QGraphicsViewのmouseReleaseEventだけじゃない！Qtマウスイベント処理の代替手法

2025-05-27

`void QGraphicsView::mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event)` とは

QGraphicsView は、Qtのグラフィックスビューフレームワークにおいて、QGraphicsScene の内容を表示するためのウィジェットです。このフレームワークでは、複雑な2Dグラフィックアイテムを効率的に管理・表示することができます。

mouseReleaseEvent() は、QGraphicsView クラスの仮想関数であり、ユーザーがビュー上でマウスボタンを離したときに呼び出されるイベントハンドラです。

イベント発生の仕組み

マウスボタンが離される: ユーザーが QGraphicsView 上でマウスボタンを離します。
QMouseEvent の生成: Qtシステムがこの操作を検出し、QMouseEvent オブジェクトを生成します。このオブジェクトには、どのボタンが離されたか、マウスカーソルの位置（ウィジェット座標、グローバル座標）、修飾キー（Shift, Ctrlなど）の状態などの情報が含まれます。
イベントの配送: 生成された QMouseEvent は、QGraphicsView インスタンスの mouseReleaseEvent() メソッドに自動的に配送されます。

`mouseReleaseEvent()` の役割とカスタマイズ

この mouseReleaseEvent() 関数を**オーバーライド（再実装）**することで、マウスボタンが離されたときにカスタムの動作を実行できます。

たとえば、以下のような処理を実装できます。

コンテキストメニューの表示: 特定のマウスボタン（例: 右クリック）が離されたときにコンテキストメニューを表示する。
カスタム描画の完了: ユーザーがマウスドラッグで線や図形を描く場合、ボタンを離した時点で描画を完了させる。
選択範囲の確定: mousePressEvent() で選択範囲の開始点を設定し、mouseMoveEvent() で選択範囲を広げ、mouseReleaseEvent() で最終的な選択範囲を確定する。
ドラッグ＆ドロップ操作の終了: mousePressEvent() で開始したドラッグ操作を mouseReleaseEvent() で終了させ、アイテムを新しい位置に配置する。

`QMouseEvent *event` 引数について

event->ignore(): イベントが処理されなかったことをQtシステムに通知します。これにより、イベントは親ウィジェットに伝播され、親ウィジェットのイベントハンドラが処理する機会を得ます。
event->accept(): イベントが処理されたことをQtシステムに通知します。デフォルトでは、イベントは自動的に accept されます。
event->modifiers(): イベント発生時に押されていた修飾キー（例: Qt::ControlModifier, Qt::ShiftModifier, Qt::AltModifier）の組み合わせを返します。
event->buttons(): イベント発生時に押されていた全てのマウスボタンの組み合わせ（Qt::MouseButtons）を返します。例えば、左ボタンを押し続けてから右ボタンを離した場合、event->buttons() は左ボタンと右ボタンの両方を含む値になる可能性があります。
event->button(): イベントを引き起こしたマウスボタン（例: Qt::LeftButton, Qt::RightButton, Qt::MidButton）を返します。これは mousePressEvent とは異なり、離されたボタンのみを返します。
event->globalPos(): イベントが発生したスクリーン上のグローバル座標（QPoint または QPointF）を返します。
event->pos(): イベントが発生したウィジェット内のローカル座標（QPoint または QPointF）を返します。

実装の例

QGraphicsView を継承したカスタムビューで mouseReleaseEvent() をオーバーライドするC++の例を以下に示します。

#include <QGraphicsView>
#include <QMouseEvent>
#include <QDebug> // デバッグ出力用

class MyGraphicsView : public QGraphicsView
{
public:
    MyGraphicsView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent = nullptr)
        : QGraphicsView(scene, parent)
    {
        // 必要に応じて初期設定
    }

protected:
    // mouseReleaseEvent をオーバーライド
    void mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event) override
    {
        // どのボタンが離されたかを確認
        if (event->button() == Qt::LeftButton) {
            qDebug() << "左ボタンが離されました。";
            // マウスのローカル座標
            QPointF viewPos = event->pos();
            qDebug() << "ビュー座標:" << viewPos;

            // シーン座標に変換
            QPointF scenePos = mapToScene(viewPos.toPoint());
            qDebug() << "シーン座標:" << scenePos;

            // ここにカスタムの処理を記述
            // 例: ドラッグ操作の終了処理
            // 例: 特定のアイテムがクリックされたかどうかのチェック
        } else if (event->button() == Qt::RightButton) {
            qDebug() << "右ボタンが離されました。";
            // コンテキストメニューを表示するなどの処理
        }

        // 基本クラスのmouseReleaseEventを呼び出す（重要な場合が多い）
        // これにより、QGraphicsViewのデフォルトの振る舞い（ドラッグモードなど）が維持されます。
        QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event);

        // イベントが処理されたことを示す（デフォルトでacceptされていることが多いですが、明示的に行う場合も）
        // event->accept(); 
        // イベントを無視して親に伝播させたい場合は event->ignore();
    }
};

// 使用例 (MainWindowなどから)
// QGraphicsScene *scene = new QGraphicsScene();
// MyGraphicsView *view = new MyGraphicsView(scene);
// view->show();

QGraphicsView::DragMode: QGraphicsView には setDragMode() という機能があり、マウスドラッグのデフォルトの挙動（スクロールやアイテム選択）を設定できます。カスタムのドラッグ動作を実装する場合、この DragMode の設定を考慮する必要があります。
QGraphicsItem との連携: QGraphicsView の mouseReleaseEvent はビュー全体に対するイベントですが、シーン上の個々の QGraphicsItem も mouseReleaseEvent (引数は QGraphicsSceneMouseEvent になります) を持つことができます。通常、ビュー上でマウス操作を行う場合、まずビューのイベントハンドラがイベントを受け取り、その後、必要に応じてシーンやアイテムにイベントが伝播されます。QGraphicsView のデフォルト実装は、このイベントをシーンに転送し、さらにシーンが適切なアイテムにイベントを転送します。
イベントの伝播: mouseReleaseEvent() 内で event->ignore() を呼び出すと、イベントは親ウィジェット（この場合は QGraphicsView 自体）に伝播され、その親がイベントを処理する機会を得ます。通常は QGraphicsView のイベントハンドラで処理を完結させることが多いですが、親ウィジェットにもイベントを渡したい場合は ignore() を使用します。

`QGraphicsView::mouseReleaseEvent()` におけるよくあるエラーとトラブルシューティング

QGraphicsView の mouseReleaseEvent() は、Qt のイベントシステムの中で特定の役割を担っています。このイベントハンドラを適切にオーバーライドしないと、意図しない動作や、イベントが期待通りに発生しないといった問題に遭遇することがあります。

QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event) を呼び忘れている

これは最も一般的なエラーの一つです。オーバーライドした mouseReleaseEvent() 関数内で、基底クラス（QGraphicsView）の同名関数を呼び出さないと、QGraphicsView 自体や QGraphicsScene、QGraphicsItem のデフォルトのイベント処理が実行されません。

症状

マウスプレスイベント後にアイテムが「離された」状態にならない。
QGraphicsItem の mouseReleaseEvent() が呼び出されない。
ビューのドラッグモード（DragMode）が機能しない（例: ScrollHandDrag や RubberBandDrag が動作しない）。
アイテムの選択が機能しない。

トラブルシューティング
オーバーライドした関数の最後に、必ず QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event); を呼び出してください。これにより、カスタム処理を実行しつつ、Qt のデフォルトのイベント伝播と処理ロジックが維持されます。

void MyGraphicsView::mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event)
{
    // カスタム処理
    qDebug() << "My custom release event.";

    // 非常に重要: 基底クラスのイベントハンドラを呼び出す
    QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event);
}

イベントがQGraphicsItemに伝播しない/QGraphicsItemのmouseReleaseEventが呼ばれない

QGraphicsView のイベントが、シーン内の QGraphicsItem に適切に転送されない場合に発生します。

症状

アイテムの選択状態が正しく更新されない。
ビュー上でマウスボタンを離しても、クリックしたはずの QGraphicsItem の mouseReleaseEvent が呼び出されない。

トラブルシューティング

QGraphicsItem の acceptHoverEvents() や setAcceptedMouseButtons() が適切に設定されているか確認してください。
QGraphicsItem が QGraphicsItem::ItemIsMovable や QGraphicsItem::ItemIsSelectable などの適切なフラグを設定しているか確認してください。これらのフラグが設定されていない場合、マウスイベントを受け付けないことがあります。
前述の「QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event) の呼び出し忘れ」が主な原因です。ビューがイベントを適切に処理し、シーンに転送することで、シーンがさらに適切なアイテムにイベントを転送します。

mousePressEvent と mouseReleaseEvent の状態管理の不整合

ドラッグ操作など、マウスの押し下げから離すまでの状態を管理するカスタムロジックがある場合、状態の不整合が問題を引き起こすことがあります。

症状

マウスプレスイベントで設定した開始点と、マウスリリースイベントでの終了点の間に予期しないズレが生じる。
ドラッグ開始フラグがリセットされないため、次回のクリックで意図しないドラッグが開始される。

トラブルシューティング

例えば、ドラッグ開始位置を mousePressEvent で保存し、mouseReleaseEvent でその情報を使用する場合は、mousePressEvent が必ず先に呼び出されることを前提としてください。
特に mouseMoveEvent() での処理が mousePressEvent() で設定されたフラグに依存する場合、mouseReleaseEvent() でそのフラグを確実にクリアするようにしてください。
mousePressEvent() でフラグを true に設定し、mouseReleaseEvent() で false にリセットするなど、状態変数を適切に管理してください。

イベントフィルタの使用と競合

QObject::installEventFilter() を使って QGraphicsView や QGraphicsScene、QGraphicsItem にイベントフィルタを設定している場合、そのフィルタが mouseReleaseEvent を「消費」してしまうことがあります。

症状

特定のイベント処理が、イベントフィルタによってブロックされてしまう。
QGraphicsView の mouseReleaseEvent() が全く呼び出されない、または意図した順序で呼び出されない。

トラブルシューティング

デバッグ出力 (qDebug()) を使って、イベントがどこで処理されているかを追跡してください。
複数のイベントフィルタがある場合、それらの順序と処理ロジックを確認し、互いに干渉しないように設計してください。
イベントフィルタ内で event->accept() を呼び出している場合、それ以降のイベント処理チェーンは停止します。イベントフィルタ内でイベントを処理しても、他のハンドラにもイベントを渡したい場合は event->ignore() を使用するか、false を返してください。

座標系の変換ミス

QGraphicsView はビュー座標（ウィジェットのピクセル座標）でイベントを受け取りますが、シーン内のアイテムを操作する場合はシーン座標に変換する必要があります。この変換を誤ると、操作が期待通りに反映されません。

症状

選択範囲の計算が正しく行われない。
マウスを離した位置と、アイテムが実際に移動する位置がずれる。

トラブルシューティング

特に拡大・縮小や回転が適用されているビューでは、この座標変換が非常に重要になります。
逆に、シーン座標からビュー座標に変換する必要がある場合は QGraphicsView::mapFromScene() を使用します。
QGraphicsView::mapToScene(event->pos()) を使用して、ビュー座標をシーン座標に正確に変換してください。

QMouseEvent と QGraphicsSceneMouseEvent の混同

QGraphicsView のイベントハンドラでは QMouseEvent を扱いますが、QGraphicsScene や QGraphicsItem のイベントハンドラでは QGraphicsSceneMouseEvent を扱います。これらを混同すると、コンパイルエラーになったり、予期しない動作になったりします。

症状

QGraphicsItem で QMouseEvent のメソッド（例: pos()）を呼び出そうとしてエラーになる。

それぞれのイベントオブジェクトが提供する適切なメソッド（例: QMouseEvent::pos() vs QGraphicsSceneMouseEvent::scenePos()）を使用してください。
QGraphicsView をオーバーライドする場合は QMouseEvent *event、QGraphicsScene をオーバーライドする場合は QGraphicsSceneMouseEvent *event、QGraphicsItem をオーバーライドする場合も QGraphicsSceneMouseEvent *event を引数として使用します。

Qt のドキュメントを参照する: 公式ドキュメントは、各クラスや関数の挙動について最も正確な情報源です。イベント処理の仕組みや、特定のフラグの影響などを確認できます。
最小限の再現コードを作成する: 問題が複雑な場合、問題の発生する最小限のコードスニペットを作成して、どこに原因があるかを特定します。
デバッガを使用する: ブレークポイントを設定し、ステップ実行することで、プログラムのフローを詳細に追跡し、変数の値を確認できます。
qDebug() を多用する: イベントハンドラの開始時と終了時、重要な処理の前後で qDebug() を使ってメッセージを出力し、どの関数が、いつ、どのような情報（マウス座標、ボタンの状態など）で呼び出されたかを追跡します。

基本的な考え方

QGraphicsView の mouseReleaseEvent() をオーバーライドする際は、以下の点を考慮します。

カスタムビュークラスの作成: QGraphicsView を継承した独自のクラスを作成します。
mouseReleaseEvent() のオーバーライド: ユーザーがマウスボタンを離したときの動作を記述します。
イベント情報の利用: QMouseEvent *event 引数から、離されたボタン、マウスの位置、修飾キーなどの情報を取得します。
基底クラスの呼び出し: ほとんどの場合、基底クラスの QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event); を呼び出すことが重要です。これにより、QGraphicsView のデフォルトの挙動（例: アイテムの選択、ドラッグモードの動作）が維持されます。

例1: マウスボタンが離された位置をログ出力する

この例では、QGraphicsView のどこでマウスボタンが離されたかをデバッグ出力するシンプルなカスタムビューを作成します。

MyGraphicsView.h

#ifndef MYGRAPHICSVIEW_H
#define MYGRAPHICSVIEW_H

#include <QGraphicsView>
#include <QMouseEvent> // QMouseEvent を使うために必要
#include <QDebug>    // qDebug() を使うために必要

// QGraphicsView を継承したカスタムクラス
class MyGraphicsView : public QGraphicsView
{
    Q_OBJECT // Qt のメタオブジェクトシステムを使うために必要

public:
    explicit MyGraphicsView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent = nullptr);

protected:
    // mouseReleaseEvent をオーバーライド
    void mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event) override;
};

#endif // MYGRAPHICSVIEW_H

MyGraphicsView.cpp

#include "MyGraphicsView.h"

MyGraphicsView::MyGraphicsView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent)
    : QGraphicsView(scene, parent)
{
    // 必要に応じてビューの初期設定を行う
    // setRenderHints(QPainter::Antialiasing | QPainter::SmoothPixmapTransform);
}

void MyGraphicsView::mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event)
{
    // どのボタンが離されたかを確認
    if (event->button() == Qt::LeftButton) {
        qDebug() << "左ボタンが離されました。";
    } else if (event->button() == Qt::RightButton) {
        qDebug() << "右ボタンが離されました。";
    } else if (event->button() == Qt::MidButton) {
        qDebug() << "中央ボタンが離されました。";
    }

    // マウスが離された位置（ビュー座標）
    QPoint viewPos = event->pos();
    qDebug() << "ビュー座標 (x, y):" << viewPos.x() << "," << viewPos.y();

    // ビュー座標をシーン座標に変換
    QPointF scenePos = mapToScene(viewPos);
    qDebug() << "シーン座標 (x, y):" << scenePos.x() << "," << scenePos.y();

    // イベント発生時の修飾キーの状態
    if (event->modifiers() & Qt::ControlModifier) {
        qDebug() << "Ctrlキーが押されていました。";
    }
    if (event->modifiers() & Qt::ShiftModifier) {
        qDebug() << "Shiftキーが押されていました。";
    }

    // 重要な点: 基底クラスのmouseReleaseEventを呼び出す
    // これにより、QGraphicsViewのデフォルトの動作（アイテムの選択など）が維持される
    QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event);
}

main.cpp (アプリケーションを起動するためのコード)

#include <QApplication>
#include <QGraphicsScene>
#include "MyGraphicsView.h" // 作成したカスタムビュークラス

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    // シーンを作成
    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(-200, -200, 400, 400); // シーンの範囲を設定

    // シーンにいくつかのアイテムを追加（例: 四角形と円）
    scene.addRect(-100, -100, 50, 50, QPen(Qt::blue), QBrush(Qt::cyan));
    scene.addEllipse(50, 50, 80, 80, QPen(Qt::red), QBrush(Qt::magenta));

    // 作成したカスタムビュークラスのインスタンスを作成
    MyGraphicsView view(&scene);
    view.setWindowTitle("Custom Graphics View with Mouse Release Event");
    view.setRenderHint(QPainter::Antialiasing); // アンチエイリアスを有効にする
    view.resize(600, 400); // ビューのサイズを設定
    view.show();

    return a.exec();
}

このコードを実行し、ビューのどこかでマウスボタンを離すと、Qt Creator の「アプリケーション出力」ウィンドウに、離されたボタンの種類、ビュー座標、シーン座標、そして修飾キーの状態がログ出力されます。

この例では、mousePressEvent で描画を開始し、mouseMoveEvent で線を描画中に更新し、mouseReleaseEvent で描画を完了させる一連の操作を示します。

MyGraphicsView.h

#ifndef MYGRAPHICSVIEW_H
#define MYGRAPHICSVIEW_H

#include <QGraphicsView>
#include <QMouseEvent>
#include <QGraphicsLineItem> // 線を描画するために必要
#include <QPointF>           // 座標を扱うために必要
#include <QDebug>

class MyGraphicsView : public QGraphicsView
{
    Q_OBJECT

public:
    explicit MyGraphicsView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent = nullptr);

protected:
    void mousePressEvent(QMouseEvent *event) override;
    void mouseMoveEvent(QMouseEvent *event) override;
    void mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event) override;

private:
    bool m_drawingLine;           // 線を描画中かどうかのフラグ
    QPointF m_startPoint;         // 線の開始点（シーン座標）
    QGraphicsLineItem *m_currentLine; // 現在描画中の線アイテム
};

#endif // MYGRAPHICSVIEW_H

MyGraphicsView.cpp

#include "MyGraphicsView.h"

MyGraphicsView::MyGraphicsView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent)
    : QGraphicsView(scene, parent),
      m_drawingLine(false),
      m_currentLine(nullptr)
{
    // QGraphicsViewのドラッグモードを無効にするか、カスタム動作に合わせる
    // デフォルトのドラッグ動作と競合しないように None に設定
    setDragMode(QGraphicsView::NoDrag); 
}

void MyGraphicsView::mousePressEvent(QMouseEvent *event)
{
    // 左ボタンが押されたら描画を開始
    if (event->button() == Qt::LeftButton) {
        m_drawingLine = true;
        m_startPoint = mapToScene(event->pos()); // ビュー座標をシーン座標に変換
        
        // 新しい線アイテムを作成し、シーンに追加
        m_currentLine = new QGraphicsLineItem();
        m_currentLine->setPen(QPen(Qt::red, 2)); // 赤い太めのペン
        // 最初は開始点から開始点への線
        m_currentLine->setLine(m_startPoint.x(), m_startPoint.y(), 
                               m_startPoint.x(), m_startPoint.y());
        scene()->addItem(m_currentLine);
        qDebug() << "線描画開始: " << m_startPoint;
    }

    // 重要な点: 基底クラスのmousePressEventを呼び出す
    QGraphicsView::mousePressEvent(event);
}

void MyGraphicsView::mouseMoveEvent(QMouseEvent *event)
{
    // 線描画中の場合のみ処理
    if (m_drawingLine && m_currentLine) {
        QPointF currentPoint = mapToScene(event->pos()); // 現在のマウス位置をシーン座標に変換
        // 線の終点を現在のマウス位置に更新
        m_currentLine->setLine(m_startPoint.x(), m_startPoint.y(), 
                               currentPoint.x(), currentPoint.y());
        qDebug() << "線描画中: " << currentPoint;
    }

    // 重要な点: 基底クラスのmouseMoveEventを呼び出す
    QGraphicsView::mouseMoveEvent(event);
}

void MyGraphicsView::mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event)
{
    // 線描画中であり、左ボタンが離された場合
    if (m_drawingLine && event->button() == Qt::LeftButton) {
        QPointF endPoint = mapToScene(event->pos()); // 終了点（シーン座標）
        // 最終的な線の終点を設定
        if (m_currentLine) {
            m_currentLine->setLine(m_startPoint.x(), m_startPoint.y(), 
                                   endPoint.x(), endPoint.y());
        }
        
        m_drawingLine = false; // 描画フラグをリセット
        m_currentLine = nullptr; // ポインタをクリア
        qDebug() << "線描画完了: " << endPoint;
    }

    // 重要な点: 基底クラスのmouseReleaseEventを呼び出す
    QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event);
}

main.cpp (例1と同じものを使用可能)

#include <QApplication>
#include <QGraphicsScene>
#include "MyGraphicsView.h" 

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(-200, -200, 400, 400); 

    MyGraphicsView view(&scene);
    view.setWindowTitle("Draw Lines with Mouse Drag");
    view.setRenderHint(QPainter::Antialiasing); 
    view.resize(600, 400); 
    view.show();

    return a.exec();
}

この例では、mousePressEvent で線の描画を開始し、mouseMoveEvent でリアルタイムに線を更新し、mouseReleaseEvent で線の描画を完了させるという一般的なマウスドラッグ操作のパターンを示しています。

QGraphicsView::mouseReleaseEvent() は、マウスドラッグの終了、クリック操作の確定、コンテキストメニューの表示など、さまざまなユーザーインタラクションの終点を処理するために非常に重要です。カスタムのグラフィックアプリケーションを構築する際には、mousePressEvent() や mouseMoveEvent() と組み合わせて、ユーザーにリッチな操作体験を提供できます。

QGraphicsItem の mouseReleaseEvent() を利用する

最も一般的で推奨される方法は、QGraphicsView 自体ではなく、シーン上の個々の QGraphicsItem の mouseReleaseEvent() をオーバーライドすることです。これは、特定のグラフィックアイテムに対する操作（クリック、ドラッグなど）を処理したい場合に特に有効です。

仕組み
QGraphicsView はマウスイベントを QGraphicsScene に転送し、QGraphicsScene はそのイベントがどの QGraphicsItem の上にあるか（または関連するか）を判断し、そのアイテムの mouseReleaseEvent() (引数は QGraphicsSceneMouseEvent 型) を呼び出します。

利点

Qt の標準的な挙動との整合性: QGraphicsItem::ItemIsMovable や QGraphicsItem::ItemIsSelectable などのフラグが設定されている場合、Qt のデフォルトの移動や選択の動作とシームレスに連携します。
再利用性: アイテムクラスを再利用すれば、そのイベント処理も再利用できます。
階層的なイベント処理: イベントはビューからシーン、そしてアイテムへと自然に伝播します。
関心の分離: アイテム固有のロジックはアイテムクラス内にカプセル化されます。

例
特定の矩形アイテムがクリックされたときにメッセージを表示する。

MyRectItem.h

#ifndef MYRECTITEM_H
#define MYRECTITEM_H

#include <QGraphicsRectItem>
#include <QGraphicsSceneMouseEvent> // QGraphicsSceneMouseEvent を使う
#include <QDebug>

class MyRectItem : public QGraphicsRectItem
{
public:
    explicit MyRectItem(qreal x, qreal y, qreal width, qreal height, QGraphicsItem *parent = nullptr);

protected:
    void mousePressEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event) override;
    void mouseReleaseEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event) override;
};

#endif // MYRECTITEM_H

MyRectItem.cpp

#include "MyRectItem.h"

MyRectItem::MyRectItem(qreal x, qreal y, qreal width, qreal height, QGraphicsItem *parent)
    : QGraphicsRectItem(x, y, width, height, parent)
{
    // アイテムがマウスイベントを受け取るように設定
    setAcceptedMouseButtons(Qt::LeftButton | Qt::RightButton); // 左クリックと右クリックを受け入れる
    // アイテムを選択可能にする（必要に応じて）
    // setFlags(QGraphicsItem::ItemIsSelectable | QGraphicsItem::ItemIsMovable); 
}

void MyRectItem::mousePressEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event)
{
    qDebug() << "MyRectItem: Mouse Pressed at Item Pos:" << event->pos()
             << ", Scene Pos:" << event->scenePos();
    // イベントが処理されたことを示す
    event->accept();
    // 必要であれば、基底クラスのイベントハンドラを呼び出す
    QGraphicsRectItem::mousePressEvent(event);
}

void MyRectItem::mouseReleaseEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event)
{
    qDebug() << "MyRectItem: Mouse Released at Item Pos:" << event->pos()
             << ", Scene Pos:" << event->scenePos();

    if (event->button() == Qt::LeftButton) {
        qDebug() << "MyRectItem: 左ボタンが離されました。";
    } else if (event->button() == Qt::RightButton) {
        qDebug() << "MyRectItem: 右ボタンが離されました。（コンテキストメニュー表示など）";
    }

    // イベントが処理されたことを示す
    event->accept();
    // 必要であれば、基底クラスのイベントハンドラを呼び出す
    QGraphicsRectItem::mouseReleaseEvent(event);
}

main.cpp で MyGraphicsView の代わりに QGraphicsView を使い、scene->addItem(new MyRectItem(...)); のようにアイテムを追加します。

QGraphicsScene の mouseReleaseEvent() を利用する

QGraphicsScene も mouseReleaseEvent() (引数は QGraphicsSceneMouseEvent 型) を持っており、これをオーバーライドすることで、シーン全体に対するマウスリリースイベントを処理できます。これは、特定のアイテムに結びつかない背景のクリックや、アイテムがない場所でのドラッグ操作の完了などを処理するのに適しています。

仕組み
QGraphicsView から転送されたマウスイベントは、まず QGraphicsScene の mouseReleaseEvent() に到達します。このイベントがシーンまたはその中のアイテムによって accept() されなかった場合、ビューに伝播する可能性があります。

利点

特定のアイテムに依存しない汎用的なマウス操作ロジックの実装。
ビュー全体または背景に対するイベント処理。

例
シーンの背景上でマウスボタンが離されたときにメッセージを表示する。

MyGraphicsScene.h

#ifndef MYGRAPHICSSCENE_H
#define MYGRAPHICSSCENE_H

#include <QGraphicsScene>
#include <QGraphicsSceneMouseEvent> // QGraphicsSceneMouseEvent を使う
#include <QDebug>

class MyGraphicsScene : public QGraphicsScene
{
    Q_OBJECT
public:
    explicit MyGraphicsScene(QObject *parent = nullptr);

protected:
    void mouseReleaseEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event) override;
};

#endif // MYGRAPHICSSCENE_H

MyGraphicsScene.cpp

#include "MyGraphicsScene.h"

MyGraphicsScene::MyGraphicsScene(QObject *parent)
    : QGraphicsScene(parent)
{
}

void MyGraphicsScene::mouseReleaseEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event)
{
    // アイテムがイベントを処理しなかった場合のみ、このハンドラが呼び出されることが多い
    // しかし、明示的に ignore() されたイベントはここにも来る
    qDebug() << "MyGraphicsScene: Mouse Released at Scene Pos:" << event->scenePos();

    if (event->button() == Qt::LeftButton) {
        qDebug() << "MyGraphicsScene: 左ボタンが離されました。";
    }

    // 重要な点: 基底クラスのmouseReleaseEventを呼び出す
    // これにより、デフォルトのアイテム選択やドラッグ処理が維持される
    QGraphicsScene::mouseReleaseEvent(event);
}

main.cpp (変更点: MyGraphicsScene を使用)

#include <QApplication>
#include "MyGraphicsScene.h" // 作成したカスタムシーンクラス
#include <QGraphicsView>

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    MyGraphicsScene scene; // カスタムシーンのインスタンス
    scene.setSceneRect(-200, -200, 400, 400); 

    QGraphicsView view(&scene); // シーンを設定
    view.setWindowTitle("Custom Graphics Scene with Mouse Release Event");
    view.setRenderHint(QPainter::Antialiasing); 
    view.resize(600, 400); 
    view.show();

    return a.exec();
}

イベントフィルタ (QObject::installEventFilter()) を利用する

特定のオブジェクトが受け取るイベントを、そのオブジェクト自身が処理する前に、別のオブジェクトで「フィルタリング」して処理することができます。これは、既存のクラスを継承できない場合や、複数のオブジェクトに対して共通のイベント処理を適用したい場合に便利です。

仕組み
QObject::installEventFilter(QObject *filterObj) を呼び出すことで、filterObj が targetObj に送られるすべてのイベントを、filterObj の eventFilter() メソッドで先に受け取ることができます。eventFilter() は、イベントを true で受け入れる（処理して他のハンドラには渡さない）か、false で無視する（他のハンドラにイベントを渡す）かを決定します。

利点

イベントの伝播を制御できる。
一箇所で複数のオブジェクトのイベントを処理できる。
既存のクラスを変更せずにイベントを監視・処理できる。

注意点

イベントフィルタ内で event->accept() を呼び出すと、それ以降のイベント処理が停止します。
QGraphicsView のマウスイベントは、その viewport() ウィジェットによって処理されるため、QGraphicsView 自体ではなく、view->viewport() にイベントフィルタをインストールする必要があります。

例
QGraphicsView のビューポートにイベントフィルタをインストールし、マウスリリースイベントを監視する。

MyEventFilter.h

#ifndef MYEVENTFILTER_H
#define MYEVENTFILTER_H

#include <QObject>
#include <QEvent>
#include <QMouseEvent>
#include <QGraphicsView> // mapToScene を使うために QGraphicsView が必要になる可能性

class MyEventFilter : public QObject
{
    Q_OBJECT
public:
    explicit MyEventFilter(QObject *parent = nullptr);

    // イベントフィルタの主要なメソッド
    bool eventFilter(QObject *watched, QEvent *event) override;
};

#endif // MYEVENTFILTER_H

MyEventFilter.cpp

#include "MyEventFilter.h"
#include <QGraphicsScene> // シーン座標変換のため

MyEventFilter::MyEventFilter(QObject *parent)
    : QObject(parent)
{
}

bool MyEventFilter::eventFilter(QObject *watched, QEvent *event)
{
    if (event->type() == QEvent::MouseButtonRelease) {
        QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event);

        qDebug() << "イベントフィルタ: マウスボタンが離されました。";
        qDebug() << "  ビューポート座標:" << mouseEvent->pos();

        // 監視対象が QGraphicsView のビューポートであれば、シーン座標も取得可能
        if (qobject_cast<QWidget*>(watched)) { // 監視対象が QWidget であることを確認
            QGraphicsView *view = qobject_cast<QGraphicsView*>(watched->parent()); // 親が QGraphicsView か確認
            if (view) {
                QPointF scenePos = view->mapToScene(mouseEvent->pos());
                qDebug() << "  シーン座標:" << scenePos;
            }
        }
        
        // イベントを処理しきって、他のハンドラに渡したくない場合は true を返す
        // return true; 

        // イベントを他のハンドラ（元の QGraphicsView の mouseReleaseEvent など）に渡したい場合は false を返す
        return false;
    }
    // その他のイベントは通常通り処理させる
    return QObject::eventFilter(watched, event);
}

main.cpp (変更点: イベントフィルタのインストール)

#include <QApplication>
#include <QGraphicsScene>
#include <QGraphicsView>
#include "MyEventFilter.h" // 作成したイベントフィルタクラス

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(-200, -200, 400, 400); 

    QGraphicsView view(&scene);
    view.setWindowTitle("Graphics View with Event Filter");
    view.setRenderHint(QPainter::Antialiasing); 
    view.resize(600, 400); 

    // イベントフィルタのインスタンスを作成
    MyEventFilter *filter = new MyEventFilter(&view); // ビューを親にする（ライフサイクル管理）

    // QGraphicsView のビューポートにイベントフィルタをインストール
    // QGraphicsView 自体ではなく、その viewport() にインストールする点が重要
    view.viewport()->installEventFilter(filter);

    view.show();

    return a.exec();
}

QGraphicsView 自体のデフォルトの挙動（例: DragMode）を変更しつつ、より低レベルでビュー全体のイベントを制御したい場合: QGraphicsView::mouseReleaseEvent() をオーバーライドします。
既存の QGraphicsView または QGraphicsScene の挙動を変更せずにイベントを監視・処理したい場合、あるいは複数のウィジェット/アイテムで共通の処理を行いたい場合: イベントフィルタが有力な選択肢となります。ただし、QGraphicsView の場合は viewport() にインストールすることに注意が必要です。
シーンの背景や、特定のアイテムに結びつかない汎用的なマウス操作を処理する場合: QGraphicsScene::mouseReleaseEvent() を使うのが適切です。
特定のグラフィックアイテムに対する操作を処理する場合: QGraphicsItem::mouseReleaseEvent() を使うのが最も適切です。

QGraphicsViewのmouseReleaseEventだけじゃない！Qtマウスイベント処理の代替手法

void QGraphicsView::mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event) とは

イベント発生の仕組み

mouseReleaseEvent() の役割とカスタマイズ

QMouseEvent *event 引数について

実装の例

QGraphicsView::mouseReleaseEvent() におけるよくあるエラーとトラブルシューティング

QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event) を呼び忘れている

イベントがQGraphicsItemに伝播しない/QGraphicsItemのmouseReleaseEventが呼ばれない

mousePressEvent と mouseReleaseEvent の状態管理の不整合

イベントフィルタの使用と競合

座標系の変換ミス

QMouseEvent と QGraphicsSceneMouseEvent の混同

基本的な考え方

例1: マウスボタンが離された位置をログ出力する

QGraphicsItem の mouseReleaseEvent() を利用する

QGraphicsScene の mouseReleaseEvent() を利用する

イベントフィルタ (QObject::installEventFilter()) を利用する

`void QGraphicsView::mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event)` とは

`mouseReleaseEvent()` の役割とカスタマイズ

`QMouseEvent *event` 引数について

`QGraphicsView::mouseReleaseEvent()` におけるよくあるエラーとトラブルシューティング