JuliaのLinearAlgebra.schur():Schurオブジェクトの扱い方、QとTの取り出し方
より詳細に説明します。
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Schur分解の目的
Schur分解は、行列の固有値を計算したり、行列の性質を解析したりする上で非常に重要な役割を果たします。特に、上三角行列 T は対角成分に元の行列 A の固有値を持ちます。 -
LinearAlgebra.schur() の使い方
using LinearAlgebra A = [1.0 2.0 3.0; 4.0 5.0 6.0; 7.0 8.0 9.0] # 例の正方行列 F = schur(A) # 結果の確認 Q = F.Q # ユニタリー行列 T = F.T # 上三角行列 println("Q = \n", Q) println("T = \n", T) # A = QTQᴴ が成立することを確認 (誤差を考慮) println("A ≈ Q*T*Q' = \n", Q*T*Q') #Juliaでは共役転置は ' で表します。
上記のコードでは、
schur(A)
関数に正方行列 A を渡しています。この関数は、Schur
型のオブジェクトを返します。このオブジェクトには、ユニタリー行列 Q と上三角行列 T がそれぞれF.Q
とF.T
として格納されています。Juliaでは、共役転置は'
(アポストロフィ) で表します。Q'
はQᴴ
に相当します。 -
返り値
LinearAlgebra.schur()
はSchur
型のオブジェクトを返します。このオブジェクトには以下のフィールドが含まれます。F.Q
: ユニタリー行列 QF.T
: 上三角行列 TF.values
: 行列 A の固有値(T の対角成分)
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複素数
行列 A が複素数を含む場合でも、LinearAlgebra.schur()
は正しく動作します。 -
注意点
計算機による浮動小数点演算の制約により、A
とQ*T*Q'
が完全に一致するわけではありません。わずかな誤差が生じる可能性があります。上記の例では、≈
(ニアリーイコール) を用いて、近似的に等しいことを示しています。
一般的なエラーとトラブルシューティング
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入力行列が正方行列でない
schur()
関数は正方行列に対してのみ定義されています。入力行列が正方行列でない場合、DimensionMismatch
エラーが発生します。- トラブルシューティング
入力行列の次元を確認し、正方行列であることを確認してください。size(A)
で行列のサイズを確認できます。必要であれば、行列の形状を調整してください。
- トラブルシューティング
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入力行列の要素の型
入力行列の要素の型が適切でない場合、エラーが発生することがあります。例えば、シンボリックな値や、数値として解釈できない値が含まれている場合などです。- トラブルシューティング
入力行列の要素の型を確認し、数値型(Float64
、ComplexF64
など)であることを確認してください。eltype(A)
で要素の型を確認できます。必要であれば、convert
関数などを用いて型変換を行ってください。
- トラブルシューティング
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計算上の問題 (特異な行列など)
入力行列が特異に近い場合など、数値計算上の問題が発生し、Schur分解が正しく計算できないことがあります。- トラブルシューティング
- 行列の条件数 (
cond(A)
) を確認し、非常に大きい値でないか確認してください。条件数が大きい場合、行列が特異に近い可能性があります。 - 必要であれば、正則化などの手法を用いて、行列の性質を改善することを検討してください。
- より安定した数値計算アルゴリズムを提供するライブラリ (例えば、
Arpack.jl
) の利用を検討してください。
- 行列の条件数 (
- トラブルシューティング
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複素数と実数
入力行列が実数であっても、Schur分解の結果として得られる上三角行列 T は、固有値が複素数である場合、複素数要素を含むことがあります。- トラブルシューティング
複素数を許容するようにコードを記述してください。例えば、real(T)
で実部を取り出すのではなく、複素数のまま処理を行うようにしてください。
- トラブルシューティング
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Schur オブジェクトの扱い
schur()
関数はSchur
型のオブジェクトを返します。このオブジェクトから Q や T を取り出すには、F.Q
、F.T
のようにフィールドにアクセスする必要があります。- トラブルシューティング
schur()
の返り値の型を確認し、適切な方法でフィールドにアクセスしてください。typeof(F)
で返り値の型を確認できます。
- トラブルシューティング
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並列計算
大規模な行列に対してschur()
を実行する場合、計算時間が長くなることがあります。- トラブルシューティング
Julia の並列計算機能 (@threads
など) を利用して、計算を高速化することを検討してください。ただし、並列計算にはオーバーヘッドがあるため、適切な粒度で並列化を行う必要があります。
- トラブルシューティング
具体的な例と対処法
using LinearAlgebra
# 例1: 正方行列でない
A = [1 2; 3 4; 5 6]
# F = schur(A) # DimensionMismatch エラー
# 対処法: 正方行列にする
A = [1 2; 3 4]
F = schur(A)
# 例2: 要素の型が不適切
B = [1 2; "3" 4]
# F = schur(B) # MethodError
# 対処法: 数値型に変換
B = [1 2; parse(Int, "3") 4] # or B = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
F = schur(B)
# 例3: 特異に近い行列
C = [1.0 1.0; 1.0 1.0 + 1e-16]
F = schur(C)
println(cond(C)) # 条件数を確認
# 対処法: 正則化、あるいは他のライブラリを検討
# 例4: Schurオブジェクトの扱い
D = [1 2; 3 4]
F = schur(D)
Q = F.Q
T = F.T # 正しいアクセス方法
# F[1], F[2] # これはエラー
例1: 基本的な Schur 分解
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0 3.0; 4.0 5.0 6.0; 7.0 8.0 9.0]
F = schur(A)
Q = F.Q # ユニタリー行列
T = F.T # 上三角行列
λ = F.values # 固有値
println("Q = \n", Q)
println("T = \n", T)
println("固有値 λ = \n", λ)
# 検算: A ≈ Q*T*Q' (Juliaでは ' が共役転置)
println("A ≈ Q*T*Q' = \n", Q*T*Q')
# より正確な比較 (許容誤差を設定)
@assert isapprox(A, Q*T*Q'; atol=1e-10) "Schur分解が正しくありません"
println("Schur分解は正しいです")
この例では、schur(A)
で行列 A を Schur 分解し、ユニタリー行列 Q、上三角行列 T、および固有値 λ を取得しています。isapprox
関数を用いて、A
と Q*T*Q'
が近似的に等しいことを確認しています。atol
は許容誤差を指定します。
例2: 複素数行列の Schur 分解
using LinearAlgebra
A = [1.0 + 2.0im 2.0; 3.0 4.0 - 1.0im]
F = schur(A)
Q = F.Q
T = F.T
λ = F.values
println("Q = \n", Q)
println("T = \n", T)
println("固有値 λ = \n", λ)
@assert isapprox(A, Q*T*Q'; atol=1e-10) "Schur分解が正しくありません"
println("Schur分解は正しいです")
複素数を含む行列でも schur()
は正しく動作します。固有値 λ や上三角行列 T は複素数になることがあります。
例3: Schur
オブジェクトの利用
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
F = schur(A)
# F の型を確認
println(typeof(F))
# F のフィールドにアクセス
Q = F.Q
T = F.T
λ = F.values
# 全てのフィールドを表示
for name in fieldnames(typeof(F))
println("$name = \n", getfield(F, name))
end
schur()
の返り値は Schur
型のオブジェクトです。このオブジェクトは Q
、T
、values
などのフィールドを持ちます。fieldnames
関数と getfield
関数を使うと、Schur
オブジェクトのすべてのフィールド名と値を簡単に表示できます。
例4: 固有値の計算
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
# Schur分解を使って固有値を計算
F = schur(A)
λ = F.values
println("固有値 (Schur分解): ", λ)
# 直接固有値を計算
λ_direct = eigvals(A)
println("固有値 (eigvals): ", λ_direct)
@assert isapprox(λ, λ_direct) "固有値が一致しません"
println("固有値は一致しています")
Schur 分解を用いて固有値を計算できます。eigvals()
関数を使えば、直接固有値を計算することも可能です。
using LinearAlgebra
# 大きなランダム行列を生成
n = 1000
A = rand(n, n)
# 並列計算で Schur 分解
@time begin
F = @distributed schur(A) # @distributed は分散コンピューティング環境で効果的
# F = schur(A) # 通常の計算
Q = F.Q
T = F.T
end
# 検算 (省略)
固有値分解 (eig)
Schur 分解の主な目的の一つは固有値を求めることです。もし固有値だけが必要で、Q や T そのものが不要な場合は、eig()
関数を直接使用する方が効率的な場合があります。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
# 固有値と固有ベクトルを計算
λ, V = eig(A)
println("固有値 λ = ", λ)
println("固有ベクトル V = \n", V)
# 固有値のみが必要な場合
λ_only = eigvals(A)
println("固有値 λ (eigvals) = ", λ_only)
eig(A)
は固有値と固有ベクトルを同時に計算しますが、eigvals(A)
は固有値のみを計算します。固有値だけが必要な場合は、eigvals()
を使う方が高速です。
対角化可能性の判定と対角化
もし行列 A が対角化可能であることが事前にわかっている場合、Schur 分解よりも直接対角化を行う方が効率的な場合があります。ただし、対角化可能かどうかは事前に確認する必要があります。
using LinearAlgebra
A = [1.0 0.0; 0.0 2.0] # 対角化可能な行列の例
# 対角化可能性を判定 (簡略化のため、ここでは対角行列であることを前提)
is_diag = isdiag(A) # 対角行列かどうかを判定
if is_diag
λ = diag(A) # 対角成分が固有値
V = Matrix{Float64}(I, size(A)) # 単位行列が固有ベクトル
println("固有値 λ = ", λ)
println("固有ベクトル V = \n", V)
else
println("対角化不可能")
end
近似的な Schur 分解 (大規模行列)
大規模な行列に対して正確な Schur 分解を計算するのは計算コストが高くなります。近似的な Schur 分解で十分な場合は、反復法などのアルゴリズムを利用することを検討できます。ただし、Julia の標準ライブラリには直接的に利用できる関数は提供されていません。
特定の種類の行列
入力行列 A が特定の構造を持つ場合(例えば、対称行列、エルミート行列、直交行列など)、その構造を利用した専用のアルゴリズムを用いることで、より効率的に固有値や Schur 分解に関連する計算を行うことができます。例えば、対称行列に対しては eigen
関数が利用できます。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 2.0 1.0] # 対称行列
# 対称行列の固有値分解
λ, V = eigen(A)
println("固有値 λ = ", λ)
println("固有ベクトル V = \n", V)
外部ライブラリ
特定の用途に特化した外部ライブラリを利用することで、schur()
の代替となる機能を利用できる場合があります。例えば、大規模な疎行列に対する計算や、高精度な数値計算が必要な場合などが考えられます。