QAbstractScrollArea::viewportEvent()でよくあるエラーと解決策
QAbstractScrollArea
とは
まず、QAbstractScrollArea
は、スクロール可能な領域を提供するQtの低レベルな抽象クラスです。このクラスは、コンテンツが表示される「ビューポート (viewport)」と呼ばれる中央のウィジェットと、必要に応じて表示されるスクロールバーを提供します。QScrollArea
など、より高レベルなスクロールウィジェットの基盤となっています。
viewportEvent()
とは
viewportEvent(QEvent *event)
は、QAbstractScrollArea
クラスの仮想関数です。この関数は、ビューポートで発生するすべてのイベントを処理するために提供されています。
通常、Qtではウィジェットごとに特定のイベントハンドラ(例: paintEvent()
、mousePressEvent()
、resizeEvent()
など)が用意されています。しかし、QAbstractScrollArea
では、ビューポートで発生するこれらのイベントの多くが、便宜上、この単一の viewportEvent()
関数に集約されて渡されます。
主な役割と特徴
- ビューポートの更新
スクロールバーの値が変更されたり、ビューポートのサイズが変更されたりした場合など、ビューポートのコンテンツを更新する必要があるときに、このイベントハンドラ内でviewport()->update()
を呼び出すことで再描画を促すことができます。 - 戻り値 (bool)
true
を返すと、イベントが処理されたことを示し、それ以上イベントが伝播(親ウィジェットなどに渡されること)しないようにします。false
を返すと、イベントが処理されなかったことを示し、Qtのデフォルトのイベント処理メカニズムにイベントが渡されます。
- サブクラスでのオーバーライド
QAbstractScrollArea
を継承してカスタムのスクロール領域を作成する場合、このviewportEvent()
をオーバーライドすることで、ビューポートでのイベントを細かく制御できます。 - イベントの集約
ビューポートで発生する描画イベント、マウスイベント、キーボードイベント、サイズ変更イベントなど、様々な種類のイベントがこの関数に渡されます。
どのようなイベントがviewportEvent()に再マッピングされるか
Qtのドキュメントによると、QWidget
の専門的なイベントハンドラの中で、viewportEvent()
に再マッピングされるものには以下のようなものがあります。
resizeEvent()
(サイズ変更イベント)contextMenuEvent()
(コンテキストメニューイベント)dropEvent()
(ドロップイベント)dragLeaveEvent()
(ドラッグ終了イベント)dragMoveEvent()
(ドラッグ移動イベント)dragEnterEvent()
(ドラッグ開始イベント)wheelEvent()
(マウスホイールイベント)mouseMoveEvent()
(マウス移動イベント)mouseDoubleClickEvent()
(マウスダブルクリックイベント)mouseReleaseEvent()
(マウスボタン離しイベント)mousePressEvent()
(マウスボタン押し込みイベント)paintEvent()
(描画イベント)
注意点
キーボードイベント(keyPressEvent()
など)は、QAbstractScrollArea
がビューポートのフォーカスプロキシとなるため、通常は直接ビューポートには届きません。したがって、キーボードイベントを処理したい場合は、QAbstractScrollArea::keyPressEvent()
など、QAbstractScrollArea
自体のイベントハンドラをオーバーライドする必要があります。
QAbstractScrollArea
を継承して、以下のようなカスタム動作を実現したい場合に viewportEvent()
をオーバーライドします。
- イベントをビューポートに伝播させたくない場合
特定のイベント(例:マウスイベント)がビューポートに渡されるのを阻止したい場合。 - イベントをビューポートに届く前に変更したい場合
イベントのプロパティ(座標など)を変更してからビューポートに渡したい場合。 - スクロール領域自体の追加の処理をしたい場合
ビューポートで発生したイベントに基づいて、スクロール領域全体で何らかの追加処理を実行したい場合(例:カスタムのスクロールロジックを実装するなど)。
QAbstractScrollArea
は、スクロール可能なカスタムウィジェットを作成する際に使用される低レベルのクラスであるため、QScrollArea
を使用するよりも複雑な問題に遭遇することがあります。
QAbstractScrollArea::viewportEvent()
に関連する一般的なエラーとトラブルシューティング
ビューポートが描画されない、または一部しか描画されない
問題
QAbstractScrollArea
を継承したカスタムウィジェットで、ビューポートのコンテンツが全く表示されない、またはスクロールしても一部しか表示されない。
原因
- スクロールバーの値(
horizontalScrollBar()->value()
,verticalScrollBar()->value()
)に基づいてコンテンツの描画位置が適切にオフセットされていない。 viewport()->update()
ではなく、update()
を呼び出している。QAbstractScrollArea
の描画はビューポート上で行われるため、直接update()
を呼び出すだけではビューポートが再描画されません。viewportEvent()
内で描画処理が適切に行われていない。特にQEvent::Paint
イベントの処理が不足している。
トラブルシューティング
-
描画更新が必要な場合は、必ず
viewport()->update()
を呼び出すようにしてください。 -
viewportEvent()
内でevent->type() == QEvent::Paint
の場合に、ビューポートに描画を行うコードが正しく実装されているか確認してください。
マウス/キーボードイベントがビューポートに届かない
問題
ビューポート上のカスタムウィジェットや描画領域で、マウスクリックやキーボード入力が検出されない。
原因
- マウスイベント
viewportEvent()
内でマウスイベントを処理した後、true
を返してしまい、イベントがそれ以上伝播しないようにしている。または、viewportEvent()
をオーバーライドしていない場合。 - キーボードイベント
QAbstractScrollArea
は、デフォルトでビューポートのフォーカスプロキシ(focus proxy)となります。これにより、ビューポートではなくQAbstractScrollArea
自体がキーボードイベントを受け取るため、ビューポートで直接keyPressEvent()
などをオーバーライドしても動作しません。
トラブルシューティング
-
マウスイベントの処理
viewportEvent()
でマウスイベントを処理し、必要に応じてtrue
を返してイベントの伝播を停止させます。もし、ビューポートの子ウィジェットでマウスイベントを処理させたい場合は、viewportEvent()
内でfalse
を返すか、QAbstractScrollArea::viewportEvent(event)
を呼び出して基底クラスのデフォルト処理に任せてください。 -
キーボードイベントの処理
ビューポートではなく、QAbstractScrollArea
を継承したクラスのkeyPressEvent()
やkeyReleaseEvent()
をオーバーライドしてキーボードイベントを処理してください。void MyScrollArea::keyPressEvent(QKeyEvent *event) { // ここでキーボードイベントを処理 if (event->key() == Qt::Key_Space) { qDebug() << "Space key pressed in scroll area!"; } QAbstractScrollArea::keyPressEvent(event); // 基底クラスの処理も呼び出す }
スクロールバーが正しく表示されない、または機能しない
問題
スクロールバーが表示されるべきなのに表示されない、またはスクロールしてもコンテンツが移動しない。
原因
scrollContentsBy()
を適切に実装していない。- コンテンツのサイズが変更された際に、スクロールバーの範囲が更新されていない。
- スクロールバーの範囲(
setRange()
)や現在値(setValue()
)が適切に設定されていない。
トラブルシューティング
-
scrollContentsBy(int dx, int dy)
仮想関数をオーバーライドし、スクロールバーの移動に基づいてコンテンツの描画オフセットを調整するロジックを実装してください。この関数はスクロールバーが動かされたときに呼ばれます。void MyScrollArea::scrollContentsBy(int dx, int dy) { // dx, dy はスクロールによって移動した距離 // ここで描画オフセットを更新し、ビューポートを再描画する viewport()->scroll(dx, dy); // これは単純なビューポートのスクロールを行う // または、描画オフセットを保持するメンバ変数を更新し、 // viewport()->update() を呼び出して、paintEvent でそのオフセットを使用する }
多くの場合、
viewport()->scroll(dx, dy)
を呼び出すことで十分です。カスタム描画を行っている場合は、内部のオフセット変数を更新し、viewport()->update()
を呼び出す方が柔軟です。 -
resizeEvent()
(QAbstractScrollArea
自身の)や、コンテンツの変更時にスクロールバーの範囲を再計算し、設定し直してください。 -
コンテンツのサイズが変更されたり、ビューポートのサイズが変更されたりするたびに、スクロールバーの
maximum
プロパティを更新するようにしてください。horizontalScrollBar()->setRange(0, totalContentWidth - viewport()->width());
verticalScrollBar()->setRange(0, totalContentHeight - viewport()->height());
QPainterのエラー: "Widget painting can only begin as a result of a paintEvent"
問題
QPainter
を使用して描画しようとすると、上記のようなエラーメッセージが表示される。
原因
QPainter
は、paintEvent()
関数内、またはpaintEvent()
から直接呼び出された関数内でのみ、ウィジェット上で有効な描画コンテキストを持つことができます。viewportEvent()
は様々なイベントを処理するため、QEvent::Paint
以外のイベント中にQPainter
で描画しようとするとこのエラーが発生します。
トラブルシューティング
- 他のイベント(例: マウス移動イベント)でビューポートの内容を更新したい場合は、直接描画するのではなく、
viewport()->update()
を呼び出して再描画をリクエストしてください。これにより、後続のpaintEvent
で描画が行われます。 QPainter
を使用した描画コードが、viewportEvent()
内でevent->type() == QEvent::Paint
の条件分岐の中にのみ存在することを確認してください。
QAbstractScrollAreaの役割の誤解
問題
QScrollArea
のような「任意のウィジェットをスクロールさせる」機能が期待通りに動かない。
原因
QAbstractScrollArea
は、QScrollArea
と異なり、子ウィジェットを自動的にスクロールする機能は持っていません。開発者がビューポート内のコンテンツの描画とスクロールロジックを完全に制御する必要があります。
トラブルシューティング
QAbstractScrollArea
を継承する必要があるのは、以下のような、より高度なカスタム描画やイベント処理が必要な場合です。- 巨大なデータセット(例: 多数の行を持つテーブルや画像)を効率的に描画したい場合。
- OpenGLなどのカスタムグラフィックスAPIを使用して描画する場合。
- 非矩形の領域をスクロールさせたい場合。
- 非常に特殊なスクロール動作やイベント伝播を実装したい場合。
- もし、単に大きなウィジェットをスクロール可能にしたいだけであれば、
QScrollArea
を使用することを強く推奨します。QScrollArea
は、内部でsetWidget()
を使ってスクロールしたいウィジェットを設定するだけで、ほとんどのスクロールロジックを自動的に処理してくれます。
- qDebug()を使用する
イベントが届いているか、変数の値が期待通りかなどを確認するために、qDebug()
で情報を出力します。 - デバッガを活用する
viewportEvent()
にブレークポイントを設定し、どのようなイベントがどのような順序で、どのようなデータ(例:event->type()
、paintEvent->rect()
)で届いているかを確認します。 - 簡単な例から始める
まずは必要最低限の機能(ビューポートの描画と基本的なスクロール)から実装し、段階的に複雑な機能を追加していくことをお勧めします。 - Qtのドキュメントを熟読する
QAbstractScrollArea
はQtの中でも低レベルなクラスであり、その動作は詳細にドキュメントに記載されています。特に"Detailed Description"のセクションは非常に役立ちます。
以下に、viewportEvent()
を使用した具体的なプログラミング例をいくつか示します。
カスタム描画を伴う基本的なスクロールエリア
この例では、QAbstractScrollArea
を継承し、ビューポート内に単純なグリッドと点を描画します。スクロールバーの値に基づいて描画オフセットを調整し、ビューポートの再描画を行います。
MyScrollArea.h
#ifndef MYSCROLLAREA_H
#define MYSCROLLAREA_H
#include <QAbstractScrollArea>
#include <QPainter>
#include <QScrollBar>
#include <QEvent>
#include <QPaintEvent>
#include <QMouseEvent>
#include <QDebug> // for debugging
class MyScrollArea : public QAbstractScrollArea
{
Q_OBJECT
public:
explicit MyScrollArea(QWidget *parent = nullptr);
// コンテンツの論理的なサイズを設定
void setContentSize(const QSize &size);
protected:
// ビューポートイベントハンドラをオーバーライド
bool viewportEvent(QEvent *event) override;
// スクロールバーの移動に応じてコンテンツをスクロール
void scrollContentsBy(int dx, int dy) override;
// サイズ変更イベントを処理
void resizeEvent(QResizeEvent *event) override;
private:
QSize m_contentSize; // コンテンツの論理的なサイズ
QPoint m_scrollOffset; // 現在のスクロールオフセット
void updateScrollBars();
void drawContents(QPainter *painter);
};
#endif // MYSCROLLAREA_H
MyScrollArea.cpp
#include "MyScrollArea.h"
MyScrollArea::MyScrollArea(QWidget *parent)
: QAbstractScrollArea(parent),
m_contentSize(1000, 800), // 例として大きなコンテンツサイズを設定
m_scrollOffset(0, 0)
{
// スクロールバーのポリシーを設定
setHorizontalScrollBarPolicy(Qt::ScrollBarAsNeeded);
setVerticalScrollBarPolicy(Qt::ScrollBarAsNeeded);
// ビューポートがイベントを受け取れるように設定
viewport()->setMouseTracking(true); // マウス移動イベントを受け取るため
viewport()->setFocusPolicy(Qt::StrongFocus); // キーボードフォーカスを受け取るため
// 初期スクロールバー更新
updateScrollBars();
}
void MyScrollArea::setContentSize(const QSize &size)
{
if (m_contentSize != size) {
m_contentSize = size;
updateScrollBars();
viewport()->update(); // コンテンツサイズ変更により再描画が必要
}
}
bool MyScrollArea::viewportEvent(QEvent *event)
{
switch (event->type()) {
case QEvent::Paint:
{
// 描画イベント
QPaintEvent *paintEvent = static_cast<QPaintEvent*>(event);
QPainter painter(viewport());
// スクロールオフセットに基づいて座標系を移動
painter.translate(-m_scrollOffset.x(), -m_scrollOffset.y());
// ここでカスタムコンテンツを描画
drawContents(&painter);
// イベントを処理したことを示す
return true;
}
case QEvent::MouseMove:
{
// マウス移動イベント
QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event);
// qDebug() << "Mouse moved in viewport at:" << mouseEvent->pos();
// マウスの位置をスクロールオフセットで調整して表示
QPoint adjustedPos = mouseEvent->pos() + m_scrollOffset;
// 例: ステータスバーに表示するなど
//emit mousePositionChanged(adjustedPos);
break;
}
case QEvent::MouseButtonPress:
{
// マウスボタン押し込みイベント
QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event);
QPoint adjustedPos = mouseEvent->pos() + m_scrollOffset;
qDebug() << "Mouse pressed in viewport at:" << adjustedPos;
break;
}
case QEvent::Wheel:
{
// マウスホイールイベント (スクロールバーの値を直接操作する例)
QWheelEvent *wheelEvent = static_cast<QWheelEvent*>(event);
QScrollBar *vBar = verticalScrollBar();
QScrollBar *hBar = horizontalScrollBar();
if (wheelEvent->orientation() == Qt::Vertical) {
vBar->setValue(vBar->value() - wheelEvent->angleDelta().y() / 8);
} else {
hBar->setValue(hBar->value() - wheelEvent->angleDelta().x() / 8);
}
// ホイールイベントは自分で処理したのでtrueを返す
return true;
}
case QEvent::Resize:
{
// ビューポートのサイズ変更イベント
// QAbstractScrollAreaは通常これを内部で処理しますが、
// カスタム描画の場合はここでスクロールバーの範囲を再計算するのが良い
updateScrollBars();
break; // 基底クラスにも処理を任せるためにfalseを返すか、breakして基底クラスを呼び出す
}
default:
break;
}
// その他のイベントは基底クラスのviewportEventに処理を委譲
return QAbstractScrollArea::viewportEvent(event);
}
void MyScrollArea::scrollContentsBy(int dx, int dy)
{
// スクロールバーの移動に応じて内部のオフセットを更新
m_scrollOffset.setX(m_scrollOffset.x() + dx);
m_scrollOffset.setY(m_scrollOffset.y() + dy);
// ビューポートの描画を更新
// QAbstractScrollArea::scrollContentsBy() のデフォルト実装は viewport()->scroll(dx, dy) を呼び出す
// これはビューポートの内容を高速にスクロールさせるが、複雑な描画の場合は再描画が必要になる
// そのため、ここでは描画オフセットを更新し、paintEventで再描画するようにする
viewport()->update();
}
void MyScrollArea::resizeEvent(QResizeEvent *event)
{
QAbstractScrollArea::resizeEvent(event); // 基底クラスのresizeEventを呼び出す
updateScrollBars(); // ビューポートのサイズ変更時にスクロールバーを更新
}
void MyScrollArea::updateScrollBars()
{
// 水平スクロールバーの設定
horizontalScrollBar()->setRange(0, qMax(0, m_contentSize.width() - viewport()->width()));
horizontalScrollBar()->setPageStep(viewport()->width());
// 垂直スクロールバーの設定
verticalScrollBar()->setRange(0, qMax(0, m_contentSize.height() - viewport()->height()));
verticalScrollBar()->setPageStep(viewport()->height());
// 現在のスクロールオフセットが有効範囲内にあることを保証
m_scrollOffset.setX(qBound(0, m_scrollOffset.x(), horizontalScrollBar()->maximum()));
m_scrollOffset.setY(qBound(0, m_scrollOffset.y(), verticalScrollBar()->maximum()));
}
void MyScrollArea::drawContents(QPainter *painter)
{
// グリッドを描画
painter->setPen(QColor(200, 200, 200));
for (int x = 0; x < m_contentSize.width(); x += 50) {
painter->drawLine(x, 0, x, m_contentSize.height());
}
for (int y = 0; y < m_contentSize.height(); y += 50) {
painter->drawLine(0, y, m_contentSize.width(), y);
}
// 中心に大きな円を描画
painter->setBrush(Qt::blue);
painter->setPen(Qt::NoPen);
painter->drawEllipse(m_contentSize.width() / 2 - 100, m_contentSize.height() / 2 - 100, 200, 200);
// テキストを描画
painter->setPen(Qt::black);
QFont font = painter->font();
font.setPointSize(24);
painter->setFont(font);
painter->drawText(m_contentSize.width() / 2 - 150, m_contentSize.height() / 2, "Hello, Qt Scroll Area!");
}
main.cpp
#include <QApplication>
#include <QMainWindow>
#include <QVBoxLayout>
#include <QWidget>
#include "MyScrollArea.h"
int main(int argc, char *argv[])
{
QApplication a(argc, argv);
QMainWindow window;
window.setWindowTitle("Custom QAbstractScrollArea Example");
window.resize(600, 400);
MyScrollArea *scrollArea = new MyScrollArea(&window);
// コンテンツサイズをここで設定することも可能
scrollArea->setContentSize(QSize(1500, 1200));
QVBoxLayout *layout = new QVBoxLayout();
layout->addWidget(scrollArea);
QWidget *centralWidget = new QWidget(&window);
centralWidget->setLayout(layout);
window.setCentralWidget(centralWidget);
window.show();
return a.exec();
}
#include "moc_MyScrollArea.cpp" // mocファイルを含める(Qtのビルドシステムが自動生成)
この例のポイント
- updateScrollBars()
- コンテンツの論理的なサイズとビューポートの現在のサイズに基づいて、水平・垂直スクロールバーの
maximum
とpageStep
を設定します。これにより、スクロールバーが適切に表示され、機能するようになります。
- コンテンツの論理的なサイズとビューポートの現在のサイズに基づいて、水平・垂直スクロールバーの
- resizeEvent(QResizeEvent *event) のオーバーライド
QAbstractScrollArea
のサイズが変更されたときに、ビューポートのサイズも変更されるため、スクロールバーの範囲を再計算するためにupdateScrollBars()
を呼び出します。
- scrollContentsBy(int dx, int dy) のオーバーライド
- スクロールバーが動いた際に、コンテンツの描画オフセット
m_scrollOffset
を更新し、viewport()->update()
を呼び出してビューポートの再描画を促します。
- スクロールバーが動いた際に、コンテンツの描画オフセット
- viewportEvent(QEvent *event) のオーバーライド
QEvent::Paint
イベントを処理し、QPainter
を使用してビューポートにコンテンツを描画します。ここで、painter.translate(-m_scrollOffset.x(), -m_scrollOffset.y())
を使用して、スクロールオフセットに基づいて描画座標系を移動させているのが重要です。QEvent::MouseMove
やQEvent::MouseButtonPress
など、他のイベントも処理できます。これにより、マウスのインタラクション(例:ドラッグアンドドロップ、選択範囲の作成など)をカスタムで実装できます。QEvent::Wheel
イベントを処理し、マウスホイールでスクロールバーの値を直接変更する例を示しています。QEvent::Resize
イベントもviewportEvent
に再マッピングされて届きますが、この例ではresizeEvent()
(QAbstractScrollArea
自身の)でスクロールバーの更新を行うため、viewportEvent
では追加の処理は行っていません。- 処理しなかったイベントは、
QAbstractScrollArea::viewportEvent(event)
を呼び出して基底クラスに委譲します。
上記の例に、マウスのドラッグによってコンテンツをパンする機能を追加してみましょう。
MyScrollArea.h
に以下のプライベートメンバを追加します。
// ... (MyScrollArea.h の既存コード)
private:
// ... (既存のプライベートメンバ)
QPoint m_lastMousePos; // マウスドラッグの開始位置
bool m_isDragging; // ドラッグ中かどうか
MyScrollArea.cpp
の MyScrollArea
コンストラクタを更新します。
MyScrollArea::MyScrollArea(QWidget *parent)
: QAbstractScrollArea(parent),
m_contentSize(1000, 800),
m_scrollOffset(0, 0),
m_isDragging(false) // 初期化
{
// ... (既存のコンストラクタコード)
}
MyScrollArea.cpp
の viewportEvent()
を更新します。
bool MyScrollArea::viewportEvent(QEvent *event)
{
switch (event->type()) {
// ... (既存の QEvent::Paint, QEvent::Wheel ケース)
case QEvent::MouseButtonPress:
{
QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event);
if (mouseEvent->button() == Qt::LeftButton) {
m_lastMousePos = mouseEvent->pos();
m_isDragging = true;
return true; // イベントを処理したことを示す
}
break;
}
case QEvent::MouseMove:
{
QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event);
if (m_isDragging) {
// マウス移動量に基づいてスクロールオフセットを調整
int dx = mouseEvent->x() - m_lastMousePos.x();
int dy = mouseEvent->y() - m_lastMousePos.y();
// スクロールバーの値を直接更新する(scrollContentsBy()は呼ばれない)
horizontalScrollBar()->setValue(horizontalScrollBar()->value() - dx);
verticalScrollBar()->setValue(verticalScrollBar()->value() - dy);
m_lastMousePos = mouseEvent->pos(); // 次のドラッグ位置の基準を更新
return true; // イベントを処理したことを示す
}
// ... (既存のMouseMove処理があればここに含める)
break;
}
case QEvent::MouseButtonRelease:
{
QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event);
if (mouseEvent->button() == Qt::LeftButton) {
m_isDragging = false;
return true; // イベントを処理したことを示す
}
break;
}
// ... (QEvent::Resize や default ケース)
}
return QAbstractScrollArea::viewportEvent(event);
}
viewportEvent()
内でイベントを処理したら、return true;
を返すことで、そのイベントがそれ以上親ウィジェットなどに伝播しないようにします。QEvent::MouseButtonRelease
: マウスボタンが離されたら、ドラッグを終了します。QEvent::MouseMove
: ドラッグ中であれば、現在のマウス位置と前回の位置の差分(dx
,dy
)を計算し、それに応じてスクロールバーの値を直接更新します。これにより、コンテンツがマウスに追従して移動するような視覚効果が得られます。QEvent::MouseButtonPress
: 左ボタンが押されたら、ドラッグを開始し、現在のマウス位置を保存します。
QScrollArea を使用する (最も一般的で推奨される方法)
- コード例
#include <QApplication> #include <QMainWindow> #include <QScrollArea> #include <QLabel> #include <QPixmap> #include <QVBoxLayout> int main(int argc, char *argv[]) { QApplication a(argc, argv); QMainWindow window; window.setWindowTitle("QScrollArea Example"); QScrollArea *scrollArea = new QScrollArea(&window); QLabel *imageLabel = new QLabel(scrollArea); QPixmap pixmap("path/to/your/large_image.jpg"); // 非常に大きな画像を用意 if (pixmap.isNull()) { qDebug() << "Failed to load image. Make sure the path is correct."; // fallback: Create a dummy large pixmap pixmap = QPixmap(2000, 1500); pixmap.fill(Qt::lightGray); QPainter painter(&pixmap); painter.drawText(pixmap.rect(), Qt::AlignCenter, "Large Dummy Image"); } imageLabel->setPixmap(pixmap); imageLabel->adjustSize(); // QLabelのサイズを画像に合わせる scrollArea->setWidgetResizable(true); // ウィジェットのサイズ変更をQScrollAreaに任せる scrollArea->setWidget(imageLabel); // 画像ラベルをスクロールエリアに設定 window.setCentralWidget(scrollArea); window.resize(600, 400); window.show(); return a.exec(); }
- 欠点
- 非常に大量のアイテムを効率的に描画するのには向かない(仮想化された描画が必要な場合など)。
- ビューポートのイベントをきめ細かく制御したい場合には不向き。
- 利点
- 実装がはるかに簡単。
- Qtのデフォルトのスクロール動作がそのまま利用できる。
- ほとんどの一般的なユースケースに対応できる。
- 使いどころ
- 既存の大きなウィジェット(例:
QLabel
に画像を表示、QVBoxLayout
に多数のウィジェットを配置など)をスクロール可能にしたい場合。 - コンテンツが完全に
QWidget
の描画システムで表現できる場合。 - カスタム描画は必要だが、その描画が単一の
QWidget
のpaintEvent()
で完結できる場合。
- 既存の大きなウィジェット(例:
- 説明
ほとんどの場合、QAbstractScrollArea
を直接サブクラス化する必要はありません。Qtは、任意のQWidget
をスクロール可能にするための高レベルなラッパーとしてQScrollArea
を提供しています。QScrollArea
は内部でQAbstractScrollArea
を使用していますが、ビューポートのイベント処理やスクロールバーの管理といった複雑な部分を自動的に処理してくれます。
QGraphicsView および QGraphicsScene フレームワークを使用する
- コード例
#include <QApplication> #include <QMainWindow> #include <QGraphicsView> #include <QGraphicsScene> #include <QGraphicsRectItem> #include <QGraphicsEllipseItem> #include <QMouseEvent> #include <QDebug> // カスタムアイテムの例 class MyGraphicsItem : public QGraphicsRectItem { public: MyGraphicsItem(const QRectF &rect, QGraphicsItem *parent = nullptr) : QGraphicsRectItem(rect, parent) { setFlag(QGraphicsItem::ItemIsMovable); setFlag(QGraphicsItem::ItemIsSelectable); setBrush(Qt::green); setPen(Qt::black); } protected: void mousePressEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event) override { qDebug() << "Item clicked at:" << event->pos(); // アイテム座標 QGraphicsRectItem::mousePressEvent(event); // 基底クラスの処理を呼び出す } }; int main(int argc, char *argv[]) { QApplication a(argc, argv); QMainWindow window; window.setWindowTitle("QGraphicsView Example"); window.resize(800, 600); QGraphicsScene *scene = new QGraphicsScene(0, 0, 1000, 800, &window); // シーンの論理サイズ // シーンにアイテムを追加 scene->addRect(0, 0, 100, 100, QPen(Qt::red), QBrush(Qt::red)); scene->addEllipse(200, 50, 150, 100, QPen(Qt::blue), QBrush(Qt::blue)); scene->addText("Hello Graphics View!", QFont("Arial", 20)); MyGraphicsItem *customItem = new MyGraphicsItem(QRectF(400, 300, 100, 80)); scene->addItem(customItem); QGraphicsView *view = new QGraphicsView(scene, &window); view->setRenderHint(QPainter::Antialiasing); // アンチエイリアス有効化 view->setDragMode(QGraphicsView::ScrollHandDrag); // ハンドドラッグでパンできるように設定 window.setCentralWidget(view); window.show(); return a.exec(); }
- 欠点
- 単純なカスタム描画にはオーバーヘッドが大きい。
- フレームワークの学習曲線がある。
- 利点
- 大規模なシーンでも高いパフォーマンスを発揮(アイテムの可視性や衝突検出の最適化)。
- 柔軟な座標変換とビュー操作(ズーム、パン、回転)。
- アイテムごとのイベント処理とインタラクションが可能。
- 使いどころ
- 多数の個別のグラフィックオブジェクト(線、図形、画像、テキストなど)を扱う場合。
- アイテムの選択、ドラッグ、変形、衝突検出などの複雑なインタラクションが必要な場合。
- ズームや回転といったビュー変換が必要な場合。
- カスタムのグラフィックアイテムを作成して、それぞれが独自のイベントハンドリングを持つようにしたい場合。
- 説明
QGraphicsView
はQAbstractScrollArea
を継承しており、その名の通り、2Dグラフィックスアイテム(QGraphicsItem
)を管理し、表示するための強力なフレームワークです。これは、アイテムベースの描画とインタラクションに特化しています。ビューポートの描画やイベント処理は、主にQGraphicsView
とQGraphicsScene
が内部で処理します。
イベントフィルターを使用する (QObject::eventFilter())
- 欠点
- オーバーライド可能な仮想関数がある場合は、通常そちらの方が推奨される(設計の意図が明確になるため)。
- イベントフィルターの連鎖が複雑になると、デバッグが難しくなる可能性がある。
- 利点
- 既存のクラスを直接変更せずにイベント処理をカスタマイズできる。
- 複数のオブジェクトのイベントを単一の場所で処理できる。
- 使いどころ
- 既存のQtウィジェットのデフォルト動作を変更したいが、そのウィジェットをサブクラス化したくない場合。
- 複数のウィジェットに共通のイベント処理ロジックを適用したい場合(単一のイベントフィルタークラスを作成し、複数のウィジェットにインストール)。
- ウィジェットのイベントが親ウィジェットに伝播するのを防ぎたい場合。
- 説明
QAbstractScrollArea::viewportEvent()
は、QAbstractScrollArea
をサブクラス化してビューポートのイベントを処理する方法です。しかし、既存のウィジェット(QAbstractScrollArea
のviewport()
が返すQWidget
など)のイベントを横取りして処理したい場合、そのウィジェットにイベントフィルターをインストールすることができます。イベントフィルターは、ターゲットオブジェクトのイベントハンドラが呼ばれる前にイベントを傍受し、処理を継続するか、停止するかを決定できます。
- イベントフィルター
- 既存のウィジェットのイベント処理に、元のクラスをサブクラス化せずに、追加のロジックを注入したい場合に役立ちます。
- 特定のイベントを傍受して処理を中断したり、変更したりするのに便利です。
- QGraphicsView / QGraphicsScene
- 多数の個々のグラフィックアイテムと複雑なインタラクション(ズーム、パン、アイテムごとのイベントなど)が必要な場合に最適です。
- 高パフォーマンスな2Dグラフィックスアプリケーションに適しています。
- QScrollArea
- ほとんどの一般的なスクロール要件(既存のウィジェットをスクロール可能にする)に最も適しており、シンプルで使いやすいです。
- デフォルトのスクロール動作とイベント処理をQtに任せることができます。
- QAbstractScrollArea::viewportEvent() のオーバーライド
- カスタムの複雑な描画や、イベントの非常に細かい制御が必要な場合に最適です。
- 特に、ビューポート全体を単一のキャンバスとして扱い、自分で描画オフセットを管理する場合に選択されます。