LinearAlgebra.LAPACK.syevr!()
LinearAlgebra.LAPACK.syevr!() 関数とは?
この関数は、実対称行列の固有値と固有ベクトルを計算するためのLAPACK(Linear Algebra PACKage)ルーチン DSYEVR
のJuliaインターフェースです。syevr!
の末尾の !
は、この関数が引数の行列を直接変更(破壊的)することを意味します。
主な機能
- 範囲指定の選択
固有値の範囲指定かインデックス指定のどちらを使うかを選択できます。 - 固有ベクトルの計算の選択
固有ベクトルを計算するかどうかを選択できます。 - 固有値のインデックス指定
固有値のインデックス範囲を指定して、その範囲内の固有値と固有ベクトルのみを計算できます。 - 固有値の範囲指定
固有値の範囲を指定して、その範囲内の固有値と固有ベクトルのみを計算できます。 - 実対称行列の固有値と固有ベクトルを計算
与えられた実対称行列に対して、固有値と対応する固有ベクトルを計算します。
引数
LinearAlgebra.LAPACK.syevr!(jobz::Char, range::Char, uplo::Char, A::AbstractMatrix{<:Real}, vl::Real, vu::Real, il::Integer, iu::Integer, abstol::Real)
- abstol::Real
- 固有値の収束判定に使用する絶対許容誤差。
- il::Integer, iu::Integer
range == 'I'
の場合、計算する固有値のインデックス範囲を指定します。
- vl::Real, vu::Real
range == 'V'
の場合、計算する固有値の範囲の下限と上限を指定します。
- A::AbstractMatrix{<:Real}
- 計算対象の実対称行列。この行列は破壊的に変更されます。
- uplo::Char
'U'
:上三角部分のみを計算に使用します。'L'
:下三角部分のみを計算に使用します。
- range::Char
'A'
:すべての固有値を計算します。'V'
:指定された範囲内の固有値を計算します(vl
とvu
で指定)。'I'
:指定されたインデックス範囲内の固有値を計算します(il
とiu
で指定)。
- jobz::Char
'N'
:固有ベクトルを計算しません。固有値のみを計算します。'V'
:固有ベクトルを計算します。
返り値
- Z::Matrix{<:Real}
固有ベクトルの行列(jobz == 'V'
の場合)。 - w::Vector{<:Real}
固有値のベクトル。
使用例
using LinearAlgebra
A = [4.0 1.0; 1.0 4.0] # 実対称行列
w, Z = LinearAlgebra.LAPACK.syevr!('V', 'A', 'U', A, 0.0, 0.0, 0, 0, -1.0)
println("固有値:")
println(w)
println("固有ベクトル:")
println(Z)
- LAPACKルーチンを直接呼び出すため、引数の型や値に注意する必要があります。
syevr!
は破壊的関数であるため、元の行列A
は変更されます。元の行列を保持したい場合は、コピーを作成してから関数を呼び出す必要があります。
一般的なエラーとトラブルシューティング
- 引数の型の不一致
- エラー例
TypeError: in typeassert, expected Char, got String
- 原因
jobz
,range
,uplo
などの引数がChar
型(文字)であるべきところがString
型(文字列)で渡されている。 - 対策
引数の型を正しく指定します。例えば、'V'
はChar
型ですが、"V"
はString
型です。 - 例
LinearAlgebra.LAPACK.syevr!('V', 'A', 'U', A, 0.0, 0.0, 0, 0, -1.0)
のように、シングルクォーテーションで囲みます。
- エラー例
- 行列が対称でない
- エラー例
LAPACKルーチン内でエラーが発生し、固有値が正しく計算されない、または不正な結果が返される。 - 原因
syevr!
は実対称行列を前提としています。与えられた行列が対称でない場合、結果は保証されません。 - 対策
入力行列が対称であることを確認します。必要に応じて、対称化処理(例:(A + A') / 2
)を行います。
- エラー例
- 範囲指定の誤り
- エラー例
range == 'V'
の場合にvl
とvu
の範囲が不正、またはrange == 'I'
の場合にil
とiu
のインデックス範囲が不正。 - 原因
指定された範囲内に固有値が存在しない、またはインデックス範囲が行列のサイズを超えている。 - 対策
vl
,vu
,il
,iu
の値を適切に設定します。行列の固有値の分布やサイズを確認し、範囲指定が正しいか検証します。
- エラー例
- abstol の値
- エラー例
収束が遅い、または結果の精度が低い。 - 原因
abstol
(絶対許容誤差)の値が大きすぎる、または小さすぎる。 - 対策
abstol
の値を調整します。デフォルト値(通常は-1.0
)で問題ない場合が多いですが、必要に応じてより適切な値を設定します。
- エラー例
- 破壊的な変更
- エラー例
元の行列A
が意図せず変更されてしまう。 - 原因
syevr!
は破壊的な関数であるため、引数の行列A
は上書きされます。 - 対策
元の行列を保持する必要がある場合は、copy(A)
でコピーを作成してからsyevr!
を呼び出します。 - 例
A_copy = copy(A); w, Z = LinearAlgebra.LAPACK.syevr!('V', 'A', 'U', A_copy, 0.0, 0.0, 0, 0, -1.0)
- エラー例
- LAPACKのエラーメッセージ
- エラー例
LAPACKルーチンからエラーコードが返され、詳細なエラーメッセージが表示されない。 - 原因
LAPACKルーチン内で問題が発生したが、Juliaのインターフェースでは詳細なエラー情報が提供されない場合がある。 - 対策
LAPACKのドキュメントやソースコードを参照し、エラーコードの意味を調べます。必要に応じて、より詳細なデバッグ情報を得るために、LAPACKのデバッグモードを有効にします。
- エラー例
- 計算結果の確認
- 計算結果が期待通りでない場合、固有値と固有ベクトルのペアが元の行列の固有方程式を満たしているか確認します。
A * Z[:, i] ≈ w[i] * Z[:, i]
(i
は固有ベクトルのインデックス)で確認できます。
- エラーメッセージをよく読む
エラーメッセージには問題の原因に関する情報が含まれています。 - 引数の型と値を再確認
引数の型が正しいか、値が範囲内にあるかを確認します。 - 小さなテストケースで試す
問題を特定するために、小さな行列や簡単なテストケースで試します。 - ドキュメントを参照
JuliaのドキュメントやLAPACKのドキュメントを参照します。 - デバッグ
必要に応じて、デバッガを使用してコードをステップ実行し、変数の値を調べます。
例1: 全ての固有値と固有ベクトルを計算する
using LinearAlgebra
# 実対称行列を定義
A = [4.0 1.0; 1.0 4.0]
# syevr! を使用して固有値と固有ベクトルを計算
w, Z = LinearAlgebra.LAPACK.syevr!('V', 'A', 'U', A, 0.0, 0.0, 0, 0, -1.0)
println("固有値:")
println(w)
println("固有ベクトル:")
println(Z)
# 元の行列Aが変更されていることを確認
println("変更後の行列A:")
println(A)
説明
A
は破壊的に変更されるため、計算後に値が変わります。0.0, 0.0, 0, 0, -1.0
:範囲指定やインデックス指定をせず、デフォルトの許容誤差を使用します。'U'
:上三角部分を使用します。'A'
:全ての固有値を計算します。'V'
:固有ベクトルを計算します。
例2: 特定の範囲の固有値を計算する
using LinearAlgebra
A = [4.0 1.0; 1.0 4.0]
# 固有値の範囲を指定して計算(例:3.0から5.0の範囲)
w, Z = LinearAlgebra.LAPACK.syevr!('V', 'V', 'U', A, 3.0, 5.0, 0, 0, -1.0)
println("指定範囲の固有値:")
println(w)
println("指定範囲の固有ベクトル:")
println(Z)
説明
3.0, 5.0
:計算する固有値の範囲の下限と上限を指定します。'V'
:指定された範囲の固有値を計算します。'V'
:固有ベクトルを計算します。
例3: 特定のインデックス範囲の固有値を計算する
using LinearAlgebra
A = [4.0 1.0; 1.0 4.0]
# インデックス範囲を指定して計算(例:1番目から2番目の固有値)
w, Z = LinearAlgebra.LAPACK.syevr!('V', 'I', 'U', A, 0.0, 0.0, 1, 2, -1.0)
println("指定インデックス範囲の固有値:")
println(w)
println("指定インデックス範囲の固有ベクトル:")
println(Z)
説明
1, 2
:計算する固有値のインデックス範囲を指定します。'I'
:指定されたインデックス範囲の固有値を計算します。'V'
:固有ベクトルを計算します。
例4: 固有ベクトルを計算せずに固有値のみを計算する
using LinearAlgebra
A = [4.0 1.0; 1.0 4.0]
# 固有値のみを計算
w, _ = LinearAlgebra.LAPACK.syevr!('N', 'A', 'U', A, 0.0, 0.0, 0, 0, -1.0)
println("固有値:")
println(w)
説明
- 固有ベクトルを計算しないため、返り値の2番目は
_
で受け取ります。 'N'
:固有ベクトルを計算しません。
例5: 元の行列を変更せずに計算する
using LinearAlgebra
A = [4.0 1.0; 1.0 4.0]
A_copy = copy(A) # 行列のコピーを作成
w, Z = LinearAlgebra.LAPACK.syevr!('V', 'A', 'U', A_copy, 0.0, 0.0, 0, 0, -1.0)
println("固有値:")
println(w)
println("固有ベクトル:")
println(Z)
println("元の行列A:")
println(A)
println("コピーした行列A_copy:")
println(A_copy)
syevr!
はA_copy
を変更しますが、元の行列A
は変更されません。copy(A)
を使用して、元の行列A
のコピーA_copy
を作成します。
eigen() 関数を使用する
LinearAlgebra.eigen()
関数は、行列の固有値と固有ベクトルを計算するためのより高レベルな関数です。syevr!()
と異なり、行列を破壊的に変更しません。
using LinearAlgebra
A = [4.0 1.0; 1.0 4.0]
# eigen() を使用して固有値と固有ベクトルを計算
eigen_result = eigen(A)
println("固有値:")
println(eigen_result.values)
println("固有ベクトル:")
println(eigen_result.vectors)
println("元の行列A:")
println(A) # 変更されていないことを確認
利点
- 対称行列だけでなく、一般の行列にも使用できます。
- 使いやすい:高レベルな関数であり、引数の指定が比較的簡単です。
- 非破壊的:元の行列を変更しません。
欠点
syevr!()
よりも計算コストが高い場合があります。syevr!()
ほど細かな制御(固有値の範囲指定など)はできません。
SymTridiagonal() と eigen() を組み合わせる
実対称行列の場合、まず SymTridiagonal()
を使用して三対角行列に変換し、その後 eigen()
を使用して固有値と固有ベクトルを計算することで、より効率的に計算できます。
using LinearAlgebra
A = [4.0 1.0; 1.0 4.0]
# SymTridiagonal() を使用して三対角行列に変換
sym_tridiagonal = SymTridiagonal(diag(A), diag(A, 1))
# eigen() を使用して固有値と固有ベクトルを計算
eigen_result = eigen(sym_tridiagonal)
println("固有値:")
println(eigen_result.values)
println("固有ベクトル:")
println(eigen_result.vectors)
利点
syevr!()
よりも安定した結果が得られる場合があります。- 対称行列に対して効率的:三対角行列の固有値計算は高速です。
欠点
- 変換と計算の2段階の処理が必要です。
- 対称行列にしか使用できません。
eigs() 関数を使用する(SparseArrays パッケージ)
大規模な疎行列の場合、SparseArrays.eigs()
関数を使用して、一部の固有値と固有ベクトルのみを計算できます。
using SparseArrays
using LinearAlgebra
# 大規模な疎行列を生成(例:対角行列)
n = 1000
A = spdiagm(0 => 1:n)
# eigs() を使用して一部の固有値と固有ベクトルを計算(例:最大の5つの固有値)
eigen_result = eigs(A, nev=5, which=:LM)
println("固有値:")
println(eigen_result[1])
println("固有ベクトル:")
println(eigen_result[2])
利点
- 一部の固有値のみを計算できるため、メモリ使用量を削減できます。
- 大規模な疎行列に対して効率的:全ての固有値を計算する必要がない場合に有効です。
欠点
- 全ての固有値を計算するわけではありません。
- 疎行列にしか使用できません。
Arpack.jl パッケージを使用する
Arpack.jl
パッケージは、ARPACKライブラリのJuliaインターフェースを提供し、大規模な疎行列の固有値問題を効率的に解くための高度な機能を提供します。
using Arpack
using SparseArrays
n = 1000
A = spdiagm(0 => 1:n)
# Arpack.eigs() を使用して固有値と固有ベクトルを計算
eigen_result = Arpack.eigs(A, nev=5, which=:LM)
println("固有値:")
println(eigen_result[1])
println("固有ベクトル:")
println(eigen_result[2])
利点
- 大規模な疎行列に対して非常に効率的です。
- 高度な機能:より柔軟な固有値計算が可能です。
- 使い方がやや複雑です。
- 外部パッケージのインストールが必要です。
- 細かい制御が必要な場合は、
LinearAlgebra.LAPACK.syevr!()
を使用します。 - 大規模な疎行列の場合は、
eigs()
関数(SparseArrays
パッケージ)またはArpack.jl
パッケージが適しています。 - 対称行列の場合は、
SymTridiagonal()
とeigen()
の組み合わせが効率的な場合があります。 - 小規模な密な行列の場合は、
eigen()
関数が便利です。