Julia 特異値とは?svdvals() 関数の詳細と活用事例
特異値とは何か?
特異値分解(Singular Value Decomposition, SVD)は、任意の mtimesn の実行列 A を、以下のように3つの行列の積に分解する手法です。
A=UΣVT
ここで、
- VT は V の転置行列です。
- V は ntimesn のユニタリ行列(直交行列の実数版)です。その列ベクトルは**右特異ベクトル(right singular vectors)**と呼ばれます。
- Sigma は mtimesn の対角行列で、対角成分は非負の実数です。これらの対角成分 sigma_1,sigma_2,dots,sigma_p (ここで p=min(m,n))が**特異値(singular values)**です。通常、特異値は降順 (sigma_1gesigma_2gedotsgesigma_pge0) に並べられます。
- U は mtimesm のユニタリ行列(直交行列の実数版)です。その列ベクトルは**左特異ベクトル(left singular vectors)**と呼ばれます。
LinearAlgebra.svdvals(A)
関数は、この特異値分解の結果のうち、Sigma の対角成分である特異値のみを抽出し、1次元のベクトルとして返します。
LinearAlgebra.svdvals()
の使い方
LinearAlgebra
モジュールをロードしてから、関数を使用します。
using LinearAlgebra
# 例として、行列 A を定義
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
# svdvals() 関数を使って特異値を計算
singular_values = svdvals(A)
# 結果を表示
println(singular_values)
このコードを実行すると、行列 A
の2つの特異値が降順に並んだベクトルが出力されます。
- 画像処理や推薦システム
特異値分解は、画像の圧縮やノイズ除去、推薦システムのアルゴリズムなど、様々な応用分野で利用されています。 - 数値的安定性
特異値分解は、連立一次方程式の解法や最小二乗法の計算など、数値計算において安定した結果を得るために利用されます。 - 次元削減(主成分分析など)
特異値は、データの分散の大きさを表していると解釈できます。大きな特異値に対応する特異ベクトルは、データの中でより重要な方向を示しているため、次元削減の手法(例えば主成分分析)で活用されます。 - 行列の特性評価
特異値は、行列の「特異性」や「ランク」に関する重要な情報を提供します。例えば、特異値の中に非常に小さい値(またはゼロに近い値)がある場合、その行列は正則でない(逆行列を持たない)可能性が高いことを示唆します。
引数の型エラー (MethodError)
最も一般的なエラーの一つは、svdvals()
に数値型の行列ではない引数を渡してしまうことです。
- トラブルシューティング
- 入力が行列(
Matrix
型など)であることを確認してください。 - 行列の要素が数値型(
Float64
,Float32
,ComplexF64
など)であることを確認してください。必要に応じて、parse.(Float64, A)
のように型変換を行います。
- 入力が行列(
- エラーメッセージの例
MethodError: no method matching svdvals(::Matrix{String}) Closest candidates are: svdvals(::AbstractArray{<:Real,2}) at /opt/julia-1.x.y/share/julia/stdlib/v1.z/LinearAlgebra/src/svd.jl:123 svdvals(::StridedMatrix{<:Complex{<:Real}}) at /opt/julia-1.x.y/share/julia/stdlib/v1.z/LinearAlgebra/src/svd.jl:124
- エラー例
A = ["1" "2"; "3" "4"] # 文字列の行列 svdvals(A)
非数値的な要素を含む行列
行列の要素に NaN
(Not a Number) や Inf
(Infinity) などの非数値的な値が含まれている場合、svdvals()
はエラーを発生させるか、意味のない結果を返す可能性があります。
- トラブルシューティング
- 入力行列に
NaN
やInf
が含まれていないか確認してください。 - もし含まれている場合は、それらの値を適切に処理(例えば、0や他の適切な値で置換)するか、データ生成の段階で問題を修正する必要があります。
- 入力行列に
- エラー例 (エラーが発生しない場合もありますが、結果は不適切になります)
A = [1.0 2.0; NaN 4.0] singular_values = svdvals(A) println(singular_values)
特異値の順序に関する誤解
svdvals()
は、計算された特異値を降順にソートされたベクトルとして返します。この順序を期待していない場合、誤解が生じる可能性があります。
- トラブルシューティング
svdvals()
の出力は常に降順であることを理解してください。- 特定の順序で特異値が必要な場合は、別途ソートなどの処理を行う必要があります。
- よくある誤解
計算された特異値が、元の行列の行や列の順序に直接対応していると考える。
数値的な問題と精度
非常に大きな値や非常に小さな値を含む行列に対して svdvals()
を適用すると、数値的な不安定性や精度の問題が発生する可能性があります。
- トラブルシューティング
- 行列のスケールを調整することを検討してください(例えば、値を正規化する)。
- より高度な数値計算ライブラリや手法を検討する必要があるかもしれません(ただし、Juliaの
LinearAlgebra
は通常、十分に安定しています)。 - 計算時間に関しては、行列のサイズが大きくなると必然的に増加します。アルゴリズムの効率性を見直すか、より強力な計算環境を使用することを検討してください。
- 可能性のある問題
- 非常に小さい特異値が、計算上の誤差によって完全にゼロと見なされることがある。
- 計算時間が非常に長くなることがある(特に巨大な行列の場合)。
LinearAlgebra モジュールのインポート忘れ
svdvals()
関数を使用する前に、LinearAlgebra
モジュールを using
または import
しておく必要があります。
- トラブルシューティング
- コードの先頭に
using LinearAlgebra
またはimport LinearAlgebra.svdvals
を追加してください。
- コードの先頭に
- エラーメッセージの例
UndefVarError: svdvals not defined
- エラー例
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0] singular_values = svdvals(A) # LinearAlgebra をロードしていない場合
期待する出力の形状
svdvals()
は、特異値を1次元のベクトルとして返します。行列の形状や他のSVD関連の関数(svd()
など)の出力と混同しないように注意してください。
- トラブルシューティング
svdvals()
のドキュメントを確認し、出力の形状を正しく理解してください。- 完全な特異値分解(U,Sigma,VT)が必要な場合は、
svd(A)
関数を使用してください。
- よくある誤解
svdvals()
が対角行列 Sigma を返すと思っている。
例1: 基本的な特異値の計算
この例では、簡単な行列を作成し、その特異値を svdvals()
関数を使って計算します。
using LinearAlgebra
# 2x2 の行列を作成
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
println("行列 A:")
println(A)
# svdvals() 関数で特異値を計算
s = svdvals(A)
println("\n行列 A の特異値:")
println(s)
解説
using LinearAlgebra
:LinearAlgebra
モジュールをロードし、svdvals()
関数を使えるようにします。A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
:2行2列の浮動小数点数型の行列A
を定義します。s = svdvals(A)
:svdvals()
関数に行列A
を渡し、計算された特異値をベクトルs
に格納します。println(s)
:計算された特異値(通常は降順にソートされています)を標準出力に表示します。
例2: 様々なサイズの行列に対する特異値の計算
この例では、異なるサイズの行列(正方行列と非正方行列)に対して svdvals()
を適用してみます。
using LinearAlgebra
# 3x3 の正方行列
B = [1.0 0.0 0.0; 0.0 2.0 0.0; 0.0 0.0 3.0]
println("\n行列 B:")
println(B)
singular_values_B = svdvals(B)
println("行列 B の特異値:")
println(singular_values_B)
# 2x3 の非正方行列
C = [1.0 2.0 3.0; 4.0 5.0 6.0]
println("\n行列 C:")
println(C)
singular_values_C = svdvals(C)
println("行列 C の特異値:")
println(singular_values_C)
# 3x2 の非正方行列
D = [1.0 4.0; 2.0 5.0; 3.0 6.0]
println("\n行列 D:")
println(D)
singular_values_D = svdvals(D)
println("行列 D の特異値:")
println(singular_values_D)
解説
- 返される特異値のベクトルの長さは、行列の次元の小さい方(min(m,n))と一致します。
- 正方行列(
B
)と非正方行列(C
,D
)の両方に対してsvdvals()
が適用できることがわかります。
例3: 特異値を使った行列のランクの推定
特異値は、行列のランク(線形独立な列ベクトルの数)を推定するのに役立ちます。数値的な誤差を考慮して、ある閾値以下の特異値をゼロとみなすことで、数値的なランクを推定できます。
using LinearAlgebra
# ランクが 2 の 3x3 の行列(意図的にほぼ線形従属な列を含む)
E = [1.0 2.0 3.1; 2.0 4.0 6.2; 3.0 6.0 9.0]
println("\n行列 E:")
println(E)
singular_values_E = svdvals(E)
println("行列 E の特異値:")
println(singular_values_E)
# 閾値を設定
threshold = 1e-10
# 閾値より大きい特異値の数を数えることでランクを推定
rank_estimated = sum(singular_values_E .> threshold)
println("\n推定されたランク:")
println(rank_estimated)
解説
threshold
を設定し、この閾値よりも大きい特異値の数を数えることで、数値的なランクを推定しています。- 計算された特異値を見ると、一つが非常に小さい値になっていることがわかります。
- 行列
E
は、3列目がほぼ1列目の3倍になっているため、理論的なランクは 2 です。
例4: 特異値と条件数の関係
行列の条件数(condition number)は、数値計算における問題の解の чувствительность(sensitivity)を示す指標の一つです。条件数は、最大の特異値を最小の特異値で割ったものとして定義されます(ただし、最小の特異値がゼロの場合は無限大となります)。
using LinearAlgebra
# よく条件付けられた行列
F = [2.0 0.0; 0.0 1.0]
singular_values_F = svdvals(F)
condition_number_F = singular_values_F[1] / singular_values_F[end]
println("\n行列 F の特異値:")
println(singular_values_F)
println("行列 F の条件数:")
println(condition_number_F)
# 悪条件の行列(ほぼ特異)
G = [1.0 1.0; 1.0 1.000001]
singular_values_G = svdvals(G)
condition_number_G = singular_values_G[1] / singular_values_G[end]
println("\n行列 G の特異値:")
println(singular_values_G)
println("行列 G の条件数:")
println(condition_number_G)
- 特異値を使うことで、行列の条件数を簡単に計算できます。
- 条件数の大きい行列(
G
)は、わずかな入力の変化が解に大きな影響を与える可能性があり、数値的に不安定であると考えられます。 - 条件数の小さい行列(
F
)は、数値的に安定していると考えられます。
LinearAlgebra.svd() 関数を使って特異値を得る
LinearAlgebra.svd()
関数は、行列の完全な特異値分解(A=USigmaVT)を計算し、3つの行列 U, Sigma, VT (または V) を返します。ここで、Sigma は特異値を対角成分に持つ対角行列です。この関数の戻り値から特異値を取り出すことで、svdvals()
と同様の結果を得ることができます。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
println("行列 A:")
println(A)
# svd() 関数を使って特異値分解を取得
U, S, V = svd(A)
println("\nsvd() 関数の戻り値:")
println("U =", U)
println("S =", S) # S が特異値のベクトル
println("V =", V)
# 特異値のベクトル S を取り出す
singular_values_from_svd = S
println("\nsvd() から得られた特異値:")
println(singular_values_from_svd)
解説
- 完全な特異値分解の結果が必要な場合は
svd()
を使用し、特異値のみが必要な場合はsvdvals()
を使用するのが効率的です。 svdvals()
と同様に、S
は特異値を降順に並べたベクトルです。svd(A)
は、左特異ベクトルを含む行列U
、特異値を格納したベクトルS
、右特異ベクトルを含む行列V
を返します。
特異値の二乗 (svdvals2()) を計算する
LinearAlgebra.svdvals2()
関数は、特異値の二乗を計算します。特異値そのものではなく、その二乗値が役立つ場合(例えば、主成分分析における分散の説明率など)に使用できます。特異値の二乗の平方根を取ることで、元の特異値を得ることができます。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
println("行列 A:")
println(A)
# svdvals2() 関数で特異値の二乗を計算
singular_values_squared = svdvals2(A)
println("\n行列 A の特異値の二乗:")
println(singular_values_squared)
# 特異値の二乗の平方根を取って特異値を得る
singular_values_from_svdvals2 = sqrt.(singular_values_squared)
println("\nsvdvals2() から計算された特異値:")
println(singular_values_from_svdvals2)
解説
sqrt.(singular_values_squared)
は、ベクトルsingular_values_squared
の各要素の平方根を計算し、元の特異値のベクトルを得ます。svdvals2(A)
は、特異値 sigma_i に対して sigma_i2 の値をベクトルとして返します。
固有値計算との関連
対称行列(A=AT) またはエルミート行列(A=AH) の場合、その特異値は固有値の絶対値と一致します。したがって、これらの特別な種類の行列に対しては、固有値計算関数 (eigen()
, eigvals()
) を利用して特異値を得ることができます。
using LinearAlgebra
# 対称行列
S = [2.0 1.0; 1.0 2.0]
println("\n対称行列 S:")
println(S)
# 固有値を計算
eigenvalues_S = eigvals(S)
println("行列 S の固有値:")
println(eigenvalues_S)
# 特異値は固有値の絶対値
singular_values_S_from_eigvals = abs.(eigenvalues_S)
println("行列 S の特異値 (固有値から計算):")
println(singular_values_S_from_eigvals)
# 実際に svdvals() で計算した特異値と比較
singular_values_S_from_svdvals = svdvals(S)
println("行列 S の特異値 (svdvals() で計算):")
println(singular_values_S_from_svdvals)
解説
abs.(eigenvalues_S)
は、固有値の絶対値を取り、これが対称行列の特異値と一致します。eigvals(S)
は固有値のベクトルを返します。- 対称行列
S
の固有値は実数です。
- 非対称な行列の場合、固有値と特異値は一般的に異なります。したがって、非対称行列に対して固有値を利用して特異値を求めることはできません。