QAbstractScrollAreaは不要?Qtスクロール機能の代替手段を比較

2025-05-27

QAbstractScrollAreaは、Qtにおけるスクロール可能な領域(スクロールエリア)の低レベルな抽象化を提供するクラスです。これは、自分でカスタムのスクロール動作を実装したい場合に利用する基底クラスのようなものです。

簡単に言うと、表示しきれない大きなコンテンツを、ユーザーがスクロールして見れるようにするための土台となるクラスです。

主な特徴と機能

  1. ビューポート (Viewport): QAbstractScrollAreaの中心には「ビューポート」と呼ばれるウィジェットがあります。これは、スクロールされるコンテンツの「見える部分」が表示される領域です。ユーザーがスクロールバーを操作すると、このビューポートに表示されるコンテンツの位置が動きます。

  2. スクロールバー (Scroll Bars): ビューポートの隣(通常は右と下)に、垂直および水平のスクロールバーが配置されます。コンテンツ全体がビューポートに収まる場合、スクロールバーは非表示になるか、表示され続けるか(Qt::ScrollBarPolicyで設定可能)を選択できます。スクロールバーが非表示の場合、ビューポートは利用可能なスペースをすべてカバーするように拡大します。

  3. マージン (Margins): ビューポートの周囲にマージン領域を設けることができます。これは主に、QHeaderViewのようなウィジェットをスクロール領域の上や横に配置するために使用されます。

  4. スクロール動作のカスタマイズ:

    • scrollContentsBy(int dx, int dy): この仮想関数を再実装することで、スクロールバーの動きに合わせてコンテンツをどのようにスクロールさせるかを制御できます。
    • イベントハンドリング: QAbstractScrollAreaは、ビューポートで発生する様々なイベント(paintEvent(), mousePressEvent(), resizeEvent()など)を仮想関数viewportEvent()で処理できるように提供しています。これにより、スクロール領域内のイベントを細かく制御できます。

QScrollArea との違い

QtにはQScrollAreaというよく似たクラスもあります。QScrollAreaQAbstractScrollAreaを継承しており、任意のQWidgetをスムーズにスクロールさせるための、より高レベルで便利な機能を提供します。

  • QAbstractScrollAreaをサブクラス化すべき場合:

    • スクロールされるコンテンツがQWidgetとして描画するのに適していない場合(例:OpenGLでレンダリングされるカスタムグラフィック)。
    • ピクセル単位のスムーズなスクロールではなく、より特殊なスクロール動作(例:グリッド単位でのスクロール、ページ単位でのスクロールなど)が必要な場合。
    • 非常に大きなデータセットを効率的に描画するために、表示されている部分だけを描画するような独自の描画ロジックが必要な場合。
  • QScrollAreaを使用すべき場合:

    • 既存のQWidgetをスクロールさせたい場合。
    • ピクセル単位のスムーズなスクロールが必要な場合。
    • ほとんどの一般的なスクロール要件を満たしたい場合。


QAbstractScrollAreaは、その柔軟性ゆえに、正しく設定しないと意図しない動作をすることがあります。

スクロールバーが表示されない、または正しく機能しない

これは最もよくある問題です。

原因とトラブルシューティング

  • ビューポートのサイズがコンテンツサイズを反映していない

    • QAbstractScrollAreaをサブクラス化する場合、scrollContentsBy(int dx, int dy) を再実装して、スクロール量に応じてビューポート内のコンテンツの描画位置を調整する必要があります。
    • また、コンテンツのサイズが変更されたときや、QAbstractScrollArea自体がリサイズされたときに、スクロールバーの範囲とビューポートの描画を更新する必要があります。
    • 対策
      • scrollContentsBy()内で、スクロール量に応じてコンテンツの描画オフセットを正しく計算し、適用しているか確認してください。
      • resizeEvent()を再実装し、その中でスクロールバーの範囲を更新したり、必要に応じてviewport()->update()を呼び出して再描画を促しているか確認してください。
  • スクロールポリシー(ScrollBarPolicy)の設定ミス

    • デフォルトはQt::ScrollBarAsNeededです。これは、必要に応じてスクロールバーを表示・非表示にします。常に表示したい場合は、Qt::ScrollBarAlwaysOnを設定する必要があります。
    • 対策
      • setHorizontalScrollBarPolicy(Qt::ScrollBarAlwaysOn);
      • setVerticalScrollBarPolicy(Qt::ScrollBarAlwaysOn);
      • デバッグ目的で一時的にAlwaysOnに設定し、スクロールバー自体が表示されるか確認すると良いでしょう。
    • QAbstractScrollAreaは、コンテンツ全体のサイズとビューポートのサイズに基づいてスクロールバーの範囲を決定します。コンテンツがビューポートに完全に収まっている場合、スクロールバーは表示されません(デフォルトのQt::ScrollBarAsNeededポリシーの場合)。
    • 対策
      • horizontalScrollBar()->setRange(min, max); および verticalScrollBar()->setRange(min, max); を使用して、スクロールバーの最小値と最大値を明示的に設定しているか確認してください。これらの範囲は、コンテンツの全体サイズとビューポートのサイズに基づいて動的に計算される必要があります。
      • コンテンツのサイズが変更された場合(例: アイテムが追加されたり、内容が拡大縮小されたりした場合)は、スクロールバーの範囲を再計算し、setRange()を再度呼び出す必要があります。

コンテンツが正しく描画されない、または描画がちらつく

スクロール時に描画がおかしい、またはコンテンツが部分的にしか表示されないなどの問題です。

原因とトラブルシューティング

  • ダブルバッファリングの欠如/非効率性

    • 複雑な描画を行う場合、直接ビューポートに描画するとちらつきが発生することがあります。通常、オフスクリーンQPixmapなどに描画し、それをビューポートにコピーすることでちらつきを抑えることができます(ダブルバッファリング)。
    • 対策
      複雑な描画を行う場合は、ダブルバッファリングを検討してください。ただし、これはQAbstractScrollAreaを直接使用するより高度なケースで役立ちます。
  • update()の呼び出し忘れ、または誤った呼び出し

    • コンテンツが変更されたり、スクロール位置が変更されたりした場合は、ビューポートの再描画が必要です。update()ではなくviewport()->update()を呼び出す必要があります。
    • 対策
      コンテンツデータが変更されたり、内部状態が変わったりした際に、viewport()->update(); を呼び出しているか確認してください。
  • paintEvent()の実装ミス

    • QAbstractScrollAreaをサブクラス化する場合、描画はビューポート (viewport()) に対して行われます。paintEvent(QPaintEvent *event) を再実装する際に、QPainterをビューポートで初期化しているか確認してください。
    • 誤った例
      QPainter painter(this);
    • 正しい例
      QPainter painter(viewport());
    • 対策
      paintEvent()内でQPainterviewport()で作成していることを確認し、スクロールオフセットを考慮してコンテンツを描画しているか確認してください。

イベントハンドリングの誤り

マウスイベントなどが期待通りに機能しないことがあります。

原因とトラブルシューティング

  • viewportEvent()の使用方法の誤り
    • QAbstractScrollAreaでは、ビューポートで発生する主要なイベント(paintEvent, mousePressEventなど)がviewportEvent(QEvent *event)仮想関数に再マップされます。特定のイベントを処理したい場合、このviewportEvent()を再実装し、イベントのタイプをチェックして適切な処理を行う必要があります。
    • 対策
      ビューポート内で発生するイベント(マウス操作など)を処理したい場合は、viewportEvent()をオーバーライドし、そこでイベントタイプに応じた処理を記述しているか確認してください。QtのドキュメントでQAbstractScrollAreaviewportEvent()に再マップするイベントのリストを確認してください。

QAbstractScrollAreaとQScrollAreaの選択ミス

これはエラーというよりは設計上の問題ですが、多くの初心者が陥りがちです。

原因とトラブルシューティング

  • 不適切なクラス選択
    • 単に既存のQWidget(例: 巨大なQLabelやカスタムのQWidget)をスクロールさせたいだけであれば、QScrollAreaを使用するのが圧倒的に簡単で推奨されます。 QScrollArea::setWidget()を呼び出すだけで、自動的にスクロール動作が提供されます。
    • QAbstractScrollAreaは、描画を完全に自分で制御したい場合(例: グラフィックビュー、カスタム描画ロジックが必要な場合)にのみ使用すべきです。
    • 対策
      実際にQAbstractScrollAreaをサブクラス化する必要があるのかどうか、要件を再確認してください。QScrollAreaで十分な場合、そちらに切り替えることで多くの問題が解決する可能性があります。

レイアウトの問題

スクロールエリア自体、またはその中のコンテンツのサイズ計算がおかしい場合。

原因とトラブルシューティング

  • sizeHint() / minimumSizeHint()の未実装または不正確な実装
    • QAbstractScrollAreaをカスタムウィジェットとして使用する場合、親のレイアウトが正しく機能するために、sizeHint()minimumSizeHint()を適切に再実装する必要があります。これにより、ウィジェットの推奨サイズや最小サイズがQtのレイアウトシステムに正しく伝わります。
    • 対策
      sizeHint()minimumSizeHint()で、スクロールエリアが適切に表示されるためのサイズを返しているか確認してください。特に、ビューポートのサイズがコンテンツ全体を収めるために必要な最小サイズを考慮しているか確認が必要です。

デバッグのヒント

  • 最小限の再現コード
    問題が発生した場合、その問題を再現できる最小限のコードスニペットを作成してみてください。これにより、問題の特定と解決が容易になります。
  • イベントフィルタの活用
    QAbstractScrollAreaまたはviewport()にイベントフィルタをインストールして、どのようなイベントが、どのような順序で、どのようなパラメータで発生しているかを確認できます。
  • qDebug()の活用
    スクロールバーのvalue(), minimum(), maximum()や、ビューポートのrect()、コンテンツの描画オフセットなどをqDebug()で出力し、期待通りの値になっているか確認してください。


QAbstractScrollArea の基本的な考え方

QAbstractScrollArea をサブクラス化する場合、主に以下のことを行います。

  1. ビューポートの準備: QAbstractScrollAreaviewport() メソッドで取得できる QWidget を持っています。このビューポートが実際にコンテンツを表示する領域です。通常、このビューポートの paintEvent() を処理してコンテンツを描画します。
  2. スクロールバーの制御: horizontalScrollBar()verticalScrollBar() でスクロールバーにアクセスし、その範囲 (setRange()) やステップ (setPageStep()) を設定し、コンテンツのサイズやビューポートのサイズ変更に応じて更新します。
  3. スクロールイベントの処理: スクロールバーが移動したときに呼ばれる scrollContentsBy(int dx, int dy) 仮想関数を再実装し、コンテンツの描画オフセットを調整します。
  4. リサイズイベントの処理: resizeEvent() を再実装し、ビューポートのサイズ変更に応じてスクロールバーの範囲やコンテンツのレイアウトを更新します。

この例では、QAbstractScrollArea を継承し、ビューポートにテキストを直接描画するシンプルなカスタムウィジェットを作成します。テキストは固定の巨大な領域を持つものとし、スクロールバーでその領域を移動できるようにします。

MyCustomScrollArea.h

#ifndef MYCUSTOMSCROLLAREA_H
#define MYCUSTOMSCROLLAREA_H

#include <QAbstractScrollArea>
#include <QScrollBar> // スクロールバーの操作に必要
#include <QDebug>     // デバッグ出力用

class MyCustomScrollArea : public QAbstractScrollArea
{
    Q_OBJECT

public:
    explicit MyCustomScrollArea(QWidget *parent = nullptr);

    // コンテンツ全体の論理サイズを設定するメソッド
    void setContentSize(const QSize &size);

protected:
    // 描画イベントハンドラ (ビューポートの描画に使用)
    void paintEvent(QPaintEvent *event) override;

    // スクロールバーの値が変更されたときに呼ばれる
    void scrollContentsBy(int dx, int dy) override;

    // ウィジェットがリサイズされたときに呼ばれる
    void resizeEvent(QResizeEvent *event) override;

private:
    QSize m_contentSize; // コンテンツ全体の論理サイズ
};

#endif // MYCUSTOMSCROLLAREA_H

MyCustomScrollArea.cpp

#include "MyCustomScrollArea.h"
#include <QPainter>
#include <QPaintEvent>
#include <QSize>

MyCustomScrollArea::MyCustomScrollArea(QWidget *parent)
    : QAbstractScrollArea(parent),
      m_contentSize(1000, 800) // デフォルトのコンテンツサイズ (例として大きめに設定)
{
    // スクロールバーのポリシーを設定
    // 必要に応じて表示/非表示を切り替える
    setHorizontalScrollBarPolicy(Qt::ScrollBarAsNeeded);
    setVerticalScrollBarPolicy(Qt::ScrollBarAsNeeded);

    // 初期スクロールバーの範囲を設定
    // 最初はビューポートのサイズが確定していないので、後でresizeEventで更新
    horizontalScrollBar()->setRange(0, m_contentSize.width() - viewport()->width());
    verticalScrollBar()->setRange(0, m_contentSize.height() - viewport()->height());
}

void MyCustomScrollArea::setContentSize(const QSize &size)
{
    m_contentSize = size;
    // コンテンツサイズが変更されたらスクロールバーを更新
    updateScrollBars();
    viewport()->update(); // ビューポートを再描画
}

void MyCustomScrollArea::paintEvent(QPaintEvent *event)
{
    // paintEvent は QAbstractScrollArea ではなく、そのビューポートに描画する
    // このメソッドは MyCustomScrollArea の paintEvent ではなく、
    // 実際には QAbstractScrollArea が viewportEvent() を介して呼び出す
    // Qtの内部的な処理により、QPainter は自動的にビューポートに設定される
    // しかし、明示的に QPainter(viewport()) としても良い

    Q_UNUSED(event); // イベントパラメータを使用しない場合はQ_UNUSEDマクロを使う

    QPainter painter(viewport()); // ビューポートに描画!

    // 現在のスクロールオフセットを取得
    // horizontalScrollBar()->value() は現在のXスクロール位置
    // verticalScrollBar()->value() は現在のYスクロール位置
    int hOffset = horizontalScrollBar()->value();
    int vOffset = verticalScrollBar()->value();

    // コンテンツ全体を描画するのではなく、見える範囲だけを描画するようにオフセットを適用
    // 例: ビューポートの左上隅を (0,0) と見なして描画する
    // 描画対象の「キャンバス」をスクロール量だけ左上へ移動させるイメージ
    painter.translate(-hOffset, -vOffset);

    // デバッグ用のグリッドとテキストを描画
    // この例では、100x100ピクセルごとにグリッド線と座標を描画
    for (int x = 0; x < m_contentSize.width(); x += 100) {
        painter.drawLine(x, 0, x, m_contentSize.height());
        painter.drawText(x + 5, 20, QString("X:%1").arg(x));
    }
    for (int y = 0; y < m_contentSize.height(); y += 100) {
        painter.drawLine(0, y, m_contentSize.width(), y);
        painter.drawText(5, y + 20, QString("Y:%1").arg(y));
    }

    painter.drawText(50, 50, "Hello, Custom Scroll Area!");
    painter.drawText(m_contentSize.width() - 200, m_contentSize.height() - 50, "End of Content!");
}

void MyCustomScrollArea::scrollContentsBy(int dx, int dy)
{
    // スクロールバーが動いたときに呼ばれる
    // この関数は、ビューポートのコンテンツをdx, dyだけ移動させる処理を行う
    // 実際には、paintEvent で描画オフセットを調整することで実現されるため、
    // ここで直接何かを描画したり移動させたりする必要はない
    // ただ、ビューポートを更新して再描画を促す必要がある
    viewport()->scroll(dx, dy); // ビューポートのコンテンツを物理的にスクロール (高速化)
                               // ただし、新しい領域は paintEvent で再描画される
    qDebug() << "Scrolled by:" << dx << "," << dy;
}

void MyCustomScrollArea::resizeEvent(QResizeEvent *event)
{
    QAbstractScrollArea::resizeEvent(event); // 基底クラスの処理を呼び出す

    // ウィジェット自体がリサイズされたときにスクロールバーの範囲を更新
    updateScrollBars();
    viewport()->update(); // ビューポートを再描画
}

void MyCustomScrollArea::updateScrollBars()
{
    // ビューポートの現在のサイズ
    QSize viewportSize = viewport()->size();

    // コンテンツ全体のサイズに基づいてスクロールバーの最大値を設定
    // コンテンツサイズ - ビューポートサイズ
    int hMax = qMax(0, m_contentSize.width() - viewportSize.width());
    int vMax = qMax(0, m_contentSize.height() - viewportSize.height());

    horizontalScrollBar()->setRange(0, hMax);
    verticalScrollBar()->setRange(0, vMax);

    // ページステップ (スクロールバーをクリックしたときの移動量)
    horizontalScrollBar()->setPageStep(viewportSize.width());
    verticalScrollBar()->setPageStep(viewportSize.height());

    qDebug() << "Content Size:" << m_contentSize
             << "Viewport Size:" << viewportSize
             << "H Range:" << horizontalScrollBar()->minimum() << "-" << horizontalScrollBar()->maximum()
             << "V Range:" << verticalScrollBar()->minimum() << "-" << verticalScrollBar()->maximum();
}
#include <QApplication>
#include <QMainWindow>
#include "MyCustomScrollArea.h"

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QMainWindow window;
    window.setWindowTitle("Custom QAbstractScrollArea Example");

    MyCustomScrollArea *scrollArea = new MyCustomScrollArea(&window);
    scrollArea->setContentSize(QSize(2000, 1500)); // 非常に大きなコンテンツサイズを設定

    window.setCentralWidget(scrollArea);
    window.resize(600, 400); // メインウィンドウの初期サイズ
    window.show();

    return a.exec();
}

コードの解説:

  • updateScrollBars():
    • ビューポートの現在のサイズ (viewport()->size()) を取得します。
    • 水平・垂直スクロールバーの最大値を、コンテンツのサイズからビューポートのサイズを引いた値に設定します。qMax(0, ...) を使うのは、コンテンツがビューポートよりも小さい場合に最大値が負にならないようにするためです。
    • setPageStep() でスクロールバーの「ページ」移動量をビューポートのサイズと同じに設定します。これは、スクロールバーの背景部分をクリックしたときの移動量です。
  • resizeEvent(QResizeEvent *event):
    • MyCustomScrollArea 自体のサイズが変更されたときに呼ばれます。
    • QAbstractScrollArea::resizeEvent(event); を呼び出して基底クラスの処理を実行します。
    • updateScrollBars() を呼び出して、ビューポートの新しいサイズに合わせてスクロールバーの範囲を調整します。
    • viewport()->update() を呼び出して、ビューポート全体を再描画します。
  • scrollContentsBy(int dx, int dy):
    • この仮想関数は、スクロールバーがユーザーによって操作されたり、プログラム的にスクロールされたりしたときに呼ばれます。
    • viewport()->scroll(dx, dy); を呼び出すことで、ビューポートの既存のピクセルを効率的に移動させます。これにより、以前描画された部分が再利用され、新しく表示される(隠れていた)領域だけが再描画の対象となります。
    • このメソッドが呼ばれたら、通常はviewport()->update()を呼び出すことで、新しく露出した部分がpaintEventで描画されるようにします。ただし、viewport()->scroll()は内部的にupdate()もトリガーするため、多くの場合明示的なupdate()呼び出しは不要です。ここではデバッグのためにqDebug()で表示しています。
  • paintEvent(QPaintEvent *event):
    • 重要: QPainterviewport() を引数にして作成します (QPainter painter(viewport());)。this (つまりMyCustomScrollArea自身) ではなく、ビューポートに描画することがポイントです。
    • horizontalScrollBar()->value()verticalScrollBar()->value() で現在のスクロール位置(オフセット)を取得します。
    • painter.translate(-hOffset, -vOffset); を呼び出すことで、描画座標系をスクロール量だけ移動させます。これにより、paintEvent 内の描画コードは常にコンテンツの左上隅が(0,0)にあるかのように書くことができ、スクロールバーの値を考慮する必要がなくなります。
    • この例では、大きなグリッドとテキストを描画しています。
  • setContentSize(const QSize &size): 描画するコンテンツの全体のサイズを更新するメソッドです。コンテンツのサイズが変わるとスクロールバーの範囲も変わるので、updateScrollBars()viewport()->update() を呼び出します。
  • コンストラクタ:
    • QAbstractScrollArea(parent) を呼び出して基底クラスを初期化します。
    • m_contentSize で描画したい「仮想的なキャンバス」の全体サイズを保持します。
    • setHorizontalScrollBarPolicy()setVerticalScrollBarPolicy() でスクロールバーの表示ポリシーを設定します。Qt::ScrollBarAsNeeded が一般的で、必要に応じて表示されます。
  • MyCustomScrollArea クラス: QAbstractScrollArea を継承しています。


QScrollArea (最も一般的で推奨される方法)

ほとんどの場合、QAbstractScrollArea を直接使う代わりに、QScrollArea を使用するのが最も簡単で推奨される方法です。

  • いつ使うか: ほとんどの一般的なスクロール可能な領域を作成する場合。特に、既存のQtウィジェットのコレクションをスクロールさせたい場合に最適です。
  • 使用例:
    #include <QApplication>
    #include <QMainWindow>
    #include <QScrollArea>
    #include <QVBoxLayout>
    #include <QLabel>
    #include <QPushButton>
    
    int main(int argc, char *argv[])
    {
        QApplication a(argc, argv);
    
        QMainWindow window;
        window.setWindowTitle("QScrollArea Example");
    
        // スクロールされるコンテンツとなるウィジェットを作成
        QWidget *contentWidget = new QWidget();
        QVBoxLayout *layout = new QVBoxLayout(contentWidget);
    
        // たくさんの要素を追加して、コンテンツを大きくする
        for (int i = 0; i < 50; ++i) {
            layout->addWidget(new QLabel(QString("Item %1").arg(i)));
            if (i % 5 == 0) {
                layout->addWidget(new QPushButton(QString("Button %1").arg(i)));
            }
        }
        layout->addStretch(); // レイアウトの最後にストレッチを追加して、要素が上部に揃うようにする
    
        // QScrollArea を作成し、contentWidget をセット
        QScrollArea *scrollArea = new QScrollArea(&window);
        scrollArea->setWidget(contentWidget);
        scrollArea->setWidgetResizable(true); // 子ウィジェットのサイズを自動調整(trueの場合、コンテンツが小さければスクロールエリアいっぱいに広がる)
                                              // true にしない場合、contentWidget の sizeHint が尊重される
    
        window.setCentralWidget(scrollArea);
        window.resize(400, 300);
        window.show();
    
        return a.exec();
    }
    
  • 利点:
    • シンプル: スクロール動作の実装を自分で書く必要がありません。
    • 自動スクロールバー: 子ウィジェットのサイズに基づいて、スクロールバーが自動的に表示/非表示になります。
    • 既存のウィジェットをスクロール可能にする: 既存の複雑なUIコンポーネント (例: たくさんの要素を持つフォーム) を簡単にスクロール可能にできます。
    • setWidgetResizable(bool): 子ウィジェットをビューポートに合わせて自動的に拡大縮小させるか、元のサイズを維持するかを制御できます。

QGraphicsView / QGraphicsScene (複雑な2Dグラフィックの場合)

非常に大量のアイテム、カスタム描画、インタラクティブな2Dグラフィック(CADアプリケーション、図形エディタ、ゲームなど)を扱う場合、QtのGraphics View Framework(QGraphicsViewQGraphicsScene)が強力な代替手段となります。

  • いつ使うか: 2Dグラフィックアプリケーション、カスタムウィジェットが多数のインタラクティブな図形を含む場合、高パフォーマンスの描画が必要な場合。
  • 使用例: (簡略化された概念)
    #include <QApplication>
    #include <QGraphicsView>
    #include <QGraphicsScene>
    #include <QGraphicsRectItem>
    #include <QGraphicsTextItem>
    #include <QMainWindow>
    
    int main(int argc, char *argv[])
    {
        QApplication a(argc, argv);
    
        QMainWindow window;
        window.setWindowTitle("QGraphicsView Example");
    
        QGraphicsScene *scene = new QGraphicsScene(0, 0, 2000, 1500); // シーンの論理サイズを設定
    
        // シーンにアイテムを追加
        scene->addRect(10, 10, 100, 100, QPen(Qt::blue), QBrush(Qt::cyan));
        QGraphicsTextItem *text = scene->addText("Hello Graphics View!");
        text->setPos(200, 200);
    
        // 非常に大きなコンテンツを示すために、たくさんのアイテムを追加
        for (int i = 0; i < 100; ++i) {
            scene->addEllipse(qrand() % 1900, qrand() % 1400, 50, 50);
        }
    
        QGraphicsView *view = new QGraphicsView(scene);
        view->setRenderHint(QPainter::Antialiasing); // アンチエイリアスを有効に
        view->setDragMode(QGraphicsView::ScrollHandDrag); // ドラッグでスクロールできるように設定
    
        window.setCentralWidget(view);
        window.resize(600, 400);
        window.show();
    
        return a.exec();
    }
    
  • 利点:
    • 高性能: 大量のアイテムを効率的にレンダリング・管理できます。
    • アイテムベース: シーン内の各要素が独立したアイテムとして扱われ、イベント処理や変換が容易です。
    • ズーム・パン: グラフィックビューに特化したズームやパン機能が標準で提供されています。
    • 描画の最適化: 描画される領域だけが再描画されるなど、内部的に最適化されています。

QPlainTextEdit / QTextEdit (テキストコンテンツの場合)

スクロール可能なテキスト表示が目的であれば、専用のテキストウィジェットが最適です。

  • いつ使うか: ログビューア、コードエディタ、メモ帳のようなテキスト表示・編集機能が必要な場合。
  • 使用例:
    #include <QApplication>
    #include <QMainWindow>
    #include <QPlainTextEdit>
    
    int main(int argc, char *argv[])
    {
        QApplication a(argc, argv);
    
        QMainWindow window;
        window.setWindowTitle("QPlainTextEdit Example");
    
        QPlainTextEdit *textEdit = new QPlainTextEdit(&window);
        textEdit->setPlainText("これは、非常に長いテキストの例です。\n"
                               "たくさんの行を追加して、スクロールバーが表示されることを確認します。\n"
                               // ... ここに大量のテキストを追加 ...
                               "テキストの終わりです。\n");
    
        // デバッグのためにさらに多くの行を追加
        for (int i = 0; i < 200; ++i) {
            textEdit->appendPlainText(QString("追加の行 %1").arg(i));
        }
    
        window.setCentralWidget(textEdit);
        window.resize(400, 300);
        window.show();
    
        return a.exec();
    }
    
  • 利点:
    • テキストに特化: テキストのレンダリング、編集、選択、検索などの機能が最適化されています。
    • 自動スクロール: テキスト量に応じて自動的にスクロールバーが表示されます。
    • 高速: 大量のテキストでも効率的に動作します。

QListView / QTreeView / QTableView (モデル/ビューアーキテクチャの場合)

大量のリスト、ツリー、表形式のデータをスクロールして表示する場合、Qtのモデル/ビューアーキテクチャが最も効率的で強力な選択肢です。

  • いつ使うか: 大量の構造化されたデータ(ファイルリスト、データベースの結果、連絡先リストなど)をスクロールして表示する場合。
  • 使用例: (QListViewの簡単な例)
    #include <QApplication>
    #include <QMainWindow>
    #include <QListView>
    #include <QStringListModel>
    
    int main(int argc, char *argv[])
    {
        QApplication a(argc, argv);
    
        QMainWindow window;
        window.setWindowTitle("QListView Example");
    
        QStringList dataList;
        for (int i = 0; i < 1000; ++i) {
            dataList << QString("Item Number %1").arg(i);
        }
    
        QStringListModel *model = new QStringListModel(dataList, &window);
        QListView *listView = new QListView(&window);
        listView->setModel(model);
    
        window.setCentralWidget(listView);
        window.resize(400, 300);
        window.show();
    
        return a.exec();
    }
    
  • 利点:
    • 効率性: 必要なデータだけをレンダリングするため、メモリ使用量と描画速度が優れています。
    • データと表示の分離: データソース(QAbstractItemModel)を変更するだけで、複数のビューで同じデータを表示できます。
    • 柔軟性: デリゲート(QAbstractItemDelegate)を使用して、アイテムの描画や編集を細かくカスタマイズできます。
    • ソート、フィルタリング: モデル/ビューのフレームワークにより、データのソートやフィルタリング機能も容易に実現できます。

QAbstractScrollArea は、カスタムの低レベルな描画とスクロール動作を必要とする場合にのみ選択すべきクラスです。ほとんどの一般的なスクロール要件(既存のウィジェットをスクロールさせる、テキストを表示する、データリストを表示するなど)は、より高レベルで便利な代替クラスを使用することで、より効率的かつ容易に実現できます。

  • 構造化されたデータの表示: QListView / QTreeView / QTableView (モデル/ビューアーキテクチャ)
  • テキストの表示・編集: QPlainTextEdit / QTextEdit
  • 複雑な2Dグラフィック: QGraphicsView / QGraphicsScene
  • 一般的なウィジェットのスクロール: QScrollArea