JuliaでQR分解のQ行列を計算するならこれ!orgqr!()の使い方と注意点

2025-02-21

Juliaプログラミングにおける `LinearAlgebra.LAPACK.orgqr!()` について説明します。

`orgqr!()` 関数は、QR分解の結果として得られるQ行列(直交行列)を生成するために使われます。  QR分解は、与えられた行列Aを直交行列Qと上三角行列Rの積に分解するものです (A = QR)。`orgqr!()` は、この分解の過程で生成された情報を利用して、効率的にQ行列を計算します。

**関数の役割:**

`orgqr!()` は、QR分解の結果(通常は`qr`関数で得られる)を格納しているオブジェクトを引数として受け取り、Q行列を計算し、その結果で元のオブジェクトの内容を上書きします。  つまり、**破壊的**な関数です。  これはメモリ効率の観点から重要です。大きな行列の場合、Q全体をメモリに保持する必要がないため、必要な部分だけを計算し、上書きすることでメモリ使用量を抑えることができます。

**引数:**

`orgqr!()` の主な引数は、`qr`関数で得られた `QR` 型のオブジェクトです。このオブジェクトには、QとRの情報が圧縮された形で格納されています。

**具体的な使用例:**

```julia
using LinearAlgebra

A = rand(5, 3)  # 例として5x3の行列を作成
qr_result = qr(A) # QR分解を実行

# Q行列を計算し、qr_resultを上書き
orgqr!(qr_result)

Q = qr_result.Q # 上書きされたqr_resultからQを取り出す (この時点では、qr_result.QはQ行列そのもの)

# または、以下のように、より直接的にQを取得することも可能
Q_direct = Matrix(qr_result.Q)

println("Q行列:\n", Q)
println("直接的に取得したQ行列:\n", Q_direct)

R = qr_result.R # Rは上書きされない

println("R行列:\n", R)

A_reconstructed = Q * R # QとRを掛け合わせて元の行列を復元
println("復元された行列:\n", A_reconstructed)

  • Matrix()関数
    qr_result.QQRCompactWY型であり、直接行列として使用するには Matrix() 関数で変換する必要があります。ただし、orgqr!qr_resultが上書きされた後は、qr_result.Q自体がQ行列を表すため、Matrix()変換は不要です。
  • qr関数との組み合わせ
    通常、qr()関数でQR分解を行い、その結果をorgqr!()に渡してQ行列を計算します。
  • 効率性
    大きな行列に対してQ全体をメモリに保持する必要がないため、メモリ効率が良いです。
  • 破壊的関数
    orgqr!() は引数の内容を上書きします。 元のQRオブジェクトを変更したくない場合は、コピーを作成してから渡す必要があります。


よくあるエラーと原因

    • 原因
      orgqr!() に渡す引数が QR 型のオブジェクトでない場合に発生します。例えば、QR分解を行っていない行列や、QR分解の結果を格納していない変数を渡してしまうとこのエラーが出ます。
    • 解決策
      qr() 関数を使ってQR分解を行い、その結果を orgqr!() に渡してください。
    using LinearAlgebra
    
    A = rand(5, 3)
    qr_result = qr(A)  # QR分解を行う
    orgqr!(qr_result) # 正しい使い方
    
  1. DimensionMismatch

    • 原因
      QR分解した行列の次元と、orgqr!() でQ行列を生成しようとする際の次元が一致しない場合に起こります。 通常は起こりませんが、qr_resultを操作した後などに発生する可能性があります。
    • 解決策
      QR分解した行列の次元を再度確認し、orgqr!() の使用方法が正しいか確認してください。
  2. MethodError

    • 原因
      orgqr!() の呼び出し方が間違っている場合に発生します。例えば、引数の数が足りない、または多すぎる場合、引数の型が間違っている場合などが考えられます。
    • 解決策
      orgqr!() のドキュメントを確認し、正しい引数の数と型、そして呼び出し方を確認してください。Juliaのヘルプモード (? orgqr!) でドキュメントを表示できます。
  3. SingularException (QR分解時)

    • 原因
      QR分解を行う行列が特異行列(正方行列で逆行列を持たない行列)である場合、qr() 関数で SingularException が発生することがあります。この場合、orgqr!() を呼び出す前に例外がスローされるため、そもそもorgqr!()自体が実行されません。
    • 解決策
      特異行列の場合、QR分解は安定的に計算できない場合があります。特異値分解(SVD)など、他の分解方法を検討してください。

トラブルシューティングのヒント

  1. Juliaのヘルプ機能
    ? orgqr! と入力することで、orgqr!() のドキュメントを表示できます。引数の型や返り値、具体的な使用例などが記載されているので、まずはこちらを確認しましょう。

  2. typeof() 関数
    変数の型を確認するために typeof(variable_name) を使用します。これにより、orgqr!() に渡す引数が正しい型 (QR) であるか確認できます。

  3. @show マクロ
    変数の値を表示するために @show variable_name を使用します。これにより、QR分解の結果や、orgqr!() の実行前後の変数の状態を確認できます。

  4. デバッガー
    Juliaのデバッガーを使用すると、コードの実行をステップごとに確認できます。変数の値を監視したり、エラーが発生した箇所を特定したりするのに役立ちます。

  5. 最小限の再現可能な例
    エラーが発生した場合、できるだけ小さなコードでエラーを再現できる例を作成しましょう。これにより、問題の箇所を特定しやすくなります。

例: ArgumentError の解決

using LinearAlgebra

A = rand(5, 3)

# 間違った例: Aを直接渡す
# orgqr!(A)  # これはエラーになる

# 正しい例: qr()でQR分解してから渡す
qr_result = qr(A)
orgqr!(qr_result)

Q = Matrix(qr_result.Q) # orgqr!で上書きされたqr_resultからQを取り出す
R = qr_result.R

println("Q行列:\n", Q)
println("R行列:\n", R)



例1: 基本的な使い方

using LinearAlgebra

# 5x3の行列Aを作成
A = rand(5, 3)

# QR分解を実行
qr_result = qr(A)

# orgqr!() を使ってQ行列を計算 (qr_resultを上書き)
orgqr!(qr_result)

# Q行列とR行列を取得 (qr_resultはorgqr!で上書きされている)
Q = qr_result.Q # または Matrix(qr_result.Q)
R = qr_result.R

# 結果を表示
println("Q行列:\n", Q)
println("R行列:\n", R)

# Aを復元できるか確認
A_reconstructed = Q * R
println("復元されたA行列:\n", A_reconstructed)

# 元のA行列と復元されたA行列がほぼ等しいか確認 (浮動小数点数の誤差を考慮)
@assert isapprox(A, A_reconstructed)

この例では、まずランダムな5x3行列 A を作成し、qr() 関数でQR分解を行います。次に、orgqr!() 関数を使って分解結果 qr_result に格納されている情報を基にQ行列を計算し、qr_result を上書きします。その後、qr_result からQ行列とR行列を取得し、それらを使って元の行列 A を復元できることを確認しています。@assert マクロは、条件が真でない場合にエラーを発生させます。

例2: Matrix() を使ってQ行列を明示的に変換

using LinearAlgebra

A = rand(4, 4)
qr_result = qr(A)

# orgqr!を呼び出す前に、Matrix()でQを取得しようとするとエラー
# Q_before = Matrix(qr_result.Q) # これはエラーになることが多い

orgqr!(qr_result) # qr_resultを上書き

Q = qr_result.Q # orgqr!の後は、qr_result.QはQ行列そのものを表す
# Q = Matrix(qr_result.Q) # Matrix()変換は不要

R = qr_result.R

println("Q行列:\n", Q)
println("R行列:\n", R)

A_reconstructed = Q * R
@assert isapprox(A, A_reconstructed)

この例では、orgqr!() を呼び出す前と後で qr_result.Q の型が変化することを示しています。orgqr! 呼び出し前は qr_result.QQRCompactWY 型であり、直接 Matrix() で変換しようとすると、意図しない結果になることがあります。orgqr! 呼び出し後は、qr_result.Q は Q行列そのものを表すため、Matrix() 変換は不要になります。

例3: コピーを使って元のQR分解結果を保持

using LinearAlgebra

A = rand(3, 3)
qr_result = qr(A)

# qr_resultのコピーを作成
qr_copy = deepcopy(qr_result)

# コピーを使ってQ行列を計算 (元のqr_resultは変更されない)
orgqr!(qr_copy)

Q = qr_copy.Q
R = qr_result.R # 元のQR分解結果からRを取得

println("Q行列 (コピーから):\n", Q)
println("R行列 (オリジナルから):\n", R)

A_reconstructed = Q * R
@assert isapprox(A, A_reconstructed)

# 元のqr_resultは変更されていないことを確認
println("元のQR分解結果:\n", qr_result)

この例では、deepcopy() 関数を使って qr_result のコピーを作成し、コピーに対して orgqr!() を実行しています。これにより、元の qr_result は変更されずに保持されます。これは、元のQR分解の結果を後で別の計算に使用する場合に便利です。

using LinearAlgebra

A = rand(4, 2)  # 特異値分解が有効な例

# QR分解
qr_result = qr(A)
orgqr!(qr_result)
Q_qr = qr_result.Q
R_qr = qr_result.R

# 特異値分解
U, S, V = svd(A)
Q_svd = U
S_matrix = diagm(S) # 対角行列に変換
R_svd = V' # Vは転置を取る必要がある

println("QR分解のQ:\n", Q_qr)
println("SVDのQ:\n", Q_svd)

println("QR分解のR:\n", R_qr)
println("SVDのS*V':\n", S_matrix * R_svd)


A_reconstructed_qr = Q_qr * R_qr
A_reconstructed_svd = Q_svd * S_matrix * R_svd

@assert isapprox(A, A_reconstructed_qr)
@assert isapprox(A, A_reconstructed_svd)


qr() 関数で直接Q行列を取得する

最も簡単な方法は、qr() 関数を呼び出す際に、Q行列を直接計算するように指示することです。qr() 関数は、デフォルトではQ行列をコンパクトな形で内部に保持していますが、Q という名前付き引数を使うことで、Q行列を明示的に計算できます。

using LinearAlgebra

A = rand(5, 3)
Q, R = qr(A, Q=true) # Q=true でQ行列を計算

println("Q行列:\n", Q)
println("R行列:\n", R)

A_reconstructed = Q * R
@assert isapprox(A, A_reconstructed)

# qr_result = qr(A)
# orgqr!(qr_result)
# Q = qr_result.Q  # orgqr!を使う場合

この方法では、orgqr!() を別途呼び出す必要はありません。qr() 関数内でQ行列が計算されるため、コードが簡潔になります。ただし、大きな行列の場合、Q=true を指定するとメモリ使用量が増加する可能性があります。

Matrix(qr_result.Q) でQ行列を変換する

qr() 関数で得られた QR オブジェクトの Q フィールドは、QRCompactWY 型という特殊な形式でQ行列を保持しています。Matrix() 関数を使うことで、この形式から通常の行列型に変換できます。

using LinearAlgebra

A = rand(5, 3)
qr_result = qr(A)

Q = Matrix(qr_result.Q) # Matrix()でQ行列に変換

R = qr_result.R

println("Q行列:\n", Q)
println("R行列:\n", R)

A_reconstructed = Q * R
@assert isapprox(A, A_reconstructed)

# orgqr!(qr_result)  # orgqr!を使う場合
# Q = qr_result.Q

この方法は、orgqr!() を使う場合と似ていますが、qr_result を上書きしない点が異なります。qr_result の内容を保持しておきたい場合に有効です。ただし、Matrix() による変換には計算コストがかかるため、大きな行列の場合は orgqr!() の方が効率的な場合があります。

QR分解を必要としない場合

そもそもQ行列だけが必要で、R行列を必要としない場合は、QR分解自体が不要な場合があります。例えば、特定の線形変換を行いたいだけであれば、Q行列を直接構築する方が効率的な場合があります。

# 例: 回転行列を直接作成
function rotation_matrix(theta)
    return [cos(theta) -sin(theta); sin(theta) cos(theta)]
end

theta = π/4
Q = rotation_matrix(theta)

# Qを使った計算
v = [1.0, 0.0]
v_rotated = Q * v

println("回転行列Q:\n", Q)
println("回転後のベクトル:\n", v_rotated)

LAPACKの関数を直接呼び出す (高度な使い方)

Juliaの LinearAlgebra パッケージは、内部でLAPACKという数値計算ライブラリを使用しています。orgqr!() もLAPACKの関数をJuliaから呼び出しています。もし、より細かい制御が必要な場合は、LAPACKの関数を直接呼び出すことも可能です。ただし、LAPACKの関数はC言語ベースであるため、Juliaから呼び出すにはいくつかの手続きが必要になります。また、エラー処理なども自分で行う必要があります。この方法は高度な知識が必要となるため、特別な理由がない限りは LinearAlgebra パッケージの関数を使うことを推奨します。

  • 高度な制御が必要な場合
    LAPACKの関数を直接呼び出すことを検討してください (ただし推奨されません)。
  • QR分解自体が不要な場合
    Q行列を直接構築することを検討してください。
  • Qだけが必要な場合
    qr(A, Q=true) が最も簡単です。大きな行列でメモリ使用量が気になる場合は、qr() + orgqr!() を検討してください。
  • QとRの両方が必要な場合
    qr() 関数をそのまま使うか、qr() + orgqr!() が一般的です。