もう迷わない!QtのdragMoveEvent()を使ったD&Dプログラミング例

2025-05-27

QAbstractScrollArea は、スクロール可能な領域(ビューポート)を提供するQtのウィジェットの基底クラスです。このクラスは、ドラッグ&ドロップ操作に対応するためのイベントハンドラをいくつか持っており、そのうちの一つが dragMoveEvent() です。

この関数は、ドラッグ&ドロップ操作中に、ドラッグ中のアイテムがウィジェットの領域内で移動する際に継続的に発生するイベントを処理するために使用されます。

役割と挙動

  1. イベントの発生: ドラッグ操作中に、マウスカーソルが QAbstractScrollArea のインスタンス(またはその派生クラス)の領域内にある状態で移動すると、dragMoveEvent が繰り返し呼び出されます。
  2. QDragMoveEvent オブジェクト: イベントに関する情報は QDragMoveEvent *event パラメータとして渡されます。この event オブジェクトには、マウスカーソルの位置、ドラッグされているデータの種類(MIMEタイプ)、提案されているドロップアクション(コピー、移動、リンクなど)といった詳細が含まれています。
  3. イベントの「受け入れ」:
    • dragMoveEvent() をオーバーライド(再実装)する際、そのウィジェットがドラッグされているデータを受け入れることができるかどうかを判断し、適切に event->accept() または event->ignore() を呼び出す必要があります。
    • event->accept() を呼び出すと、Qtはウィジェットがドロップを受け入れる準備ができていることを示し、通常、ドロップが許可されることを示すカーソル(例:許可カーソル、移動カーソルなど)を表示します。
    • event->ignore() を呼び出すと、ウィジェットがドロップを受け入れないことを示し、通常、禁止カーソルが表示されます。
  4. ドロップアクションの提案:
    • event->setDropAction(Qt::DropAction action) を使用して、ウィジェットが受け入れることができるドロップアクションを明示的に指定できます。これにより、ユーザーに対して視覚的なフィードバックを提供できます。
  5. スクロール領域の自動スクロール: QAbstractScrollArea はスクロール可能な領域であるため、dragMoveEvent() を適切に処理することで、ドラッグ中にマウスがスクロール領域の端に近づいたときに、自動的にスクロールが開始されるように動作させることができます。これは、大きなリストやテーブルなどでアイテムをドラッグして、現在の表示範囲外に移動させたい場合に特に便利です。

なぜオーバーライドする必要があるのか?

QAbstractScrollArea やその派生クラス(例: QTableView, QTreeWidget, QTextEdit など)でカスタムのドラッグ&ドロップ動作を実装したい場合、この dragMoveEvent() をオーバーライドすることがよくあります。

例えば:

  • 自動スクロールの制御: 標準の自動スクロール動作をカスタマイズしたい場合(例:スクロール速度の調整)。
  • 視覚的なフィードバックの変更: ドラッグ中にウィジェットの表示を一時的に変更して、ドロップ位置のプレビューを表示したり、ドロップ可能/不可能な状態を明確に示したりしたい場合。
  • ドロップが可能な領域を制限する: ウィジェット内の特定の領域でのみドロップを許可し、それ以外の場所ではドロップを禁止したい場合。
  • 特定のデータ形式のみを受け入れる: event->mimeData()->hasFormat("your/custom-format") のように、特定のMIMEタイプを持つデータのみを受け入れるように制御したい場合。

注意点

  • dragMoveEvent() はマウスが移動するたびに頻繁に呼び出されるため、この関数内で時間のかかる処理を実行すると、UIの応答性が低下する可能性があります。
  • dragEnterEvent() でイベントを受け入れない限り、dragMoveEvent() は発生しません。つまり、ウィジェットがドラッグ操作を受け入れる意思があることを最初に dragEnterEvent() で示す必要があります。


dragMoveEvent() は、ドラッグ&ドロップ機能の中核をなすイベントハンドラですが、その動作が期待通りにならない場合、いくつかの一般的な原因が考えられます。

ドラッグ&ドロップが全く機能しない、または禁止カーソルが表示される

原因

  • 異なる権限レベルのアプリケーション間でのD&D
    Windows環境では、管理者権限で実行されているアプリケーションとそうでないアプリケーションの間でドラッグ&ドロップが機能しないことがあります。これはOSのセキュリティ上の制約であり、Qtのバグではありません。
  • MIMEデータの不一致
    ドロップしようとしているデータのMIMEタイプが、ウィジェットが受け入れるMIMEタイプと一致しない場合、イベントが拒否されることがあります。
  • dragMoveEvent() で event->accept() または event->acceptProposedAction() を呼び出していない
    dragMoveEvent() は、ドラッグ中に継続的に発生するイベントです。ここでイベントを受け入れないと、ドロップが許可されないことを示す禁止カーソルが表示され、dropEvent() が呼び出されません。
  • dragEnterEvent() で event->accept() または event->acceptProposedAction() を呼び出していない
    dragEnterEvent() は、ドラッグされたデータがウィジェットの領域に入ったときに一度だけ発生するイベントです。ここでイベントを受け入れないと、dragMoveEvent()dropEvent() は呼び出されません。
  • setAcceptDrops(true) の設定漏れ
    ドロップを受け入れるウィジェットで setAcceptDrops(true) を呼び出していない場合、ドラッグイベントは全く受け付けられません。

トラブルシューティング

  • 権限レベルの確認
    アプリケーションを管理者権限で実行している場合は、テストのために一時的に通常権限で実行してみるか、ドラッグ元とドロップ先の両方を同じ権限で実行してみます。
  • MIMEデータの確認
    ドラグ元で設定した QMimeData のMIMEタイプと、ドロップ先で event->mimeData()->hasFormat() でチェックしているMIMEタイプが完全に一致していることを確認します。スペルミスや大文字小文字の違いに注意してください。
  • dragMoveEvent() のデバッグ
    dragMoveEvent() をオーバーライドし、イベントが継続的に呼び出されているか、そして event->acceptProposedAction() が呼び出されているかを確認します。
    void MyWidget::dragMoveEvent(QDragMoveEvent *event) {
        // 例: ドロップ位置のプレビューなど、何らかの処理
        if (event->mimeData()->hasFormat("text/plain")) {
            event->acceptProposedAction(); // この行が重要
            qDebug() << "Drag moving with text/plain. Accepted.";
        } else {
            event->ignore();
            qDebug() << "Drag moving with unsupported format. Ignored.";
        }
    }
    
  • dragEnterEvent() のデバッグ
    dragEnterEvent() をオーバーライドし、イベントが呼び出されているか、event->mimeData() の内容(受け入れ可能なMIMEタイプ)が正しいか、そして event->acceptProposedAction() が呼び出されているかを確認します。
    void MyWidget::dragEnterEvent(QDragEnterEvent *event) {
        if (event->mimeData()->hasFormat("text/plain")) {
            event->acceptProposedAction(); // この行が重要
            qDebug() << "Drag entered with text/plain. Accepted.";
        } else {
            event->ignore();
            qDebug() << "Drag entered with unsupported format. Ignored.";
        }
    }
    
  • setAcceptDrops(true) の確認
    ドロップターゲットとなるウィジェットのコンストラクタや初期化関数で setAcceptDrops(true) が呼ばれていることを確認します。

自動スクロールが機能しない

原因

  • 子ウィジェットでのD&D処理
    QAbstractScrollArea の中に子ウィジェットがあり、その子ウィジェットでD&Dを処理している場合、親の QAbstractScrollArea にイベントが伝播せず、自動スクロールが発動しないことがあります。
  • QAbstractScrollArea のオーバーライドミス
    QAbstractScrollArea 自体はドラッグ中の自動スクロールをある程度サポートしていますが、dragMoveEvent() をオーバーライドして event->acceptProposedAction() を呼び出すだけでは、期待通りの自動スクロールが機能しない場合があります。特に、QAbstractItemView のような派生クラスを継承している場合、そのビューのモデル/ビューのD&D設定が自動スクロールに影響することがあります。

トラブルシューティング

  • 子ウィジェットから親へのイベント伝播
    もし子ウィジェットがD&Dを処理している場合、子ウィジェットの dragMoveEvent() でイベントを event->ignore() して親に伝播させるか、親の QAbstractScrollArea にD&Dロジックを集約させることを検討します。ただし、これは複雑なシナリオになることがあります。多くの場合、ビューポート自体でD&Dを処理するのが最も単純です。
  • 明示的な自動スクロールの実装
    dragMoveEvent() 内で、マウスカーソルの位置がビューポートの端に近づいたかどうかを検出し、手動で horizontalScrollBar()->setValue()verticalScrollBar()->setValue() を呼び出してスクロールを制御する方法を検討します。
    void MyScrollArea::dragMoveEvent(QDragMoveEvent *event) {
        // ビューポートの端に近づいたらスクロール
        const int margin = 20; // マージン
        QPoint pos = event->pos(); // ビューポート座標
    
        if (pos.y() < margin) {
            verticalScrollBar()->setValue(verticalScrollBar()->value() - verticalScrollBar()->singleStep());
        } else if (pos.y() > viewport()->height() - margin) {
            verticalScrollBar()->setValue(verticalScrollBar()->value() + verticalScrollBar()->singleStep());
        }
        // 水平方向も同様に
    
        event->acceptProposedAction(); // イベントを受け入れることを忘れない
    }
    

クラッシュや予期せぬ動作

原因

  • 複雑なロジックのデバッグ不足
    dragMoveEvent() 内で複雑なロジック(例えば、アイテムの挿入位置の計算やハイライト表示など)を実装している場合、エッジケースでのバグが見落とされがちです。
  • イベントの処理漏れ
    dragMoveEvent()dropEvent() で必要な処理を完了せず、状態が中途半端なままになる。
  • 無効なポインタへのアクセス
    QMimeData からデータを取得する際に、存在しないMIMEタイプを要求したり、不正なキャストを行ったりするとクラッシュすることがあります。

トラブルシューティング

  • シンプルなケースから始める
    まずは最も基本的なドラッグ&ドロップ(例:テキストのドラッグ&ドロップ)を実装し、それが機能することを確認してから、より複雑な機能を追加していきます。
  • デバッガの使用
    デバッガを使用して dragMoveEvent() の各ステップを追跡し、変数の値が期待通りであるか、どこで処理が中断されているかを確認します。
  • Nullチェック
    QMimeData からポインタを取得する際は、必ずNullチェックを行います。
  • QMimeData の内容の確認
    event->mimeData()->formats() で利用可能なMIMEタイプを列挙し、正しいMIMEタイプを hasFormat() でチェックしているか確認します。

dragMoveEvent が呼び出されない

原因

  • QDrag オブジェクトの開始の問題
    ドラッグ元で QDrag::exec() が正しく呼び出されていない、またはドラッグ開始時のMIMEデータが空であるなど。
  • ウィジェットがドラッグ操作を受け入れる設定になっていない
    setAcceptDrops(true) の設定漏れ。
  • dragEnterEvent が成功していない
    上記の「dragEnterEvent()event->accept() を呼び出していない」のケースと同様です。dragEnterEvent() でイベントを受け入れないと、以降の dragMoveEvent() は呼び出されません。
  • dragEnterEvent が正しく実装され、期待通りに accept() されているかを最優先で確認してください。


以下に、基本的な使用例と、より高度な自動スクロールの例を示します。

例1: シンプルなドラッグ&ドロップターゲットとしての dragMoveEvent()

この例では、カスタムウィジェットがプレーンテキストのドラッグを受け入れるかどうかを dragMoveEvent() で判断し、カーソルを適切に変化させます。

MyScrollArea.h (ヘッダファイル)

#ifndef MYSCROLLAREA_H
#define MYSCROLLAREA_H

#include <QAbstractScrollArea>
#include <QDragEnterEvent>
#include <QDragMoveEvent>
#include <QDropEvent>
#include <QDebug> // デバッグ出力用

class MyScrollArea : public QAbstractScrollArea
{
    Q_OBJECT

public:
    explicit MyScrollArea(QWidget *parent = nullptr);

protected:
    // ドロップイベントハンドラをオーバーライド
    void dragEnterEvent(QDragEnterEvent *event) override;
    void dragMoveEvent(QDragMoveEvent *event) override;
    void dropEvent(QDropEvent *event) override;
};

#endif // MYSCROLLAREA_H

MyScrollArea.cpp (実装ファイル)

#include "MyScrollArea.h"
#include <QMimeData>
#include <QScrollBar>

MyScrollArea::MyScrollArea(QWidget *parent)
    : QAbstractScrollArea(parent)
{
    // このウィジェットがドロップイベントを受け入れるように設定
    setAcceptDrops(true);

    // ビューポートの設定 (例としてシンプルなQWidgetをビューポートとして設定)
    // 実際には、カスタムの描画ロジックを持つQGraphicsViewやカスタムウィジェットを設定することが多いです。
    setViewport(new QWidget(this));
    viewport()->setBackgroundRole(QPalette::Dark);
    viewport()->setAutoFillBackground(true);
}

void MyScrollArea::dragEnterEvent(QDragEnterEvent *event)
{
    qDebug() << "dragEnterEvent called.";
    // ドラッグされたデータがプレーンテキストを含んでいるかチェック
    if (event->mimeData()->hasFormat("text/plain")) {
        // ドロップアクションとしてCopyActionを提案
        event->acceptProposedAction();
        qDebug() << "  -> Accepted (text/plain).";
    } else {
        // それ以外のデータは無視
        event->ignore();
        qDebug() << "  -> Ignored (unsupported format).";
    }
}

void MyScrollArea::dragMoveEvent(QDragMoveEvent *event)
{
    qDebug() << "dragMoveEvent called.";
    // dragEnterEventと同様に、受け入れるMIMEタイプをチェック
    if (event->mimeData()->hasFormat("text/plain")) {
        // 現在のドロップアクションを提案されたアクションに設定してイベントを受け入れる
        // これにより、Qtは適切なカーソルを表示し、ドロップが可能であることをユーザーに示す
        event->acceptProposedAction();
        qDebug() << "  -> Accepted (text/plain) at pos:" << event->pos();

        // ここで、ドラッグ中のアイテムがスクロール領域の端に近づいた場合に
        // 自動スクロールをトリガーするロジックを実装することもできます (下記例2参照)
    } else {
        event->ignore();
        qDebug() << "  -> Ignored (unsupported format).";
    }
}

void MyScrollArea::dropEvent(QDropEvent *event)
{
    qDebug() << "dropEvent called.";
    // ドロップされたデータがプレーンテキストであれば処理
    if (event->mimeData()->hasFormat("text/plain")) {
        QString droppedText = event->mimeData()->text();
        QPoint dropPos = event->pos(); // ドロップされたビューポート内の位置

        qDebug() << "Dropped text:" << droppedText << "at position:" << dropPos;

        // ここで、ドロップされたテキストをウィジェット内に表示したり、
        // 内部データ構造に組み込んだりする処理を実装
        // 例: QLabelを作成してビューポートに配置
        QLabel *label = new QLabel(droppedText, viewport());
        label->adjustSize();
        label->move(dropPos);
        label->show();

        event->acceptProposedAction(); // ドロップを完了
    } else {
        event->ignore();
    }
}

main.cpp (アプリケーションのエントリポイント)

#include <QApplication>
#include <QMainWindow>
#include <QVBoxLayout>
#include "MyScrollArea.h"

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QMainWindow mainWindow;
    mainWindow.setWindowTitle("Drag & Drop to Scroll Area Example");

    MyScrollArea *scrollArea = new MyScrollArea(&mainWindow);
    mainWindow.setCentralWidget(scrollArea);
    mainWindow.resize(600, 400);
    mainWindow.show();

    return a.exec();
}

解説

  • dropEvent(): マウスボタンが離され、ドロップが完了したときに呼ばれます。ここで QMimeData から実際のデータを取り出し、アプリケーションのロジックに従って処理します。
  • dragMoveEvent(): ドラッグされたアイテムがこのウィジェットの領域内を移動する際に継続的に呼ばれます。ここでも event->acceptProposedAction() を呼び出すことで、カーソルを維持し、ドロップが引き続き可能であることを示します。このイベント内で、ドラッグ中の位置に基づいてウィジェット内の要素をハイライトしたり、挿入位置のプレビューを表示したりする視覚的なフィードバックを実装できます。
  • dragEnterEvent(): ドラッグされたアイテムがこのウィジェットの領域に入ったときに一度だけ呼ばれます。ここで、このウィジェットがそのデータを受け入れる意思があるかどうかを event->acceptProposedAction() で示します。これにより、Qtは適切なドラッグカーソル(例えば、許可カーソル)を表示し、次の dragMoveEvent() が発生するようになります。
  • setAcceptDrops(true): コンストラクタでこれを呼び出すことで、MyScrollArea インスタンスがドラッグ&ドロップイベントのターゲットになることを有効にします。

QAbstractScrollArea はデフォルトである程度の自動スクロール機能を持っていますが、dragMoveEvent() をオーバーライドすることで、より細かく制御したり、特定の動作を実装したりできます。

MyScrollArea.cppdragMoveEvent に以下のロジックを追加します。

void MyScrollArea::dragMoveEvent(QDragMoveEvent *event)
{
    qDebug() << "dragMoveEvent called.";
    if (event->mimeData()->hasFormat("text/plain")) {
        event->acceptProposedAction();
        qDebug() << "  -> Accepted (text/plain) at pos:" << event->pos();

        // --- ここから自動スクロールのロジック ---
        const int scrollMargin = 20; // ビューポートの端からのマージンピクセル
        QPoint pos = event->pos(); // ビューポート内のイベント位置

        // 垂直スクロールバーの制御
        if (pos.y() < scrollMargin) {
            // 上端に近づいたら上にスクロール
            int currentValue = verticalScrollBar()->value();
            verticalScrollBar()->setValue(currentValue - verticalScrollBar()->singleStep());
        } else if (pos.y() > viewport()->height() - scrollMargin) {
            // 下端に近づいたら下にスクロール
            int currentValue = verticalScrollBar()->value();
            verticalScrollBar()->setValue(currentValue + verticalScrollBar()->singleStep());
        }

        // 水平スクロールバーの制御 (必要であれば)
        if (pos.x() < scrollMargin) {
            // 左端に近づいたら左にスクロール
            int currentValue = horizontalScrollBar()->value();
            horizontalScrollBar()->setValue(currentValue - horizontalScrollBar()->singleStep());
        } else if (pos.x() > viewport()->width() - scrollMargin) {
            // 右端に近づいたら右にスクロール
            int currentValue = horizontalScrollBar()->value();
            horizontalScrollBar()->setValue(currentValue + horizontalScrollBar()->singleStep());
        }
        // --- 自動スクロールのロジックここまで ---

    } else {
        event->ignore();
    }
}

解説

この拡張された dragMoveEvent() では、以下の手順で自動スクロールを実装しています。

  1. scrollMargin の定義: ビューポートの端からどれだけ近づいたらスクロールを開始するかを定義するピクセル値です。
  2. event->pos() の取得: ドラッグ中のマウスカーソルがビューポート内のどの位置にあるかを取得します。
  3. スクロール方向の判定とスクロールバーの操作:
    • pos.y() < scrollMargin: マウスがビューポートの上端に近づいた場合。
    • pos.y() > viewport()->height() - scrollMargin: マウスがビューポートの下端に近づいた場合。
    • verticalScrollBar()->value(): 現在の垂直スクロールバーの位置を取得します。
    • verticalScrollBar()->singleStep(): スクロールバーの「1ステップ」の量を取得します。通常は一行、または一項目分などのスクロール量です。
    • verticalScrollBar()->setValue(): スクロールバーの位置を新しい値に設定し、スクロールをトリガーします。
    • 水平方向も同様に処理します。


Qt プログラミングにおける void QAbstractScrollArea::dragMoveEvent() に関連する「代替手段」というよりは、dragMoveEvent() の利用方法や、より高度なドラッグ&ドロップ機能の実装における他の関連する概念について説明します。

dragMoveEvent() はドラッグ&ドロップの核心的なイベントハンドラであり、これを完全に代替する一般的な方法はほとんどありません。しかし、その役割を特定の状況で別の方法で実現したり、より複雑なD&Dシナリオで他のQtの機能と連携させたりすることは可能です。

dragMoveEvent() のデフォルト動作に頼る (部分的な代替)

もし、非常にシンプルなドラッグ&ドロップ(単にファイルを開くなど)を実装する場合で、かつ QAbstractScrollArea の自動スクロール機能が十分であるならば、dragMoveEvent() を明示的にオーバーライドせずとも、基本的な動作は可能です。

  • 欠点
    ドラッグ中の視覚的なフィードバック(ハイライト表示、挿入インジケータなど)や、カスタムの自動スクロール動作を実装できません。
  • 利点
    最もシンプルな実装であり、カスタマイズが不要な場合にコード量を減らせます。
  • setAcceptDrops(true) のみ設定
    • ウィジェットで setAcceptDrops(true) を呼び出すだけです。
    • dragEnterEvent()event->acceptProposedAction() を呼び出すことで、ドロップが許可されることをシステムに伝えます。
    • dropEvent() で実際のデータ処理を行います。

この方法は「代替」というよりは「dragMoveEvent() をシンプルに利用する」という位置づけです。

QAbstractItemView の組み込みD&D機能を利用する

もし QAbstractScrollArea を直接扱うのではなく、QListViewQTableViewQTreeView のようなモデル/ビューアーキテクチャのウィジェットを使用しているのであれば、Qtは強力な組み込みD&D機能を提供しています。これらのクラスは QAbstractScrollArea を継承しているため、dragMoveEvent() を内部的に処理しています。

  • 欠点
    モデル/ビューのアーキテクチャに準拠したデータ構造が必要であり、汎用的なドラッグ&ドロップ(例えば、ファイルシステムからのファイルのドロップなど)には別途 dropEvent() のオーバーライドが必要になる場合があります。また、独自の複雑な視覚的フィードバック(例:ドロップ位置のカスタム描画)が必要な場合は、結局 dragMoveEvent()paintEvent() をオーバーライドすることになります。
  • 利点
    複雑なリスト、テーブル、ツリー構造におけるD&Dを、低レベルなイベント処理なしで効率的に実装できます。Qtが提供する標準的なD&Dインジケータも自動的に表示されます。
  • モデルの実装
    • QAbstractItemModel の派生クラスで flags() メソッドをオーバーライドし、Qt::ItemIsDragEnabledQt::ItemIsDropEnabled フラグを設定します。
    • supportedDropActions() をオーバーライドして、サポートするドロップアクション(Qt::CopyActionQt::MoveActionQt::LinkAction)を指定します。
    • データの移動/コピーには mimeTypes(), mimeData(), dropMimeData(), insertRows(), removeRows(), moveRows() などのメソッドを実装します。
  • setDragDropMode() の利用
    • view->setDragDropMode(QAbstractItemView::DragDrop): アイテムのドラッグとドロップの両方を有効にします。
    • view->setDragDropMode(QAbstractItemView::InternalMove): 同じビュー内でのアイテムの移動(並べ替えなど)に特化します。

QGraphicsView および QGraphicsScene を利用する

グラフィカルなアイテムのドラッグ&ドロップを実装する場合、QGraphicsViewQGraphicsScene のフレームワークが非常に強力な代替手段となります。

  • 欠点
    シンプルなウィジェットのD&Dにはオーバーキルとなる可能性があります。
  • 利点
    複雑なグラフィカルなUIにおけるD&D、特に複数のアイテムを同時に操作したり、グリッドやスナップ機能と連携させたりする場合に非常に強力です。
  • QGraphicsScene のD&Dメソッド
    • QGraphicsScenedragEnterEvent(), dragMoveEvent(), dropEvent() などのイベントハンドラを持ちます。
    • QGraphicsView を継承するクラスで dragMoveEvent() をオーバーライドし、ビュー内の座標とシーンの座標変換(mapToScene())を駆使して、ドロップ位置の計算やフィードバックを行います。
  • QGraphicsItem のフラグ設定
    • QGraphicsItem::ItemIsMovable: アイテムを移動可能にします。
    • QGraphicsItem::ItemSendsGeometryChanges: 位置変更を検知してイベントを送信します。
    • QGraphicsItem::ItemIsSelectable: アイテムを選択可能にします。

dragMoveEvent() を直接オーバーライドする代わりに、QEventFilter を使用して他のウィジェットのイベントを監視・処理することができます。これは、複数のウィジェットで共通のD&Dロジックを適用したい場合や、ウィジェットのサブクラス化を避けたい場合に有効です。

  • 欠点
    イベントの順序や伝播を理解していないと、意図しない動作を引き起こす可能性があります。イベントフィルタは強力ですが、慎重に利用する必要があります。
  • 利点
    ウィジェットの継承関係を複雑にせずに、既存のウィジェットのD&D動作をカスタマイズできます。
  • installEventFilter() と eventFilter()
    • 対象のウィジェットに installEventFilter(this) を呼び出し、自身の eventFilter(QObject *watched, QEvent *event) メソッドでイベントをフィルタリングします。
    • eventFilter 内で QEvent::DragMove タイプをチェックし、QDragMoveEvent にキャストして処理を行います。
    • イベントを処理した場合は true を返し、それ以外は false を返してイベントを続行させます。

void QAbstractScrollArea::dragMoveEvent() は、Qtのドラッグ&ドロップ機能において、ドラッグ中の状態管理と視覚的フィードバックを提供するための基本的な仮想関数です。

  • より低レベルで柔軟な制御が必要な場合は、QEventFilter がイベントを監視する代替パスを提供します。
  • 「代替手段」という観点からは、より高レベルな抽象化であるモデル/ビュークラスの組み込みD&D機能や、グラフィカルなシーン/ビューのフレームワークを利用することで、dragMoveEvent() を直接意識せずにD&Dを実装できる場合があります。
  • 完全に代替することは稀であり、通常は適切なD&Dフローを実現するためにオーバーライドされます。