Juliaで行列計算を高速化!BLAS.sbmv()徹底解説

2025-05-27

LinearAlgebra.BLAS.sbmv()とは何か?

LinearAlgebra.BLAS.sbmv()は、Juliaの標準ライブラリであるLinearAlgebraモジュールの一部であり、BLAS (Basic Linear Algebra Subprograms) の中のひとつであるsbmv関数を呼び出すためのものです。

BLASは、ベクトルとベクトルの演算、行列とベクトルの演算、行列と行列の演算といった基本的な線形代数演算のための標準化されたAPIを提供します。これにより、高性能な数値計算ライブラリ(例えばOpenBLASやMKL)を利用して、これらの演算を効率的に実行できます。

sbmvは「symmetric band matrix-vector product」の略で、具体的には、対称帯行列(symmetric band matrix)とベクトルの積を計算する関数です。

機能

sbmvは以下の計算を行います。

y:=αAx+βy

ここで、

  • β: スカラー
  • α: スカラー
  • y: ベクトル
  • x: ベクトル
  • A: 対称帯行列(symmetric band matrix)

です。

対称帯行列 (Symmetric Band Matrix) とは?

  • 帯行列 (Band Matrix): 主対角線から上下に特定の数の帯(バンド)の中にのみ非ゼロ要素を持つ行列です。それ以外の要素はすべてゼロです。帯幅は、主対角線から最も遠い非ゼロ要素までの距離で定義されます。
  • 対称行列 (Symmetric Matrix): AT=A を満たす行列です。つまり、Aij​=Ajiです。

対称帯行列は、この両方の性質を持つ行列です。例えば、三対角行列(tridiagonal matrix)は、対称帯行列の特殊なケースです。

sbmv()関数の引数(典型的なもの)

LinearAlgebra.BLAS.sbmv()関数は、通常以下のような引数を取ります。

  • y::AbstractVector: ベクトル y (入力としては既存の y が与えられ、出力として更新された y が返されます)
  • beta::Real: スカラー β
  • x::AbstractVector: ベクトル x
  • A::AbstractMatrix: 対称帯行列を表す行列。実際に帯行列の形式で格納されている場合と、通常の密行列として格納されている場合がありますが、sbmvは内部的に帯構造を考慮して計算します。
  • alpha::Real: スカラー α
  • k::Integer: 帯幅(band width)。主対角線を含まない、主対角線から片側に伸びる非ゼロ要素の帯の数を指定します。例えば、k=1 なら三対角行列になります。
  • uplo::Char: 対称行列のどの部分(上三角部分 'U' または下三角部分 'L')が保存されているかを示します。対称行列なので、片方の部分だけで行列全体を表現できます。

なぜ sbmv を使うのか?

  • 専門性: 線形代数の特定の計算(対称帯行列とベクトルの積)に特化しているため、汎用的な行列積よりも効率的です。
  • メモリ効率: 対称帯行列は、その構造から多くのゼロ要素を持ちます。sbmvは、これらのゼロ要素を扱う必要がないため、通常の密行列積よりもメモリ使用量と計算量を削減できます。これは、帯行列の構造情報を利用して、必要な要素のみにアクセスすることで実現されます。
  • 効率性: BLASは高度に最適化されたルーチンであり、CPUのキャッシュ効率やSIMD命令などを最大限に活用して、高速な計算を提供します。特に大規模な行列やベクトルに対してその恩恵は大きいです。
using LinearAlgebra

# 対称帯行列Aを表現する(ここでは密行列としてAを定義し、sbmvに渡す)
# 実際には、帯行列の形式で格納されることが多いが、ここでは例として
# 対称三対角行列を作成します。

# 帯幅 k=1 の対称三対角行列
# 主対角線を含まない、片側の非ゼロ要素の帯の数
# A = [ 2  1  0  0
#       1  2  1  0
#       0  1  2  1
#       0  0  1  2 ]
A = [ 2.0  1.0  0.0  0.0
      1.0  2.0  1.0  0.0
      0.0  1.0  2.0  1.0
      0.0  0.0  1.0  2.0 ]

# ベクトル x
x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]

# 初期ベクトル y
y = [0.0, 0.0, 0.0, 0.0]

alpha = 1.0
beta = 0.0 # Ax を計算したい場合

# sbmvを呼び出す
# 'U' は上三角部分を使うことを示します。
# k=1 は帯幅が1であることを示します(主対角線から1本隣まで非ゼロ)。
# この場合、Aは一般的な行列として渡されますが、sbmvはkを考慮して計算します。
LinearAlgebra.BLAS.sbmv('U', 1, alpha, A, x, beta, y)

println("Updated y: ", y)

# 比較のために通常の行列-ベクトル積を計算
println("A * x: ", A * x)


LinearAlgebra.BLAS.sbmv()のよくあるエラーとトラブルシューティング

LinearAlgebra.BLAS.sbmv()はBLAS (Basic Linear Algebra Subprograms) の低レベルインターフェースであるため、引数の型や形状、値が少しでも間違っているとエラーになりやすいです。また、BLAS自体がマルチスレッドで動作するため、Juliaのマルチスレッドと競合して問題が発生することもあります。

ArgumentError: invalid argument または Dimension mismatch

これは最も一般的なエラーです。引数の型、次元、形状がBLAS関数の期待するものと一致しない場合に発生します。

考えられる原因とトラブルシューティング

  • 引数の型がBLASの期待する型と異なる

    • alpha, betaReal 型(Float64Float32 など)である必要があります。
    • A, x, yAbstractMatrix および AbstractVector のサブタイプで、要素の型がBlasFloatFloat664, Float32, ComplexF64, ComplexF32 など)である必要があります。
    • 例えば、Int型の配列を渡すとエラーになることがあります。
    • トラブルシューティング
      A = rand(Int, 5, 5) # これはエラーになる可能性あり
      A = rand(5, 5)      # Float64 になるのでOK
      x = [1, 2, 3]       # Int のベクトル
      x = [1.0, 2.0, 3.0] # Float64 のベクトル (推奨)
      
      要素の型をFloat64などに変換するか、convert関数を使用することを検討してください。
  • uplo (上三角/下三角の指定) の誤り

    • uplo'U' (upper) または 'L' (lower) のどちらかである必要があります。これ以外の文字を指定するとエラーになります。
    • トラブルシューティング
      'U' または 'L' のいずれかを正確に指定しているか確認してください。
  • k (帯幅) の指定ミス

    • k は非負の整数で、行列のサイズに対して妥当な範囲内である必要があります。通常、0≤k<N です。
    • k は主対角線を含まない、片側の非ゼロ要素の帯の数を表します。例えば、三対角行列なら k=1 です。
    • トラブルシューティング
      k の値が、対象とする帯行列の実際の帯幅と合っているか確認してください。
    • A は N×N の正方行列である必要があります。
    • xy は長さ N のベクトルである必要があります。
    • トラブルシューティング
      size(A, 1) または size(A, 2)length(x) および length(y) と一致しているか確認してください。

メモリ関連のエラー (Segmentation Faultなど)

これはBLASのより低レベルな問題で、Juliaの外部BLASライブラリ(OpenBLASやMKLなど)と関連していることが多いです。

考えられる原因とトラブルシューティング

  • メモリの破壊またはアクセス違反

    • 非常に稀ですが、BLASライブラリ自体のバグや、システム上のメモリの問題によって発生する可能性があります。
    • トラブルシューティング
      • JuliaとBLASライブラリ(OpenBLAS, MKLなど)を最新版に更新する。
      • OSのメモリチェックツールを実行してみる(Windowsのメモリ診断、LinuxのMemtest86+など)。
      • 問題を再現できる最小限のコードスニペットを作成し、JuliaのコミュニティやBLASライブラリのサポートに報告する。
  • JuliaのマルチスレッドとBLASのマルチスレッドの競合

    • Juliaのタスク並列処理 (Threads.@threadsなど) とBLASの内部マルチスレッド処理が同時に行われると、リソースの競合やデッドロックが発生し、セグメンテーションフォールトやパフォーマンス低下につながることがあります。
    • トラブルシューティング
      • BLASが使用するスレッド数を明示的に1に設定する: BLAS.set_num_threads(1)
      • または、環境変数でBLASのスレッド数を制御する:
        • export OPENBLAS_NUM_THREADS=1
        • export MKL_NUM_THREADS=1
        • これらの環境変数をJuliaを起動する前に設定します。
      • Juliaのバージョンによっては、この問題が解決されている場合もあります。最新のJuliaバージョンにアップデートすることも検討してください。

パフォーマンスの問題

エラーではないものの、期待通りのパフォーマンスが得られない場合があります。

考えられる原因とトラブルシューティング

  • データがCPUキャッシュに収まっていない

    • 非常に大きな行列やベクトルを扱う場合、データがCPUキャッシュに収まりきらず、メモリアクセスのボトルネックになることがあります。
    • トラブルシューティング
      行列やベクトルのサイズを小さくできるか検討する。または、よりキャッシュ効率の良いアルゴリズムの利用を検討する(ただし、これはsbmv自体の問題ではなく、問題全体の設計の問題)。
  • 帯行列のストレージが非効率的

    • sbmvは帯行列の構造を考慮して高速に計算しますが、渡された行列が密行列として格納されている場合、sbmvが内部的に最適化を行うとしても、完全な帯行列ストレージを使用した場合ほど効率的ではない可能性があります。Juliaには帯行列を効率的に扱うためのBandedMatrices.jlなどのパッケージもあります。
    • トラブルシューティング
      • 行列Aが実際に帯行列の形式(例えば、BandedMatrix型)で表現されているか確認し、そうでない場合は変換を検討する。ただし、BLAS.sbmvのインターフェースがその型の最適化されたメソッドを提供しているか確認が必要です。多くの場合、sbmvは密行列形式で帯幅kの情報を与えることで利用されます。
      • Juliaの組み込みの行列演算(A * x)と比較して、sbmvが本当にパフォーマンス上のメリットを提供しているかベンチマークを取る。小規模な行列では、オーバーヘッドが大きくなる可能性があります。
  • BLASスレッド数の不適切な設定

    • CPUコア数に対してBLASのスレッド数が多すぎたり少なすぎたりすると、パフォーマンスが低下します。
    • トラブルシューティング
      • BLAS.get_num_threads() で現在のスレッド数を確認し、BLAS.set_num_threads(N) で最適な値に設定します。通常、物理コア数程度が推奨されます。
      • 環境変数で制御している場合は、そちらの設定も確認します。

UndefVarError: BLAS not defined

これは、BLASモジュールがロードされていない場合に発生します。

考えられる原因とトラブルシューティング

  • using LinearAlgebra.BLAS または using LinearAlgebra を忘れている。
    • トラブルシューティング
      コードの冒頭で using LinearAlgebra.BLAS を追加してください。using LinearAlgebraだけでも多くのBLAS機能は利用できますが、BLASサブモジュールを明示的にインポートすることで、BLAS.sbmvのように完全修飾された名前でアクセスできます。
  • コミュニティに相談する
    Juliaの Discourse フォーラムやGitHubのissue trackerは、同様の問題に遭遇した他のユーザーや開発者からの助けを得るのに非常に役立ちます。
  • ドキュメントを確認する
    Juliaの公式ドキュメント (LinearAlgebra.BLASのセクション) を再確認し、引数の要件や挙動について理解を深めます。
  • JuliaのバージョンとBLASのバージョンを確認する
    使用しているJuliaのバージョン (VERSION) と、Juliaが使用しているBLASライブラリ (LinearAlgebra.BLAS.vendor()) を確認します。これらの情報が古すぎる場合、問題の原因となることがあります。
  • 最小限の再現可能な例 (MRE) を作成する
    問題が発生した場合、エラーを再現できる最小限のコードスニペットを作成します。これにより、問題の原因を特定しやすくなり、他者に助けを求める際にも役立ちます。


LinearAlgebra.BLAS.sbmv()は、対称帯行列とベクトルの積 y:=αAx+βy を計算します。ここでは、様々なシナリオでの使用例と、それぞれの引数がどのように機能するかを説明します。

基本的な使用例: y=Ax の計算

最も単純なケースとして、スカラー α=1.0 と β=0.0 を設定して、y=Ax を計算する例です。この場合、y の初期値は計算結果によって上書きされます。

コード

using LinearAlgebra

# === 1. 基本的な使用例: y = A * x の計算 ===

# 対称帯行列Aの定義(例:対称三対角行列)
# Aのサイズは N x N
N = 4
A_dense = [ 2.0  1.0  0.0  0.0
            1.0  2.0  1.0  0.0
            0.0  1.0  2.0  1.0
            0.0  0.0  1.0  2.0 ]

# ベクトル x
x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]

# 結果を格納するベクトル y (初期値は重要ではない)
y = zeros(N)

# sbmv の引数設定
uplo  = 'U'  # 'U': 上三角部分を使用, 'L': 下三角部分を使用
             # Aが対称なので、どちらを使っても結果は同じになりますが、
             # 内部的には指定された側のみを読み込みます。
k     = 1    # 帯幅 (主対角線を含まない、片側の非ゼロ要素の帯の数)
             # この例の三対角行列では k=1
alpha = 1.0  # スカラー α
beta  = 0.0  # スカラー β (y を Ax で上書きするため 0.0)

println("--- 例1: y = A * x ---")
println("A (密行列形式):\n", A_dense)
println("x: ", x)
println("初期 y: ", y)

# BLAS.sbmv を呼び出す
# y はインプレースで更新されます
LinearAlgebra.BLAS.sbmv(uplo, k, alpha, A_dense, x, beta, y)

println("計算後の y (sbmv): ", y)

# 検証: Juliaの通常の行列ベクトル積と比較
y_ref = A_dense * x
println("検証 y (A * x):  ", y_ref)
println("sbmvの結果と検証結果の一致: ", isapprox(y, y_ref))
println("-"^30)

解説

  • alphabeta: 計算式 y:=αAx+βy のスカラー係数です。beta=0.0にすることで、yの初期値に関わらずAxの結果がyに直接格納されます。
  • k: 帯幅を指定します。主対角線からの非ゼロ要素の帯の数です。三対角行列の場合、主対角線から上下に1つずつ非ゼロ要素があるのでk=1となります。
  • uplo: Aが対称行列であるため、その上三角部分('U')または下三角部分('L')のどちらかのみを物理的に格納・参照すれば十分です。ここでは'U'を指定しています。

y:=αAx+y の計算 (既存の y を更新)

beta=1.0に設定すると、yの既存の値を保持しつつ、それにAxのα倍を加算する形になります。

コード

# === 2. y := α A x + y の計算 ===

# A, x は例1と同じ
A_dense = [ 2.0  1.0  0.0  0.0
            1.0  2.0  1.0  0.0
            0.0  1.0  2.0  1.0
            0.0  0.0  1.0  2.0 ]
x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]

# 初期 y の値 (今回は重要)
y_initial = [10.0, 20.0, 30.0, 40.0]
y = copy(y_initial) # y のコピーを作成

uplo  = 'U'
k     = 1
alpha = 0.5  # α を 0.5 に設定
beta  = 1.0  # β を 1.0 に設定 (既存の y に加算)

println("--- 例2: y := α A x + y ---")
println("A (密行列形式):\n", A_dense)
println("x: ", x)
println("初期 y: ", y_initial)
println("α: ", alpha)
println("β: ", beta)

LinearAlgebra.BLAS.sbmv(uplo, k, alpha, A_dense, x, beta, y)

println("計算後の y (sbmv): ", y)

# 検証: 手動で計算
Ax_val = A_dense * x
y_ref = alpha * Ax_val + beta * y_initial
println("検証 y (手動計算): ", y_ref)
println("sbmvの結果と検証結果の一致: ", isapprox(y, y_ref))
println("-"^30)

解説

  • beta=1.0により、yの初期値が計算に利用され、ynew​=α(Ax)+yoldとなります。

帯幅 k=0 (対角行列の場合)

k=0は対角行列を表します。この場合、Aは対角成分のみを持ちます。

コード

# === 3. 帯幅 k=0 (対角行列の場合) ===

# 対角行列A
# A = [ 5  0  0
#       0  6  0
#       0  0  7 ]
A_diag = [ 5.0  0.0  0.0
           0.0  6.0  0.0
           0.0  0.0  7.0 ]

x = [1.0, 2.0, 3.0]
y = zeros(3)

uplo  = 'U' # 対角行列なので U/L どちらでも良い
k     = 0   # 帯幅 k=0 (対角行列)
alpha = 1.0
beta  = 0.0

println("--- 例3: 帯幅 k=0 (対角行列) ---")
println("A (対角行列):\n", A_diag)
println("x: ", x)
println("初期 y: ", y)

LinearAlgebra.BLAS.sbmv(uplo, k, alpha, A_diag, x, beta, y)

println("計算後の y (sbmv): ", y)

# 検証
y_ref = A_diag * x
println("検証 y (A * x): ", y_ref)
println("sbmvの結果と検証結果の一致: ", isapprox(y, y_ref))
println("-"^30)

解説

  • k=0の場合、sbmvは行列の主対角成分のみを参照して計算を行います。

uplo='L' (下三角部分を使用) の例

uplo'L'に設定して、下三角部分のみを用いて計算する例です。結果は'U'の場合と同じになります。

コード

# === 4. uplo='L' (下三角部分を使用) の例 ===

# 例1と同じA, x, y
A_dense = [ 2.0  1.0  0.0  0.0
            1.0  2.0  1.0  0.0
            0.0  1.0  2.0  1.0
            0.0  0.0  1.0  2.0 ]
x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]
y = zeros(4)

uplo  = 'L' # 下三角部分を使用
k     = 1
alpha = 1.0
beta  = 0.0

println("--- 例4: uplo='L' (下三角部分を使用) ---")
println("A (密行列形式):\n", A_dense)
println("x: ", x)
println("初期 y: ", y)

LinearAlgebra.BLAS.sbmv(uplo, k, alpha, A_dense, x, beta, y)

println("計算後の y (sbmv): ", y)

# 検証 (例1と同じ結果になるはず)
y_ref = A_dense * x
println("検証 y (A * x): ", y_ref)
println("sbmvの結果と検証結果の一致: ", isapprox(y, y_ref))
println("-"^30)

解説

  • uplo='L'は、BLASルーチンがAの下三角部分のみを読み取るように指示します。対称行列の場合、結果は'U'を使用した場合と同じになります。

複素数の使用例

sbmvは複素数にも対応しています。

コード

# === 5. 複素数の使用例 ===

# 複素数を含む対称帯行列A
A_complex = [ 2.0+1.0im  1.0-0.5im  0.0+0.0im
              1.0-0.5im  3.0+2.0im  0.5+1.5im
              0.0+0.0im  0.5+1.5im  4.0-1.0im ]

x_complex = [1.0+0.0im, 2.0+1.0im, 3.0-2.0im]
y_complex = zeros(ComplexF64, 3) # ComplexF64 で初期化

uplo  = 'U'
k     = 1
alpha = 1.0+0.0im # スカラーも複素数に合わせる
beta  = 0.0+0.0im

println("--- 例5: 複素数の使用例 ---")
println("A (複素密行列):\n", A_complex)
println("x (複素ベクトル): ", x_complex)
println("初期 y (複素ベクトル): ", y_complex)

LinearAlgebra.BLAS.sbmv(uplo, k, alpha, A_complex, x_complex, beta, y_complex)

println("計算後の y (sbmv): ", y_complex)

# 検証
y_ref_complex = A_complex * x_complex
println("検証 y (A * x):  ", y_ref_complex)
println("sbmvの結果と検証結果の一致: ", isapprox(y_complex, y_ref_complex))
println("-"^30)

解説

  • 要素の型をComplexF64などにすることで、複素数演算も行えます。alphabetaも適切な複素数型に合わせる必要があります。

LinearAlgebra.BLAS.sbmv()は、BLASルーチンが密行列の形式で帯幅情報を受け取ることを想定しています。しかし、JuliaにはBandedMatrices.jlというパッケージがあり、これは帯行列をより効率的に格納するためのBandedMatrix型を提供します。

BandedMatrices.jlを使用する場合、通常はsbmvのような低レベルのBLAS関数を直接呼び出すのではなく、BandedMatrix型に対する通常の行列積 (*) 演算子を使用します。BandedMatrices.jlは内部的に最適なBLASルーチン(例えばsbmvのようなもの)を呼び出すように実装されているため、ユーザーはより抽象的なレベルでコードを書くことができます。

#=
using BandedMatrices
using LinearAlgebra

# BandedMatrix 型で帯行列を定義
# (ここでは便宜上、直接指定していますが、実際の構築方法は様々です)
# BandedMatrix(data, (lowerbandwidth, upperbandwidth))
# data は列優先で格納される帯要素の配列
# lowerbandwidth = 1, upperbandwidth = 1 (k=1 に相当)

# 以下は BandedMatrices.jl の使い方を示すための擬似コードです
# 実際の BandedMatrix のコンストラクタはもう少し複雑です
# A_banded = BandedMatrix(Symmetric(A_dense, :U), (1, 1)) # こういった変換が必要になるかもしれません
# または、直接構築
# data = [
#     0.0  1.0  1.0  1.0  # 下対角線要素の列
#     2.0  2.0  2.0  2.0  # 主対角線要素の列
#     1.0  1.0  1.0  0.0  # 上対角線要素の列
# ]
# A_banded = BandedMatrix(data, (1, 1))

# x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]
# y_banded = A_banded * x # これが内部的に最適なBLASルーチンを呼び出す
# println("y (BandedMatrices.jl): ", y_banded)
=#


標準の行列ベクトル積 (* 演算子)

最も一般的で、多くの場合に推奨される方法です。Juliaの組み込みの行列ベクトル積 (A * x) は、行列の型や構造に応じて自動的に最適なBLASルーチン(例えば、密行列であればGEMV、対称帯行列であればSBMVなど)を呼び出すように設計されています。

利点

  • 安全性
    引数の次元チェックなどが自動で行われます。
  • 自動最適化
    Juliaは、行列の型情報(例: Symmetric, Tridiagonalなど)に基づいて、内部で最も効率的なBLAS/LAPACKルーチンを自動的に選択します。ユーザーが手動でBLAS関数名を指定する必要がありません。
  • 簡潔性
    コードが最も読みやすく、書きやすいです。

欠点

  • 行列が密行列(Matrix型)として格納されている場合、たとえ帯構造を持っていたとしても、sbmvを直接呼び出す場合ほどの最適化(特にメモリ効率)が得られない可能性があります。しかし、Juliaの最適化は非常に優れているため、ほとんどの場合は問題になりません。

コード例

using LinearAlgebra

A = [ 2.0  1.0  0.0  0.0
      1.0  2.0  1.0  0.0
      0.0  1.0  2.0  1.0
      0.0  0.0  1.0  2.0 ]

x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]

# 最も一般的な方法
y = A * x
println("y (A * x): ", y)

# 対称性を明示する場合(これにより、さらに最適化される可能性あり)
# Symmetric()でラップすることで、Juliaは行列が対称であることを認識し、
# 内部的にSBMVや同様の対称行列用のルーチンを呼び出す可能性が高まります。
sA = Symmetric(A, :U) # または :L
y_sym = sA * x
println("y (Symmetric(A) * x): ", y_sym)

# もしAが三対角行列であれば、Tridiagonal型を使うとさらに効率的
# SymTridiagonal は対称三対角行列専用
A_symtri = SymTridiagonal([2.0, 2.0, 2.0, 2.0], [1.0, 1.0, 1.0])
y_symtri = A_symtri * x
println("y (SymTridiagonal(A) * x): ", y_symtri)

特殊行列型 (LinearAlgebraモジュール内)

JuliaのLinearAlgebraモジュールには、特定の構造を持つ行列(対角行列、三対角行列など)を効率的に表現・操作するための特殊な型が用意されています。これらの型は、記憶域を節約し、演算を最適化します。

  • Symmetric: 任意の対称行列をラップする(メモリ効率は向上しないが、演算は対称性を利用して最適化される)
  • Bidiagonal: 二対角行列
  • SymTridiagonal: 対称三対角行列
  • Tridiagonal: 三対角行列(非対称も含む)
  • Diagonal: 対角行列

利点

  • 表現力
    行列の数学的特性がコードに明確に反映されます。
  • 計算効率
    構造を明示することで、Juliaは特定の最適化されたアルゴリズム(BLAS/LAPACKを含む)を適用できます。
  • メモリ効率
    ゼロ要素を格納しないため、メモリ使用量が大幅に削減されます。

欠点

  • 密行列としてデータが与えられている場合、変換処理が必要になります。
  • これらの型に変換するオーバーヘッドが発生する場合があります。

コード例

using LinearAlgebra

# === SymTridiagonal の使用例 ===
# 対角要素
d = [2.0, 2.0, 2.0, 2.0]
# 副対角要素(主対角線から1つ隣の要素)
e = [1.0, 1.0, 1.0]

# 対称三対角行列を構築
A_symtri = SymTridiagonal(d, e)
println("A (SymTridiagonal):\n", A_symtri)

x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]
y = A_symtri * x
println("y (SymTridiagonal * x): ", y)

# 密行列の A_dense と比較
A_dense = [ 2.0  1.0  0.0  0.0
            1.0  2.0  1.0  0.0
            0.0  1.0  2.0  1.0
            0.0  0.0  1.0  2.0 ]
y_dense = A_dense * x
println("y (密行列 * x): ", y_dense)
println("SymTridiagonalと密行列の結果の一致: ", isapprox(y, y_dense))

BandedMatrices.jlパッケージ

LinearAlgebraの組み込み型よりも一般的な帯行列を扱うための専門パッケージです。任意の帯幅を持つ行列を効率的に表現し、それに対する線形代数演算を最適化します。

利点

  • 一般的な行列演算子 (*, \, invなど) をオーバーロードしており、内部でBLAS/LAPACKの最適なルーチンを呼び出します。
  • 密行列の形式でsbmvを呼び出すよりも、メモリ効率と計算効率が向上する可能性があります。
  • LinearAlgebraの特殊型よりも広範な帯行列をサポート。

欠点

  • 外部パッケージのため、add BandedMatricesでインストールが必要です。

コード例

using BandedMatrices
using LinearAlgebra

# N x N の対称帯行列を作成
N = 5
l = 1 # 下側の帯幅
u = 1 # 上側の帯幅 (対称なので通常 l == u)

# BandedMatrix の構築
# BandedMatrix(data, (lowerbandwidth, upperbandwidth))
# data は列優先で格納される帯要素の配列
# 対称帯行列のデータは通常、下三角または上三角のバンドのみを格納
# ここでは、簡略化のため、密行列から変換する例で示します
# 実際のBandMatrixの構築は、効率的なデータ構造を直接構築する形になります

# 例として密行列を作成し、BandedMatrixに変換(非効率だが概念説明のため)
# 実際には最初から BandedMatrix を構築するのが望ましい
A_dense = [ 2.0  1.0  0.0  0.0  0.0
            1.0  2.0  1.0  0.0  0.0
            0.0  1.0  2.0  1.0  0.0
            0.0  0.0  1.0  2.0  1.0
            0.0  0.0  0.0  1.0  2.0 ]

# SymmetricWrapper を使って BandedMatrix に変換
# これにより、行列が対称であり、帯構造を持つことが明示されます。
# 内部的に適切なデータ構造とBLASルーチンが選択されます。
A_banded = BandedMatrix(Symmetric(A_dense), (l, u))
# もしくは、もっと直接的に帯要素から構築
# data = zeros(3, N) # k=1なので3本の対角線
# data[1, 2:N] .= 1.0 # 下対角
# data[2, 1:N] .= 2.0 # 主対角
# data[3, 1:N-1] .= 1.0 # 上対角
# A_banded = BandedMatrix(data, (l, u)) # これも利用可能

println("--- BandedMatrices.jl の使用例 ---")
println("A (BandedMatrix):\n", A_banded)

x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0, 5.0]
y = A_banded * x # BandedMatrices.jl が最適なBLASルーチンを呼び出す
println("y (BandedMatrix * x): ", y)

# 密行列の結果と比較
y_ref = A_dense * x
println("検証 y (密行列 * x): ", y_ref)
println("BandedMatrices.jlと密行列の結果の一致: ", isapprox(y, y_ref))
println("-"^30)

SparseArrays.jl (疎行列)

行列の非ゼロ要素が非常に少ない場合、SparseArrays.jl(Juliaの標準ライブラリ)の疎行列型SparseMatrixCSCを使用できます。対称帯行列は疎行列の特殊なケースです。

利点

  • 計算効率
    ゼロ要素をスキップするため、計算量が大幅に削減されます。
  • 極めて高いメモリ効率
    大規模な疎行列の場合、メモリ使用量を劇的に削減できます。

欠点

  • 一般的に、三対角などの非常に細い帯行列では、BandedMatrices.jlSymTridiagonalの方が高速なことが多いです。
  • 帯幅が広くなると、疎行列の利点が薄れることがあります。
  • 密行列や特定の帯行列と比較して、アクセスのオーバーヘッドが発生する場合があります。

コード例

using SparseArrays
using LinearAlgebra

# === SparseArrays.jl の使用例 ===

# 疎行列を構築
# (行インデックスの配列, 列インデックスの配列, 値の配列)
I = [1, 2, 3, 4, 1, 2, 3, 4, 2, 3, 4]
J = [1, 2, 3, 4, 2, 3, 4, 1, 1, 2, 3] # 対称にするため、上下の対角も明示
V = [2.0, 2.0, 2.0, 2.0, 1.0, 1.0, 1.0, 1.0, 1.0, 1.0, 1.0]

# 対称なバンド行列を表す疎行列を作成
A_sparse = sparse(I, J, V, 4, 4)
# SparsityPatternが対称なので、Symmetricでラップするとさらに効率的
sA_sparse = Symmetric(A_sparse, :U)

println("--- SparseArrays.jl の使用例 ---")
println("A (SparseMatrixCSC):\n", A_sparse) # 疎行列の表示

x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]
y = sA_sparse * x # これが内部的に最適な疎行列積を呼び出す
println("y (SparseMatrixCSC * x): ", y)

# 密行列の結果と比較
A_dense = [ 2.0  1.0  0.0  0.0
            1.0  2.0  1.0  0.0
            0.0  1.0  2.0  1.0
            0.0  0.0  1.0  2.0 ]
y_ref = A_dense * x
println("検証 y (密行列 * x): ", y_ref)
println("SparseArrays.jlと密行列の結果の一致: ", isapprox(y, y_ref))
println("-"^30)

Tullio.jl や手動でのループ (@turbo との組み合わせ)

非常に特殊な状況や、BLASが提供しないような複雑な計算の一部として行列ベクトル積が必要な場合に、手動でループを記述し、LoopVectorization.jl@turbo(または@avx)マクロで最適化する方法があります。Tullio.jlはEinstein表記のような簡潔な記法で、このような最適化されたループを自動生成してくれます。

利点

  • 理論上の最高性能
    LoopVectorization.jlが利用可能な場合、コンパイラレベルでSIMD命令や並列処理を最大限に活用し、特定のケースではBLASに匹敵するかそれを超える性能を出す可能性があります。
  • 最大限の柔軟性
    BLASが提供しないカスタム計算を組み込むことができます。

欠点

  • Tullio.jlは強力ですが、学習曲線があります。
  • 最適化の難しさ
    @turboの恩恵を受けるためには、ループの構造が特定の条件を満たす必要があります。
  • コードの複雑性
    手動ループはエラーを起こしやすく、可読性が低下します。

コード例(手動ループ with @turbo)

using LoopVectorization # Pkg.add("LoopVectorization") が必要

# === 手動ループ with @turbo の使用例 ===

A_dense = [ 2.0  1.0  0.0  0.0
            1.0  2.0  1.0  0.0
            0.0  1.0  2.0  1.0
            0.0  0.0  1.0  2.0 ]

x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]
y = zeros(size(A_dense, 1))

N = size(A_dense, 1)

println("--- 手動ループ with @turbo の使用例 ---")
println("A (密行列):\n", A_dense)
println("x: ", x)
println("初期 y: ", y)

# 手動ループで計算 (対称帯行列の特性を利用)
# このループは、A_dense が密行列であっても、帯要素のみにアクセスすることで
# 疎な計算に近づけます。
@turbo for i in 1:N
    y[i] = 0.0
    for j in max(1, i-1):min(N, i+1) # k=1 の帯幅に限定
        y[i] += A_dense[i,j] * x[j]
    end
end

println("計算後の y (@turbo ループ): ", y)

# 検証
y_ref = A_dense * x
println("検証 y (A * x): ", y_ref)
println("手動ループと検証結果の一致: ", isapprox(y, y_ref))
println("-"^30)

コード例(Tullio.jl の使用例)
Tullio.jlはEinstein表記に似た記法で、高性能なループを自動生成します。

using Tullio # Pkg.add("Tullio") が必要

# === Tullio.jl の使用例 ===

A_dense = [ 2.0  1.0  0.0  0.0
            1.0  2.0  1.0  0.0
            0.0  1.0  2.0  1.0
            0.0  0.0  1.0  2.0 ]

x = [1.0, 2.0, 3.0, 4.0]
y = zeros(size(A_dense, 1))

# Tullio.jl を使った行列ベクトル積 (Ax)
# A[i,j] * x[j] の j について和をとる (Einstein表記)
# @tullio y[i] = A_dense[i,j] * x[j]
# ただし、帯行列の特性を活かすには少し工夫が必要な場合があります。
# 一般的な密行列の積としては上記で十分です。
# 帯行列の特性を活かす例 (インデックス範囲を制限):
@tullio y[i] = A_dense[i,j] * x[j] (j in max(1, i-1):min(size(A_dense,2), i+1))

println("--- Tullio.jl の使用例 ---")
println("A (密行列):\n", A_dense)
println("x: ", x)
println("初期 y: ", y)
println("計算後の y (Tullio.jl): ", y)

# 検証
y_ref = A_dense * x
println("検証 y (A * x): ", y_ref)
println("Tullio.jlと検証結果の一致: ", isapprox(y, y_ref))
println("-"^30)