Julia エンジニア必見!LAPACK gelqf!() を使いこなすためのヒントとテクニック
LinearAlgebra.LAPACK.gelqf!()
は、LAPACK(Linear Algebra PACKage)のルーチンである gelqf
を直接呼び出す関数です。これは、与えられた行列の LQ分解(またはQL分解)を、元の行列を上書きする形(in-place) で計算します。
LQ分解とは?
行列 (A) のLQ分解とは、(A) を以下のような行列の積に分解することです。
A=LQ
ここで、
- (Q) は (n \times n) のユニタリ行列(unitary matrix、実数の場合は直交行列 orthogonal matrix)です。
- (L) は (m \times \min(m, n)) の下三角行列(lower triangular matrix)です。もし (m \le n) ならば、(L) は (m \times m) の下三角行列になります。
LinearAlgebra.LAPACK.gelqf!() の役割と特徴
-
LQ分解の計算
主な役割は、入力された行列のLQ分解を計算することです。 -
in-place演算 (!)
関数名の末尾に!
が付いているのが特徴です。これは、この関数が入力として与えられた行列A
の内容を直接変更(上書き) することを意味します。計算結果の一部(下三角部分とハウスホルダー変換に必要な情報)が元の行列A
に格納されます。 -
LAPACKへの直接アクセス
JuliaのLinearAlgebra
モジュールは、高性能な数値計算ライブラリであるLAPACKの機能を利用しています。gelqf!
は、そのLAPACKのdgelqf
(倍精度実数型の場合)やzgelqf
(倍精度複素数型の場合)などのルーチンを直接呼び出しています。これにより、効率的で安定した数値計算が可能です。 -
戻り値
gelqf!()
関数は、以下の2つの値を返します。- A (変更後)
LQ分解の結果に関する情報が格納された行列です。具体的には、下三角行列 (L) の対角成分と対角より下の成分、そしてユニタリ行列 (Q) を生成するために必要なハウスホルダー変換の情報が格納されています。 - τ (タウ)
長さ (\min(m, n)) のベクトルで、ハウスホルダー変換を定義するスカラー値が格納されています。
- A (変更後)
LQ分解の利用
LQ分解は、以下のような場面で利用されます。
- 特異値分解(SVD)の前処理
SVDの計算において、行列をより扱いやすい形に変換するためにLQ分解が用いられることがあります。 - 直交基底の計算
(Q) の列ベクトルは直交基底を形成するため、部分空間の直交基底を求めたい場合に利用できます。 - 線形最小二乗問題の解決
特に、過決定(方程式の数が多い)な線形システムの最小二乗解を求める際に役立ちます。
使用例 (Julia)
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0 3.0;
4.0 5.0 6.0]
m, n = size(A)
tau = zeros(min(m, n))
# A を上書きする形で LQ 分解を計算
LQ = LinearAlgebra.LAPACK.gelqf!(A, tau)
println("変更後の A (L の一部とハウスホルダー情報):")
println(LQ.A)
println("\nハウスホルダー係数 τ:")
println(LQ.tau)
# Q を再構成する方法 (LinearAlgebra.lq のドキュメントなどを参照)
# L を取り出す方法 (変更後の A から)
上記の例では、gelqf!
関数に元の行列 A
と、ハウスホルダー係数を格納するためのベクトル tau
を渡しています。関数実行後、A
の内容がLQ分解に関する情報で上書きされ、tau
にハウスホルダー係数が格納されます。
gelqf!
は、メモリ割り当てを最小限に抑えたい場合や、LAPACKの機能をより直接的に利用したい場合に有用です。- Juliaの標準ライブラリには、
lq
関数があり、これはgelqf!
を内部的に利用してLQ分解を計算し、(L) と (Q) を明示的に返します。通常はlq
関数を使う方が便利かもしれません。
よくあるエラーとトラブルシューティング
-
- エラー
MethodError
が発生し、「no method matching gelqf!(...)」のようなメッセージが表示される。 - 原因
gelqf!()
は、引数としてAbstractMatrix{<:BlasFloat}
型の行列と、適切な長さのAbstractVector{<:BlasFloat}
型のベクトルを期待します。整数型や精度が異なる浮動小数点数型の行列を渡すとエラーになります。 - トラブルシューティング
- 入力行列
A
の要素の型を確認してください。eltype(A)
で確認できます。倍精度浮動小数点数 (Float64
) または単精度浮動小数点数 (Float32
)、あるいはそれらの複素数型である必要があります。必要であれば、float.(A)
やcomplex.(A)
などを使って型を変換してください。 - ハウスホルダー係数を格納するベクトル
tau
の型と長さが正しいか確認してください。長さはmin(size(A))
である必要があり、要素の型は行列の要素の型と一致する必要があります。zeros(eltype(A), min(size(A)))
のように初期化するのが安全です。
- 入力行列
- エラー
-
行列が正方行列でない場合の間違い
- 誤解
LQ 分解は正方行列に対してのみ可能だと誤解している。 - 事実
LQ 分解は、(m \times n) の任意のサイズの行列に対して適用可能です。結果として得られる (L) は (m \times \min(m, n)) の下三角行列(または台形行列)、(Q) は (n \times n) のユニタリ行列となります。 - トラブルシューティング
エラーメッセージは直接的には出にくいですが、分解後の行列のサイズや形状が期待通りでない場合は、LQ分解の定義を再確認してください。
- 誤解
-
インプレース演算による意図しないデータの変更
- 問題
gelqf!()
は元の行列A
を上書きします。そのため、分解前のA
の内容を保持しておきたい場合に、意図せずデータが失われてしまうことがあります。 - トラブルシューティング
- 分解前に
copy(A)
を使って行列のコピーを作成し、そのコピーに対してgelqf!()
を適用するようにしてください。 - もし分解後の
L
やQ
を明示的に取得したい場合は、LinearAlgebra.lq(A)
関数を使用することを検討してください。この関数は新しいオブジェクトとしてL
とQ
を返します。
- 分解前に
- 問題
-
LAPACK ライブラリの依存関係
- 可能性
まれに、Julia が LAPACK ライブラリに正しくリンクされていないなどの問題が発生する可能性があります。 - トラブルシューティング
- Julia の再起動を試してみてください。
using LinearAlgebra
を再度実行してみてください。- もし問題が解決しない場合は、Julia のインストールや環境設定に問題がある可能性があります。Julia の公式ドキュメントやコミュニティフォーラムで同様の問題が報告されていないか確認してみてください。
- 可能性
-
結果の解釈の誤り
- 誤解
gelqf!()
の戻り値である変更後の行列A
とtau
から、どのようにL
とQ
を再構成すれば良いか理解していない。 - トラブルシューティング
gelqf!()
のドキュメントや、LinearAlgebra.lq
関数のドキュメントをよく読んで、戻り値の構造を理解してください。- ユニタリ行列
Q
は、ハウスホルダー変換を順に適用することで暗黙的に表現されています。明示的にQ
を構成するには、LinearAlgebra.qr_Q
関数(lq
の結果に対して適用)と同様の方法を用いる必要があります。下三角行列L
の要素は、変更後のA
の下三角部分に格納されています。
- 誤解
トラブルシューティングの一般的なヒント
基本的な使用例
まず、最も基本的な gelqf!()
の使い方を示す例です。
using LinearAlgebra
# 3x2 の行列 A を定義
A = [1.0 2.0;
3.0 4.0;
5.0 6.0]
m, n = size(A)
# ハウスホルダー係数を格納するベクトル τ を初期化
tau = zeros(eltype(A), min(m, n))
# A を上書きする形で LQ 分解を計算
LQ = LinearAlgebra.LAPACK.gelqf!(A, tau)
println("変更後の A (L の一部とハウスホルダー情報):")
println(LQ.A)
println("\nハウスホルダー係数 τ:")
println(LQ.tau)
# 注意: この時点では L と Q は明示的な行列として得られていません。
# LQ.A の下三角部分が L の対角成分と対角より下の成分を含み、
# tau と LQ.A の上三角部分(と一部下三角部分)の情報を使って Q を再構成できます。
この例では、3x2 の行列 A
に対して gelqf!()
を適用しています。実行後、元の A
の内容が、LQ分解に必要な情報で上書きされます。LQ.A
の下三角部分(対角成分を含む)が下三角行列 L
の要素に対応し、LQ.A
の上三角部分と tau
の値を使ってユニタリ行列 Q
を再構成できます。
lq 関数との比較
通常、LQ 分解の結果として明示的な行列 L
と Q
が欲しい場合は、より高レベルな LinearAlgebra.lq()
関数を使う方が便利です。lq()
は内部で gelqf!()
を利用していますが、結果を扱いやすい形で返します。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0;
3.0 4.0;
5.0 6.0]
# lq 関数を使って LQ 分解を計算
LQ_fact = lq(A)
# L 行列と Q 行列を取得
L = LQ_fact.L
Q = LQ_fact.Q
println("L 行列:")
println(L)
println("\nQ 行列:")
println(Q)
# 検証: L * Q が元の A に近いか確認
println("\nL * Q:")
println(L * Q)
println("\n元の A:")
println(A)
この例では、lq(A)
を呼び出すだけで、下三角行列 L
とユニタリ行列 Q
が直接得られます。LQ_fact
は LQ
分解の結果を格納したオブジェクトであり、.L
と .Q
フィールドでそれぞれの行列にアクセスできます。
gelqf!() の結果から Q を再構成する
gelqf!()
の結果からユニタリ行列 Q
を明示的に再構成する方法を示す例です。これには、ハウスホルダー変換を順番に適用する必要があります。
using LinearAlgebra
A_orig = [1.0 2.0;
3.0 4.0;
5.0 6.0]
A = copy(A_orig) # 元の A を保持するためにコピー
m, n = size(A)
tau = zeros(eltype(A), min(m, n))
LQ = LinearAlgebra.LAPACK.gelqf!(A, tau)
# 単位行列 Q を初期化
Q = Matrix(I, n, n)
# ハウスホルダー変換を逆順に適用して Q を構成
for i = min(m, n):-1:1
vec = Vector{eltype(A)}(undef, n - i + 1)
vec[1] = 1.0
vec[2:end] = LQ.A[i, i+1:end]
H = Matrix(I, n - i + 1, n - i + 1) - tau[i] * vec * vec'
Q_temp = Matrix(I, n, n)
Q_temp[i:end, i:end] = H
Q = Q * Q_temp
end
println("再構成された Q 行列:")
println(Q)
# 検証: L を取り出す (変更後の A の下三角部分)
L = zeros(m, min(m, n))
for i = 1:min(m, n)
L[i:m, i] = LQ.A[i:m, i]
end
println("\n取り出した L 行列:")
println(L)
# 検証: L * Q が元の A に近いか確認
println("\nL * Q:")
println(L * Q)
println("\n元の A:")
println(A_orig)
この例では、gelqf!()
の結果である LQ.A
と LQ.tau
を用いて、ハウスホルダー変換を逆順に適用することでユニタリ行列 Q
を明示的に構築しています。また、変更後の A
の下三角部分から下三角行列 L
を抽出しています。
- 通常、LQ 分解の結果を直接利用する場合は、より使いやすい
LinearAlgebra.lq()
関数を使用することが推奨されます。gelqf!()
は、より低レベルな LAPACK ルーチンへの直接アクセスが必要な場合や、メモリ割り当てを細かく制御したい場合に有用です。 gelqf!()
の戻り値からL
とQ
を直接得ることはできません。L
の一部は変更後の行列に格納され、Q
はハウスホルダー変換の情報の形で暗黙的に表現されます。gelqf!()
はインプレース演算であるため、元の行列の内容が変更されます。元の行列を保持しておきたい場合は、copy()
でコピーを作成してからgelqf!()
を適用してください。
LinearAlgebra.lq() 関数
これが最も一般的で推奨される代替手段です。lq()
関数は、内部的に gelqf!()
を利用していますが、結果をより扱いやすいオブジェクトとして返します。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0;
3.0 4.0;
5.0 6.0]
# lq 関数を使って LQ 分解を計算
LQ_fact = lq(A)
# L 行列と Q 行列を取得
L = LQ_fact.L
Q = LQ_fact.Q
println("L 行列:")
println(L)
println("\nQ 行列:")
println(Q)
# LQ_fact オブジェクトには、分解に関する他の情報も含まれている場合があります。
# 例えば、ハウスホルダー変換の情報などです。
println("\nLQ 分解オブジェクト:")
println(LQ_fact)
利点
- 抽象化
低レベルの LAPACK の詳細を意識する必要がありません。 - 非破壊的
元の行列A
は変更されません。 - 使いやすさ
明示的に下三角行列L
とユニタリ行列Q
を取得できます。
LinearAlgebra.qr() 関数と転置
行列 (A) の QR 分解を計算し、その結果を転置することで、LQ 分解を得ることができます。なぜなら、(A^T = (LQ)^T = Q^T L^T) であり、(Q) がユニタリ行列(実数の場合は直交行列)なので、(Q^T = Q^{-1}) となります。したがって、(A^T) の QR 分解 (A^T = QR) が得られれば、(A = (QR)^T = R^T Q^T) となり、(L = R^T) は下三角行列(または台形行列)、(Q^T) はユニタリ行列となります。
using LinearAlgebra
A = [1.0 2.0;
3.0 4.0;
5.0 6.0]
# A の転置の QR 分解を計算
QR_fact = qr(transpose(A))
# Q 行列(転置されている)と R 行列(転置すると L になる)を取得
Q_transposed = QR_fact.Q
R = QR_fact.R
# L と Q を得る
L = transpose(R)
Q = transpose(Q_transposed)
println("L 行列:")
println(L)
println("\nQ 行列:")
println(Q)
# 検証: L * Q が元の A に近いか確認
println("\nL * Q:")
println(L * Q)
println("\n元の A:")
println(A)
利点
- 概念的な理解
QR 分解との関連性を理解するのに役立ちます。 - 既存の QR 分解機能の利用
Julia のLinearAlgebra
パッケージには、効率的なqr()
関数が用意されています。
欠点
- 転置のオーバーヘッド
行列の転置演算が必要になります。 - 間接的な方法
直接的な LQ 分解ではありません。
手動でのハウスホルダー変換の実装 (教育目的など)
LAPACK の gelqf
はハウスホルダー変換を用いて LQ 分解を計算しています。教育目的や、アルゴリズムの理解を深めたい場合には、ハウスホルダー変換を自分で実装することも可能です。
using LinearAlgebra
function my_lq(A::AbstractMatrix{T}) where {T<:AbstractFloat}
m, n = size(A)
L = zeros(T, m, min(m, n))
Q = Matrix(I, n, n)
for i = 1:min(m, n)
# i 番目の列ベクトル (i:m, i:n) を取り出す
x = copy(A[i:m, i:n]')[:, 1] # 行ベクトルとして扱い、転置して列ベクトルにする
# ハウスホルダーベクトル v と係数 τ を計算
v = copy(x)
v[1] += sign(x[1]) * norm(x)
v = v / norm(v)
τ = 2 / (v' * v)
# Q にハウスホルダー変換を適用 (右から掛ける)
H = Matrix(I, n - i + 1, n - i + 1) - τ * v * v'
Q_temp = Matrix(I, n, n)
Q_temp[i:end, i:end] = H
Q = Q * Q_temp
# A の該当部分を更新
A[i:m, i:n] = A[i:m, i:n] - (A[i:m, i:n] * v) * (τ * v')
# L の i 列目を設定
L[i:m, i] = A[i:m, i]
if i < m
L[i, i] = norm(x) * sign(x[1]) # 最初のハウスホルダー変換のノルム
else
L[i, i] = A[i, i]
end
end
return L, Q
end
A = [1.0 2.0;
3.0 4.0;
5.0 6.0]
L_manual, Q_manual = my_lq(copy(A)) # A のコピーを渡す
println("手動計算による L 行列:")
println(L_manual)
println("\n手動計算による Q 行列:")
println(Q_manual)
# 検証
println("\nL_manual * Q_manual:")
println(L_manual * Q_manual)
println("\n元の A:")
println(A)
利点
- カスタマイズの可能性
必要に応じてアルゴリズムを修正できます。 - アルゴリズムの理解
LQ 分解の内部動作を深く理解できます。
欠点
- 開発時間の増加
自分でコードを書く必要があります。 - 実装の複雑さ
LAPACK のように最適化された実装に比べて、効率が劣る可能性があります。
通常、LQ 分解を行う際には、最も簡単で安全な LinearAlgebra.lq()
関数を使用することが推奨されます。LinearAlgebra.LAPACK.gelqf!()
は、より低レベルな制御が必要な場合や、LAPACK の機能を直接利用したい場合に有用です。QR 分解と転置を用いる方法は、既存の QR 分解の機能を利用できるものの、少し間接的です。手動での実装は、教育的な目的やアルゴリズム理解のために行うのが適切でしょう。