Juliaのpstrf!()を使ったプログラミング例:LU分解を実践で学ぶ
LinearAlgebra.LAPACK.pstrf!(A, tol)
この関数 pstrf!
は、Julia プログラミング言語における LinearAlgebra
モジュールの LAPACK
サブモジュールに属しており、行列 A
のピボット付き LU 分解(Partial pivoting LU factorization)を実行する関数です。 pstrf!
は in-place な関数であり、元の行列 A
を分解結果で上書きします。
詳細
- tol (入力)
ピボット選択の許容誤差です。この値は、ピボットがゼロとみなされるかどうかを決定するために使用されます。tol
が小さいほど、より厳密なピボット選択が行われます。通常は、小さな正の値を指定します。 - A (入力/出力)
分解される行列です。pstrf!
の実行後、A
は上三角行列U
と、置換行列P
に関連する情報を格納します。より具体的には、A
の対角成分より上側はU
、対角成分より下側はL
(下三角行列の要素。対角成分は1とみなされる)の情報を含みます。
戻り値
pstrf!
関数は、以下の 3 つの値を返します。
- LU 分解の結果 (行列 A そのもの)
上述の通り、A
は上三角行列U
と、置換行列P
に関連する情報を格納します。 - ピボットに関する情報 (整数ベクトル)
これは、行の置換を表すベクトルです。i
番目の要素は、i
行目がどの行と交換されたかを示します。 - 分解が成功したかどうか (真偽値)
分解が成功した場合はtrue
、特異行列などで失敗した場合はfalse
を返します。
LinearAlgebra.LAPACK.pstrf!(A, tol)
は、行列 A
のピボット付き LU 分解を in-place で実行し、その結果とピボット情報を返します。 LU 分解は、線形方程式系の求解や逆行列の計算など、様々な数値計算アルゴリズムの基礎となる重要な処理です。
例
using LinearAlgebra
A = [2.0 1.0 1.0; 4.0 3.0 3.0; 8.0 7.0 9.0]
tol = 1e-6
LU, p, info = pstrf!(A, tol)
println("LU 分解:\n", LU)
println("ピボット情報:\n", p)
println("成功:", info)
この例では、行列 A
の LU 分解を実行し、その結果、ピボット情報、および成功フラグを表示しています。
特異行列 (Singular Matrix)
- トラブルシューティング
- 行列
A
の条件数 (condition number) を確認します。条件数が非常に大きい場合、行列はほぼ特異である可能性があります。Julia ではcond(A)
で計算できます。 - 行列
A
が本当に特異である場合は、LU 分解以外の方法を検討する必要があります。例えば、特異値分解 (Singular Value Decomposition, SVD) などが考えられます。Julia ではsvd(A)
で計算できます。 - もし
A
が理論上は特異ではないのにpstrf!()
が失敗する場合は、数値誤差の影響が考えられます。tol
の値を小さくすることを試したり、より高精度な計算環境を使用したりすることを検討してください。
- 行列
- エラー
pstrf!()
は、入力行列A
が特異行列(またはほぼ特異行列)の場合、正しく分解できません。この場合、info
(戻り値の3番目) がfalse
を返し、LU
分解の結果も意味をなさないものとなります。
サイズの問題
- トラブルシューティング
- 行列
A
のサイズ (size(A)
) を確認し、正方行列であることを確認します。
- 行列
- エラー
入力行列A
のサイズが正しくない場合(例えば、非正方行列)、pstrf!()
はエラーを発生させます。
tol の設定
- トラブルシューティング
tol
は小さすぎても大きすぎても問題があります。通常は、1e-6
や1e-8
程度の小さな正の値を設定します。問題に応じて調整してください。tol
を小さくすると、計算時間は長くなりますが、精度は向上する可能性があります。
- エラー
tol
(許容誤差) の値が適切でない場合、分解の精度が低下したり、不要なピボット処理が発生したりする可能性があります。
数値誤差
- トラブルシューティング
- より高精度な計算環境(例えば、
Float64
ではなくBigFloat
を使用するなど)を使用することを検討します。 - ピボット選択が適切に行われているか確認します。ピボット情報 (
p
ベクトル) を確認し、極端に小さな値でピボットが行われていないか確認します。
- より高精度な計算環境(例えば、
- エラー
浮動小数点数演算における数値誤差は、特に大きな行列や条件数の大きい行列の場合に、pstrf!()
の結果に影響を与える可能性があります。
LAPACK の問題 (稀)
- トラブルシューティング
- Julia のバージョンを更新してみる。
- 別の LAPACK ライブラリを使用してみる(もし可能であれば)。
- エラー
非常に稀ですが、Julia が使用している LAPACK ライブラリ自体に問題がある可能性があります。
- Julia のドキュメントを参照
Julia のドキュメントには、pstrf!()
の詳細な説明や使用例が記載されています。 - 小さい行列で試す
問題を再現できる最小のサイズの行列で試してみます。 - println() を活用
行列A
の値やpstrf!()
の戻り値をprintln()
で出力し、問題箇所を特定します。
例1: 基本的な LU 分解
using LinearAlgebra
A = [2.0 1.0 1.0; 4.0 3.0 3.0; 8.0 7.0 9.0] # 正方行列
tol = 1e-6 # 許容誤差
LU, p, info = pstrf!(A, tol)
println("LU 分解:\n", LU) # LU 分解の結果 (A が上書きされる)
println("ピボット情報:\n", p) # 行の置換情報
println("成功:", info) # 分解が成功したか (true/false)
if info
# LU 分解が成功した場合の処理
L = tril(LU, -1) + I # 下三角行列 L (対角成分は 1)
U = triu(LU) # 上三角行列 U
P = Matrix{Float64}(I(size(A, 1)))[:, p] # 置換行列 P
println("L:\n", L)
println("U:\n", U)
println("P:\n", P)
# 検算: P * L * U == A となるはず
println("P * L * U:\n", P * L * U)
end
この例では、正方行列 A
の LU 分解を pstrf!()
で行っています。LU
には U(上三角行列)と L(下三角行列の一部)の情報が格納されており、p
にはピボット情報(行の置換情報)が格納されています。info
は分解が成功したかどうかを示します。成功した場合、tril()
と triu()
で LU
から L
と U
を取り出し、p
から置換行列 P
を構成しています。最後に、P * L * U
が元の A
と等しくなることを確認しています。
例2: 特異行列の扱い
using LinearAlgebra
A = [1.0 1.0; 1.0 1.0] # 特異行列
tol = 1e-6
LU, p, info = pstrf!(A, tol)
println("LU 分解:\n", LU)
println("ピボット情報:\n", p)
println("成功:", info)
if !info
println("行列 A は特異行列であるため、LU 分解に失敗しました。")
end
この例では、特異行列 A
に対して pstrf!()
を実行しています。info
が false
になるため、LU 分解が失敗したことがわかります。このように、info
をチェックすることで、特異行列の場合の処理を記述することができます。
例3: LU 分解を用いた線形方程式の求解
using LinearAlgebra
A = [2.0 1.0; 1.0 3.0]
b = [5.0; 8.0] # 右辺ベクトル
tol = 1e-6
LU, p, info = pstrf!(A, tol)
if info
L = tril(LU, -1) + I
U = triu(LU)
P = Matrix{Float64}(I(size(A, 1)))[:, p]
y = L \ (P * b) # Ly = Pb を解く
x = U \ y # Ux = y を解く
println("解 x:\n", x)
# 検算: A * x == b となるはず
println("A * x:\n", A * x)
end
この例では、LU 分解を用いて線形方程式 Ax = b
を解いています。pstrf!()
で得られた L
、U
、P
を用いて、Ly = Pb
と Ux = y
を順に解くことで、解 x
を求めています。
using LinearAlgebra
A = [BigFloat(2.0) BigFloat(1.0); BigFloat(1.0) BigFloat(3.0)] # BigFloat
b = [BigFloat(5.0); BigFloat(8.0)]
tol = 1e-6
LU, p, info = pstrf!(A, tol)
# ... (以降の処理は例3と同様)
lu(A)
最も一般的な代替関数は lu(A)
です。これは、行列 A
の LU 分解を計算し、LU
分解オブジェクトを返します。このオブジェクトには、L
、U
、P
(または p
) などの要素が含まれており、簡単にアクセスできます。
using LinearAlgebra
A = [2.0 1.0 1.0; 4.0 3.0 3.0; 8.0 7.0 9.0]
F = lu(A)
L = F.L # 下三角行列
U = F.U # 上三角行列
P = F.P # 置換行列 (Permutation matrix)
p = F.p # ピボットベクトル
println("L:\n", L)
println("U:\n", U)
println("P:\n", P)
println("p:\n", p)
# 線形方程式 Ax = b の求解
b = [2.0, 3.0, 4.0]
x = F \ b # LU 分解オブジェクト F を使って直接解く
println("解 x:\n", x)
# 検算
println("A * x:\n", A * x)
lu(A)
は pstrf!()
と異なり、元の行列 A
を変更しません。また、L
、U
、P
などの要素に直接アクセスできるため、コードが読みやすくなります。線形方程式の求解も F \ b
のように簡単に記述できます。
lu!(A)
lu!(A)
は、pstrf!()
と同様に、行列 A
を in-place で LU 分解します。つまり、元の A
が分解結果で上書きされます。高速な計算が必要な場合に有用ですが、元の A
が変更されることに注意が必要です。
using LinearAlgebra
A = [2.0 1.0 1.0; 4.0 3.0 3.0; 8.0 7.0 9.0]
F = lu!(A) # A が上書きされる
L = F.L
U = F.U
p = F.p
println("LU 分解:\n", A) # 上書きされた A の内容
println("L:\n", L)
println("U:\n", U)
println("p:\n", p)
Julia の LinearAlgebra
モジュールには、LU 分解以外にも様々な行列分解関数が用意されています。
- cholesky(A)
コレスキー分解 (正定値行列用) - svd(A)
特異値分解 - qr(A)
QR 分解
これらの分解は、それぞれ異なる目的に使用されます。例えば、QR 分解は最小二乗問題の求解に、特異値分解は低ランク近似や次元削減に、コレスキー分解は正定値行列の線形方程式の求解に利用されます。
- pstrf!()
LAPACK ルーチンを直接呼び出す必要がある特殊な場合にのみ使用します。通常はlu!(A)
で十分です。 - lu!(A)
高速な計算が必要な場合に有用ですが、元の行列が変更されることに注意が必要です。pstrf!()
の代替として使用できます。 - lu(A)
ほとんどの場合に推奨される関数です。元の行列を変更せず、使いやすいインターフェースを提供します。