Juliaのorgql!():QL分解のQ行列生成でよくあるエラーと対策
orgql!()
関数は、LAPACK (Linear Algebra PACKage) のルーチンをJuliaから呼び出すもので、QR分解の結果として得られるQ行列(直交行列)を生成するために使用されます。 特に、QL分解の結果からQ行列を生成する際に使われます。
QL分解とは、行列 A を A = QL の形に分解するもので、Qは直交行列、Lは下三角行列です。 orgql!()
は、このQL分解によって得られた情報を基に、Q行列を効率的に生成します。
orgql!(A, τ) の引数
τ
:ql!(A)
で計算された Householder reflectors を表すベクトルです。これもql!
の結果として得られます。A
: QL分解の結果が格納されている行列です。 具体的には、ql!(A)
などで得られた下三角部分と、Q行列の情報を格納する部分(通常は元のAの対応する部分)を含んだ行列です。元の行列Aそのものではなく、ql!
の結果が格納された行列であることに注意してください。
orgql!() の動作
orgql!()
関数は、ql!(A)
で計算された Householder reflectors (τ
) を使って、行列 A
に格納された情報から直交行列 Q を再構成します。 この処理は、A
の内容を上書きする形で行われます (in-place)。つまり、関数実行後、A
にはQ行列が格納されます。
戻り値
orgql!()
は、A
(つまり、Q行列) を返します。
using LinearAlgebra
A = rand(3, 3) # 例として3x3のランダムな行列を作成
F = ql!(A) # AをQL分解
Q = orgql!(F.Q, F.τ) # QL分解の結果からQ行列を生成
println("元の行列 A:\n", A)
println("\nQL分解の結果 F:\n", F)
println("\n生成された直交行列 Q:\n", Q)
# 検算: Q*L (LはF.Lで取得可能) が元のAと等しくなるはず
L = F.L
println("\nQ*L:\n", Q * L)
よくあるエラーと原因、そしてその対処法
-
- 原因
orgql!()
に渡す引数の型や次元が正しくない場合に発生します。特に、A
はql!()
の結果が格納された行列である必要があります。元の行列A
を直接渡してしまうと、このエラーが発生します。また、τ
はql!()
で計算された Householder reflectors のベクトルである必要があります。 - 対処法
ql!(A)
を実行し、その結果 (F
など) をorgql!(F.Q, F.τ)
のように渡してください。 元の行列A
を直接orgql!()
に渡さないでください。F.Q
とF.τ
がql!(A)
の結果から正しく取得できているか確認してください。- 引数の次元が一致しているか確認してください。
A
は正方行列である必要はありませんが、τ
の長さはmin(m, n)
(m:A
の行数、n:A
の列数) である必要があります。
- 原因
-
DimensionMismatch (次元の不一致)
- 原因
A
の次元とτ
の長さが一致しない場合に発生します。 - 対処法
τ
の長さがmin(m, n)
であることを確認してください。通常はql!(A)
の結果から取得したF.τ
をそのまま使えばこのエラーは起こりません。
- 原因
-
LinearAlgebra.LAPACK.orgql! の結果が期待通りでない
- 原因
数値計算上の誤差や、ql!()
の結果が正しくない可能性があります。 - 対処法
ql!()
が正しく実行されているか確認してください。Q * L
(LはF.L
で取得可能) を計算し、元の行列A
と比較して、QL分解が正しく行われているか検証してください。- 行列の条件数 (condition number) が非常に大きい場合、数値計算誤差が大きくなる可能性があります。 必要に応じて、より安定したアルゴリズムの使用を検討してください。
- 原因
トラブルシューティングのヒント
- ドキュメント
Julia のドキュメントや LAPACK のマニュアルを参照して、関数の正しい使い方や引数の意味を確認してください。 - @show マクロ
A
、τ
、F
の内容を@show
マクロで表示し、値や型が期待通りであるか確認してください。
例
using LinearAlgebra
A = rand(3, 3)
F = ql!(A)
# 間違った例: 元の行列Aを直接渡す
# Q = orgql!(A, F.τ) # これはエラーになる
# 正しい例: ql!の結果を使う
Q = orgql!(F.Q, F.τ)
# 検算
L = F.L
println("A:\n", A)
println("Q:\n", Q)
println("L:\n", L)
println("Q*L:\n", Q*L)
# エラーチェックの例
if norm(A - Q*L) > 1e-10 # 許容誤差範囲内で一致するか確認
println("QL分解の結果が正しくありません")
end
例1: 基本的な使用例
using LinearAlgebra
# 3x3のランダムな行列を作成
A = rand(3, 3)
# AをQL分解
F = ql!(A)
# QL分解の結果から直交行列Qを生成
Q = orgql!(F.Q, F.τ)
# 下三角行列Lを取得
L = F.L
# 結果の確認
println("元の行列 A:\n", A)
println("\n直交行列 Q:\n", Q)
println("\n下三角行列 L:\n", L)
# 検算: Q*Lが元のAに等しくなることを確認
println("\nQ * L:\n", Q * L)
# 誤差を確認
error = norm(A - Q * L)
println("\n誤差: ", error)
# 許容誤差範囲内で一致するか確認
if error < 1e-10
println("\nQL分解は正しく行われました。")
else
println("\nQL分解に誤差があります。")
end
この例では、まずランダムな3x3行列 A
を作成し、ql!(A)
でQL分解を行います。 ql!()
は、QL分解の結果を F
(Factorizationの略) という構造体に格納します。 F.Q
にはQ行列の情報の一部が、F.L
にはL行列が、そして F.τ
にはHouseholder reflectorsの情報が格納されています。
orgql!(F.Q, F.τ)
を用いて、F.Q
と F.τ
から直交行列 Q
を生成します。 その後、Q * L
を計算し、元の行列 A
と比較することで、QL分解が正しく行われたかを検証しています。
例2: orgql!
の in-place 性
using LinearAlgebra
A = rand(3, 3)
F = ql!(A)
# orgql! は A (F.Q) を上書きする
Q = orgql!(F.Q, F.τ) # Qには上書きされたF.Q (つまりQ) への参照が入る
println("F.Q (orgql! 実行後):\n", F.Q) # F.Qの内容が変化していることを確認
println("\nQ:\n", Q) # QはF.Qを参照しているため、同じ値が出力される
A = rand(3,3)
F = ql!(A)
Q_copy = copy(F.Q) # F.Qのコピーを作成
Q = orgql!(Q_copy, F.τ) # コピーに対してorgql!を実行
println("Q_copy (orgql! 実行後):\n", Q_copy) # Q_copyの内容が変化していることを確認
println("\nF.Q (orgql! 実行前):\n", F.Q) # F.Qの内容は変化していないことを確認
println("\nQ:\n", Q) # QにはQ_copyの内容が格納されている
orgql!
は第一引数の行列を in-place で変更します。つまり、orgql!
の実行後、第一引数に渡した行列の内容がQ行列に置き換わります。上の例では、F.Q
が orgql!
によって直接変更されることが示されています。F.Q
のコピーを作成し、コピーに対してorgql!
を実行することで、元のF.Q
が変更されないことを確認できます。
using LinearAlgebra
A = rand(3, 3)
F = ql!(A)
Q = Matrix(I, size(A, 1), size(A, 1)) # 単位行列を作成
for i in 1:min(size(A)...)
Q = Q * HouseholderQ(F.τ[i], F.Q[i:end, i]) # Householder変換を順に適用
end
println("Q (orgql!なしで生成):\n", Q)
Q_orgql = orgql!(F.Q, F.τ)
println("Q (orgql!で生成):\n", Q_orgql)
println("二つのQの差:\n", norm(Q - Q_orgql)) # ほぼ0になるはず
qr!() と Matrix() の組み合わせ (QR分解)
QL分解ではなくQR分解を利用する方法です。QR分解の結果からQ行列を直接取得できます。
using LinearAlgebra
A = rand(3, 3)
F = qr!(A) # QR分解を実行
Q = Matrix(F.Q) # F.QはQR分解のQを保持する特殊な型なのでMatrix()で通常の行列に変換
# または
Q = F.Q * I(size(A,1)) # F.Qを単位行列に掛けることでも通常の行列に変換可能
println("Q (QR分解由来):\n", Q)
# 検算 (A ≈ QR)
R = F.R
println("\nR:\n", R)
println("\nQ*R:\n", Q*R)
この方法では、qr!()
でQR分解を行い、その結果の F.Q
を Matrix()
で通常の行列に変換することでQ行列を取得します。 QR分解は A = QR の形に分解するもので、Qは直交行列、Rは上三角行列です。 QL分解と似ていますが、Lが下三角行列である点が異なります。
eigen() (固有値分解)
行列が正方行列の場合、固有値分解を利用してQ行列を生成することも可能です。ただし、これは計算コストが高く、QR分解やQL分解に比べて効率的ではありません。また、一般の行列に対しては利用できません。
using LinearAlgebra
A = rand(3, 3) # 正方行列であること
F = eigen(A)
Q = F.vectors # 固有ベクトルがQ行列になる
println("Q (固有値分解由来):\n", Q)
# 検算 (A*Q ≈ Q*D, Dは対角行列)
D = F.values # 固有値
println("\nD:\n", D)
println("\nA*Q:\n", A*Q)
println("\nQ*diagm(D):\n", Q*diagm(D))
eigen()
関数は、行列の固有値と固有ベクトルを計算します。 正方行列の場合、固有ベクトルを並べた行列が直交行列(ユニタリ行列)となり、これをQ行列として利用できます。
手動でのHouseholder変換の適用 (非効率)
Householder変換を一つずつ適用していくことでQ行列を生成することも可能ですが、これは非常に非効率であり、実用的な方法ではありません。 orgql!()
や qr!()
が内部で Householder 変換を利用しているため、直接 Householder 変換を実装する必要は通常ありません。
他のライブラリの利用
Juliaの他の線形代数ライブラリ (例えば、別のパッケージ) に、QL分解やQ行列生成の関数が含まれている可能性があります。 しかし、LinearAlgebra
パッケージの orgql!()
は、LAPACKのルーチンを効率的に利用しているため、通常はこれを使うのが最も良い選択です。