Julia 線形代数 LAPACK tzrzf! 関数とは?使い方とRQ分解

2025-05-16

  • RQ分解
    A=RQ の形式で、ここで A は m×n の台形行列、R は m×m の上三角行列、Q は n×n の直交行列です。ただし、LAPACK の tzrzf 関数が返す Q は、ハウスホルダー変換(Householder reflection)の積として暗黙的に表現されます。
  • 上書き
    ! が関数名の末尾に付いていることからわかるように、この関数は入力として与えられた行列の内容を結果で直接変更します。
  • ライブラリ
    Julia の標準ライブラリである LinearAlgebra モジュール内の LAPACK サブモジュールに含まれています。
  • 機能
    台形行列のRQ分解を実行します。

引数

LinearAlgebra.LAPACK.tzrzf!(A)

  • A: 分解したい m×n の台形行列です。具体的には、下台形行列(lower trapezoidal matrix)である必要があります。つまり、i>j かつ i>n−m+j の要素がゼロであるような行列です。この行列は、RQ分解の結果である上三角部分とハウスホルダー変換の情報で上書きされます。

戻り値

この関数は、以下の2つの値をタプルとして返します。

  1. A (変更後)
    上三角部分(最初の m 行)と、直交行列 Q を表現するために必要なハウスホルダー変換の情報が格納された行列。
  2. tau
    長さ m のベクトルで、ハウスホルダー変換を定義するスカラー値が格納されています。

詳細な説明

tzrzf! 関数は、与えられた下台形行列 A に対して、直交行列 Q と上三角行列 R を計算し、A=RQ を満たすように分解します。

  1. ハウスホルダー変換の適用
    この分解では、直交行列 Q は明示的に計算されるのではなく、一連のハウスホルダー変換 H1​,H2​,…,Hmの積として表現されます。つまり、Q=H1​H2​…Hmとなります。各ハウスホルダー変換は、特定のベクトルに関する鏡面反射を表します。

  2. 上三角部分の生成
    ハウスホルダー変換を適切に適用することで、A の下三角部分(台形部分を含む)がゼロになり、最初の m 行が上三角行列 R となります。

  3. 情報の格納

    • 分解後の行列 A の最初の m 行には、R の上三角部分が格納されます。
    • A の最初の m 列の下三角部分(対角成分を除く)には、ハウスホルダー変換を定義するベクトルに関する情報が格納されます。
    • 戻り値 tau には、各ハウスホルダー変換を定義する重要なスカラー値が格納されます。

利用場面

tzrzf! 関数によって得られた RQ 分解は、以下のような場面で利用されます。

  • 数値線形代数のアルゴリズム
    他の数値計算アルゴリズムの内部処理で利用されることがあります。
  • QR分解の計算
    台形行列の特殊なケースである長方行列に対して RQ 分解を応用することで、QR分解を得ることができます。
  • 線形最小二乗問題の解決
    特に、制約付きの最小二乗問題を解く際に役立ちます。

注意点

  • 入力行列 A は下台形行列である必要があります。そうでない場合、予期しない結果が生じる可能性があります。
  • tzrzf! は入力行列 A を上書きするため、元の行列の内容を保持しておきたい場合は、事前にコピーを作成する必要があります。


入力行列の形状に関するエラー

  • トラブルシューティング
    • 入力行列の形状を再度確認し、下台形行列の条件を満たしているか確認してください。
    • 行列の作成ミスがないか、意図しない形状になっていないかを確認してください。
    • 必要であれば、行列の一部をゼロで埋めるなどの前処理を行って、下台形行列の形状に修正してください。
  • 原因
    tzrzf!() は下台形行列を想定しています。入力された行列がこの形状でない場合、内部の LAPACK ルーチンが期待する形状と異なり、次元に関するエラーが発生します。下台形行列とは、m×n の行列において、i>j かつ i>n−m+j の要素がゼロであるような行列です。特に、m>n の場合は、下側の (m−n)×n の部分がすべてゼロである必要があります。
  • エラー
    DimensionMismatch (次元の不一致)

入力行列のデータ型に関するエラー

  • トラブルシューティング
    • 入力行列の要素のデータ型を確認してください。eltype(A) で確認できます。
    • もし整数型などの場合は、. を付けて浮動小数点数型に変換するか (A = float.(A) など)、最初から浮動小数点数型で行列を作成してください。
  • 原因
    tzrzf!() は、一般的に浮動小数点数(Float32Float64ComplexF32ComplexF64 など)の要素を持つ行列に対して使用されます。整数型などの他のデータ型の行列を入力した場合、型に関するエラーが発生する可能性があります。
  • エラー
    TypeError (型の不一致)

インプレース操作に関する注意点

  • トラブルシューティング
    • 元の行列の内容を保持しておきたい場合は、関数を呼び出す前に copy(A) などを使って行列のコピーを作成し、そのコピーを tzrzf!() に渡してください。
  • 原因
    tzrzf!() は、計算結果を引数として渡された行列 A に直接書き込みます。そのため、関数呼び出し後に元の A の内容はRQ分解の結果で置き換わります。
  • 問題
    元の行列の内容が上書きされてしまう。

LAPACK ライブラリ関連の問題(稀):

  • トラブルシューティング
    • Julia のバージョンを最新のものにアップデートしてみてください。
    • 他の LAPACK 関数でも同様のエラーが発生するかどうかを確認し、もしそうであれば Julia のインストールに問題がある可能性も考慮してください。その場合は、Julia の再インストールを試すことも有効かもしれません。
  • 原因
    Julia が内部で使用している LAPACK ライブラリ自体に問題が発生した場合(非常に稀です)。
  • エラー
    LAPACK ルーチンからのエラーメッセージ(例: "LAPACKException")

結果の解釈に関する誤解

  • トラブルシューティング
    • 戻り値の構造を正しく理解してください。直交行列 Q を明示的に得たい場合は、LinearAlgebra.LAPACK.tzrzf! の結果と LinearAlgebra.LAPACK.ormrz! 関数などを組み合わせて使用する必要があります。
  • 原因
    tzrzf!() は、上三角行列 R と直交行列 Q を直接返すのではなく、以下のように情報を返します。
    • 変更された行列 A の最初の m 行に R の上三角部分が格納されます。
    • A の最初の m 列の下三角部分(対角成分を除く)と、戻り値の tau ベクトルに、Q を構成するハウスホルダー変換の情報が格納されます。
  • 問題
    戻り値の解釈を間違えている。
  1. エラーメッセージを внимательно に読む
    エラーメッセージは、問題の原因を特定するための重要な情報を含んでいます。
  2. 入力の型と形状を確認する
    typeof(A)size(A) を使って、入力行列のデータ型と次元を確認してください。
  3. ドキュメントを確認する
    Julia の公式ドキュメントや、? LinearAlgebra.LAPACK.tzrzf! を実行して関数のヘルプを参照してください。
  4. 簡単な例で試す
    小さな行列を作成し、tzrzf!() を実行して挙動を確認することで、理解を深めることができます。
  5. Julia のバージョンを確認する
    古いバージョンの Julia を使用している場合、既知のバグが存在する可能性があります。最新バージョンへのアップデートを検討してください。


例1: 実数型の下台形行列の RQ 分解

using LinearAlgebra

# 4x3 の下台形行列を作成
A = [1.0 2.0 3.0;
     0.0 4.0 5.0;
     0.0 0.0 6.0;
     0.0 0.0 0.0]

println("元の行列 A:")
println(A)

# RQ 分解を実行
tau = LinearAlgebra.LAPACK.tzrzf!(A)

println("\n分解後の行列 A (上三角部分とハウスホルダー情報):")
println(A)

println("\nハウスホルダー変換係数 tau:")
println(tau)

# 分解された R (上三角部分) を抽出
R = triu(A[1:3,:])
println("\n上三角行列 R:")
println(R)

# 直交行列 Q をハウスホルダー変換から再構成 (ormrz! 関数を使用)
# ormrz! は LAPACK の別の関数で、tzrzf! で得られた情報を使って直交行列 Q (または Qの一部) にベクトルを掛けます。
# ここでは、単位行列に Q' を掛けることで Q を構成します (Q' は Q の転置)。
m, n = size(A)
Z = Matrix{Float64}(I, n, n) # n x n の単位行列
LinearAlgebra.LAPACK.ormrz!('R', 'N', m, n, m, A, tau, Z)
Q = Z
println("\n直交行列 Q:")
println(Q)

# 検証: A が R * Q に近いか確認
println("\nR * Q:")
println(R * Q)

# 誤差を確認
println("\n||A - R * Q||:")
println(norm(A - R * Q))

説明

  1. 行列の作成
    [1.0 2.0 3.0; 0.0 4.0 5.0; 0.0 0.0 6.0; 0.0 0.0 0.0] という 4x3 の下台形行列 A を作成しています。下側の 1 行はすべてゼロです。
  2. tzrzf!() の実行
    作成した行列 ALinearAlgebra.LAPACK.tzrzf!() 関数に渡します。この関数は A を上書きし、ハウスホルダー変換を定義する係数 tau を返します。
  3. 分解後の A
    分解後の A の最初の 3 行には、上三角行列 R の要素が格納されています。残りの部分は、直交行列 Q を構成するための情報を含んでいます。
  4. tau
    ベクトル tau は、ハウスホルダー変換を定義するスカラー値の配列です。
  5. R の抽出
    分解後の A の最初の 3 行を取り出し、triu() 関数を使って上三角部分を抽出しています。
  6. Q の再構成
    直交行列 Q は、tzrzf!() だけでは明示的に得られません。ここでは、LinearAlgebra.LAPACK.ormrz!() 関数を使って、Q を再構成しています。
    • 'R' は、Q を右から掛けることを意味します。
    • 'N' は、転置せずに Q を使用することを意味します。
    • 単位行列 I に Q′ (Q の転置) を掛けることで、Q を得ています。
  7. 検証
    最後に、元の行列 A と再構成された R * Q の積を比較し、誤差が小さいことを確認しています。

例2: 複素数型の下台形行列の RQ 分解

using LinearAlgebra

# 3x2 の複素数型の下台形行列を作成
A_complex = [1.0 + 1.0im 2.0 - 0.5im;
             0.0 + 0.0im 3.0 + 2.0im;
             0.0 + 0.0im 0.0 + 0.0im]

println("\n元の複素数型行列 A_complex:")
println(A_complex)

# RQ 分解を実行
tau_complex = LinearAlgebra.LAPACK.tzrzf!(A_complex)

println("\n分解後の複素数型行列 A_complex (上三角部分とハウスホルダー情報):")
println(A_complex)

println("\n複素数型ハウスホルダー変換係数 tau_complex:")
println(tau_complex)

# 分解された R (上三角部分) を抽出
R_complex = triu(A_complex[1:2,:])
println("\n複素数型上三角行列 R_complex:")
println(R_complex)

# 直交行列 Q (ユニタリ行列) をハウスホルダー変換から再構成
m_c, n_c = size(A_complex)
Z_complex = Matrix{ComplexF64}(I, n_c, n_c)
LinearAlgebra.LAPACK.ormrz!('R', 'N', m_c, n_c, m_c, A_complex, tau_complex, Z_complex)
Q_complex = Z_complex
println("\n複素数型直交行列 Q_complex (ユニタリ行列):")
println(Q_complex)

# 検証: A_complex が R_complex * Q_complex に近いか確認
println("\nR_complex * Q_complex:")
println(R_complex * Q_complex)

# 誤差を確認
println("\n||A_complex - R_complex * Q_complex||:")
println(norm(A_complex - R_complex * Q_complex))

説明

この例は、複素数型の行列に対して tzrzf!() を適用するものです。基本的な流れは実数型の場合と同じですが、行列の要素とハウスホルダー変換係数が複素数型になります。また、複素数における直交行列はユニタリ行列と呼ばれます。

  • 直交行列 Q を明示的に得るためには、tzrzf!() の結果と LinearAlgebra.LAPACK.ormrz!() (実数型の場合) または LinearAlgebra.LAPACK.unmrz!() (複素数型の場合) などの別の LAPACK 関数を組み合わせる必要があります。上記の例では、ormrz! を使用しています(複素数型でも実数型のルーチンが適用できる場合がありますが、より適切なルーチンは unmrz! です)。
  • tzrzf!() の戻り値は、上三角行列 R そのものではなく、分解後の行列(上三角部分とハウスホルダー情報)とハウスホルダー変換係数 tau です。
  • tzrzf!() は入力行列を 上書き します。元の行列を保持したい場合は、事前に copy() でコピーを作成してください。


qr() 関数と行列の転置 (transpose() または adjoint())

Julia の標準ライブラリ LinearAlgebra には、QR分解を行う qr() 関数が用意されています。RQ分解は、行列を転置してから QR分解を行い、その結果を再び転置することで得られます。

using LinearAlgebra

# 例: m x n の行列 A (ここでは下台形である必要はありません)
A = [1.0 2.0 3.0;
     4.0 5.0 6.0;
     7.0 8.0 9.0;
     10.0 11.0 12.0]

println("元の行列 A:")
println(A)

# A の転置 (複素数の場合は共役転置 adjoint())
At = transpose(A) # 実数型の場合
# At = adjoint(A)   # 複素数型の場合

# At の QR 分解
qr_result = qr(At)
Q_qr = qr_result.Q
R_qr = qr_result.R

# RQ 分解の結果を得るために転置を戻す
Q_rq = transpose(R_qr) # R は上三角なので転置すると下三角になる
R_rq = transpose(Q_qr) # Q は直交行列なので転置も直交行列

println("\nQR分解の結果 (A'):")
println("Q_qr:")
println(Q_qr)
println("R_qr:")
println(R_qr)

println("\nRQ分解の結果 (A = R_rq * Q_rq):")
println("R_rq:")
println(R_rq)
println("Q_rq:")
println(Q_rq)

# 検証: A が R_rq * Q_rq に近いか確認
println("\nR_rq * Q_rq:")
println(R_rq * Q_rq)

println("\n||A - R_rq * Q_rq||:")
println(norm(A - R_rq * Q_rq))

説明

  • この方法は、入力行列が必ずしも下台形である必要はありません。
  • RQ分解の結果である上三角行列 R_rqQ_qr の転置(または共役転置)、直交行列 Q_rqR_qr の転置(または共役転置)となります。
  • 転置された行列 At に対して qr() 関数を実行し、直交行列 Q_qr と上三角行列 R_qr を得ます。
  • 行列 A を転置します。実数型の場合は transpose()、複素数型の場合は adjoint() を使用します。

注意点

  • 複素数型の場合、転置には adjoint() を使用する必要があることに注意してください。
  • qr() 関数は、QRCompactWY 型のオブジェクトを返す場合があります。直交行列 Q や上三角行列 R を明示的に取得するには、.Q および .R フィールドにアクセスします。

手動でのハウスホルダー変換の実装

LAPACK の tzrzf!() は内部でハウスホルダー変換を用いてRQ分解を行っています。理論的には、このハウスホルダー変換のプロセスを自分で実装することも可能です。

using LinearAlgebra

function my_rq(A::AbstractMatrix{<:AbstractFloat})
    m, n = size(A)
    R = copy(A)
    Q = Matrix{Float64}(I, n, n)
    tau = zeros(m)

    for i = m:-1:1
        # i 列目の (i:m) 行目のベクトルを取り出す
        x = view(R, i:m, i)
        e = zeros(length(x))
        e[1] = norm(x) * sign(x[1]) # LAPACK と符号を合わせる

        v = x - e
        v_norm_sq = dot(v, v)

        if v_norm_sq > 0
            tau_i = 2.0 / v_norm_sq
            tau[i] = tau_i

            # R の更新
            for j = i:n
                w = tau_i * (view(R, i:m, j)' * v)
                for k = i:m
                    R[k, j] -= w * v[k-i+1]
                end
            end

            # Q の更新 (右からハウスホルダー行列を掛ける)
            for j = 1:n
                w = tau_i * (Q[j, i:m]' * v)
                for k = i:m
                    Q[j, k] -= w * v[k-i+1]
                end
            end
        end
    end
    return R[1:m,:], Q
end

# 例: 3x3 の行列
A_manual = [1.0 2.0 3.0;
            4.0 5.0 6.0;
            7.0 8.0 9.0]

R_manual, Q_manual = my_rq(copy(A_manual)) # A_manual は上書きされない

println("\n手動 RQ 分解の結果:")
println("R_manual:")
println(R_manual)
println("Q_manual:")
println(Q_manual)

# 検証
println("\nR_manual * Q_manual:")
println(R_manual * Q_manual)

println("\n||A_manual - R_manual * Q_manual||:")
println(norm(A_manual - R_manual * Q_manual))

説明

  • この方法は、RQ分解のアルゴリズムを深く理解するのに役立ちますが、LAPACK の実装に比べて一般的に効率は劣ります。
  • 同時に、適用したハウスホルダー変換を累積することで、直交行列 Q を構築します。
  • 行列を下から順に処理し、各列に対してハウスホルダー反射を適用することで、左側を上三角化していきます。
  • 上記のコードは、実数型の正方行列に対して、ハウスホルダー変換を用いてRQ分解を手動で実装した例です。

注意点

  • 数値的な安定性や効率性を考慮すると、LAPACK のような最適化されたライブラリの使用が推奨されます。
  • 複素数型の場合、共役転置などを適切に扱う必要があります。

特殊な構造を持つ行列に対する固有の方法

もし扱う行列が特定の構造(例:対称行列、疎行列など)を持っている場合、その構造を活かしたより効率的なRQ分解アルゴリズムが存在する可能性があります。ただし、これらは一般的な代替メソッドとは言えません。

  • 特定の行列構造
    特殊な構造を持つ行列に対しては、専用のアルゴリズムが存在する可能性がありますが、一般的なRQ分解の代替とは言えません。
  • アルゴリズムの理解
    ハウスホルダー変換の手動実装は、RQ分解の内部動作を深く理解するのに役立ちますが、実用的なコードとしては推奨されません。
  • 効率性
    性能が重要な場合は、最適化された LAPACK ルーチンである LinearAlgebra.LAPACK.tzrzf!() の使用が推奨されます。特に大規模な行列の場合、その差は顕著になります。
  • 一般的な行列のRQ分解
    qr() 関数と転置の組み合わせが、比較的簡単で理解しやすい代替手段となります。