Juliaのgglse!()をマスター!実践的なプログラミング例と解説
一般化線形最小二乗問題 (Generalized Linear Least Squares Estimate, GGLSE)
GGLSEは、以下のような制約付き線形最小二乗問題を解くものです。
minimize ||c - Ax||₂
subject to Dx = e
ここで、
||.||₂
はユークリッドノルム(2ノルム)x
は解くべき長さn
のベクトルe
は長さp
のベクトルc
は長さm
のベクトルD
はp × n
の行列A
はm × n
の行列
つまり、Dx = e
という線形制約条件を満たしながら、Ax
が c
に最も近づくような x
を求める問題です。
LinearAlgebra.LAPACK.gglse!()
の使い方と引数
LinearAlgebra.LAPACK.gglse!()
関数は、以下の形式で使用します。
gglse!(A, c, D, e)
引数の意味は以下の通りです。
- 戻り値:
x
(解ベクトル) e
: 長さp
のベクトル(入力)。D
:p × n
の行列(入力と出力)。関数実行後、D
は変更されます。c
: 長さm
のベクトル(入力と出力)。関数実行後、c
は残差ベクトルに置き換えられます。A
:m × n
の行列(入力と出力)。関数実行後、A
は変更されます。
重要な点
gglse!()
関数は、一般的に、制約条件付きの最小二乗問題を解く必要のある、統計、最適化、制御理論などの分野で使用されます。- 制約条件
Dx = e
が満たされない場合、または問題が劣決定である場合、結果は数値的に不安定になる可能性があります。 - この関数は、LAPACKルーチンを直接呼び出すため、高速に動作します。
gglse!()
は破壊的関数です。つまり、入力として与えられた行列A
とD
、およびベクトルc
の内容が関数実行後に変更されます。
例
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
c = [5.0, 6.0]
D = [1.0 1.0]
e = [3.0]
x = gglse!(A, c, D, e)
println("解 x: ", x)
println("残差ベクトル c: ", c)
この例では、A
, c
, D
, e
を与えて gglse!()
を実行し、解 x
と残差ベクトル c
を出力しています。
よくあるエラーとトラブルシューティング
-
- エラー
DimensionMismatch("A has dimensions ... but c has dimensions ...")
のようなエラーメッセージ。 - 原因
行列A
、D
、ベクトルc
、e
の次元が、一般化線形最小二乗問題の定義と一致していない。 - 解決策
A
はm × n
、c
は長さm
、D
はp × n
、e
は長さp
であることを確認してください。- 行列とベクトルの次元を再度確認し、必要に応じて修正してください。
size()
関数でそれぞれの行列やベクトルの次元を確認しましょう。
- エラー
-
特異な行列 (Singular Matrix)
- エラー
LAPACKルーチンがエラーコードを返す(例:ランク落ち)。 - 原因
行列A
またはD
が特異であるか、ランク落ちしている。つまり、線形独立な行または列が不足している。 - 解決策
- 行列
A
とD
の条件数を調べ、特異性に近いかどうかを確認してください。 - 制約条件
Dx = e
が冗長でないか確認してください。 - 正則化(regularization)を検討してください(例:リッジ回帰)。
- 行列のランクを確認するには、
rank()
関数を使用します。
- 行列
- エラー
-
数値的な不安定性 (Numerical Instability)
- エラー
結果が期待値から大きくずれる、またはNaNやInfを含む。 - 原因
- 行列
A
またはD
の条件数が非常に大きい(悪条件)。 - 数値計算上の誤差が蓄積する。
- 制約条件が満たされない。
- 行列
- 解決策
- 行列のスケーリングを検討してください。
- より安定した数値計算アルゴリズムを検討してください(例:QR分解)。
- 入力データの精度を確認してください。
- 制約条件が満たされているか、確認してください。
- エラー
-
制約条件の不整合 (Inconsistent Constraints)
- エラー
解が存在しない、または結果が意味をなさない。 - 原因
制約条件Dx = e
が互いに矛盾している。 - 解決策
- 制約条件を再度確認し、矛盾がないか確認してください。
- 制約条件の数を減らすか、緩和することを検討してください。
D
行列の行の線形独立性を確認してください。
- エラー
-
破壊的関数による予期せぬ変更 (Unexpected Changes due to In-place Modification)
- エラー
元の行列やベクトルが変更されてしまい、以降の計算に影響が出る。 - 原因
gglse!()
は破壊的関数であるため、入力引数が直接変更されます。 - 解決策
- 必要に応じて、入力引数のコピーを作成してから
gglse!()
を呼び出してください(例:A_copy = copy(A)
)。 - 関数の破壊的な性質を理解し、コードの設計に組み込んでください。
- 必要に応じて、入力引数のコピーを作成してから
- エラー
-
LAPACKのエラーコード (LAPACK Error Codes)
- エラー
LAPACKルーチンが特定のエラーコードを返す。 - 原因
LAPACKのドキュメントを参照して、エラーコードの意味を理解してください。 - 解決策
- LAPACKのエラーコードに基づいて、問題の原因を特定し、適切な対策を講じてください。
- LAPACKドキュメントや、LAPACKのエラーコードに関する情報を検索してください。
- エラー
トラブルシューティングの一般的なヒント
- 行列やベクトルの値を
println()
等で確認する。 - Juliaのドキュメントやオンラインコミュニティで情報を検索してください。
- デバッガを使用して、コードの実行をステップごとに追跡してください。
- 簡単なテストケースを作成し、問題の再現性を確認してください。
- エラーメッセージをよく読んで、問題の原因を特定してください。
例1: 基本的なGGLSEの解法
using LinearAlgebra
# 問題設定
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0; 5.0 6.0]
c = [7.0, 8.0, 9.0]
D = [1.0 1.0]
e = [3.0]
# GGLSEを解く
x = gglse!(copy(A), copy(c), copy(D), e) # コピーを作成して破壊的な変更を防ぐ
# 結果の表示
println("解 x: ", x)
println("残差ベクトル c: ", c) # gglse!実行後のcには残差が入る。
# 元の行列とベクトルの確認
println("元のA: ", A)
println("元のc: ", c)
println("元のD: ", D)
説明
A
,c
,D
,e
を問題設定として定義します。gglse!(copy(A), copy(c), copy(D), e)
を呼び出してGGLSEを解きます。copy()
を使用して、元の行列とベクトルが変更されないようにします。- 解
x
と残差ベクトルc
を表示します。 - 元の行列とベクトルを表示して、
gglse!()
が破壊的関数であることを確認します。
例2: 劣決定問題 (Underdetermined System)
using LinearAlgebra
# 劣決定問題の設定 (制約条件よりも未知数が多い)
A = [1.0 2.0 3.0; 4.0 5.0 6.0]
c = [7.0, 8.0]
D = [1.0 1.0 1.0]
e = [5.0]
# GGLSEを解く
x = gglse!(copy(A), copy(c), copy(D), e)
# 結果の表示
println("解 x: ", x)
println("残差ベクトル c: ", c)
説明
- 未知数(
x
の要素数)が制約条件の数よりも多い劣決定問題を定義します。 gglse!()
を呼び出して解を求めます。劣決定問題では、複数の解が存在する可能性があります。- 求まった解
x
と残差ベクトルc
を表示します。
例3: 制約条件の確認
using LinearAlgebra
# 問題設定
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0]
c = [5.0, 6.0]
D = [1.0 1.0; 2.0 2.0] # 冗長な制約条件
e = [3.0, 6.0]
# GGLSEを解く
x = gglse!(copy(A), copy(c), copy(D), e)
# 制約条件の確認
println("Dx - e: ", D * x - e) # ほぼ0になるはず
# 結果の表示
println("解 x: ", x)
println("残差ベクトル c: ", c)
説明
- 冗長な制約条件
D
とe
を設定します。 gglse!()
を呼び出して解を求めます。D * x - e
を計算して、解x
が制約条件を満たしているか確認します。- 解
x
と残差ベクトルc
を表示します。
例4: エラー処理
using LinearAlgebra
# エラーが発生する可能性のある問題設定
A = [1.0 2.0; 2.0 4.0] # 特異なA
c = [5.0, 6.0]
D = [1.0 1.0]
e = [3.0]
try
x = gglse!(copy(A), copy(c), copy(D), e)
println("解 x: ", x)
println("残差ベクトル c: ", c)
catch err
println("エラーが発生しました: ", err)
end
- 特異な行列
A
を設定し、エラーが発生する可能性のある問題を定義します。 try-catch
ブロックを使用して、エラーを捕捉し、エラーメッセージを表示します。- エラーが発生しない場合は、解
x
と残差ベクトルc
を表示します。
最小二乗問題の直接解法 (\ 演算子)
制約条件がない場合、つまり D
と e
がない場合、単純な最小二乗問題はバックスラッシュ演算子 \
で直接解くことができます。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0; 5.0 6.0]
c = [7.0, 8.0, 9.0]
x = A \ c # 最小二乗解
println("解 x: ", x)
説明
- 内部的には、QR分解やSVDなどの安定した数値計算アルゴリズムが使用されます。
- 制約条件がない場合に適しています。
A \ c
は、Ax ≈ c
を最小二乗の意味で解きます。
制約付き最小二乗問題の最適化パッケージ (Optim.jl, JuMP.jl)
より複雑な制約条件や、非線形な制約条件がある場合、最適化パッケージを使用するのが一般的です。
- JuMP.jl
数理最適化モデリング言語で、線形計画、二次計画、混合整数計画などの問題を記述し、さまざまなソルバーで解くことができます。 - Optim.jl
汎用的な最適化パッケージで、さまざまな最適化アルゴリズムを提供します。
例 (JuMP.jl を使用した線形制約付き最小二乗問題)
using JuMP, LinearAlgebra, Ipopt # Ipoptは制約付き最適化ソルバー
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0; 5.0 6.0]
c = [7.0, 8.0, 9.0]
D = [1.0 1.0]
e = [3.0]
model = Model(Ipopt.Optimizer) # Ipoptソルバーを使用
@variable(model, x[1:2]) # 変数xを定義
@objective(model, Min, sum((c - A * x).^2)) # 目的関数(最小二乗)を定義
@constraint(model, D * x .== e) # 制約条件を定義
optimize!(model) # 最適化を実行
x_opt = value.(x) # 最適解を取得
println("解 x: ", x_opt)
説明
JuMP
とIpopt
を使用して、最適化モデルを構築します。- 変数
x
を定義し、目的関数(最小二乗)と制約条件を定義します。 optimize!()
を呼び出して最適化を実行します。value.(x)
で最適解x_opt
を取得します。
QR分解 (qr())
QR分解は、行列を直交行列 Q
と上三角行列 R
に分解する手法です。これを応用して、最小二乗問題を解くことができます。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0; 5.0 6.0]
c = [7.0, 8.0, 9.0]
Q, R = qr(A)
x = R \ (Q' * c) # QR分解を用いた最小二乗解
println("解 x: ", x)
説明
qr(A)
でA
をQR分解します。R \ (Q' * c)
で最小二乗解を求めます。- QR分解は、数値的に安定した解法です。
SVD分解 (svd())
SVD分解は、行列を特異値分解する手法です。これも最小二乗問題の解法として使用できます。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0; 5.0 6.0]
c = [7.0, 8.0, 9.0]
U, S, V = svd(A)
x = V * Diagonal(1 ./ S) * U' * c # SVD分解を用いた最小二乗解
println("解 x: ", x)
説明
svd(A)
でA
をSVD分解します。- 特異値
S
を用いて最小二乗解を求めます。 - SVD分解は、特異な行列に対しても安定した解を提供します。
正規方程式 (A' * A * x = A' * c)
最小二乗問題は、正規方程式を解くことでも解けます。ただし、A' * A
の条件数が大きくなる可能性があり、数値的に不安定になることがあります。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0; 3.0 4.0; 5.0 6.0]
c = [7.0, 8.0, 9.0]
x = (A' * A) \ (A' * c) # 正規方程式による最小二乗解
println("解 x: ", x)
- 正規方程式
A' * A * x = A' * c
を構築します。 - バックスラッシュ演算子
\
で正規方程式を解きます。 - 数値的な安定性に注意が必要です。
- 正規方程式は、単純ですが数値的な安定性に注意が必要です。
- QR分解やSVD分解は、数値的に安定した解法を提供します。
- 複雑な制約条件がある場合は、最適化パッケージ (
Optim.jl
,JuMP.jl
) が適しています。 - 制約条件がない単純な最小二乗問題には、バックスラッシュ演算子
\
が便利です。