実践で学ぶQGraphicsView最適化:OptimizationFlagsのコード例と効果

2025-05-27

QGraphicsView::optimizationFlagsは、QGraphicsViewウィジェットのレンダリングパフォーマンスを向上させるために設定できるフラグの集合です。これらのフラグは、内部的にQPainterがどのようにシーンのアイテムを描画するかを制御し、特定の状況下で描画処理のオーバーヘッドを削減するのに役立ちます。

OptimizationFlagという列挙型で定義されており、以下のフラグがあります(Qtのバージョンによって若干異なる場合がありますが、一般的なものとして):

  • QGraphicsView::IndirectPainting:

    • 説明: このフラグは、描画が直接ビューポートに行われるのではなく、中間バッファを介して行われることを示します。これは、特定の描画モードやOpenGLなどの異なるレンダリングバックエンドを使用する場合に内部的に使用されることがあります。
    • 効果: 通常、開発者が直接設定することはあまりありませんが、特定のプラットフォームやレンダリング設定において、より効率的な描画経路をQtが選択できるようにするために利用されます。
  • QGraphicsView::DontAdjustForAntialiasing:

    • 説明: アンチエイリアシング(スムージング)が有効な場合、QPainterは描画の際にピクセル境界を調整して、より滑らかな描画結果を得ようとします。DontAdjustForAntialiasingを有効にすると、この調整が行われなくなります。
    • 効果: アンチエイリアシングによる描画のわずかな調整をスキップすることで、パフォーマンスが向上する可能性があります。しかし、描画の品質が低下する(特に線や図形のギザギザが目立つ)可能性があります。
  • QGraphicsView::DontSavePainterState:

    • 説明: QGraphicsViewは、通常、各アイテムを描画する前後にQPainterの状態(変換、ブラシ、ペンなど)を保存・復元します。これは、アイテム固有の描画設定が他のアイテムの描画に影響を与えないようにするためです。DontSavePainterStateを有効にすると、この保存・復元処理がスキップされます。
    • 効果: アイテムごとのPainterの状態の保存・復元にかかるコストを削減できます。ただし、アイテムが独自のPainter設定を使用する場合、他のアイテムの描画に意図しない影響を与える可能性があります。このフラグは、アイテムが常にデフォルトのPainter状態を使用する場合や、アイテム間の描画順序が厳密に管理されており、Painterの状態の変更が問題にならない場合に役立ちます。
  • QGraphicsView::DontClipPainter:

    • 説明: 通常、QGraphicsViewは、アイテムの描画時にQPainterのクリッピング領域を更新します。これは、ビューポートの可視領域や、更新が必要な領域に描画を制限するためです。DontClipPainterを有効にすると、このクリッピングの更新がスキップされます。
    • 効果: アイテムが非常に多く、クリッピング領域の計算と適用がオーバーヘッドになっている場合にパフォーマンスが向上する可能性があります。しかし、描画する必要のない領域まで描画されてしまう可能性があり、それが逆にパフォーマンスを低下させる場合もあります。また、ビューポート外の描画による視覚的なアーティファクトが発生することもあります。

これらのフラグは、QGraphicsView::setOptimizationFlags() メソッドを使って設定します。複数のフラグを同時に設定することも可能です(|演算子で結合)。

いつ使用するか?

これらの最適化フラグは、QGraphicsViewの描画パフォーマンスに問題がある場合に検討するべきです。しかし、これらのフラグは描画の正確性や見た目に影響を与える可能性があるため、慎重に使用し、パフォーマンスと品質のトレードオフを考慮する必要があります。

一般的には、以下の状況で効果を発揮する可能性があります。

  • 特定の描画要件がある場合: 上記のフラグが提供する動作が、アプリケーションの描画要件と一致する場合。
  • 頻繁な更新がある場合: シーンのコンテンツが頻繁に更新され、再描画のコストが高い場合。
  • 大量のアイテムがある場合: 多数のQGraphicsItemがシーンに存在し、描画が遅い場合。

注意点:

  • パフォーマンスを最適化する他の方法(例:QGraphicsView::setViewportUpdateMode()QGraphicsItemのキャッシュモード設定、QGraphicsScene::setItemIndexMethod()など)も併せて検討することが推奨されます。
  • 最適な設定は、アプリケーションの具体的な要件、シーンの複雑さ、使用しているハードウェアによって異なります。実際に試してみて、最も効果的な組み合わせを見つけることが重要です。
  • これらのフラグは、すべての状況でパフォーマンスを向上させるわけではありません。場合によっては、逆にパフォーマンスが低下したり、描画がおかしくなったりすることもあります。


一般的なエラーと問題

QGraphicsView::optimizationFlagsを扱う際によく遭遇する問題は以下の通りです。

  • プラットフォーム依存の挙動:
    • 原因: OpenGLバックエンドを使用している場合や、異なるOS環境下では、最適化フラグの挙動が微妙に異なることがあります。これは、各プラットフォームのグラフィックスドライバーや描画APIの実装に依存するためです。
  • イベント処理のずれ:
    • 原因: 非常に稀ですが、描画最適化が内部的な座標変換やヒットテストに影響を与え、マウスイベントなどの処理が意図した場所とずれることがあります。
  • パフォーマンスの逆効果:
    • 原因: 最適化フラグは万能ではありません。特定の状況下では、フラグを有効にすることで、かえって描画処理が複雑になったり、余分な描画が発生したりして、パフォーマンスが低下することがあります。特に、DontClipPainterは、描画される範囲が広がることで逆にGPUへの負荷が増大する可能性があります。
    • : QGraphicsView::setOptimizationFlags(QGraphicsView::DontClipPainter)を設定したが、描画が以前より遅くなった。
  • 描画品質の低下(アンチエイリアシング関連):
    • 原因: DontAdjustForAntialiasingを有効にすると、アンチエイリアシングの調整が行われなくなるため、特に斜めの線や曲線の描画がギザギザになるなど、視覚的な品質が低下します。
    • : QGraphicsView::setOptimizationFlags(QGraphicsView::DontAdjustForAntialiasing)を設定後、図形や文字の縁が粗く見える。
  • 描画のアーティファクト(視覚的な乱れ):
    • 原因: DontClipPainterDontSavePainterStateが有効になっている場合、本来描画されるべきでない領域が描画されたり、アイテム間の描画状態が意図せず漏れ出してしまったりすることがあります。例えば、ビューポート外のアイテムの一部が表示される、アイテムの境界線がおかしくなる、色が滲む、といった現象です。
    • : QGraphicsView::setOptimizationFlags(QGraphicsView::DontClipPainter)を設定後、ビューをスクロールすると、以前の描画が残像のように残ったり、画面の端に変な線が表示されたりする。

optimizationFlagsが原因と思われる問題が発生した場合のトラブルシューティング手順は以下の通りです。

  1. フラグを無効にして確認する:

    • まず、全ての最適化フラグを一時的に無効にしてみてください。
      myGraphicsView->setOptimizationFlags(QGraphicsView::NoOptimizations); // または 0
      
    • これで問題が解決すれば、optimizationFlagsのいずれかが原因であることが確定します。
  2. フラグを一つずつ有効にして原因特定:

    • 問題の原因がoptimizationFlagsにあると判明したら、今度はフラグを一つずつ、または組み合わせを変えながら設定し、どのフラグが問題を引き起こしているかを特定します。
    • 例えば、DontClipPainterを有効にして問題が再発するか、DontSavePainterStateではどうか、といった具合です。
    • 最も影響が大きいのはDontClipPainterDontSavePainterStateであることが多いです。
  3. 他の最適化オプションとの兼ね合いを考慮する:

    • QGraphicsView::setViewportUpdateMode(): ビューポートの更新モード(FullViewportUpdateMinimalViewportUpdateなど)は描画パフォーマンスに大きく影響します。最適化フラグと組み合わせて、最適なモードを見つけることが重要です。
    • QGraphicsItem::CacheMode: 各アイテムのキャッシュモード(ItemCoordinateCacheDeviceCoordinateCache)も描画パフォーマンスに影響します。キャッシュは描画回数を減らしますが、メモリ使用量が増える可能性があります。
    • QGraphicsScene::setItemIndexMethod(): アイテムのインデックス付け方法も、特に多数のアイテムがある場合の描画とイベント処理のパフォーマンスに影響します。
  4. 描画コードの確認:

    • QGraphicsItem::paint()メソッド内で、QPainterの状態(変換、ペン、ブラシなど)を適切に保存・復元しているか確認してください。特にDontSavePainterStateを使用する場合、アイテムが独自のPainter状態変更を正しく元に戻す必要があります。
    • QGraphicsItem::boundingRect()の正確性も重要です。不正確なboundingRectは、不必要な再描画やクリッピングの問題を引き起こす可能性があります。
  5. 環境設定の確認:

    • 使用しているQtのバージョン、OS、グラフィックスドライバーのバージョンを確認します。既知のバグや互換性の問題が存在する可能性があります。
    • 特にOpenGLやANGLEなどの描画バックエンドを使用している場合は、それらの設定も影響する可能性があります。
  6. QGraphicsViewのデバッグ機能の活用:

    • Qtには、環境変数を通して描画に関するデバッグ情報を出力する機能があります。例えば、QT_GRAPHICSVIEW_FULL_UPDATE=1を設定すると、常にビューポート全体が更新されるようになり、問題の切り分けに役立つことがあります。ただし、これはデバッグ用であり、通常はプロダクションコードでは使用しません。

QGraphicsView::optimizationFlagsは強力なツールですが、副作用を伴う可能性があります。

  • テストと計測: フラグを設定する前と後で、実際にアプリケーションのパフォーマンスを計測し、期待通りの効果が得られているか確認することが非常に重要です。描画のアーティファクトがないかも入念にテストしてください。
  • 段階的な適用: 必要最小限のフラグから試し、その効果と副作用を慎重に評価してください。
  • 安易な設定は避ける: パフォーマンスの問題が明確でない限り、やみくもに最適化フラグを設定するのは避けるべきです。


基本的な設定方法

QGraphicsView::setOptimizationFlags() メソッドを使用してフラグを設定します。複数のフラグを組み合わせるには、ビット OR (|) 演算子を使用します。

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QGraphicsRectItem>
#include <QGraphicsEllipseItem>
#include <QDebug> // デバッグ出力用

int main(int argc, char *argv[]) {
    QApplication a(argc, argv);

    // シーンの作成
    QGraphicsScene *scene = new QGraphicsScene();
    scene->setSceneRect(-200, -200, 400, 400);

    // アイテムを大量に追加(パフォーマンスの比較のため)
    for (int i = 0; i < 5000; ++i) {
        QGraphicsRectItem *rectItem = new QGraphicsRectItem(qrand() % 300 - 150, qrand() % 300 - 150, 20, 20);
        rectItem->setBrush(QBrush(Qt::blue));
        rectItem->setPen(Qt::NoPen);
        scene->addItem(rectItem);
    }

    QGraphicsEllipseItem *ellipseItem = new QGraphicsEllipseItem(-50, -50, 100, 100);
    ellipseItem->setBrush(QBrush(Qt::red));
    ellipseItem->setPen(QPen(Qt::black, 2));
    scene->addItem(ellipseItem);

    // ビューの作成
    QGraphicsView *view = new QGraphicsView(scene);
    view->setWindowTitle("QGraphicsView Optimization Flags Example");
    view->setRenderHint(QPainter::Antialiasing); // アンチエイリアシングを有効にする(比較のため)

    // ----------------------------------------------------
    // ここからが optimizationFlags の設定例
    // ----------------------------------------------------

    // 例1: デフォルト設定(最適化なし)
    // setOptimizationFlags() を呼び出さないか、QGraphicsView::NoOptimizations を設定
    qDebug() << "デフォルト設定(最適化なし)";
    view->setOptimizationFlags(QGraphicsView::NoOptimizations); // これは省略しても同じ

    // 例2: DontClipPainter を有効にする
    // このフラグは Qt 5.14 以降で非推奨または未使用とされていますが、
    // 以前のバージョンや特定の環境では動作する可能性があります。
    // 描画のアーティファクトが発生しやすいフラグです。
    // qWarning() << "DontClipPainter を有効化: 描画アーティファクトに注意!";
    // view->setOptimizationFlags(QGraphicsView::DontClipPainter);

    // 例3: DontSavePainterState を有効にする
    // 各アイテム描画時の QPainter の状態保存・復元をスキップします。
    // アイテムが独自の Painter 状態を適切に管理していないと問題が発生します。
    qDebug() << "DontSavePainterState を有効化";
    view->setOptimizationFlags(QGraphicsView::DontSavePainterState);

    // 例4: DontAdjustForAntialiasing を有効にする
    // アンチエイリアシングの調整をスキップし、描画品質が低下する可能性があります。
    // 特に Qt 5.15 以降、このフラグはあまり影響がない場合があります。
    qDebug() << "DontAdjustForAntialiasing を有効化";
    view->setOptimizationFlags(QGraphicsView::DontAdjustForAntialiasing);

    // 例5: 複数のフラグを組み合わせる
    // DontSavePainterState と DontAdjustForAntialiasing を両方有効にする
    qDebug() << "DontSavePainterState と DontAdjustForAntialiasing を有効化";
    view->setOptimizationFlags(
        QGraphicsView::DontSavePainterState |
        QGraphicsView::DontAdjustForAntialiasing
    );

    // ----------------------------------------------------
    // その他の関連するパフォーマンス設定
    // ----------------------------------------------------

    // ビューポートの更新モードを設定
    // MinimalViewportUpdate はデフォルトで、最小限の領域を更新します。
    // FullViewportUpdate は常に全体を更新し、アイテムが多数ある場合に
    // 更新領域の計算オーバーヘッドを削減できることがあります。
    // view->setViewportUpdateMode(QGraphicsView::FullViewportUpdate);
    // view->setViewportUpdateMode(QGraphicsView::MinimalViewportUpdate); // デフォルト

    // アイテムのキャッシュモード設定(QGraphicsItem 側で設定)
    // 大量の静的なアイテムがある場合に特に有効です。
    // 各アイテムの paint() メソッドの前に設定します。
    // for (QGraphicsItem *item : scene->items()) {
    //     item->setCacheMode(QGraphicsItem::DeviceCoordinateCache); // または ItemCoordinateCache
    // }


    view->show();

    return a.exec();
}

各フラグの動作と注意点

上記のコード例では、setOptimizationFlags() を呼び出す行をコメントアウト/アンコメントすることで、様々なフラグの組み合わせを試すことができます。

QGraphicsView::NoOptimizations (または 0)

  • 動作: 最適化フラグを何も設定しないデフォルトの状態です。最も安全な設定であり、描画品質は最高ですが、アイテム数が多い場合や頻繁に更新される場合にパフォーマンスがボトルネックになる可能性があります。
  • 設定例:
    view->setOptimizationFlags(QGraphicsView::NoOptimizations);
    

QGraphicsView::DontClipPainter

  • 注意点:
    • 描画アーティファクト: ビューポート外の領域が描画されたり、以前の描画が残ったりするなど、視覚的な問題が発生する可能性が非常に高いです。
    • 非推奨/未使用: Qt 5.14 以降では、このフラグは非推奨または内部的に使用されなくなっている場合があります。Qt のバージョンによって動作が異なる可能性があります。
  • 動作: QGraphicsView がアイテム描画時に QPainter のクリッピング領域を調整するのを止めます。これにより、クリッピング計算のオーバーヘッドが減少する可能性があります。
  • 設定例:
    view->setOptimizationFlags(QGraphicsView::DontClipPainter);
    

QGraphicsView::DontSavePainterState

  • 注意点:
    • Painter状態の管理: アイテムの paint() メソッド内で QPainter の設定を変更する場合、その変更が次のアイテムの描画に影響を与えないよう、開発者自身が painter->save()painter->restore() を使って状態を管理する必要があります。これを怠ると、意図しない描画結果になります。
    • 効果: アイテムが大量にあり、それぞれの paint() メソッド内で QPainter の状態を頻繁に変更する場合に、パフォーマンス向上が期待できます。
  • 動作: 各 QGraphicsItem を描画する際に、QPainter の状態(ペン、ブラシ、変換など)を保存・復元する処理をスキップします。これにより、保存・復元にかかるCPUコストが削減されます。
  • 設定例:
    view->setOptimizationFlags(QGraphicsView::DontSavePainterState);
    

QGraphicsView::DontAdjustForAntialiasing

  • 注意点:
    • 描画品質の低下: 特に斜めの線や曲線の縁がギザギザになるなど、アンチエイリアシングの効果が低下します。
    • 影響の限定: 近年のQtバージョンでは、このフラグの効果は限定的か、ほとんどない場合があります。通常、パフォーマンス改善よりも見た目の品質低下の方が顕著になりがちです。
  • 動作: アンチエイリアシングが有効な場合、QGraphicsView は描画の境界を調整して、より滑らかな結果を得ようとします。このフラグは、その調整をスキップします。
  • 設定例:
    view->setOptimizationFlags(QGraphicsView::DontAdjustForAntialiasing);
    

複数のフラグを組み合わせる

view->setOptimizationFlags(
    QGraphicsView::DontSavePainterState |
    QGraphicsView::DontAdjustForAntialiasing
);

このように、| 演算子を使って複数のフラグを同時に有効にすることができます。

  • パフォーマンスプロファイラ(Qt Creatorに内蔵されているものなど)を使用して、どこがボトルネックになっているかを正確に特定し、それに合った最適化を施すことが最も重要です。
  • 特に大量の静的なアイテムがある場合は、QGraphicsItem::setCacheMode(QGraphicsItem::DeviceCoordinateCache)QGraphicsItem::ItemCoordinateCache を検討してください。
  • 最初に、QGraphicsView::setViewportUpdateMode()QGraphicsItem::setCacheMode() といった、より安全で効果的な最適化オプションを試してください。
  • optimizationFlags は最後の手段として検討するべきです。


QGraphicsView::setViewportUpdateMode() の適切な使用

これは最も重要で効果的な最適化の一つです。ビューポートの更新方法を制御し、不必要な再描画を削減します。

  • QGraphicsView::NoViewportUpdate:
    • 説明: ビューポートの自動更新を完全に停止します。手動で view->viewport()->update()view->update() を呼び出す必要があります。
    • 効果: 高度にカスタマイズされた描画ロジックを持つ場合や、厳密なタイミング制御が必要な場合にのみ使用します。
  • QGraphicsView::SmartViewportUpdate:
    • 説明: FullViewportUpdateMinimalViewportUpdate の中間的な動作を試みます。Qtが最適な更新モードを推測します。
    • 効果: 複雑なシーンで、どちらのモードが最適か判断が難しい場合に試す価値があります。
  • QGraphicsView::FullViewportUpdate:
    • 説明: シーンで何らかの変更があった場合、ビューポート全体を常に更新します。
    • 効果: アイテムの数が非常に多く、かつ頻繁に広範囲が変更される場合(例:すべてのアイテムが同時に少しずつ移動するアニメーションなど)、更新領域の計算自体がボトルネックになることがあります。この場合、ビューポート全体を更新する方がオーバーヘッドが少なくなることがあります。
  • QGraphicsView::MinimalViewportUpdate (デフォルト):
    • 説明: シーンで変更があった場合に、影響を受ける最小限のビューポート領域のみを更新しようとします。これはほとんどのケースで最も効率的です。
    • 効果: 更新領域の計算オーバーヘッドがありますが、描画するピクセル数が削減されるため、全体的なパフォーマンスが向上します。

使用例:

view->setViewportUpdateMode(QGraphicsView::MinimalViewportUpdate); // ほとんどのケースで推奨
// view->setViewportUpdateMode(QGraphicsView::FullViewportUpdate); // 特定のケースで有効

QGraphicsItem::CacheMode の活用

静的またはほとんど変更されないアイテムについては、描画結果をキャッシュすることでパフォーマンスを大幅に向上できます。

  • QGraphicsItem::DeviceCoordinateCache:
    • 説明: ビューのデバイス座標系で描画結果をキャッシュします。アイテムの変換が適用されると、キャッシュは無効になり再生成されます。
    • 効果: アイテムが静的で、ほとんど変換されない場合に最も効果的です。キャッシュはピクセル単位で正確に保存されるため、拡大縮小による品質低下がありません。ただし、アイテムが移動、回転、拡大縮小されるたびにキャッシュが再生成されるため、頻繁に変換されるアイテムには適していません。
  • QGraphicsItem::ItemCoordinateCache:
    • 説明: アイテムのローカル座標系で描画結果をキャッシュします。アイテムの変換(移動、回転、拡大縮小)が適用されても、キャッシュされたピクスマップが再利用されます。
    • 効果: アイテム自体が静的だが、ビューや親アイテムによって頻繁に変換される場合に非常に有効です。ただし、変換に応じてピクスマップがスケーリングされるため、拡大縮小時にピクセル化(ギザギザ)が発生する可能性があります。
  • QGraphicsItem::NoCache (デフォルト):
    • 説明: キャッシュを行いません。アイテムが描画されるたびに、paint() メソッドが実行されます。

使用例:

// 各アイテムの paint() メソッドの前に設定します
class MyGraphicsItem : public QGraphicsRectItem {
public:
    MyGraphicsItem(const QRectF& rect, QGraphicsItem* parent = nullptr)
        : QGraphicsRectItem(rect, parent) {
        // アイテムが静的で、あまり変換されない場合
        setCacheMode(QGraphicsItem::DeviceCoordinateCache);
        // アイテムが静的だが、頻繁に移動・回転・拡大縮小される場合
        // setCacheMode(QGraphicsItem::ItemCoordinateCache);
    }

    void paint(QPainter *painter, const QStyleOptionGraphicsItem *option, QWidget *widget) override {
        // 描画コード
        QGraphicsRectItem::paint(painter, option, widget);
    }
};

// ...
// メイン関数やアイテム生成時にキャッシュモードを設定
// QGraphicsRectItem *rectItem = new QGraphicsRectItem(...);
// rectItem->setCacheMode(QGraphicsItem::DeviceCoordinateCache);

QGraphicsScene::setItemIndexMethod() の調整

シーン内のアイテム数が非常に多い場合(数千以上)、Qtがアイテムを検索・管理するためのインデックス付け方法がボトルネックになることがあります。

  • QGraphicsScene::NoIndex:
    • 説明: アイテムのインデックス付けを行いません。
    • 効果: アイテムが非常に頻繁に移動し、かつ items()itemAt() などのアイテム検索メソッドをほとんど使用しない場合に、インデックスの更新オーバーヘッドを回避できます。ただし、アイテム検索は非常に遅くなります。
  • QGraphicsScene::BspTreeIndex (デフォルト):
    • 説明: BSP (Binary Space Partitioning) ツリーを使用してアイテムを空間的にインデックス付けします。アイテムの検索(例: items()itemAt())や衝突検出が高速になります。
    • 効果: 大多数のアプリケーションで良好なパフォーマンスを提供します。

使用例:

scene->setItemIndexMethod(QGraphicsScene::NoIndex); // アイテムが非常に頻繁に動き、検索が不要な場合
// scene->setItemIndexMethod(QGraphicsScene::BspTreeIndex); // デフォルト(ほとんどのケースで推奨)

QGraphicsItem::boundingRect() と QGraphicsItem::shape() の正確な実装

これらの関数は、アイテムの描画領域とインタラクション領域をQtに知らせるために非常に重要です。

  • shape():
    • 説明: アイテムの厳密な形状(QPainterPath)を返します。これは主にマウスイベントのヒットテストや衝突検出に使用されます。
    • 重要性: 複雑な形状を持つアイテムの場合、shape() の計算が重いことがあります。パフォーマンスが問題になる場合は、よりシンプルな形状(例: boundingRect() に基づく矩形や楕円)を返すことを検討します。
  • boundingRect():
    • 説明: アイテムのローカル座標における描画領域の境界ボックスを返します。Qtはこれを使用して、アイテムがどの領域を更新する必要があるかを判断します。
    • 重要性: 描画領域を正確に(小さすぎず、大きすぎず)返すことが重要です。大きすぎると不必要な再描画が発生し、小さすぎると描画の欠落が生じます。

QGraphicsView::setRenderHints() の設定

描画品質とパフォーマンスのバランスを取るために使用します。

  • QPainter::SmoothPixmapTransform: ピクスマップの変換(拡大縮小など)をより滑らかにします。同様にパフォーマンスコストが増加します。
  • QPainter::Antialiasing: アンチエイリアシングを有効にします。描画が滑らかになりますが、パフォーマンスコストが増加します。

使用例:

view->setRenderHints(QPainter::Antialiasing | QPainter::SmoothPixmapTransform);
// パフォーマンスを重視し、品質を少し犠argにする場合
// view->setRenderHints(QPainter::HighQualityAntialiasing); // より高品質なアンチエイリアシング (より重い)

カスタム QGraphicsItem::paint() メソッドの最適化

  • QPenQBrush の設定回数の削減: paint() メソッド内で不必要にペンやブラシを何度も設定しないようにします。
  • 重い計算のキャッシュ: 描画に時間がかかる計算(例: 複雑な QPainterPath の生成、文字列のレイアウト計算など)は、一度だけ行い、結果をメンバー変数にキャッシュして再利用します。
  • 不要な描画の回避: QStyleOptionGraphicsItem::exposedRect を利用して、実際に描画が必要なアイテムの領域のみを描画するようクリッピングを設定します。
    void MyCustomItem::paint(QPainter *painter, const QStyleOptionGraphicsItem *option, QWidget *widget) {
        painter->setClipRect(option->exposedRect); // 描画領域をクリッピング
        // 実際の描画コード
    }
    

OpenGL/Direct2D (Hardware Acceleration) の利用

QGraphicsView のビューポートに QOpenGLWidget (Qt 5.4以降) または QGLWidget (非推奨) を設定することで、OpenGLによるハードウェアアクセラレーションを利用できます。これにより、CPU負荷をGPUにオフロードし、描画パフォーマンスを大幅に向上させることが可能です。

使用例:

#include <QOpenGLWidget> // または QGLWidget (Qt 6では非推奨)

// ...
QGraphicsView *view = new QGraphicsView(scene);
view->setViewport(new QOpenGLWidget()); // OpenGLを有効にする
// OpenGLの描画品質設定
view->setRenderHints(QPainter::Antialiasing | QPainter::SmoothPixmapTransform);

QGraphicsItemGroup の使用

もしアプリケーション全体で高いパフォーマンスと滑らかなアニメーションが最優先事項であり、複雑なUI構造を持つ場合は、QGraphicsView よりも Qt Quick(QML)への移行を検討する価値があります。Qt Quickは、OpenGLなどのグラフィックスAPIを直接利用するシーングラフベースのレンダリングエンジンを備えており、特にアニメーションや動的なUI要素で優れたパフォーマンスを発揮します。

注意: QMLは C++ と異なるパラダイムを持つため、既存の QGraphicsView ベースのアプリケーションをQMLに移行するには、相当な量のコード変更が必要になります。