Julia 初心者向け: sytri! を理解し、逆行列計算をマスターする
関数の役割
sytri!()
の主な役割は、以下の条件を満たす実対称行列 A の逆行列 A−1 を効率的に計算することです。
- 実対称行列であること
入力行列は実数成分を持ち、転置行列が元の行列と等しい (AT=A) 必要があります。 - コレスキー分解または LDLT 分解が既に計算済みであること
sytri!()
は、分解された行列(上三角または下三角部分)と、ピボットに関する情報(もしピボット選択が行われた場合)を入力として受け取ります。通常、これはLinearAlgebra.cholesky()
関数やLinearAlgebra.ldlt()
関数の結果として得られます。
引数
sytri!()
関数は通常、以下の引数を取ります。
info::Ref{<:Integer}
(オプション): LAPACK ルーチンからの戻りコードを格納するための参照。通常は 0 であれば成功です。work::AbstractVector{<:Real}
(オプション): 作業領域として使用される実数ベクトル。パフォーマンス向上のために提供することができます。ipiv::AbstractVector{<:Integer}
(オプション): ピボット選択付きの LDLT 分解が行われた場合に、ピボットに関する情報を含む整数ベクトル。コレスキー分解の場合は不要です。A::AbstractMatrix{<:Real}
: コレスキー分解または LDLT 分解の結果が格納された実対称行列(の上三角または下三角部分)。この行列は、逆行列の結果で上書きされます。UPLO::Char
: 分解された行列のどの部分(上三角 'U' または下三角 'L')が引数として渡されるかを指定します。
処理の流れ
sytri!()
関数は、与えられた分解結果を利用して、以下の手順で逆行列を計算します。
- 分解情報の利用
UPLO
引数に基づいて、入力行列A
の上三角部分または下三角部分に格納された分解結果(因子)を取り出します。 - 逆行列の計算
LAPACK の対応するルーチン(ssytri_
またはdsytri_
)を呼び出し、分解された因子を用いて効率的に逆行列を計算します。この計算には、前進代入や後退代入といった手法が用いられます。 - 結果の格納
計算された逆行列の(上三角または下三角)部分を、入力行列A
の対応する部分に上書きします。対称性により、もう一方の三角部分は暗黙的に決定されます。
使用例
以下は、sytri!()
関数の典型的な使用例です。
using LinearAlgebra
# 実対称行列 A を定義
A = [4.0 2.0 1.0;
2.0 5.0 3.0;
1.0 3.0 6.0]
# コレスキー分解を実行
C = cholesky(A)
# 分解結果を用いて逆行列を計算(上三角部分を使用)
B = copy(C.factors) # 元の分解を保持するためにコピー
LinearAlgebra.LAPACK.sytri!('U', B)
println("元の行列 A:")
println(A)
println("\nコレスキー分解の結果 (上三角部分):")
println(C.U)
println("\n計算された逆行列 (上三角部分):")
println(UpperTriangular(B)) # 結果は上三角部分に格納されている
# 検証: A * B が単位行列に近いことを確認
I = A * UpperTriangular(B)
println("\nA * B:")
println(I)
上記の例では、まず実対称行列 A
を定義し、cholesky()
関数でコレスキー分解を行っています。次に、分解された上三角行列 (C.U
) をコピーし、sytri!()
関数に渡すことで逆行列を計算しています。'U'
は上三角部分が渡されたことを示します。最後に、元の行列と計算された逆行列の積が単位行列に近いことを確認しています。
work
引数とinfo
引数は、より詳細な制御やエラー処理が必要な場合に利用できます。通常の使用では省略可能です。- 入力行列は正定値である必要があります(コレスキー分解が成功する場合)。そうでない場合は、LDLT 分解 (
ldlt()
) を使用し、sytri!()
の代わりにLinearAlgebra.LAPACK.sytrf!
/LinearAlgebra.LAPACK.sytri!
の組み合わせを使用する必要があります(sytrf!
で LDLT 分解を行い、sytri!
で逆行列を計算します)。ただし、ldlt()
の結果に対して直接inv()
を使用する方が Julia の高レベルなインターフェースとしては一般的です。 sytri!()
は破壊的関数であるため、元の行列の内容は逆行列で上書きされます。元の行列を保持したい場合は、事前にコピーを作成する必要があります。
入力行列が実対称でない
- トラブルシューティング
- 入力行列が本当に実対称であるかを確認してください。
- 行列の転置 (
transpose(A)
) と元の行列 (A
) を比較し、要素ごとに等しいか確認してください。浮動小数点数の比較では、許容誤差 (eps()
) を考慮する必要があります。 - もし非対称な行列の逆行列を計算したい場合は、
inv()
関数を直接使用するか、LU分解 (lu()
) に基づく方法を検討してください。
- 原因
対象の行列が数学的に対称でない場合や、計算誤差によってわずかに非対称になっている場合があります。 - エラー
LAPACK のルーチンは、入力行列が厳密に実対称であることを前提としています。非対称な行列を渡すと、予期しない結果が出たり、エラーが発生したりする可能性があります。
コレスキー分解または LDLT 分解が事前に計算されていない、または誤った分解結果を渡している
- トラブルシューティング
- 必ず事前に
cholesky()
またはldlt()
を呼び出し、その結果の因子をsytri!()
に渡してください。 UPLO
引数 ('U' または 'L') が、渡す行列のどの部分に対応しているか (cholesky()
の場合は.U
が上三角、.L
が下三角、LDLT 分解の場合は.U
が上三角、L が下三角) を正確に指定してください。- LDLT 分解の結果に対して
sytri!()
を使用する場合は、通常、LinearAlgebra.LAPACK.sytrf!
で分解を行い、その結果とピボット情報 (ipiv
) をsytri!()
に渡す必要があります。ldlt()
の結果に対して直接逆行列を計算する場合は、Julia の高レベルなinv()
関数を使用する方が推奨されます。
- 必ず事前に
- 原因
cholesky()
やldlt()
を実行する前にsytri!()
を呼び出している。- 分解結果の因子 (
C.U
やL.L
など) ではなく、分解構造体全体 (C
やL
) を渡している。 UPLO
引数が、実際に渡している分解された部分(上三角か下三角か)と一致していない。
- エラー
sytri!()
は、入力として与えられた行列が、既にコレスキー分解 (cholesky()
) または LDLT 分解 (ldlt()
) された結果(の上三角または下三角部分)であることを期待しています。元の行列や、他の種類の分解結果を渡すと、不正なメモリアクセスや数値的な問題を引き起こす可能性があります。
UPLO 引数の指定ミス
- トラブルシューティング
cholesky()
関数の結果 (C
) の.U
(上三角) を渡す場合は'U'
を、.L
(下三角) を渡す場合は'L'
を指定してください。- LDLT 分解 (
ldlt()
) の結果 (L
) の.U
(上三角) を渡す場合は'U'
を、.L
(下三角) を渡す場合は'L'
を指定してください。
- 原因
'U'
と'L'
を混同している、または分解の結果のどの部分を渡すべきか理解していない。 - エラー
UPLO
引数 ('U' または 'L') は、入力として与える分解された行列が上三角部分か下三角部分かを指定します。この引数が実際の行列と一致しない場合、sytri!()
は誤った部分を逆行列の計算に使用し、不正な結果を生成します。
ipiv 引数の誤り (ピボット選択付きの場合)
- トラブルシューティング
- ピボット選択付きの LDLT 分解を行った場合は、
sytrf!
が返すipiv
ベクトルをそのままsytri!()
に渡してください。 - コレスキー分解 (
cholesky()
) の結果に対してsytri!()
を使用する場合は、ipiv
引数は不要です。
- ピボット選択付きの LDLT 分解を行った場合は、
- 原因
sytrf!
で得られたipiv
ベクトルをそのまま渡していない。- コレスキー分解の結果に対して誤って
ipiv
ベクトルを渡している(コレスキー分解ではピボット選択は通常行われません)。
- エラー
ピボット選択付きの LDLT 分解 (sytrf!
) を行った場合、sytri!()
にはそのピボット情報 (ipiv
) を正しく渡す必要があります。誤ったipiv
ベクトルを渡すと、逆行列の計算が正しく行われません。
work 配列のサイズが不適切
- トラブルシューティング
- 通常は
work
引数を省略しても、LAPACK ルーチンは必要なサイズの作業領域を内部で確保します。パフォーマンスが重要な場合は、LAPACK のドキュメントなどを参照して最適なサイズを見つけることができますが、多くの場合、デフォルトの動作で十分です。
- 通常は
- 原因
work
配列のサイズを適切に決定していない。 - エラー
オプションのwork
配列は、LAPACK ルーチンが内部で使用する作業領域です。サイズが小さすぎると、パフォーマンスが低下したり、場合によってはエラーが発生したりする可能性があります。
info の戻り値の確認を怠っている
- トラブルシューティング
info
引数を渡し、関数呼び出し後にその値を確認してください。info
が 0 でない場合は、LAPACK のドキュメントを参照してエラーの原因を特定し、対処してください。
- 原因
info
の値を確認していない。 - エラー
sytri!()
関数は、LAPACK ルーチンの実行結果を示す整数をinfo
参照引数を通じて返します。info
が 0 でない場合は、何らかのエラーが発生しています。この戻り値をチェックしないと、エラーに気づかずに誤った結果を使用する可能性があります。
型の不一致
- トラブルシューティング
- 入力行列が実数型の要素を持っていることを確認してください。必要であれば、
float()
関数などを使って型を変換してください。
- 入力行列が実数型の要素を持っていることを確認してください。必要であれば、
- 原因
整数型や複素数型の行列を渡している。 - エラー
入力行列の要素の型が、sytri!()
が期待する型(通常はFloat64
やFloat32
などの実数型)と一致しない場合、エラーが発生する可能性があります。
例1: コレスキー分解の結果から逆行列を計算する基本的な例
この例では、正定値対称行列を作成し、そのコレスキー分解を行い、sytri!()
を用いて逆行列を計算します。
using LinearAlgebra
# 正定値対称行列 A を作成
A = [4.0 1.0 2.0;
1.0 5.0 3.0;
2.0 3.0 6.0]
println("元の行列 A:")
println(A)
# コレスキー分解を実行
C = cholesky(A)
println("\nコレスキー分解 C:")
println(C)
println("\nコレスキー因子 (上三角 C.U):")
println(C.U)
# コレスキー因子をコピーして sytri!() に渡す (破壊的なのでコピー推奨)
B = copy(C.U)
LinearAlgebra.LAPACK.sytri!('U', B)
println("\n計算された逆行列 (上三角部分 B):")
println(UpperTriangular(B))
# (オプション) 下三角部分も確認 (対称性より B' と等しい)
println("\n計算された逆行列 (下三角部分 B'):")
println(B')
# 検証: A * inv(A) が単位行列に近いことを確認
I = A * UpperTriangular(B)
println("\nA * inv(A) (近似):")
println(I)
説明
using LinearAlgebra
: 線形代数関連の機能を利用するためにロードします。A = [...]
: 正定値対称行列A
を定義します。cholesky(A)
: 行列A
のコレスキー分解を実行し、Cholesky
型のオブジェクトC
を返します。C
には分解された上三角因子 (C.U
) や下三角因子 (C.L
) などが含まれます。B = copy(C.U)
: コレスキー分解の上三角因子C.U
をコピーしてB
に格納します。sytri!()
は引数の行列を上書きするため、元の分解結果を保持したい場合はコピーを作成することが重要です。LinearAlgebra.LAPACK.sytri!('U', B)
:sytri!()
関数を呼び出し、以下の引数を渡しています。'U'
: 分解された行列の上三角部分 (B
) を使用することを指定します。B
: コレスキー分解の上三角因子が格納された行列です。この行列は、計算された逆行列の上三角部分で上書きされます。
println(UpperTriangular(B))
: 計算された逆行列の上三角部分を表示します。UpperTriangular(B)
は、B
の上三角部分を特別な UpperTriangular 型として扱い、表示を分かりやすくします。println(B')
: 計算された逆行列の下三角部分は、対称性により上三角部分の転置 (B'
) と等しくなります。I = A * UpperTriangular(B)
: 元の行列A
と計算された逆行列(の上三角部分)を掛け合わせ、結果が単位行列に近いことを検証します。
例2: LDLT 分解の結果から逆行列を計算する例 (ピボットなし)
この例では、正定値対称行列に対して $LDL^T$
分解を行い、その結果を用いて逆行列を計算します。ピボット選択がない場合を想定しています。
using LinearAlgebra
# 正定値対称行列 A を作成
A = [4.0 2.0;
2.0 5.0]
println("元の行列 A:")
println(A)
# LDLT 分解を実行
L = ldlt(A)
println("\nLDLT 分解 L:")
println(L)
println("\nL 因子 (下三角 L.L):")
println(L.L)
println("\nD 因子 (対角 L.D):")
println(L.D)
# LDLT 分解の結果から逆行列を計算 (sytri! は直接 ldlt の結果を扱えないため、分解因子を扱う)
# まず、L.U (上三角、L.L' と同じ) をコピー
U = copy(L.U)
LinearAlgebra.LAPACK.sytri!('U', U)
# 次に、D の逆行列を計算し、適切にスケーリングする必要がある (ここでは省略)
# より簡単な方法は、高レベルな inv(L) を使用すること
invA_approx = inv(L) # 高レベルな関数を使う方が簡単
println("\n計算された逆行列 (高レベル関数 inv(L) を使用):")
println(invA_approx)
# 検証: A * inv(A) が単位行列に近いことを確認
I = A * invA_approx
println("\nA * inv(A) (近似):")
println(I)
説明
ldlt(A)
: 行列A
の$LDL^T$
分解を実行し、LDLT
型のオブジェクトL
を返します。L
には下三角因子 (L.L
), 対角因子 (L.D
), 上三角因子 (L.U
) などが含まれます。- 重要な注意点
sytri!()
は、ldlt()
の結果の構造体を直接扱うようには設計されていません。通常は、sytrf!
で$LDL^T$
分解(ピボット選択ありの場合も含む)を行い、その結果とピボット情報 (ipiv
) をsytri!()
に渡します。 - 上記の例では、説明のために
ldlt()
の上三角因子 (L.U
) をコピーしてsytri!('U', U)
を呼び出していますが、これは$LDL^T$
分解の逆行列を直接計算する一般的な方法ではありません。D
の逆行列によるスケーリングも考慮する必要があります。 - 推奨される方法
$LDL^T$
分解された行列の逆行列を計算する場合は、Julia の高レベルなinv(L)
関数を使用する方が簡単で安全です。inv(::LDLT)
メソッドが適切に処理を行います。
例3: ピボット選択付きの LDLT 分解と sytrf!
/ sytri!
の組み合わせ
非正定値の対称行列の場合、コレスキー分解は失敗します。このような場合は、LDLT 分解(ピボット選択あり)を行い、sytrf!
と sytri!
を組み合わせて逆行列を計算します。
using LinearAlgebra
# 対称行列 A (正定値ではない可能性あり)
A = [2.0 1.0 1.0;
1.0 0.5 0.25;
1.0 0.25 0.625]
println("元の行列 A:")
println(A)
# SYTRF! で LDLT 分解 (ピボット選択あり)
B = copy(A) # A は上書きされるためコピー
ipiv = Vector{Int64}(undef, size(B, 1))
work = Vector{Float64}(undef, 1) # 最適なサイズは LAPACK のドキュメント参照
info = Ref{Int64}(0)
LinearAlgebra.LAPACK.sytrf!('U', B, ipiv, work, info)
if info[] != 0
error("SYTRF! failed with info = $(info[])")
end
println("\nSYTRF! による分解後の行列 (上三角部分 B):")
println(UpperTriangular(B))
println("\nピボット情報 ipiv:")
println(ipiv)
# SYTRI! で逆行列を計算
C = copy(B) # B は上書きされるためコピー
LinearAlgebra.LAPACK.sytri!('U', C, ipiv, work, info)
if info[] != 0
error("SYTRI! failed with info = $(info[])")
end
println("\n計算された逆行列 (上三角部分 C):")
println(UpperTriangular(C))
# 検証 (高レベルな inv(A) と比較)
invA_highlevel = inv(A)
println("\n高レベル関数 inv(A) で計算された逆行列:")
println(invA_highlevel)
# 注意: 浮動小数点数の比較には許容誤差が必要です
println("\n計算された逆行列と高レベル関数の結果の差:")
println(UpperTriangular(C) - invA_highlevel)
sytrf!('U', B, ipiv, work, info)
: 対称行列B
の$LDL^T$
分解を行います。'U'
: 上三角部分を使用して分解を行います。B
: 分解される行列(結果で上書きされます)。ipiv
: ピボットに関する情報が格納される整数ベクトル。work
: 作業領域として使用されるベクトル。最適なサイズは LAPACK のドキュメントを参照してください。ここでは最小限のサイズで呼び出しています。info
: LAPACK ルーチンの戻りコードを格納する参照。
- エラーチェック:
info[] != 0
の場合、分解が失敗しているためエラーを出力します。 sytri!('U', C, ipiv, work, info)
:sytrf!
で得られた分解結果 (C
, これはB
のコピー) とピボット情報 (ipiv
) を用いて、逆行列を計算します。'U'
: 分解時に上三角部分を使用したため、ここでも'U'
を指定します。C
: 分解された行列(逆行列の上三角部分で上書きされます)。ipiv
:sytrf!
から得られたピボット情報。work
:sytrf!
と同じ作業領域ベクトルを使用できます。info
: LAPACK ルーチンの戻りコードを格納する参照。
- エラーチェック:
info[] != 0
の場合、逆行列の計算が失敗しているためエラーを出力します。 - 高レベルな
inv(A)
との結果を比較し、sytri!()
の結果が概ね正しいことを確認します。浮動小数点数の比較では、完全な一致ではなく、許容誤差内で比較する必要があります。
inv() 関数
最も直接的で推奨される方法は、Julia の組み込み関数である inv()
を使用することです。inv()
関数は、与えられた行列の逆行列を計算します。入力が行列が実対称であることが Julia によって認識されれば、内部的に効率的なアルゴリズムが選択される可能性があります。
using LinearAlgebra
# 実対称行列 A
A = [4.0 2.0 1.0;
2.0 5.0 3.0;
1.0 3.0 6.0]
println("元の行列 A:")
println(A)
# inv() 関数で逆行列を計算
A_inv = inv(A)
println("\ninv(A) で計算された逆行列:")
println(A_inv)
# 検証: A * A_inv が単位行列に近いことを確認
I = A * A_inv
println("\nA * inv(A) (近似):")
println(I)
利点
- 柔軟性
Julia は入力行列の型や特性に基づいて最適なアルゴリズムを自動的に選択します。 - 安全性
低レベルな LAPACK の詳細を意識する必要がありません。 - 簡潔性
コードが非常に短く、読みやすいです。
線形方程式の求解 (\ 演算子)
逆行列を明示的に計算する代わりに、線形方程式 Ax=b を解くための左除算演算子 \
を利用する方法があります。単位行列 I を右辺 b と考えれば、Ax=I の解 x は A−1 になります。
using LinearAlgebra
# 実対称行列 A
A = [4.0 2.0 1.0;
2.0 5.0 3.0;
1.0 3.0 6.0]
println("元の行列 A:")
println(A)
# 単位行列を作成
I = Matrix(1.0I, size(A, 1), size(A, 2))
# A \ I で逆行列を計算
A_inv = A \ I
println("\nA \\ I で計算された逆行列:")
println(A_inv)
# 検証: A * A_inv が単位行列に近いことを確認
result = A * A_inv
println("\nA * (A \\ I) (近似):")
println(result)
利点
- 数値的安定性
特に条件数の悪い行列に対して、明示的に逆行列を計算するよりも数値的に安定な場合があります。 - 概念的な関連性
逆行列は線形方程式の解法と深く関連しています。
分解 (Cholesky, LDLT) と後退代入/前進代入
実対称行列が正定値であればコレスキー分解 (cholesky()
) を、そうでなくても $LDL^T$
分解 (ldlt()
) を利用して、逆行列の各列を個別に計算できます。単位行列の各列を右辺ベクトルとして、分解された行列に対して順次解いていくことで、逆行列全体を得ます。
例 (コレスキー分解を使用)
using LinearAlgebra
# 正定値対称行列 A
A = [4.0 2.0 1.0;
2.0 5.0 3.0;
1.0 3.0 6.0]
println("元の行列 A:")
println(A)
# コレスキー分解
C = cholesky(A)
# 単位行列を作成
I = Matrix(1.0I, size(A, 1), size(A, 2))
# 逆行列を格納する行列を初期化
A_inv = zeros(size(A))
# 単位行列の各列を右辺として線形方程式を解く
for i in 1:size(A, 2)
b = I[:, i]
A_inv[:, i] = C \ b # コレスキー分解された行列で解く
end
println("\nコレスキー分解と \\ 演算子で計算された逆行列:")
println(A_inv)
# 検証
result = A * A_inv
println("\nA * (分解による逆行列) (近似):")
println(result)
利点
- 数値的安定性
分解に基づく解法は、直接的な逆行列計算よりも数値的に安定な場合があります。 - 効率性
分解は一度だけ行えば、複数の右辺ベクトルに対して効率的に解を求めることができます。
例 (LDLT 分解を使用)
using LinearAlgebra
# 対称行列 A
A = [2.0 1.0 1.0;
1.0 0.5 0.25;
1.0 0.25 0.625]
println("元の行列 A:")
println(A)
# LDLT 分解
L = ldlt(A)
# 単位行列を作成
I = Matrix(1.0I, size(A, 1), size(A, 2))
# 逆行列を格納する行列を初期化
A_inv = zeros(size(A))
# 単位行列の各列を右辺として線形方程式を解く
for i in 1:size(A, 2)
b = I[:, i]
A_inv[:, i] = L \ b # LDLT 分解された行列で解く
end
println("\nLDLT 分解と \\ 演算子で計算された逆行列:")
println(A_inv)
# 検証
result = A * A_inv
println("\nA * (分解による逆行列) (近似):")
println(result)
利点
- より一般的な対称行列に対応
正定値でない対称行列にも適用できます。
sytri!() を直接使用する場合 (特殊なケース)
LinearAlgebra.LAPACK.sytri!()
を直接使用するのは、以下のような特殊なケースに限られることが多いです。
- 学習目的
LAPACK の内部動作を理解するために実験する場合。 - 既存の LAPACK コードとの連携
既に LAPACK を利用しているコードベースに統合する場合。 - 高度な制御
LAPACK ルーチンの挙動を細かく制御したい場合 (例えば、特定のワークスペースのサイズを指定するなど)。
しかし、通常は、上記の Julia の高レベルな関数や演算子を使用する方が、コードの保守性、可読性、安全性の観点から推奨されます。これらの高レベルなインターフェースは、内部で適切な LAPACK ルーチンを効率的に呼び出しており、ユーザーが低レベルの詳細を意識する必要を減らします。