Qt QGraphicsView::setTransform()のよくあるエラーと解決策

2025-05-27

QGraphicsView::setTransform() とは

QGraphicsView は、QGraphicsScene 内のアイテム(図形、画像、テキストなど)を表示するためのウィジェットです。このビューは、シーンの内容を拡大・縮小、回転、移動といった様々な変換を適用して表示することができます。

QGraphicsView::setTransform() 関数は、このビューに適用される**変換行列(transformation matrix)**を設定するためのものです。変換行列は、ビューに表示されるシーンの座標系をどのように変換するかを定義します。具体的には、ビューの表示内容全体に対して、拡大・縮小、回転、平行移動(パン)、せん断(skew)といった幾何学的な変換を一括して適用するために使用します。

変換行列(QTransform)について

setTransform() 関数は、QTransform 型の引数を取ります。QTransform クラスは、2Dグラフィックスにおけるアフィン変換(affine transformation)を表す3x3の行列をカプセル化したものです。この行列は、以下の要素で構成されます。

​m11​m21​m31​​m12​m22​m32​​m13​m23​m33​​​

各要素は次のような意味を持ちます。

  • m13​,m23​,m33​: 透視変換(通常は 0,0,1 で、アフィン変換では変更されない)
  • m31​,m32​: 平行移動(x方向、y方向への移動)
  • m21​,m12​: せん断(傾斜)
  • m11​,m22​: スケーリング(拡大・縮小)

通常、QTransform オブジェクトを直接手動で作成するのではなく、QTransform クラスが提供するヘルパー関数(scale(), rotate(), translate() など)を使用して変換を構築します。

setTransform() の使い方と機能

QGraphicsView::setTransform(const QTransform &matrix, bool combine = false)

  • combine:
    • false (デフォルト): 現在ビューに適用されている変換を置き換え、指定された matrix の変換を新たに適用します。
    • true: 指定された matrix の変換を、現在ビューに適用されている変換に**結合(乗算)**します。これにより、複数の変換を段階的に適用していくことができます。
  • matrix: ビューに適用したい QTransform オブジェクト。

主な機能

  1. 拡大・縮小 (Zooming): シーン全体を拡大したり縮小したりする際に使用します。例えば、マウスホイールの操作に応じてズームイン・アウトする機能を実現できます。

    QGraphicsView view;
    // ... シーンの設定 ...
    
    // 2倍に拡大する変換を作成
    QTransform transform;
    transform.scale(2.0, 2.0);
    view.setTransform(transform);
    
  2. 回転 (Rotation): シーン全体を特定の角度で回転させることができます。

    QGraphicsView view;
    // ... シーンの設定 ...
    
    // 45度回転する変換を作成
    QTransform transform;
    transform.rotate(45.0); // 角度は度数で指定
    view.setTransform(transform);
    
  3. 平行移動 (Panning): シーンを左右上下に移動させることができます。ただし、QGraphicsView にはスクロールバーがあるため、通常はマウスドラッグなどで直接ビューポートを移動させる方が一般的です。setTransform() を使う場合は、現在の変換に平行移動を結合することでパンのような効果を得られます。

    QGraphicsView view;
    // ... シーンの設定 ...
    
    // 現在の変換にx軸方向に50、y軸方向に20移動する変換を結合
    QTransform currentTransform = view.transform();
    currentTransform.translate(50.0, 20.0);
    view.setTransform(currentTransform); // または view.setTransform(QTransform().translate(50.0, 20.0), true);
    
  4. リセット (Resetting): 全ての変換をリセットして、シーンを元の1:1のスケールで表示するには、デフォルトの QTransform (単位行列) を設定します。

    QGraphicsView view;
    // ... シーンの設定 ...
    
    // 変換をリセット
    view.setTransform(QTransform());
    

注意点

  • 通常、setTransform() を直接呼び出すよりも、QGraphicsView::scale(), QGraphicsView::rotate(), QGraphicsView::translate() といった便利な関数を使用する方が簡単で直感的です。これらの関数は内部的に setTransform() を使用して変換を適用します。
  • QGraphicsItem にも独自の変換を設定できますが、それはアイテム自身の座標系に対する変換です。QGraphicsView の変換は、その上に重ねて適用されるビュー全体の変換となります。
  • QGraphicsView に設定された変換は、**ビューポート(表示領域)**にのみ適用されます。シーン内の個々のアイテムの座標やサイズは変更されません。

QGraphicsView には、変換動作を制御するための便利なプロパティもいくつかあります。

  • resizeAnchor: ビューがリサイズされたときに、シーンのどの点を基準に表示を調整するかを指定します。
  • transformationAnchor: 変換の中心点を指定します。例えば、QGraphicsView::AnchorUnderMouse を設定すると、マウスカーソルの位置を中心に拡大・縮小が行われます。


変換が適用されない、または期待通りに表示されない

原因

  • 更新がトリガーされていない
    ごく稀なケースですが、setTransform() を呼び出した後にビューの再描画が適切にトリガーされていない場合があります。
  • 変換の中心点の誤解
    拡大・縮小や回転は、特定の点を中心に行われます。デフォルトではビューポートの中心が使用されますが、setTransformationAnchor() で変更できます。意図しない中心点で変換が行われている可能性があります。
  • シーンのサイズやアイテムの位置の誤解
    QGraphicsView の変換はビューポート(表示領域)に適用されるものであり、QGraphicsScene 自体の論理的な座標系や、個々の QGraphicsItem の位置やサイズを変更するものではありません。シーンのサイズ (setSceneRect()) やアイテムの setPos() などが意図しない設定になっている可能性があります。
  • setTransform() の combine 引数の誤解
    • combine = false (デフォルト): 現在の変換を上書きします。毎回新しい変換を適用しようとすると、前の変換は失われます。
    • combine = true: 現在の変換に新しい変換を結合します(行列の乗算)。連続してズームイン・アウトする場合など、前の変換を維持したい場合に重要です。

トラブルシューティング

  • QGraphicsView::update() や QGraphicsScene::update() を試す(最終手段)
    通常は不要ですが、もし表示が更新されない場合は、これらの関数を呼んでみてください。しかし、これらの明示的な呼び出しは、通常はフレームワークが自動で行うべき処理なので、根本的な原因を解決する方が望ましいです。
  • シーンの矩形とアイテムの位置を確認する
    qDebug() などを使って scene->sceneRect() や各アイテムの pos() を出力し、期待通りの値になっているか確認してください。
  • setTransformationAnchor() を確認する
    マウスカーソル位置を中心にズームしたい場合は view->setTransformationAnchor(QGraphicsView::AnchorUnderMouse); を設定します。
  • combine 引数を正しく理解する
    • 「現在の状態から相対的に変換を適用したい」場合は combine = true を使うべきです。
    • 「ビューを特定の状態に設定し直したい(例えば、初期状態に戻す)」場合は combine = false を使います。
    • より安全な方法は、現在の変換を取得し、それに新しい変換を適用してから setTransform() を呼び出すことです。
      QTransform currentTransform = view->transform();
      currentTransform.scale(1.2, 1.2); // 現在の変換に20%拡大を結合
      view->setTransform(currentTransform);
      

スクロールバーの挙動がおかしい、または表示されない

原因

  • QGraphicsView::setDragMode(QGraphicsView::ScrollHandDrag) との競合/混同
    スクロールバーの動作と、手動でパンする機能(ScrollHandDrag)を混同している場合があります。これらは独立した機能ですが、ユーザー体験としては似ています。
  • 変換による表示範囲の変更
    拡大・縮小によってシーンの表示範囲がビューポートに収まるようになった場合、スクロールバーは非表示になります。逆に、表示範囲がビューポートから大きくはみ出した場合はスクロールバーが表示されますが、その範囲が意図しないものになることがあります。
  • setSceneRect() の設定
    QGraphicsScene::setSceneRect() は、シーンの論理的な範囲を定義します。この範囲が適切に設定されていないと、ビューはシーンのどこを表示すべきか判断できず、スクロールバーが正しく機能しない場合があります。特に、シーンにアイテムが一つもない場合や、アイテムが非常に小さい場合に起こりやすいです。

トラブルシューティング

  • スクロールバーポリシーを確認する
    view->setHorizontalScrollBarPolicy()view->setVerticalScrollBarPolicy() を確認し、Qt::ScrollBarAlwaysOnQt::ScrollBarAsNeeded が適切に設定されているかを確認します。
  • setSceneRect() を正しく設定する
    シーン内の全てのアイテムを確実に含むように、または固定の論理的な作業領域を定義するために setSceneRect() を適切に設定します。
    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(0, 0, 1000, 800); // 1000x800 の論理的なシーン領域を設定
    
    アイテムが動的に増減する場合は、scene.itemsBoundingRect() を使ってアイテム全体の矩形を取得し、それを元に setSceneRect() を更新するのも有効です。

アイテムの描画品質が悪い(特にスケーリング時)

原因

  • レンダリングヒントの不足
    デフォルトでは、QGraphicsView はパフォーマンスを優先したレンダリングを行うことがあります。スケーリング時にギザギザになったり、ぼやけたりする場合は、レンダリングヒントが不足している可能性があります。

トラブルシューティング

  • レンダリングヒントを設定する
    QGraphicsView::setRenderHints() を使用して、アンチエイリアシングやスムーズスケーリングなどのレンダリング品質を向上させる設定を行います。
    view->setRenderHints(QPainter::Antialiasing | QPainter::SmoothPixmapTransform);
    
    ただし、これらの設定はパフォーマンスに影響を与える可能性があるため、バランスを考慮する必要があります。

アイテムのインタラクション(マウスイベントなど)が意図通りに動作しない

原因

  • QGraphicsItem::ItemIgnoresTransformations フラグ
    QGraphicsItemItemIgnoresTransformations フラグが設定されている場合、そのアイテムはビューの変換を無視し、常に元のサイズと向きで表示されます。これはカーソルやツールチップなどの特定のアイテムで役立ちますが、意図しない場合は問題になります。
  • 座標系の変換の誤解
    マウスイベントなどで取得される座標は、ビューポート座標、シーン座標、アイテムローカル座標など、様々な座標系で提供されます。これらの変換を誤ると、クリック位置がずれたり、アイテムの選択がうまくいかなかったりします。

トラブルシューティング

  • ItemIgnoresTransformations フラグを確認する
    特定のアイテムが期待通りにスケーリングや回転しない場合は、このフラグが設定されていないか確認し、必要に応じて setFlags(flags() & ~QGraphicsItem::ItemIgnoresTransformations) で解除します。
  • 座標変換関数を正しく使う
    QGraphicsViewQGraphicsSceneQGraphicsItem には、座標変換のための便利な関数が用意されています。
    • mapToScene(), mapFromScene()
    • mapToItem(), mapFromItem()
    • mapToParent(), mapFromParent()
    • mapToGlobal(), mapFromGlobal() マウスイベントの処理では、event->scenePos()view->mapToScene(event->pos()) などを使って、常にシーン座標で処理することを検討してください。

パフォーマンスの問題

原因

  • 不適切なキャッシュモード
    QGraphicsItem のキャッシュモードが不適切だと、不必要な再描画が発生する可能性があります。
  • 大量のアイテムとレンダリングヒント
    多数の QGraphicsItem が存在し、かつ Antialiasing などの高品質なレンダリングヒントが有効になっている場合、描画に時間がかかることがあります。
  • 複雑な変換の頻繁な適用
    setTransform() を非常に高頻度で呼び出したり、非常に複雑な変換を適用したりすると、再描画の負荷が高まりパフォーマンスが低下する可能性があります。
  • QGraphicsView::setViewportUpdateMode() の調整
    ビューポートの更新モードを調整することで、再描画の頻度や範囲を制御し、パフォーマンスを向上させることができます。例えば、FullViewportUpdate は常にビューポート全体を更新するため、複雑なシーンでは重くなる可能性があります。
  • アイテムのキャッシュモードを調整する
    静的なアイテムや、頻繁に再描画されないアイテムについては、QGraphicsItem::setCacheMode(QGraphicsItem::DeviceCoordinateCache) を設定することで、パフォーマンスが向上する場合があります。
  • レンダリングヒントのバランス
    パフォーマンスが重要な場合は、必要なレンダリングヒントのみを有効にするか、または一部の高度なヒントを無効にすることを検討します。
  • 変換を最適化する
    • 可能な限り、QGraphicsView::scale()QGraphicsView::rotate() などのヘルパー関数を使用します。
    • 連続的な変換(アニメーションなど)を行う場合は、タイマーや QPropertyAnimation を利用してスムーズな更新を行います。
    • combine = true を適切に利用し、毎回新しい変換行列を構築するオーバーヘッドを減らします。


基本的な使用例:拡大・縮小、回転、平行移動

まず、基本的な QGraphicsViewQGraphicsSceneQGraphicsItem を設定し、それらに setTransform() を適用する例を見ていきましょう。

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QGraphicsRectItem>
#include <QTransform>
#include <QPushButton>
#include <QVBoxLayout>
#include <QWidget>

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication app(argc, argv);

    // 1. シーンとビューを作成
    QGraphicsScene *scene = new QGraphicsScene();
    QGraphicsView *view = new QGraphicsView(scene);

    // シーンの範囲を設定(スクロールバーの挙動に影響します)
    scene->setSceneRect(-200, -200, 400, 400); // 中心を (0,0) とし、400x400の範囲

    // 2. シーンにアイテムを追加
    QGraphicsRectItem *rect = new QGraphicsRectItem(-50, -50, 100, 100); // シーンの中心に100x100の四角
    rect->setBrush(Qt::blue);
    scene->addItem(rect);

    QGraphicsTextItem *text = new QGraphicsTextItem("Hello Qt!");
    text->setPos(-30, -70); // 四角の少し上に配置
    text->setDefaultTextColor(Qt::red);
    scene->addItem(text);

    // 3. QGraphicsViewの初期設定
    // 描画品質の向上(オプション)
    view->setRenderHints(QPainter::Antialiasing | QPainter::SmoothPixmapTransform);
    // 変換の中心をビューの中心に設定
    view->setTransformationAnchor(QGraphicsView::AnchorViewCenter);

    // 4. UIのセットアップ
    QWidget *window = new QWidget();
    QVBoxLayout *layout = new QVBoxLayout(window);
    layout->addWidget(view);

    // 拡大ボタン
    QPushButton *zoomInButton = new QPushButton("ズームイン (+)");
    QObject::connect(zoomInButton, &QPushButton::clicked, [&]() {
        // 現在の変換行列を取得し、それに拡大を結合
        QTransform transform = view->transform();
        transform.scale(1.2, 1.2); // 1.2倍に拡大
        view->setTransform(transform);
    });
    layout->addWidget(zoomInButton);

    // 縮小ボタン
    QPushButton *zoomOutButton = new QPushButton("ズームアウト (-)");
    QObject::connect(zoomOutButton, &QPushButton::clicked, [&]() {
        // 現在の変換行列を取得し、それに縮小を結合
        QTransform transform = view->transform();
        transform.scale(1.0 / 1.2, 1.0 / 1.2); // 1/1.2倍に縮小
        view->setTransform(transform);
    });
    layout->addWidget(zoomOutButton);

    // 回転ボタン
    QPushButton *rotateButton = new QPushButton("時計回りに回転 (45度)");
    QObject::connect(rotateButton, &QPushButton::clicked, [&]() {
        // 現在の変換行列を取得し、それに回転を結合
        QTransform transform = view->transform();
        transform.rotate(45); // 45度回転
        view->setTransform(transform);
    });
    layout->addWidget(rotateButton);

    // 平行移動ボタン
    QPushButton *translateButton = new QPushButton("右に移動 (50)");
    QObject::connect(translateButton, &QPushButton::clicked, [&]() {
        // 現在の変換行列を取得し、それに平行移動を結合
        QTransform transform = view->transform();
        transform.translate(50, 0); // X方向に50移動
        view->setTransform(transform);
    });
    layout->addWidget(translateButton);

    // リセットボタン
    QPushButton *resetButton = new QPushButton("変換をリセット");
    QObject::connect(resetButton, &QPushButton::clicked, [&]() {
        // 変換を単位行列にリセット
        view->setTransform(QTransform());
        // または view->resetTransform(); // より簡潔な方法
    });
    layout->addWidget(resetButton);

    window->setWindowTitle("QGraphicsView::setTransform() Example");
    window->show();

    return app.exec();
}

解説

  1. シーンとビューの作成: QGraphicsScene は描画されるアイテムのコンテナであり、QGraphicsView はそのシーンを表示するウィジェットです。 scene->setSceneRect() は、シーンの論理的な境界を設定します。これにより、スクロールバーの範囲などが決まります。

  2. アイテムの追加: QGraphicsRectItemQGraphicsTextItem などの QGraphicsItem の派生クラスをシーンに追加します。これらのアイテムはシーン座標系内に配置されます。

  3. QGraphicsView の初期設定: setRenderHints(): より高品質な描画を行うために設定します。特にスケーリング時に効果があります。 setTransformationAnchor(QGraphicsView::AnchorViewCenter): 変換の中心点をビューの中心に設定します。これにより、ズームイン・アウトや回転がビューの中心を基準に行われます。もし QGraphicsView::AnchorUnderMouse を設定すると、マウスカーソルの位置を基準に変換が行われ、よりインタラクティブな操作感になります。

  4. ボタンと変換の適用: 各ボタンのクリックイベントで setTransform() を呼び出しています。

    • 拡大・縮小: QTransform オブジェクトを取得し、scale() メソッドで拡大・縮小率を適用し、setTransform(transform) で設定します。デフォルトでは combine = false なので、setTransform(transform) を呼び出すと現在の変換が transform で完全に置き換えられます。そのため、前の変換を維持しつつ新しい変換を結合するためには、まず view->transform() で現在の変換を取得し、それに scale() を適用してから setTransform() に渡す必要があります。
    • 回転: 同様に rotate() メソッドを使用します。
    • 平行移動: translate() メソッドを使用します。
    • リセット: QTransform() は単位行列(変換が何も適用されていない状態)を生成します。これを setTransform() に渡すことで、ビューの変換を初期状態に戻すことができます。より簡潔に view->resetTransform() を使用することもできます。

ユーザーがマウスホイールを使って直感的にズームできるようにするための一般的な実装です。この場合、ズームの中心はマウスカーソルの位置にすることが一般的です。

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QGraphicsRectItem>
#include <QWheelEvent> // マウスホイールイベントを処理するために必要
#include <QDebug> // デバッグ出力用

class CustomGraphicsView : public QGraphicsView
{
public:
    CustomGraphicsView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent = nullptr)
        : QGraphicsView(scene, parent)
    {
        // レンダリングヒントを設定
        setRenderHints(QPainter::Antialiasing | QPainter::SmoothPixmapTransform);
        // 変換の中心をマウスカーソル位置に設定
        setTransformationAnchor(QGraphicsView::AnchorUnderMouse);
        // ドラッグモードをスクロールハンドドラッグに設定(パン機能)
        setDragMode(QGraphicsView::ScrollHandDrag);
    }

protected:
    void wheelEvent(QWheelEvent *event) override
    {
        // ズームファクターの計算
        qreal scaleFactor = 1.15; // ズームイン/アウトの速度
        if (event->angleDelta().y() > 0) {
            // ホイールを前方に回転(ズームイン)
            scale(scaleFactor, scaleFactor);
        } else {
            // ホイールを後方に回転(ズームアウト)
            scale(1.0 / scaleFactor, 1.0 / scaleFactor);
        }

        // イベントを親クラスに渡す(スクロールバーの挙動などに影響する場合がある)
        // QGraphicsView::wheelEvent(event); // 必要に応じてコメントアウト
    }
};

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication app(argc, argv);

    QGraphicsScene *scene = new QGraphicsScene();
    scene->setSceneRect(-500, -500, 1000, 1000); // 広いシーンを設定

    // シーンにいくつかのアイテムを追加
    QGraphicsRectItem *bigRect = new QGraphicsRectItem(-200, -200, 400, 400);
    bigRect->setBrush(Qt::lightGray);
    scene->addItem(bigRect);

    QGraphicsRectItem *smallRect = new QGraphicsRectItem(50, 50, 50, 50);
    smallRect->setBrush(Qt::darkBlue);
    scene->addItem(smallRect);

    QGraphicsTextItem *label = new QGraphicsTextItem("Zoom with mouse wheel");
    label->setPos(-100, -250);
    scene->addItem(label);

    CustomGraphicsView *view = new CustomGraphicsView(scene);
    view->setWindowTitle("QGraphicsView Zoom Example");
    view->show();

    return app.exec();
}

解説

  1. CustomGraphicsView クラス: QGraphicsView を継承したカスタムクラスを作成します。 コンストラクタで、setTransformationAnchor(QGraphicsView::AnchorUnderMouse) を設定することで、マウスカーソルの下にあるシーンの点を基準に変換が行われるようにします。 setDragMode(QGraphicsView::ScrollHandDrag) を設定すると、マウスのドラッグでシーンをパン(移動)できるようになります。これは、ビューの変換行列を内部的に操作して実現されます。

  2. wheelEvent(QWheelEvent *event) override: この仮想関数をオーバーライドすることで、マウスホイールイベントを捕捉します。 event->angleDelta().y() は、ホイールの回転方向と量を返します。正の値は前方回転(通常はズームイン)、負の値は後方回転(通常はズームアウト)です。 scale(scaleFactor, scaleFactor): これは QGraphicsView の便利なメソッドで、現在の変換に行列を乗算して拡大・縮小を適用します。内部的には setTransform(QTransform().scale(scaleFactor, scaleFactor), true) と同様の動作を行います。

この例では、setTransform() を直接呼び出す代わりに、QGraphicsView が提供する scale() などのヘルパー関数を使用しています。これらのヘルパー関数も最終的には setTransform() を内部で利用しているため、基本的な原理は同じです。



QGraphicsView::setTransform() の代替メソッド

  1. 基本的な変換メソッド: QGraphicsView には、最も一般的な変換(拡大・縮小、回転、平行移動)のためのヘルパーメソッドが用意されています。これらは、現在の変換行列を取得し、それに新しい変換を結合して setTransform() を呼び出すという一連の処理を自動的に行ってくれます。

      • 現在のビューの変換に、指定された x 軸方向のスケールファクター sx と y 軸方向のスケールファクター sy を乗算して拡大・縮小を適用します。
      • 例: view->scale(1.2, 1.2); (現在の表示を1.2倍に拡大)
    • void QGraphicsView::rotate(qreal angle)

      • 現在のビューの変換に、指定された角度 angle (度数) で回転を適用します。
      • 例: view->rotate(90.0); (現在の表示を時計回りに90度回転)
    • void QGraphicsView::translate(qreal dx, qreal dy)

      • 現在のビューの変換に、指定された x 軸方向のオフセット dx と y 軸方向のオフセット dy を加えて平行移動を適用します。
      • 例: view->translate(100.0, 50.0); (現在の表示を右に100、下に50移動)
    • void QGraphicsView::shear(qreal sh, qreal sv)

      • 現在のビューの変換に、指定された x 軸方向のせん断ファクター sh と y 軸方向のせん断ファクター sv を乗算してせん断変換を適用します。
      • 例: view->shear(0.5, 0); (X軸方向にせん断)
    • void QGraphicsView::resetTransform()

      • ビューの変換を単位行列(変換が何も適用されていない状態)にリセットします。これは view->setTransform(QTransform()); と同じ効果を持ちます。
      • 例: view->resetTransform();

    これらのメソッドは、特にユーザーインタラクション(マウスホイールによるズーム、マウスドラッグによるパンなど)において、現在の変換状態を基準とした相対的な変更を適用する際に非常に便利です。

  2. ビューポートの調整メソッド:

    • void QGraphicsView::centerOn(const QPointF &pos)

      • 指定されたシーン座標 pos がビューポートの中心に表示されるようにビューを調整します。
      • 例: view->centerOn(item->pos()); (特定のアイテムを中心に表示する)
    • void QGraphicsView::centerOn(const QGraphicsItem *item)

      • 指定されたアイテムがビューポートの中心に表示されるようにビューを調整します。アイテムの boundingRect() の中心が基準になります。
      • 例: view->centerOn(myGraphicsItem);
    • void QGraphicsView::fitInView(const QRectF &rect, Qt::AspectRatioMode aspectRatioMode = Qt::IgnoreAspectRatio)

      • 指定されたシーンの矩形 rect が、ビューポート内に完全に収まるようにビューを拡大・縮小・移動します。
      • aspectRatioMode でアスペクト比を維持するかどうかを制御できます (Qt::KeepAspectRatio がよく使われます)。
      • 例: view->fitInView(scene->sceneRect(), Qt::KeepAspectRatio); (シーン全体がビューに収まるようにズーム)
      • fitInView() は、シーン全体を表示したり、特定の領域に注目させたりする際に非常に便利で、複雑な QTransform の計算なしに望ましい表示状態を実現できます。
  3. ドラッグモード (QGraphicsView::setDragMode): これは直接的な変換メソッドではありませんが、ユーザーがインタラクティブにビューをパン(平行移動)するための代替手段として非常に重要です。

    • void QGraphicsView::setDragMode(QGraphicsView::DragMode mode)
      • QGraphicsView::NoDrag (デフォルト): ドラッグによる特殊な動作なし。
      • QGraphicsView::ScrollHandDrag: マウスのドラッグによってビューポートをパン(手でスクロールするような動作)します。これは内部的に translate() に似た効果を生み出します。
      • QGraphicsView::RubberBandDrag: マウスのドラッグでラバーバンド(選択範囲)を表示し、アイテムを選択します。
      • 例: view->setDragMode(QGraphicsView::ScrollHandDrag);
  • ユーザーによるインタラクティブなパンを実装したい場合は、setDragMode(QGraphicsView::ScrollHandDrag) が最も手軽で一般的な方法です。

  • 複雑な変換の組み合わせを一度に適用したい場合や、変換行列を直接操作する必要がある場合は、QTransform オブジェクトを構築し、それを setTransform() に渡すのが適切です。特に、せん断(shear)や、アフィン変換の各要素を詳細に制御したい場合に有効です。

  • ビューの表示状態を特定の領域に合わせたい(例: シーン全体を表示、特定のアイテムを表示)場合は、fitInView()centerOn() を使うのが最も効果的です。

  • **相対的な変換(ズームイン/アウト、少し回転、少しパン)**を行う場合は、scale(), rotate(), translate() といった ヘルパーメソッド を使うのが最も簡潔で推奨されます。これらは現在の変換に新しい変換を結合してくれます。