Juliaのormrq!():行列演算の高速化とメモリ効率化

2025-04-26

QR分解について

まず、ormrq!() の前提となるQR分解について簡単に説明します。QR分解は、与えられた行列 A を、直交行列 Q と上三角行列 R の積に分解するものです。つまり、A = QR となります。 この分解は、例えば、最小二乗問題の求解や固有値計算など、様々な場面で利用されます。

ormrq!() の役割

ormrq!() は、QR分解によって得られたQ行列(またはその一部)を使って、別の行列 C に対して直交変換を行います。具体的には、以下のいずれかの演算を行います。

  • C を右から変換
    C * Q または C * Q<sup>T</sup>
  • C を左から変換
    Q * C または Q<sup>T</sup> * C

ここで、Q はQR分解で得られた直交行列そのものではなく、ormrq!() に渡される引数によって、Qを生成するために必要な情報(例えば、Householder reflectorの列ベクトル群)が渡されます。 これは、Q全体を明示的に生成するよりも効率的な計算を可能にするためです。

ormrq!() の引数

ormrq!() の具体的な引数は以下の通りです。

  • INFO: 実行ステータス。通常は 0 であれば成功。
  • WORK: ワークスペース配列。
  • LDC: 行列 C の leading dimension (通常は size(C, 1)) を指定します。
  • C: 変換される行列 C。結果はこの行列に上書きされます。
  • LDA: 行列 A の leading dimension (通常は size(A, 1)) を指定します。
  • A: QR分解の結果(Householder reflectorの列ベクトル群などが格納されている)。lq!()geqrf!() などで計算されたものが渡されます。
  • K: QR分解で使われた行列 A の列数(SIDE が 'L' の場合)または行数(SIDE が 'R' の場合)を指定します。
  • N: 行列 C の列数を指定します。
  • M: 行列 C の行数を指定します。
  • TRANS: 'N' (Q) または 'T' (Q<sup>T</sup>) を指定します。
  • SIDE: 'L' (左からの変換) または 'R' (右からの変換) を指定します。

LinearAlgebra.LAPACK.ormrq!() は、JuliaでLAPACKのORMQRルーチンを呼び出し、QR分解の結果を用いて行列に直交変換を効率的に適用するための関数です。 QR分解自体は別の関数(lq!()geqrf!() など)で行い、その結果を ormrq!() に渡すことで、Q行列を直接生成せずに変換処理を行うことができます。



よくあるエラー

  1. 次元の不一致
    最も一般的なエラーは、行列の次元 (M, N, K, LDA, LDC) が正しくないことです。 例えば、A の次元と C の次元が適合していなかったり、K の値が間違っていたりすると、エラーが発生します。 特に、SIDE'L''R' かによって、K の意味が変わるため注意が必要です。

  2. LDA と LDC の間違い
    LDA (Aのleading dimension) と LDC (Cのleading dimension) は、通常は size(A, 1) および size(C, 1) ですが、部分行列を扱う場合など、これらが異なる値になることがあります。 これらの値を間違えると、メモリ違反や不正な計算結果につながります。

  3. SIDE と TRANS の組み合わせ
    SIDETRANS の組み合わせによっては、意味のない演算になる場合があります。 例えば、SIDE'L'TRANS'T' の場合、Q<sup>T</sup> * C を計算しますが、もし Am x k の行列からQR分解されたものであれば、Q<sup>T</sup> は k x m の行列となり、C の行数 m と一致している必要があります。 このような整合性が取れていないとエラーが発生します。

  4. WORK 配列のサイズ不足
    ormrq!() は内部でワークスペース (WORK) を使用します。 この配列のサイズが不足すると、エラーが発生します。 適切なサイズは、LAPACKのドキュメントで確認する必要がありますが、通常は、lwork を計算し、それ以上のサイズを確保します。 lwork の計算には、LinearAlgebra.LAPACK.ormrq_work 関数を使用できます。

  5. INFO コードの確認
    ormrq!() の実行後、INFO 変数の値を必ず確認してください。 INFO0 であれば正常終了ですが、0 以外の場合はエラーが発生しています。 INFO の値によって、具体的なエラーの内容が分かります。 LAPACKのドキュメントで、各 INFO コードの意味を確認してください。

トラブルシューティング

  1. 次元の確認
    まず、行列の次元 (M, N, K, LDA, LDC) が意図通りになっているか、size() 関数などを使って確認しましょう。 特に、K の値は SIDE によって意味が変わるため、注意が必要です。

  2. lwork の計算
    ワークスペース (WORK) のサイズは、LinearAlgebra.LAPACK.ormrq_work 関数を使って計算し、十分な大きさを確保しましょう。

  3. INFO コードの確認
    ormrq!() 実行後、INFO の値を必ず確認し、エラーが発生していないか確認しましょう。 エラーが発生している場合は、LAPACKのドキュメントで INFO コードの意味を調べ、原因を特定しましょう。

  4. 最小限のコードで再現
    問題を特定するために、できるだけ最小限のコードで問題を再現させましょう。 これにより、問題の原因を特定しやすくなります。

  5. ドキュメント参照
    Juliaのドキュメントや、LAPACKのドキュメントをよく読みましょう。 特に、ormrq!() の引数の意味や、関連する関数 (lq!(), geqrf!() など) の使い方について確認しましょう。


using LinearAlgebra

# 例: QR分解の結果を使って、行列Cに直交変換を適用する

m = 5  # Cの行数
n = 3  # Cの列数
k = 3  # Aの列数 (SIDE='L'の場合)

A = rand(m, k)
C = rand(m, n)

# QR分解
Q, R = qr(A)

# ワークスペースのサイズを計算
lwork = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq_work('L', 'N', m, n, k, A, m, C, m)
work = Vector{Float64}(undef, lwork)

# 直交変換
info = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq!('L', 'N', m, n, k, Q.factors, m, C, m, work)

if info == 0
    println("成功")
else
    println("エラー: INFO = ", info)
end

println(C)


例1: QR分解後のQ行列を使った行列の変換 (左から)

using LinearAlgebra

m = 5  # 行列AとCの行数
n = 3  # 行列Aの列数、行列Cの列数
k = 3  # 行列Aの列数 (QR分解)

A = rand(m, n)  # m x n の行列
C = rand(m, 2)  # m x 2 の行列

# QR分解
Q, R = qr(A)

# ワークスペースのサイズを計算
lwork = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq_work('L', 'N', m, 2, k, Q.factors, m, C, m) # Cの列数は2
work = Vector{Float64}(undef, lwork)

# 直交変換 (Q * C)
info = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq!('L', 'N', m, 2, k, Q.factors, m, C, m, work) # Cの列数は2

if info == 0
    println("成功")
else
    println("エラー: INFO = ", info)
end

println("変換後のC:\n", C)

この例では、qr() 関数で A のQR分解を行い、得られた Q の一部 (Q.factors) を使って、行列 C を左から変換 (Q * C) しています。 'L' は左からの変換を、'N' はQをそのまま使うことを意味します。C の列数に合わせて、ormrq_workormrq! の引数を調整していることに注意してください。

例2: QR分解後のQ<sup>T</sup>行列を使った行列の変換 (左から)

using LinearAlgebra

# ... (A, C, m, n, k の定義は例1と同じ)

# QR分解 (例1と同じ)
Q, R = qr(A)

# ワークスペースのサイズを計算
lwork = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq_work('L', 'T', m, 2, k, Q.factors, m, C, m)
work = Vector{Float64}(undef, lwork)

# 直交変換 (Q^T * C)
info = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq!('L', 'T', m, 2, k, Q.factors, m, C, m, work)

if info == 0
    println("成功")
else
    println("エラー: INFO = ", info)
end

println("変換後のC:\n", C)

例1とほぼ同じですが、'N' の代わりに 'T' を指定しているため、Q<sup>T</sup> * C が計算されます。

例3: LQ分解後のQ行列を使った行列の変換 (右から)

using LinearAlgebra

m = 3  # 行列AとCの行数
n = 5  # 行列Aの列数、行列Cの行数
k = 3  # 行列Aの行数 (LQ分解)

A = rand(k, n) # k x n の行列
C = rand(2, n) # 2 x n の行列

# LQ分解
L, Q = lq(A)

# ワークスペースのサイズを計算
lwork = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq_work('R', 'N', 2, n, k, Q.factors, n, C, 2) # Cの行数は2
work = Vector{Float64}(undef, lwork)

# 直交変換 (C * Q)
info = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq!('R', 'N', 2, n, k, Q.factors, n, C, 2, work) # Cの行数は2

if info == 0
    println("成功")
else
    println("エラー: INFO = ", info)
end

println("変換後のC:\n", C)

この例では、lq() 関数で A のLQ分解を行い、得られた Q を使って、行列 C を右から変換 (C * Q) しています。 'R' は右からの変換を意味します。 lq() の結果を使うため、k は元の行列 A の行数になります。 C の行数に合わせて、ormrq_workormrq! の引数を調整していることに注意してください。

  • ormrq!() の実行後、INFO の値をチェックし、エラーが発生していないか確認しましょう。
  • ワークスペース (WORK) のサイズは、LinearAlgebra.LAPACK.ormrq_work() 関数を使って計算し、十分な大きさを確保してください。
  • ormrq!() の引数 (SIDE, TRANS, M, N, K, LDA, LDC) を正しく設定することが重要です。特に、K の値は SIDE によって意味が変わるため注意が必要です。
  • ormrq!() を使う前に、lq() または qr() などでQR分解またはLQ分解を行う必要があります。


Juliaの組み込み関数 (*, transpose, etc.)

最も単純なケースでは、ormrq!() を使わずに、Juliaの組み込みの行列演算子 (* (乗算), transpose (転置), ' (転置)) を使うことができます。

using LinearAlgebra

m = 5
n = 3
A = rand(m, n)
C = rand(m, 2)

Q, R = qr(A)

# ormrq!() を使う場合
lwork = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq_work('L', 'N', m, 2, n, Q.factors, m, C, m)
work = Vector{Float64}(undef, lwork)
info = LinearAlgebra.LAPACK.ormrq!('L', 'N', m, 2, n, Q.factors, m, C, m, work)

# 組み込み関数を使う場合
C_alt = Q * C  # Q全体を生成して乗算

println("ormrq!():\n", C)
println("組み込み関数:\n", C_alt)

利点

  • lwork の計算や INFO のチェックが不要。
  • コードが簡潔で読みやすい。

欠点

  • QR分解の結果 (Q.factors) を直接使えないため、Q全体を生成する必要がある。
  • ormrq!() と比較して、特に大きな行列の場合に性能が劣る可能性がある。ormrq!() は、Q全体を明示的に生成せずに直交変換を適用するため、メモリ効率が良い。

LinearAlgebra.mul!

mul! 関数を使うと、行列乗算の結果を指定した行列に上書きすることができます。 ormrq!() と同様に、結果を元の行列に上書きすることで、メモリ効率の良い計算が可能です。

using LinearAlgebra

# ... (A, C, m, n の定義は例1と同じ)

Q, R = qr(A)

# mul! を使う場合
C_alt = similar(C) # Cと同じサイズの新しい行列を作成
mul!(C_alt, Q, C)   # C_alt = Q * C

println("mul!():\n", C_alt)

利点

  • ormrq!() よりもコードが簡潔。
  • ormrq!() と同様に、結果を元の行列に上書きできるため、メモリ効率が良い。

欠点

  • 転置 (Q<sup>T</sup>) を使う場合は、mul! を2回使う必要があるなど、若干複雑になる。
  • ormrq!() のように、QR分解の結果 (Q.factors) を直接使うことはできないため、Q全体を生成する必要がある。

@. (broadcast)

要素ごとの演算とブロードキャストを組み合わせることで、特定の条件下では ormrq!() の代替となる処理を記述できる場合があります。しかし、これは一般的な直交変換の代替にはなりません。特定のパターンに合致する場合にのみ有効です。

他のライブラリ

Juliaのエコシステムには、線形代数計算のための様々なライブラリが存在します。 これらのライブラリには、ormrq!() と同様の機能を持つ関数が含まれている可能性があります。 例えば、特定の構造を持つ行列に対して、より効率的な演算を提供するライブラリなどが考えられます。

ormrq!() を使うべきケース

  • メモリ使用量を最小限に抑えたい場合。
  • QR分解の結果 (Q.factors) を効率的に利用したい場合。
  • 非常に大きな行列を扱う場合など、高い性能が求められる場合。
  • 性能がボトルネックにならない場合。
  • コードの簡潔さを重視する場合。
  • 比較的小さな行列を扱う場合。