JuliaのLinearAlgebra.SingularExceptionでつまづいた時のための完全ガイド

2025-02-21

特異行列とは、正方行列でありながら、その行列式が0である行列のことです。行列式が0であるということは、その行列が逆行列を持たないことを意味します。逆行列を持たないため、例えば、連立一次方程式を解く際に、特異行列が現れると解が一意に定まらない、あるいは解が存在しないといった状況に陥ります。

LinearAlgebra.SingularExceptionは、このような特異行列が原因で計算が続行できなくなった場合に、Juliaがプログラムの実行を中断し、エラーとして報告するために投げられる例外です。

具体的には、以下のような場合にこの例外が発生する可能性があります。

  • svd(A) (特異値分解)
    特異値分解自体は特異行列に対しても計算可能ですが、その結果を用いて逆行列を計算しようとする場合など、後続の処理で問題が発生し、結果的にLinearAlgebra.SingularExceptionが投げられることがあります。
  • cholesky(A) (コレスキー分解)
    行列Aが特異行列の場合、cholesky(A)LinearAlgebra.SingularExceptionを投げます。コレスキー分解は、正定値行列に対して行われる分解であり、特異行列は正定値行列ではないため分解できません。
  • lu(A) (LU分解)
    行列Aが特異行列の場合、lu(A)LinearAlgebra.SingularExceptionを投げることがあります。 LU分解は、行列を下三角行列(L)と上三角行列(U)の積に分解する方法ですが、特異行列では分解ができない場合があります。
  • det(A) (行列式の計算)
    det(A)自体は特異行列であっても0を返しますが、その後の計算で逆行列が必要になる場合など、特異行列であることが問題になる状況で例外が発生することがあります。
  • A \ b (線形方程式の求解)
    行列Aが特異行列の場合、A \ b (Ax = b の解xを求める) はLinearAlgebra.SingularExceptionを投げます。
  • inv(A) (逆行列の計算)
    行列Aが特異行列の場合、inv(A)LinearAlgebra.SingularExceptionを投げます。

この例外を捕捉するには、try-catchブロックを使用します。

try
    x = A \ b
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("Error: Matrix A is singular.")
        # 特異行列だった場合の処理
    else
        rethrow(e) # その他の例外は再throw
    end
end


一般的なエラーと原因

    • エラー
      LinearAlgebra.SingularException
    • 原因
      行列Aが正方行列でない、または正方行列でも行列式が0である(特異行列)。

    • A = [1 2; 2 4] # 特異行列
      inv(A) # エラー発生
      
  1. 線形方程式の求解 (A \ b)

    • エラー
      LinearAlgebra.SingularException
    • 原因
      行列Aが正方行列でない、または正方行列でも特異行列。解が一意に定まらないか、存在しない。

    • A = [1 2; 2 4] # 特異行列
      b = [1; 2]
      A \ b # エラー発生
      
  2. LU分解 (lu(A))

    • エラー
      LinearAlgebra.SingularException
    • 原因
      行列Aが特異行列であるか、LU分解に適さない行列である。

    • A = [1 2; 2 4] # 特異行列
      lu(A) # エラー発生
      
  3. コレスキー分解 (cholesky(A))

    • エラー
      LinearAlgebra.SingularException
    • 原因
      行列Aが正定値行列でない、特に特異行列の場合。コレスキー分解は正定値行列に対してのみ適用可能。

    • A = [1 2; 2 4] # 特異行列 (正定値ではない)
      cholesky(A) # エラー発生
      
  4. 特異値分解 (svd(A))

    • エラー
      直接svd(A)LinearAlgebra.SingularExceptionが発生することは少ないですが、svdの結果を使って逆行列を計算しようとする際に、特異値が非常に小さい(ほぼ0)ために、擬似逆行列を計算しようとしてエラーが発生することがあります。
    • 原因
      特異値が0に近い、または0である。

    • A = [1 2; 2 4] # 特異行列
      U, S, V = svd(A)
      # 擬似逆行列を計算しようとしてエラーが発生する可能性がある
      

トラブルシューティング

  1. 行列の確認
    行列Aの次元、成分の値、行列式などを確認し、特異行列であるかどうかを調べます。det(A)で行列式を計算できます。

  2. 正方行列であることの確認
    逆行列を計算する場合、行列が正方行列であることを確認します。size(A)で次元を確認できます。

  3. 数値的安定性の考慮
    特異行列に近い行列の場合、数値誤差の影響で計算が不安定になることがあります。

    • 特異値分解の利用
      svd(A)を使って特異値を調べ、小さい特異値を無視する(閾値を設定する)ことで、擬似逆行列を計算する方法があります。
    • 正則化
      行列Aに小さな値を加えて正則化することで、特異性を緩和する方法があります。(例:A + λ*I, λは小さな正の値、Iは単位行列)
  4. 線形方程式の解の存在と一意性の確認
    線形方程式 Ax = b の解の存在と一意性を確認します。

    • ランクの確認
      rank(A)で行列のランクを調べ、rank(A)rank([A b])が等しいかどうかを確認します。等しい場合は解が存在し、rank(A)Aの次元と等しい場合は解が一意に定まります。
  5. try-catchブロックの使用
    LinearAlgebra.SingularExceptionが発生した場合に備えて、try-catchブロックでエラーを捕捉し、適切な処理を行うようにします。

try
    x = A \ b
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("Error: Matrix A is singular.")
        # 特異行列だった場合の処理 (例: 別の解法を試す、エラーメッセージを表示する)
    else
        rethrow(e) # その他の例外は再throw
    end
end


逆行列の計算とエラー処理

A = [1 2; 2 4] # 特異行列
try
    A_inv = inv(A)
    println("逆行列: ", A_inv)
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("エラー: 行列Aは特異行列です。逆行列を計算できません。")
    else
        rethrow(e) # その他の例外は再throw
    end
end

B = [1 2; 3 4] # 正則行列
try
    B_inv = inv(B)
    println("逆行列: ", B_inv)
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("エラー: 行列Bは特異行列です。逆行列を計算できません。")
    else
        rethrow(e) # その他の例外は再throw
    end
end

線形方程式の求解とエラー処理

A = [1 2; 2 4] # 特異行列
b = [1; 2]
try
    x = A \ b
    println("解: ", x)
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("エラー: 行列Aは特異行列です。解を計算できません。")
    else
        rethrow(e)
    end
end

C = [1 2; 3 4] # 正則行列
c = [1; 2]
try
    y = C \ c
    println("解: ", y)
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("エラー: 行列Cは特異行列です。解を計算できません。")
    else
        rethrow(e)
    end
end

特異値分解と擬似逆行列

A = [1 2; 2 4] # 特異行列
U, S, V = svd(A)

# 特異値を閾値以下は0にする (擬似逆行列の計算)
threshold = 1e-10  # 例: 10^-10
S_inv = diagm(map(s -> s > threshold ? 1/s : 0, S))

A_pinv = V * S_inv * U' # 擬似逆行列
println("擬似逆行列: ", A_pinv)

# 検証 (Ax ≈ b となるか確認)
b = [1; 2]
x_approx = A_pinv * b
println("近似解: ", x_approx)
println("Ax: ", A * x_approx) # Ax が b に近い値になる

LU分解とエラー処理

A = [1 2; 2 4] # 特異行列
try
  lu_fact = lu(A)
  println("LU分解: ", lu_fact)
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("エラー: 行列Aは特異行列です。LU分解を計算できません。")
    else
        rethrow(e)
    end
end

B = [2 1; 1 2] # 正則行列
try
  lu_fact_b = lu(B)
  println("LU分解: ", lu_fact_b)
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("エラー: 行列Bは特異行列です。LU分解を計算できません。")
    else
        rethrow(e)
    end
end

A = [1 2; 2 4] # 特異行列 (正定値ではない)
try
  chol_fact = cholesky(A)
  println("コレスキー分解: ", chol_fact)
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("エラー: 行列Aは正定値行列ではありません。コレスキー分解を計算できません。")
    else
        rethrow(e)
    end
end

B = [2 1; 1 2] # 正定値行列
try
  chol_fact_b = cholesky(B)
  println("コレスキー分解: ", chol_fact_b)
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("エラー: 行列Bは正定値行列ではありません。コレスキー分解を計算できません。")
    else
        rethrow(e)
    end
end


擬似逆行列 (Moore-Penrose inverse)

特異行列や非正方行列に対しても定義可能な逆行列の一般化です。pinv(A)で計算できます。

A = [1 2; 2 4] # 特異行列
A_pinv = pinv(A)
println("擬似逆行列: ", A_pinv)

b = [1; 2]
x_approx = A_pinv * b # 近似解
println("近似解: ", x_approx)

擬似逆行列は、最小二乗解を求める際などに役立ちます。

特異値分解 (Singular Value Decomposition, SVD)

svd(A)で特異値分解を行います。特異値分解は、行列を3つの行列の積に分解するもので、特異行列に対しても計算可能です。

A = [1 2; 2 4] # 特異行列
U, S, V = svd(A)

# 小さい特異値を閾値以下は0にする (数値的安定性のため)
threshold = 1e-10
S_inv = diagm(map(s -> s > threshold ? 1/s : 0, S)) # 対角行列を作成

A_pinv = V * S_inv * U' # 擬似逆行列 (SVDを用いて計算)
println("擬似逆行列 (SVD): ", A_pinv)

特異値分解を用いることで、小さい特異値を無視したり、正則化を行ったりすることができ、数値的安定性を向上させることができます。

QR分解

qr(A)でQR分解を行います。QR分解は、行列を直交行列と上三角行列の積に分解するもので、線形方程式の求解などに利用できます。特異行列の場合でもQR分解自体は可能ですが、その後の処理で注意が必要です。

A = [1 2; 2 4] # 特異行列
Q, R = qr(A)

# 線形方程式 Ax = b の近似解を求める (特異行列の場合、正確な解は求まらない)
b = [1; 2]
x_approx = R \ (Q' * b)
println("近似解 (QR): ", x_approx)

LU分解 (ピボット付き)

lu(A; pivot=true)でピボット付きLU分解を行います。ピボット付きLU分解は、特異行列に近い行列に対しても、数値的安定性を向上させることができます。ただし、特異行列の場合、LU分解が完全に成功するとは限りません。

A = [1 2; 2 4] # 特異行列
try
    lu_fact = lu(A; pivot=true)
    println("ピボット付きLU分解: ", lu_fact)
    # ... (LU分解の結果を使った計算)
catch e
    if isa(e, LinearAlgebra.SingularException)
        println("エラー: 行列Aは特異行列です。LU分解を計算できません。")
    else
        rethrow(e)
    end
end

正則化

行列Aに小さな値を加えて正則化することで、特異性を緩和する方法です。

A = [1 2; 2 4] # 特異行列
λ = 1e-6 # 小さな正の値 (正則化パラメータ)
A_reg = A + λ * I(size(A, 1)) # Iは単位行列

A_reg_inv = inv(A_reg) # 正則化された行列の逆行列
println("正則化された逆行列: ", A_reg_inv)

正則化パラメータλの選択は、問題によって適切に調整する必要があります。

問題の再定式化

そもそも、特異行列が現れる原因を突き止め、問題の定式化自体を見直すことも有効です。例えば、モデルのパラメータが過剰であったり、データに冗長性があったりする場合、特異行列が現れることがあります。