変更:
torch.fx.GraphModule
の直接編集。