Juliaで線形方程式を解くならこれ!potrs!()の使い方と代替手法

2025-04-26

この関数は、A のLU分解(実際にはコレスキー分解が使われます)を事前に計算しておく必要はなく、A そのものと右辺ベクトル b を与えることで直接解 x を計算します。 ただし、A が正定値である必要があります。もし正定値でない行列を与えると、予測不能な結果になる可能性があります。

以下に、potrs!() の詳細な説明と使用例を示します。

関数シグネチャ

potrs!(Uplo, A, b)

引数

  • b: 右辺ベクトル b。このベクトルも関数内で解 x で上書きされます。
  • A: 正定値行列 A。Uplo で指定された部分のみが使用されます。この行列は関数内で上書きされます(つまり、コレスキー分解の結果で置き換えられます)。
  • Uplo: 行列 A のどの部分(上三角部分または下三角部分)が格納されているかを指定する文字 ('U' または 'L')。'U' は上三角部分、'L' は下三角部分が格納されていることを意味します。コレスキー分解の結果は上三角行列または下三角行列になるので、どちらであるかを指定する必要があります。

戻り値

なし (in-place operation)

処理内容

  1. potrs!() は、与えられた正定値行列 A (実際にはその上三角部分または下三角部分) を用いて、線形方程式系 Ax = b の解 x を計算します。
  2. 内部的には、A のコレスキー分解(A = UᵀU または A = LLᵀ)が用いられます。
  3. 計算された解 x は、引数 b の場所に上書きされます。そのため、b の元の値は失われます。もし元の b の値を保持しておきたい場合は、事前にコピーを作成する必要があります。
  4. potrs!() は in-place 操作を行うため、メモリ効率が良いですが、元の Ab が変更されることに注意が必要です。

使用例

using LinearAlgebra

A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]  # 正定値行列
b = [1.0, 2.0]          # 右辺ベクトル

# コレスキー分解を事前に計算する場合 (推奨)
# cholesky_A = cholesky(A)
# x = cholesky_A \ b

# potrs!() を直接使用する場合
A_copy = copy(A) # A のコピーを作成 (オリジナルを保持するため)
b_copy = copy(b) # b のコピーを作成 (オリジナルを保持するため)

potrs!('U', A_copy, b_copy) # 上三角部分が格納されている場合

println("解 x: ", b_copy)  # 結果 x が b_copy に格納される
println("変更された A: ", A_copy) # A_copy はコレスキー分解の結果で上書きされる
println("元の A: ", A) # A は変更されない
println("元の b: ", b) # b は変更されない


# 下三角部分が格納されている場合
A_copy2 = copy(A)
b_copy2 = copy(b)
potrs!('L', A_copy2, b_copy2)
println("解 x (下三角): ", b_copy2)

  • コレスキー分解を事前に計算しておくと、複数の右辺ベクトルに対して効率的に解を求めることができます。 そのため、特に反復計算などでは、cholesky() で分解した結果を再利用する方が効率的です。
  • potrs!() は in-place 操作を行うため、元の Ab が変更されます。必要であれば事前にコピーを作成してください。
  • potrs!() を使う前に、行列 A が本当に正定値であるか確認することが重要です。


行列が正定値でない

  • 対処法
    • 行列Aが本当に正定値であるか確認してください。数値計算上の誤差により、理論上は正定値でもわずかな負の固有値を持つ場合があります。
    • isposdef(A) 関数を使って正定値性をチェックできます。
    • もし正定値でない場合は、別の解法(例えばLU分解)を検討する必要があります。ただし、正定値行列に特化したpotrs!()に比べて計算コストが高くなります。
    • 誤差が原因と考えられる場合は、許容誤差を調整するなどの対策が必要になることがあります。
  • 原因
    入力された行列Aが正定値でない場合、potrs!()は正しく動作しません。コレスキー分解が失敗するためです。
  • エラー
    LAPACKException (または類似のエラー) が発生し、"matrix is not positive definite" のようなメッセージが表示されることがあります。

Uplo 引数の間違い

  • 対処法
    • 行列Aが上三角行列として格納されている場合は 'U'、下三角行列として格納されている場合は 'L' を指定します。
    • コレスキー分解の結果(cholesky(A)で得られるオブジェクト)を使う場合は、cholesky(A, Val('U')) または cholesky(A, Val('L')) で上三角または下三角の分解を指定し、それに応じてUploを正しく設定してください。
    • 分解後の行列を確認し、Uploが正しいかどうか確認してください。
  • 原因
    Uplo引数 ('U' または 'L') が、行列Aの格納形式と一致していない場合。
  • エラー
    正しい解が得られない、またはエラーが発生する可能性があります。

A または b の型が不正

  • 対処法
    • Abの型をtypeof(A)typeof(b)で確認し、必要であれば型変換を行います。例えば、A = Float64.(A)のようにします。
    • 特に、AbstractArray ではなく具体的な型のMatrixVectorを使用しているか確認してください。
  • 原因
    Aまたはbの型が、potrs!()が要求する型(通常はMatrix{Float64}など)と一致しない場合。
  • エラー
    MethodError が発生することがあります。

A と b の次元の不一致

  • 対処法
    • size(A)size(b)でそれぞれの次元を確認し、Aが正方行列であること、そしてbの長さがAの行数と一致していることを確認してください。
  • 原因
    Aのサイズとbのサイズが、線形方程式系Ax = bとして矛盾している場合。
  • エラー
    エラーが発生し、次元に関するメッセージが表示されます。

数値的安定性

  • 対処法
    • 行列Aの条件数 (cond(A)) を確認し、あまりにも大きい場合は、問題を再定式化したり、より安定な解法を検討する必要があります。
    • 前処理(例えばスケーリング)によって、条件数を改善できる場合があります。
  • 原因
    行列Aの条件数が非常に大きい場合(つまり、行列がほぼ特異に近い場合)、数値計算誤差が拡大し、解の精度が著しく低下することがあります。
  • エラー
    計算結果が不安定、あるいはNaNやInfを含む値になることがあります。

in-place 操作の注意

  • 対処法
    元の Ab を保持する必要がある場合は、事前に A_copy = copy(A)b_copy = copy(b) のようにコピーを作成して、コピーに対して potrs!() を実行してください。
  • 原因
    potrs!() は in-place 操作を行うため、元の Ab が変更されます。
  • エラー
    意図しない変数の変更。
  1. エラーメッセージをよく読む
    エラーメッセージには、問題の原因に関するヒントが含まれていることが多いです。
  2. 型と次元を確認する
    typeof()size() を使って、変数の型と次元が適切かどうかを確認します。
  3. 簡単な例で試す
    問題を切り分けるために、小さな行列とベクトルで試してみます。
  4. print文や@showマクロで変数の値を表示する
    計算の途中で変数の値を確認することで、問題の箇所を特定できることがあります。


基本的な使用例

using LinearAlgebra

# 正定値行列 A と右辺ベクトル b
A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]
b = [1.0, 2.0]

# A と b のコピーを作成 (元の A と b を保持するため)
A_copy = copy(A)
b_copy = copy(b)

# 上三角部分を使って potrs!() を実行
potrs!('U', A_copy, b_copy)

# 解 x は b_copy に格納される
println("解 x: ", b_copy)

# コレスキー分解の結果で A_copy が上書きされる
println("変更された A_copy: ", A_copy)

println("元の A: ", A) # A は変更されない
println("元の b: ", b) # b は変更されない

この例では、正定値行列 A と右辺ベクトル b を用意し、potrs!() を使って線形方程式系 Ax = b の解 x を求めています。potrs!() は in-place 操作なので、Ab のコピーを作成して、コピーに対して処理を行っています。Uplo 引数には 'U' を指定し、A の上三角部分が使われることを示しています。

下三角部分を使う例

using LinearAlgebra

A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]
b = [1.0, 2.0]

A_copy = copy(A)
b_copy = copy(b)

# 下三角部分を使って potrs!() を実行
potrs!('L', A_copy, b_copy)

println("解 x (下三角): ", b_copy)

この例では、Uplo 引数に 'L' を指定し、A の下三角部分を使って potrs!() を実行しています。 A が対称行列なので、上三角部分を使っても下三角部分を使っても数学的には同じ解が得られますが、計算の過程が異なります。

コレスキー分解を事前に計算する場合

using LinearAlgebra

A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]
b = [1.0, 2.0]

# コレスキー分解を事前に計算 (Uplo = 'U' がデフォルト)
cholesky_A = cholesky(A)

# 解を計算 (この場合は A そのものを変更しない)
x = cholesky_A \ b

println("解 x: ", x)
println("元の A: ", A) # A は変更されない

この例では、cholesky() 関数を使って事前にコレスキー分解を計算しています。 cholesky() 関数は、デフォルトで上三角行列 U を返します。 \ 演算子を使うと、コレスキー分解の結果を使って効率的に解を計算できます。 この方法は、potrs!() を直接使うよりも、元の A を変更しないという点で安全です。また、複数の右辺ベクトル b に対して解を計算する場合、コレスキー分解を一度行えば、その後は高速に解を計算できるため効率的です。

複数の右辺ベクトルを扱う例

using LinearAlgebra

A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]
B = [1.0 2.0; 3.0 4.0]  # 複数の右辺ベクトルをまとめた行列

cholesky_A = cholesky(A)

# 複数の解を計算
X = cholesky_A \ B

println("解行列 X: ", X)
using LinearAlgebra

A = [4 1; 1 3]      # Int型の行列
b = [1, 2]        # Int型のベクトル

# Float64型に変換
A_float = Float64.(A)
b_float = Float64.(b)

A_copy = copy(A_float)
b_copy = copy(b_float)

potrs!('U', A_copy, b_copy)

println("解 x: ", b_copy)


コレスキー分解 + バックスラッシュ演算子 (\)

using LinearAlgebra

A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]
b = [1.0, 2.0]

# コレスキー分解
cholesky_A = cholesky(A) # または cholesky(A, Val('U')) / cholesky(A, Val('L')) で上三角/下三角を指定

# バックスラッシュ演算子で解を計算
x = cholesky_A \ b

println("解 x: ", x)
  • 使い分け
    potrs!()の最も推奨される代替手段です。特に、複数の右辺ベクトルを扱う場合や、元のAを変更したくない場合に適しています。
  • 特徴
    potrs!()と内部的には同じコレスキー分解を利用しますが、cholesky()で分解結果を明示的に保持するため、複数の右辺ベクトルに対して効率的に解を計算できます。また、元のAを変更しません。potrs!()のようにコピーを気にする必要がありません。

LU分解 + バックスラッシュ演算子 (\)

using LinearAlgebra

A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]  # 正定値行列でなくてもOK
b = [1.0, 2.0]

# LU分解
lu_A = lu(A)

# バックスラッシュ演算子で解を計算
x = lu_A \ b

println("解 x: ", x)
  • 使い分け
    Aが正定値行列でない可能性がある場合や、LU分解の結果を他の計算にも利用する場合に適しています。
  • 特徴
    正定値行列でなくても、正方行列であれば適用できます。コレスキー分解よりも汎用性がありますが、計算コストは高くなります。

QR分解 + バックスラッシュ演算子 (\)

using LinearAlgebra

A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]
b = [1.0, 2.0]

# QR分解
qr_A = qr(A)

# バックスラッシュ演算子で解を計算
x = qr_A \ b

println("解 x: ", x)
  • 使い分け
    Aが正方行列でない場合や、最小二乗問題を解きたい場合に適しています。
  • 特徴
    正方行列でなくても、長方行列に対しても適用できます。最小二乗問題の解を求めるのに適しています。

逆行列を計算 + 乗算

using LinearAlgebra

A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]
b = [1.0, 2.0]

# 逆行列を計算
A_inv = inv(A)

# 行列とベクトルの乗算で解を計算
x = A_inv * b

println("解 x: ", x)
  • 使い分け
    ごく小さな行列の場合や、教育目的など、逆行列の概念を理解するために使う程度にとどめるべきです。大規模な計算には絶対におすすめしません。
  • 特徴
    直感的に理解しやすいですが、計算コストが高く、数値的にも不安定になりやすいです。
using LinearAlgebra
using IterativeSolvers  # パッケージをインストール: ] add IterativeSolvers

A = [4.0 1.0; 1.0 3.0]
b = [1.0, 2.0]

# 例えば、CG法 (共役勾配法) を使う場合
x, = cg(A, b)

println("解 x: ", x)
  • 使い分け
    Aが大規模な疎行列の場合や、メモリ制約がある場合に適しています。IterativeSolversパッケージには、様々な反復法が用意されています。
  • 特徴
    大規模な疎行列に対して有効です。直接法(コレスキー分解など)がメモリ不足で適用できない場合に役立ちます。