QGraphicsView::mousePressEventの代替手法 - Qtイベント処理の選択肢

2025-05-27

これは、QtのグラフィックスビューフレームワークにおけるQGraphicsViewクラスの仮想関数(イベントハンドラ)です。ユーザーがQGraphicsViewウィジェットの領域内でマウスボタンを押したときに、自動的に呼び出されます。

役割

  • カスタム動作の実装: この関数をオーバーライド(再実装)することで、マウスがクリックされたときに独自の処理を実行できます。例えば、クリックされた位置に新しいグラフィックスアイテムを追加したり、アイテムの選択状態を変更したり、ドラッグ操作を開始したりするのに使われます。
  • イベント情報の取得: どのボタンが押されたか、マウスカーソルの位置(ビュー座標、シーン座標など)、同時にキーボードの修飾キー(Ctrl, Shiftなど)が押されていたかなど、クリックに関する詳細な情報を含むQMouseEventオブジェクトが引数として渡されます。
  • マウスボタンのクリックを検出: ユーザーがマウスの左ボタン、右ボタン、中央ボタンなどを押したことを検知します。

QGraphicsViewとイベントの流れ

QGraphicsViewは、QGraphicsSceneの内容を表示するためのウィジェットです。Qtのイベント処理は階層的になっており、QGraphicsViewで発生したマウスイベントは、以下のような流れで処理されます。

  1. QGraphicsViewがマウスイベントを受信: ユーザーがQGraphicsView上でマウスボタンを押すと、まずQGraphicsView::mousePressEvent()が呼び出されます。
  2. QGraphicsViewからQGraphicsSceneへの変換: QGraphicsViewは、このマウスイベントをQGraphicsSceneMouseEventに変換し、表示しているQGraphicsScenemousePressEvent()に転送します。
  3. QGraphicsSceneからQGraphicsItemへの転送: QGraphicsSceneは、クリックされた位置にグラフィックスアイテムが存在するかどうかを判断します。もしアイテムがあれば、そのアイテムのmousePressEvent()にイベントを転送します。

重要なポイント:

  • アイテムでのイベント処理: 個々のグラフィックスアイテム(QGraphicsItem)にマウスイベントを処理させたい場合は、そのアイテムのmousePressEvent()をオーバーライドします。
  • シーンでのイベント処理: シーン全体、またはどのアイテムもクリックされなかった場合にイベントを処理したい場合は、QGraphicsScene::mousePressEvent()をオーバーライドするのが一般的です。
  • ビューでのイベント処理: QGraphicsView::mousePressEvent()をオーバーライドすると、ビュー自体のイベントを処理できます。例えば、ビューのパン(移動)やズームなどを実装する際に利用されます。

関数のシグネチャ

void QGraphicsView::mousePressEvent(QMouseEvent *event)
  • QMouseEvent *event: マウスイベントに関する情報(マウスの位置、押されたボタン、修飾キーなど)を含むポインタです。このオブジェクトから、イベントの発生源に関する詳細な情報を取得できます。
  • void: 戻り値がないことを示します。

使用例(C++)

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QMouseEvent>
#include <QDebug> // デバッグ出力用

// QGraphicsViewを継承したカスタムビュークラス
class CustomGraphicsView : public QGraphicsView
{
public:
    CustomGraphicsView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent = nullptr)
        : QGraphicsView(scene, parent)
    {
        // ビューがマウスイベントを受け取るように設定 (デフォルトで有効ですが、明示的に)
        setMouseTracking(true); // マウスの動きを常に追跡する場合
    }

protected:
    // mousePressEventをオーバーライド
    void mousePressEvent(QMouseEvent *event) override
    {
        // どのボタンが押されたか確認
        if (event->button() == Qt::LeftButton) {
            // ビュー座標でのクリック位置
            QPointF viewPos = event->pos();
            qDebug() << "Left mouse button pressed at view coordinates:" << viewPos;

            // シーン座標への変換
            QPointF scenePos = mapToScene(viewPos.toPoint());
            qDebug() << "Converted to scene coordinates:" << scenePos;

            // 例: クリックした位置に赤い円を追加
            QGraphicsScene *myScene = scene();
            if (myScene) {
                myScene->addEllipse(scenePos.x() - 5, scenePos.y() - 5, 10, 10, QPen(Qt::red), QBrush(Qt::red));
            }

            // 親クラスのmousePressEventを呼び出す(これにより、イベントがシーンやアイテムに転送される)
            QGraphicsView::mousePressEvent(event);
        } else if (event->button() == Qt::RightButton) {
            qDebug() << "Right mouse button pressed.";
            QGraphicsView::mousePressEvent(event); // 必要に応じて親クラスを呼び出す
        } else {
            // その他のボタン
            QGraphicsView::mousePressEvent(event); // 親クラスのデフォルト処理を呼び出す
        }
    }
};

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(0, 0, 800, 600); // シーンのサイズを設定

    CustomGraphicsView view(&scene);
    view.setWindowTitle("QGraphicsView mousePressEvent Example");
    view.resize(800, 600);
    view.show();

    return a.exec();
}

この例では、CustomGraphicsViewクラスを作成し、mousePressEventをオーバーライドしています。左クリックされた場合、デバッグ出力を行い、クリックされたシーン座標に赤い円を追加しています。最後に、QGraphicsView::mousePressEvent(event);を呼び出すことで、このイベントがQGraphicsSceneやその中のQGraphicsItemにも適切に転送されるようにしています。これにより、例えばクリックされたアイテムが選択されたり、ドラッグ操作が開始されたりするなどの、Qtの標準的な動作を維持できます。



QGraphicsViewmousePressEvent は、グラフィックスビュー上でのマウス操作を扱う上で非常に重要ですが、いくつかの一般的な落とし穴があります。

イベントが期待通りに発生しない

エラーの内容: QGraphicsView::mousePressEvent() をオーバーライドしても、マウスをクリックしても何も反応しない、あるいはデバッグ出力が表示されない。

考えられる原因とトラブルシューティング:

  • フォーカスがない: ごく稀なケースですが、ウィジェットがフォーカスを持っていないためにイベントを受け取れない場合があります。通常、クリックするとフォーカスが移るので問題になりにくいですが、特殊なフォーカス管理をしている場合は確認が必要です。

  • イベントフィルターによるブロック: もし QGraphicsView またはその親ウィジェットにイベントフィルターがインストールされていて、そのフィルターがマウスイベントを accept() してしまっている場合、QGraphicsViewmousePressEvent() までイベントが到達しません。イベントフィルターが意図せずイベントをブロックしていないか確認してください。

  • QWidget::setMouseTracking(true) の設定不足 (mouseMoveEventの場合が多いが、関連する可能性あり): mousePressEvent は通常 setMouseTracking(true) がなくても発生しますが、mouseMoveEvent など他のマウスイベントと連動してデバッグを行う場合、この設定が重要になります。念のため確認してください。

  • 親クラスのイベントハンドラの呼び出し忘れ: mousePressEvent() をオーバーライドした場合、通常、イベントの伝播を続けるために親クラスの mousePressEvent() を呼び出す必要があります。これを忘れると、イベントが QGraphicsSceneQGraphicsItem に転送されず、それらがマウスイベントを受け取れなくなります。

    // 誤った例 (イベントがそこで止まってしまう可能性がある)
    void CustomGraphicsView::mousePressEvent(QMouseEvent *event) {
        // 独自の処理
        // QGraphicsView::mousePressEvent(event); がない!
    }
    
    // 正しい例
    void CustomGraphicsView::mousePressEvent(QMouseEvent *event) {
        // 独自の処理
        // イベントを親クラスに転送する
        QGraphicsView::mousePressEvent(event);
    }
    

クリック位置の座標が間違っている

エラーの内容: event->pos() で取得した座標が、期待するグラフィックスシーン上での位置と一致しない。

考えられる原因とトラブルシューティング:

  • 変換行列 (Transform Matrix) の影響: QGraphicsView にズームや回転などの変換が適用されている場合、単純な座標変換では直感的でない結果になることがあります。mapToScene() メソッドは、これらの変換を自動的に考慮してくれます。

  • ビュー座標とシーン座標の混同: QMouseEvent::pos() は、イベントを受け取ったウィジェット(この場合は QGraphicsView)のローカル座標系での位置を返します。しかし、グラフィックスアイテムは QGraphicsScene の座標系に配置されます。したがって、クリックされたビュー上の位置をシーン上の位置に変換する必要があります。

    • トラブルシューティング: QGraphicsView::mapToScene(QPoint pos) メソッドを使用して、ビュー座標をシーン座標に変換してください。

      void CustomGraphicsView::mousePressEvent(QMouseEvent *event) {
          QPoint viewPos = event->pos(); // ビューのローカル座標
          QPointF scenePos = mapToScene(viewPos); // シーン座標に変換
      
          qDebug() << "Clicked at scene coordinates:" << scenePos;
      
          // シーン座標を使ってアイテムを追加したり操作したりする
          QGraphicsScene *myScene = scene();
          if (myScene) {
              myScene->addRect(scenePos.x() - 10, scenePos.y() - 10, 20, 20);
          }
      
          QGraphicsView::mousePressEvent(event);
      }
      

アイテムではなくビューがイベントを受け取ってしまう

エラーの内容: QGraphicsItem をクリックしたはずなのに、そのアイテムの mousePressEvent() ではなく、QGraphicsViewmousePressEvent() が呼び出されてしまう。

考えられる原因とトラブルシューティング:

  • イベントの accept() / ignore() の使用: QGraphicsView::mousePressEvent() の中で event->accept() を呼び出すと、そのイベントはそこで処理が終了し、それ以上 QGraphicsSceneQGraphicsItem に転送されなくなります。もしアイテムにイベントを転送したい場合は、event->ignore() を呼び出すか、親クラスの QGraphicsView::mousePressEvent(event) を呼び出してイベントを転送させる必要があります。

    void CustomGraphicsView::mousePressEvent(QMouseEvent *event) {
        if (event->button() == Qt::LeftButton) {
            // ビュー独自の処理を行うが、イベントをアイテムにも転送したい場合
            // 何もevent->accept()を呼ばずに、親クラスを呼ぶ
            QGraphicsView::mousePressEvent(event);
        } else {
            // ビューで完全にイベントを処理し、それ以上転送したくない場合
            event->accept(); // このイベントはここで処理済み
        }
    }
    
  • アイテムの shape() または boundingRect() が正しくない: QGraphicsScene は、マウスイベントが発生した際に、どのアイテムがクリックされたかを QGraphicsItem::shape() (または QGraphicsItem::boundingRect() が実装されていない場合) を使って判断します。もし shape()boundingRect() が実際の描画範囲と一致していない場合、見た目ではアイテムの上をクリックしているように見えても、Qt がその位置にアイテムがないと判断することがあります。

    • トラブルシューティング: カスタムアイテムを作成している場合、boundingRect()shape() を正しく実装しているか確認してください。特に、shape()QPainterPath を返すため、より正確なクリック検出が可能です。
  • アイテムがクリック可能に設定されていない: アイテムがマウスイベントを受け取るためには、QGraphicsItem::ItemIsSelectableQGraphicsItem::ItemIsMovable などのフラグを設定する必要はありません。しかし、Qt のデフォルトのイベント処理メカニズムがアイテムを「クリック可能」と認識しない場合、イベントがアイテムに転送されないことがあります。通常は、QGraphicsItem を継承して mousePressEvent をオーバーライドするだけで十分です。

  • QGraphicsItemmousePressEvent() の実装がない: QGraphicsItem がマウスイベントを受け取るためには、そのアイテムクラスで mousePressEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event) をオーバーライドする必要があります。

ドラッグ操作が正しく機能しない

エラーの内容: mousePressEvent を使ってドラッグ操作を開始しようとしても、mouseMoveEvent が期待通りに追従しない、あるいは mouseReleaseEvent が発生しない。

考えられる原因とトラブルシューティング:

  • デフォルトのドラッグモード: QGraphicsView には setDragMode() という機能があり、QGraphicsView::ScrollHandDrag などを設定すると、ビューのパン操作などがデフォルトで有効になります。もしカスタムのドラッグ操作を実装したい場合、これらのデフォルトのドラッグモードが競合していないか確認し、必要であれば QGraphicsView::NoDrag に設定してください。

  • イベントのgrabMouse()releaseMouse(): QGraphicsView の外部にマウスカーソルが移動してもイベントを受け取り続けたい場合(ドラッグ操作中によくある)、mousePressEvent の中で grabMouse() を呼び出し、mouseReleaseEventreleaseMouse() を呼び出す必要があります。

    // QGraphicsView 派生クラスの例
    void CustomGraphicsView::mousePressEvent(QMouseEvent *event) {
        if (event->button() == Qt::LeftButton) {
            // ドラッグ開始点を記録
            // ...
            grabMouse(); // マウスイベントをこのウィジェットに独占させる
        }
        QGraphicsView::mousePressEvent(event);
    }
    
    void CustomGraphicsView::mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event) {
        if (event->button() == Qt::LeftButton) {
            releaseMouse(); // マウスイベントの独占を解除
        }
        QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event);
    }
    
  • setMouseTracking(true) の設定不足: mouseMoveEvent は、マウスボタンが押されている間も、setMouseTracking(true) が設定されていないと発生しないことがあります。ドラッグ操作には必須です。

全体的なトラブルシューティングのヒント

  • 最小限の再現コードを作成: 問題が発生した場合、関係のない部分を排除し、問題が再現する最小限のコードを作成してみてください。これにより、問題の原因を絞り込むことができます。

  • Qt のドキュメントを参照: QGraphicsView, QGraphicsScene, QGraphicsItem, QMouseEvent の公式ドキュメントには、詳細な情報と使用例が豊富に掲載されています。疑問に思ったときは、まずドキュメントを確認するのが最善です。

  • デバッグ出力の活用: qDebug() を使って、mousePressEvent がいつ呼び出され、どのような QMouseEvent 情報(ボタン、位置など)を持っているかを確認することは、問題の特定に非常に役立ちます。



QGraphicsView::mousePressEvent() は、ユーザーがグラフィックスビュー上でマウスボタンを押したときに、カスタムの動作を実装するためにオーバーライドされる仮想関数です。

例 1: クリックされた場所に新しいアイテムを追加する

この例では、QGraphicsView を継承したカスタムクラスを作成し、ビューがクリックされたシーン座標に新しい四角形アイテムを追加します。

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QGraphicsRectItem>
#include <QMouseEvent>
#include <QDebug> // デバッグ出力用

// カスタムの QGraphicsView クラス
class MyGraphicsView : public QGraphicsView
{
public:
    MyGraphicsView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent = nullptr)
        : QGraphicsView(scene, parent)
    {
        // ビューがマウスイベントを受け取るように設定
        // デフォルトで有効なため、通常は不要ですが、明示的に設定することもできます。
        // setMouseTracking(true); // マウスが常に追跡されるようにする場合(moveEvent用)
    }

protected:
    // mousePressEvent をオーバーライド
    void mousePressEvent(QMouseEvent *event) override
    {
        // 左クリックの場合
        if (event->button() == Qt::LeftButton) {
            // クリックされたビューのローカル座標を取得
            QPointF viewPos = event->pos();
            qDebug() << "ビュー座標での左クリック: " << viewPos;

            // ビュー座標をシーン座標に変換
            QPointF scenePos = mapToScene(viewPos.toPoint());
            qDebug() << "シーン座標に変換: " << scenePos;

            // シーンに新しい四角形アイテムを追加
            // 中心がクリック位置になるように調整
            qreal itemWidth = 50;
            qreal itemHeight = 50;
            QGraphicsRectItem *rect = new QGraphicsRectItem(
                scenePos.x() - itemWidth / 2,
                scenePos.y() - itemHeight / 2,
                itemWidth,
                itemHeight
            );
            rect->setBrush(QBrush(Qt::blue)); // 青色で塗りつぶす
            rect->setPen(QPen(Qt::black));   // 黒い枠線
            rect->setFlags(QGraphicsItem::ItemIsMovable | QGraphicsItem::ItemIsSelectable); // 移動・選択可能にする

            scene()->addItem(rect);

            qDebug() << "新しい四角形がシーン座標 (" << scenePos.x() << ", " << scenePos.y() << ") に追加されました。";

            // 重要: 親クラスのイベントハンドラを呼び出す
            // これにより、イベントが QGraphicsScene や QGraphicsItem にも伝播されます。
            QGraphicsView::mousePressEvent(event);
        }
        // 他のボタンの処理が必要な場合はここに追加
        else if (event->button() == Qt::RightButton) {
            qDebug() << "右クリックされました。";
            QGraphicsView::mousePressEvent(event); // イベントを転送
        }
        else {
            QGraphicsView::mousePressEvent(event); // その他のボタンも転送
        }
    }
};

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    // シーンを作成
    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(-400, -300, 800, 600); // シーンの論理的な範囲を設定

    // カスタムビューを作成し、シーンを設定
    MyGraphicsView view(&scene);
    view.setWindowTitle("QGraphicsView mousePressEvent 例: アイテムの追加");
    view.resize(800, 600);
    view.show();

    return a.exec();
}

解説:

  • 最後に QGraphicsView::mousePressEvent(event); を呼び出すことで、このイベントがさらに QGraphicsScene やその中の QGraphicsItem に伝播されるようにしています。これを忘れると、アイテムがクリックされたときに、アイテム自身のイベントハンドラが呼ばれなくなったり、ドラッグ操作が開始されなかったりする可能性があります。
  • rect->setFlags(...) で、追加されたアイテムを移動可能・選択可能にしています。これにより、ユーザーは追加したアイテムを後から操作できます。
  • 変換されたシーン座標を使って QGraphicsRectItem のインスタンスを作成し、scene()->addItem(rect) でシーンに追加しています。
  • event->pos() で取得したビュー座標を mapToScene() を使ってシーン座標に変換しています。これが重要です。
  • mousePressEvent(QMouseEvent *event) をオーバーライドし、その中でマウスの左ボタンが押されたかどうかをチェックしています。
  • MyGraphicsView クラスは QGraphicsView を継承しています。

例 2: ビューのパン (移動) 操作を実装する

この例では、マウスの右ボタンを押しながらドラッグすることで、ビューポート(表示領域)を移動させる(パンする)機能を追加します。

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QMouseEvent>
#include <QDebug>

class PanGraphicsView : public QGraphicsView
{
    Q_OBJECT // シグナル/スロットを使用する場合に必要

public:
    PanGraphicsView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent = nullptr)
        : QGraphicsView(scene, parent),
          _panMode(false)
    {
        // マウスイベントを常に追跡するように設定
        // ドラッグ中の mouseMoveEvent を受け取るために重要
        setMouseTracking(true);
    }

protected:
    void mousePressEvent(QMouseEvent *event) override
    {
        if (event->button() == Qt::RightButton) {
            // 右クリックでパンモードを開始
            _panMode = true;
            _lastPanPos = event->pos(); // クリック開始位置を記録
            setCursor(Qt::ClosedHandCursor); // カーソルを手の形に変更

            // イベントを 'accepted' に設定し、ビューで処理を完了させる
            // これにより、デフォルトの QGraphicsScene や QGraphicsItem の右クリック処理をブロックする
            event->accept();
        } else {
            // 他のボタンの場合は通常の処理に任せる
            QGraphicsView::mousePressEvent(event);
        }
    }

    void mouseMoveEvent(QMouseEvent *event) override
    {
        if (_panMode) {
            // パンモードの場合、マウスの移動量に基づいてビューをスクロール
            QPoint delta = event->pos() - _lastPanPos; // 移動量
            _lastPanPos = event->pos(); // 次の移動のために現在の位置を更新

            // シーンの移動量を計算
            // ビューを右に動かすにはシーンを左に動かす必要があるため、delta に -1 を掛ける
            horizontalScrollBar()->setValue(horizontalScrollBar()->value() - delta.x());
            verticalScrollBar()->setValue(verticalScrollBar()->value() - delta.y());

            event->accept(); // イベントを 'accepted' に設定
        } else {
            // パンモードでない場合は通常の処理に任せる
            QGraphicsView::mouseMoveEvent(event);
        }
    }

    void mouseReleaseEvent(QMouseEvent *event) override
    {
        if (event->button() == Qt::RightButton && _panMode) {
            // 右ボタンが離されたらパンモードを終了
            _panMode = false;
            setCursor(Qt::ArrowCursor); // カーソルをデフォルトに戻す
            event->accept();
        } else {
            // 他のボタンの場合は通常の処理に任せる
            QGraphicsView::mouseReleaseEvent(event);
        }
    }

private:
    bool _panMode;
    QPoint _lastPanPos; // 前回のマウス位置 (ビュー座標)
};

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(-1000, -1000, 2000, 2000); // 大きなシーン

    // シーンにいくつかのアイテムを追加して、パンの効果がわかるようにする
    scene.addText("Hello, World!");
    scene.addRect(0, 0, 100, 100, QPen(Qt::green), QBrush(Qt::green));
    scene.addEllipse(-50, -50, 200, 200, QPen(Qt::red), QBrush(Qt::red));

    PanGraphicsView view(&scene);
    view.setWindowTitle("QGraphicsView mousePressEvent 例: パン操作");
    view.resize(800, 600);
    view.show();

    return a.exec();
}

#include "main.moc" // mocファイルをインクルード(Q_OBJECTを使用する場合)

解説:

  • mouseReleaseEvent では、右ボタンが離されたときに _panModefalse に戻し、カーソルをデフォルトに戻します。
  • mouseMoveEvent では、_panModetrue の場合に、前回の位置からのマウスの移動量 (delta) を計算し、それに基づいてビューのスクロールバーの値を変更しています。これにより、ビューがパンされます。
  • mousePressEvent で右クリックが検出されると、_panModetrue に設定し、マウスカーソルを手の形に変え、現在のマウス位置を _lastPanPos に記録します。event->accept() を呼び出すことで、この右クリックイベントがこれ以上他のオブジェクト(シーンやアイテム)に伝播しないようにしています。
  • この例では、mousePressEventmouseMoveEventmouseReleaseEvent の3つのイベントハンドラを連携させています。

例 3: 特定の修飾キーとの組み合わせで反応を変える

QMouseEvent オブジェクトは、クリック時にどのキーボードの修飾キー(Ctrl, Shift, Altなど)が押されていたかを知るための情報も提供します。

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QMouseEvent>
#include <QDebug>
#include <QGraphicsTextItem>

class ModifierClickView : public QGraphicsView
{
public:
    ModifierClickView(QGraphicsScene *scene, QWidget *parent = nullptr)
        : QGraphicsView(scene, parent)
    {}

protected:
    void mousePressEvent(QMouseEvent *event) override
    {
        // シーン座標を取得
        QPointF scenePos = mapToScene(event->pos().toPoint());

        // 左クリックの場合
        if (event->button() == Qt::LeftButton) {
            // Shift キーが押されていた場合
            if (event->modifiers() & Qt::ShiftModifier) {
                qDebug() << "Shift + 左クリック at scene coordinates:" << scenePos;
                // 例えば、特定の種類のアイテムだけを追加
                QGraphicsEllipseItem *ellipse = new QGraphicsEllipseItem(scenePos.x() - 15, scenePos.y() - 15, 30, 30);
                ellipse->setBrush(Qt::green);
                scene()->addItem(ellipse);
                event->accept(); // このイベントをビューで完全に処理
            }
            // Ctrl キーが押されていた場合
            else if (event->modifiers() & Qt::ControlModifier) {
                qDebug() << "Ctrl + 左クリック at scene coordinates:" << scenePos;
                // 例えば、テキストアイテムを追加
                QGraphicsTextItem *textItem = new QGraphicsTextItem("Ctrl Click!");
                textItem->setPos(scenePos);
                scene()->addItem(textItem);
                event->accept(); // このイベントをビューで完全に処理
            }
            // Shift も Ctrl も押されていない通常の左クリック
            else {
                qDebug() << "通常の左クリック at scene coordinates:" << scenePos;
                // デフォルトのアイテム選択などの処理を行うために親クラスを呼び出す
                QGraphicsView::mousePressEvent(event);
            }
        }
        // 左クリック以外の場合は常に親クラスを呼び出す
        else {
            QGraphicsView::mousePressEvent(event);
        }
    }
};

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(-400, -300, 800, 600);

    ModifierClickView view(&scene);
    view.setWindowTitle("QGraphicsView mousePressEvent 例: 修飾キー");
    view.resize(800, 600);
    view.show();

    return a.exec();
}

解説:

  • event->accept() を呼び出すことで、特定の修飾キーとの組み合わせでイベントをビューで完全に消費し、シーンやアイテムに伝播させないようにしています。そうしないと、例えば Shift+クリックでアイテムが選択されたり、ビューがパンされたりするデフォルトの動作も同時に発生する可能性があります。
  • 修飾キーの組み合わせに応じて、異なる動作(円の追加、テキストの追加など)を実装しています。
  • event->modifiers() を使用して、Qt::ShiftModifierQt::ControlModifier とビット AND 演算を行うことで、どの修飾キーが押されているかを確認できます。


QGraphicsScene::mousePressEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event) をオーバーライドする

QGraphicsViewQGraphicsScene を表示するためのウィジェットであり、ビューで受け取ったマウスイベントは通常、自動的に対応する QGraphicsSceneMouseEvent に変換され、シーンに転送されます。このため、ビュー全体ではなく、シーン全体のマウスイベントを処理したい場合は、QGraphicsScene をサブクラス化して mousePressEvent() をオーバーライドするのが非常に有効な方法です。

どのような場合に使うか:

  • シーン全体に適用されるカスタムなマウスイベントロジックを実装したい場合。
  • シーン上のどのアイテムもクリックされていない領域での操作を処理したい場合(例: 新しいアイテムの作成、選択範囲のリセット、ドラッグによるビューのパンなど)。

利点:

  • QGraphicsScene::itemAt() などを使用して、クリックされたシーン座標にアイテムが存在するかどうかを簡単に確認できる。
  • シーンのイベント処理の階層に自然に統合される。
  • ビューの変換(ズーム、回転など)を考慮する必要がない。QGraphicsSceneMouseEvent は既にシーン座標での位置情報を提供している。

注意点:

  • シーン上にクリック可能なアイテムが存在し、それらのアイテムがイベントを accept() した場合、シーンの mousePressEvent() は呼ばれないか、イベントが「消費済み」として処理されることがある。この挙動は、QGraphicsScene::mousePressEvent() の中で QGraphicsScene::mousePressEvent(event) を呼び出すか、event->isAccepted() をチェックすることで制御できる。

:

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QGraphicsRectItem>
#include <QGraphicsSceneMouseEvent> // QGraphicsSceneMouseEvent をインクルード
#include <QDebug>

// カスタムの QGraphicsScene クラス
class MyGraphicsScene : public QGraphicsScene
{
public:
    MyGraphicsScene(QObject *parent = nullptr) : QGraphicsScene(parent) {}

protected:
    void mousePressEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event) override
    {
        // 左クリックの場合
        if (event->button() == Qt::LeftButton) {
            // クリックされたシーン座標
            QPointF scenePos = event->scenePos();
            qDebug() << "シーン座標での左クリック: " << scenePos;

            // クリックされた位置にアイテムがあるか確認
            QGraphicsItem *item = itemAt(scenePos, QTransform()); // 最上位のアイテムを取得
            if (item) {
                qDebug() << "アイテムがクリックされました: " << item;
                // アイテムへのデフォルトのイベント処理を許可するために、親クラスを呼び出す
                QGraphicsScene::mousePressEvent(event);
            } else {
                qDebug() << "シーンの空白領域がクリックされました。新しい円を追加します。";
                // 空白領域がクリックされた場合、新しい円を追加
                QGraphicsEllipseItem *ellipse = new QGraphicsEllipseItem(
                    scenePos.x() - 10, scenePos.y() - 10, 20, 20
                );
                ellipse->setBrush(QBrush(Qt::green));
                addItem(ellipse);
                event->accept(); // シーンでイベントを処理し、ビューには伝播させない
            }
        }
        else {
            // 他のボタンの場合はデフォルト処理に任せる
            QGraphicsScene::mousePressEvent(event);
        }
    }
};

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    MyGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(-400, -300, 800, 600);

    QGraphicsView view(&scene);
    view.setWindowTitle("QGraphicsScene mousePressEvent 例");
    view.resize(800, 600);
    view.show();

    return a.exec();
}

グラフィックスビューフレームワークの最大の強みの一つは、個々のアイテムが独自にマウスイベントを処理できることです。アイテムがマウスイベントを受け取るには、そのアイテムクラスで mousePressEvent() (および必要に応じて mouseMoveEvent(), mouseReleaseEvent()) をオーバーライドします。

どのような場合に使うか:

  • 個々のグラフィックスアイテムがクリックされたときに独自の動作をさせたい場合(例: アイテムの選択状態の切り替え、アイテムのドラッグ開始、アイテムに依存するメニューの表示など)。

利点:

  • QGraphicsItem::ItemIsSelectable, QGraphicsItem::ItemIsMovable などのフラグを設定することで、Qt の組み込みの選択・移動機能を簡単に利用できる。
  • イベント処理の責任をアイテム自体にカプセル化できるため、コードの可読性が向上し、再利用性が高まる。
  • アイテム自身のローカル座標系でイベントを扱えるため、コードが直感的で、アイテムの移動や変換に関わらず機能する。

注意点:

  • アイテムの boundingRect()shape() の実装が不正確だと、クリックが正しく検出されないことがある。
  • アイテムがイベントを accept() した場合、そのイベントは上位のレイヤー(シーン、ビュー)には伝播しない。

:

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QGraphicsRectItem>
#include <QGraphicsSceneMouseEvent>
#include <QDebug>

// クリックすると色が変わるカスタムアイテム
class ClickableRectItem : public QGraphicsRectItem
{
public:
    ClickableRectItem(qreal x, qreal y, qreal w, qreal h, QGraphicsItem *parent = nullptr)
        : QGraphicsRectItem(x, y, w, h, parent)
    {
        setBrush(Qt::blue); // 初期色
        setPen(Qt::black);
        setFlags(QGraphicsItem::ItemIsMovable | QGraphicsItem::ItemIsSelectable); // 移動・選択可能にする
    }

protected:
    void mousePressEvent(QGraphicsSceneMouseEvent *event) override
    {
        if (event->button() == Qt::LeftButton) {
            qDebug() << "アイテムがクリックされました!";
            // アイテムの色をランダムに変える
            int r = qrand() % 256;
            int g = qrand() % 256;
            int b = qrand() % 256;
            setBrush(QColor(r, g, b));

            // イベントをこのアイテムで処理済みとする(シーンやビューには伝播させない)
            event->accept();
        } else {
            // 他のボタンの場合は、デフォルトのアイテムのイベント処理に任せる
            // これにより、例えば右クリックでコンテキストメニューが表示されるなどのデフォルト動作が可能
            QGraphicsRectItem::mousePressEvent(event);
        }
    }
};

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(-200, -150, 400, 300);

    // カスタムアイテムをシーンに追加
    ClickableRectItem *item1 = new ClickableRectItem(-100, -50, 80, 80);
    scene.addItem(item1);

    ClickableRectItem *item2 = new ClickableRectItem(50, 20, 60, 60);
    scene.addItem(item2);

    QGraphicsView view(&scene);
    view.setWindowTitle("QGraphicsItem mousePressEvent 例");
    view.resize(600, 400);
    view.show();

    return a.exec();
}

QObject::installEventFilter() を使用したイベントフィルター

イベントフィルターは、特定のオブジェクトが受け取るすべてのイベントを、そのオブジェクトに処理される前に傍受できる強力なメカニズムです。これにより、QGraphicsView のサブクラス化なしに、そのマウスイベントを捕捉し、処理することができます。

どのような場合に使うか:

  • あるオブジェクトのイベントを、そのオブジェクト自身が処理する前に変更したり、破棄したりしたい場合。
  • 複数のオブジェクトのイベントを単一の場所で中央集約して処理したい場合。
  • 既存の QGraphicsView クラスを変更したくない場合。

利点:

  • 実行時にイベントフィルターをインストールしたり、削除したりできる。
  • 既存のクラスを継承する必要がないため、より柔軟なデザインが可能。

注意点:

  • イベントフィルターの eventFilter() メソッドで true を返すと、イベントはその対象オブジェクトには伝播されず、そこで停止する。false を返すと、イベントは通常通り対象オブジェクトに伝播される。
  • イベントフィルターは強力である反面、使いすぎるとコードの追跡が難しくなる可能性がある。

:

#include <QApplication>
#include <QGraphicsView>
#include <QGraphicsScene>
#include <QMouseEvent>
#include <QEvent>
#include <QDebug>

// カスタムイベントフィルタークラス
class MyEventFilter : public QObject
{
public:
    MyEventFilter(QObject *parent = nullptr) : QObject(parent) {}

protected:
    bool eventFilter(QObject *obj, QEvent *event) override
    {
        // obj が QGraphicsView のビューポートであり、イベントがマウスプレスイベントの場合
        if (obj == static_cast<QGraphicsView*>(parent())->viewport() && event->type() == QEvent::MouseButtonPress) {
            QMouseEvent *mouseEvent = static_cast<QMouseEvent*>(event);

            // 左クリックの場合
            if (mouseEvent->button() == Qt::LeftButton) {
                QGraphicsView *view = static_cast<QGraphicsView*>(parent());
                QPointF viewPos = mouseEvent->pos();
                QPointF scenePos = view->mapToScene(viewPos.toPoint());
                qDebug() << "イベントフィルターで捕捉: シーン座標での左クリック: " << scenePos;

                // シーンにテキストを追加
                QGraphicsTextItem *text = new QGraphicsTextItem("Filter Click!");
                text->setPos(scenePos);
                view->scene()->addItem(text);

                // イベントをここで処理済みとし、QGraphicsView には伝播させない
                return true; // イベントを「受諾」
            }
        }
        // それ以外のイベントやオブジェクトは、通常通り処理を続行させる
        return QObject::eventFilter(obj, event); // 親クラスのイベントフィルターを呼び出す
    }
};

int main(int argc, char *argv[])
{
    QApplication a(argc, argv);

    QGraphicsScene scene;
    scene.setSceneRect(-400, -300, 800, 600);

    QGraphicsView view(&scene);
    view.setWindowTitle("QGraphicsView Event Filter 例");
    view.resize(800, 600);

    // MyEventFilter をビューのビューポートにインストール
    // QGraphicsView のマウスイベントは、その viewport で発生する
    MyEventFilter *filter = new MyEventFilter(&view); // ビューを親として設定
    view.viewport()->installEventFilter(filter); // ビューポートにフィルターをインストール

    view.show();

    return a.exec();
}