JuliaプログラミングでLinearAlgebra.BLAS.her2k()を使いこなす

2025-05-27

her2k は "Hermitian rank-2k update" を意味し、複素行列における特定の種類の行列積と更新を実行します。

具体的には、LinearAlgebra.BLAS.her2k() は以下の計算を実行します。

C:=α⋅A⋅BH+αˉ⋅B⋅AH+β⋅C

または

C:=α⋅AH⋅B+αˉ⋅BH⋅A+β⋅C

ここで、

  • αˉ は α の複素共役です。
  • α と β はスカラ値です。
  • AH は行列 A の共役転置 (Hermitian transpose) を表します。
  • A と B は行列です。
  • C はエルミート行列 (Hermitian matrix) です。エルミート行列は、共役転置 (conjugate transpose) が元の行列に等しい複素正方行列です。

この操作は、ランク 2k の更新と呼ばれ、既存のエルミート行列 C に、行列 A と B の積に関連する項を追加することで更新します。

her2k の主な引数

通常、her2k は以下のような引数を取ります。

  • C: 更新されるエルミート行列 C です。
  • beta: スカラ値 β です。
  • B: 行列 B です。
  • A: 行列 A です。
  • alpha: スカラ値 α です。
  • k: 行列 A および B の内部次元 (たとえば、A が N×K で B が N×K の場合、K が k にあたります)。
  • n: C 行列の次元 (行数または列数) を示す整数です。
  • trans: Char 型で、'N' (No transpose) または 'C' (Conjugate transpose) を指定します。これは、行列 A および B を式中でそのまま使用するか、共役転置して使用するかを決定します。
  • uplo: Char 型で、'U' (Upper) または 'L' (Lower) を指定します。これは、エルミート行列 C の上三角部分または下三角部分のどちらを更新するかを示します。エルミート行列は対称なので、片方の部分を更新すれば十分です。

herkher2k の違い

似た関数に herk (Hermitian rank-k update) がありますが、her2k はそれに加えてもう一つの行列 B の項を含む点が異なります。

  • her2k: C:=α⋅A⋅BH+αˉ⋅B⋅AH+β⋅C (または AH⋅B の形式)
  • herk: C:=α⋅A⋅AH+β⋅C または C:=α⋅AH⋅A+β⋅C

her2k は、より複雑な行列の更新計算を効率的に行うために設計されています。

なぜ BLAS 関数を使うのか?

Julia で直接 A * B' + C のような行列演算を記述することも可能ですが、BLAS レベルの関数を使用することにはいくつかの利点があります。

  1. パフォーマンス: BLAS ライブラリは、高度に最適化された低レベルのルーチンで実装されており、通常、手書きのJuliaコードよりもはるかに高速です。特に大規模な行列の計算では、この性能差は顕著です。
  2. メモリ効率: BLAS 関数は、インプレース (in-place) で操作を実行することが多く、中間結果のための余分なメモリ割り当てを避けることができます。これにより、メモリ使用量が削減され、ガベージコレクションのオーバーヘッドも減少します。
  3. 並列化: BLAS ライブラリは、マルチスレッド処理を内部でサポートしていることが多く、ユーザーが明示的に並列化コードを書かなくても、自動的に複数のCPUコアを利用して計算を高速化します。

Julia の LinearAlgebra モジュールは、デフォルトで高性能な BLAS ライブラリ (通常は OpenBLAS または MKL) を利用するように設定されており、LinearAlgebra.BLAS.her2k() のような関数を呼び出すことで、これらの最適化されたルーチンが活用されます。

using LinearAlgebra

# 例として複素行列を作成
A = rand(ComplexF64, 5, 3) + rand(ComplexF64, 5, 3) * im
B = rand(ComplexF64, 5, 3) + rand(ComplexF64, 5, 3) * im
C = Hermitian(rand(ComplexF64, 5, 5) + rand(ComplexF64, 5, 5) * im) # エルミート行列として初期化
# Hermitian(X) は X を強制的にエルミート行列とみなすラッパーです。
# 実際の計算では、BLAS関数はCの指定された三角部分のみを読み書きします。

alpha = 2.0 + 1.0im
beta = 0.5 + 0.5im

# C := alpha * A * B' + conj(alpha) * B * A' + beta * C
# ここでは C の上三角部分を更新する例
BLAS.her2k('U', 'N', alpha, A, B, beta, C.data)

# 'U' は上三角部分、'N' は AとBを転置しない(つまり A*B' の形式)
# C.data は、BLAS関数が操作する実際の配列を渡すためによく使われます。
# CはHermitian型なので、その内部のデータ部分を操作する必要があります。


LinearAlgebra.BLAS.her2k() の一般的なエラーとトラブルシューティング

her2k 関数は、Hermitian rank-2k update を実行します。その性質上、引数の型、次元、エルミート行列の特性などに注意が必要です。

    • エラーの例: MethodError: no method matching her2k(...) または ArgumentError: type of argument not supported
    • 原因: her2k は通常、Float32, Float64, ComplexF32, ComplexF64 などの数値型 (AbstractFloat または Complex) を期待します。整数型や他の非数値型を行列として渡すとこのエラーが発生します。また、スカラ値 (alpha, beta) も適切な数値型である必要があります。
    • トラブルシューティング:
      • 行列の要素型が Float64ComplexF64 など、BLAS がサポートする型であることを確認してください。必要に応じて Float64.(A)ComplexF64.(A) で型変換します。
      • スカラ値 alphabeta も、行列と同じ要素型か、それに変換可能な型であることを確認してください。
  1. 行列の次元が不一致 (DimensionMismatch)

    • エラーの例: DimensionMismatch("Matrix sizes do not match")
    • 原因: her2k の計算式 (C:=α⋅A⋅BH+αˉ⋅B⋅AH+β⋅C) に従って、行列 A, B, C の次元が適切である必要があります。
      • C はエルミート行列であるため、正方行列 (N×N) でなければなりません。
      • trans 引数に応じて、A と B の次元が適切である必要があります。
        • trans = 'N' (No transpose): A は N×K、 B は N×K、そして C は N×N でなければなりません。
        • trans = 'C' (Conjugate transpose): A は K×N、 B は K×N、そして C は N×N でなければなりません。
      • k 引数 (内部次元) も、行列 A および B の適切な次元と一致している必要があります。
    • トラブルシューティング:
      • 各行列の size(matrix) を確認し、n (Cの次元) と k (A, Bの内部次元) の値が実際の行列の次元と一致しているか確認してください。
      • trans 引数に応じて、A と B の形状が正しいことを確認してください。
  2. エルミート行列 C の取り扱い (非エルミートな結果)

    • エラー: her2k 自体はエラーを出さないかもしれませんが、C の結果が期待通りエルミート行列にならない、または特定の三角部分しか更新されない。
    • 原因: her2k は、uplo 引数 ('U' または 'L') に基づいて、行列 C の上三角または下三角のみを更新します。BLAS 関数は、C が実際にエルミート行列であるという前提で動作します。そのため、C が初期状態からエルミート行列でない場合、または指定された三角部分以外に無効な値が含まれている場合、結果として得られる C は期待通りのエルミート行列にならない可能性があります。
    • トラブルシューティング:
      • C を初期化する際には、Hermitian(some_matrix) のように Hermitian ラッパーを使用するか、手動で C[i,j] = conj(C[j,i]) となるように初期化し、確実にエルミート行列であることを保証してください。
      • C の内部配列 (C.data を渡す場合など) が、更新したい三角部分以外に意図しない値を含んでいないか確認してください。
  3. uplotrans 引数の誤用

    • エラー: 計算結果が間違っている、または予期しない挙動。
    • 原因:
      • uplo: 'U' (Upper triangle) は Cijfor i≤j を、'L' (Lower triangle) は Cijfor i≥j を指定します。これが実際のコードの意図と合っていない場合、結果が異なります。
      • trans: 'N' (No transpose) は A,B をそのまま使用し、'C' (Conjugate transpose) は AH,BH を使用します。これも式の解釈に直接影響します。
    • トラブルシューティング:
      • 行いたい計算式が her2k の定義 (C:=α⋅A⋅BH+αˉ⋅B⋅AH+β⋅C または C:=α⋅AH⋅B+αˉ⋅BH⋅A+β⋅C) のどちらに合致するかを確認し、それに応じて trans を設定してください。
      • 結果のエルミート行列 C のどの部分に値を書き込みたいか (上三角か下三角か) に基づいて uplo を適切に設定してください。
  4. メモリレイアウト (Column-major vs. Row-major)

    • エラー: 結果が全く異なる、または計算が非常に遅い。
    • 原因: Julia はデフォルトでカラムメジャー (Fortran-style) のメモリレイアウトを使用します。BLAS 関数もこのレイアウトを前提としています。もし、外部ライブラリなどから行メジャー (C-style) の行列を渡そうとすると、メモリレイアウトの不一致により、間違った計算が行われたり、非効率なメモリアクセスが発生したりすることがあります。
    • トラブルシューティング:
      • Julia の標準的な Matrix 型 (Array{T, 2}) を使用している限り、通常この問題は発生しません。
      • もし外部ライブラリから取得したデータや、transpose()permutedims() を多用している場合は、データの連続性やメモリレイアウトに注意してください。場合によっては collect(Matrix(data)) のようにして新しい連続した配列を生成する必要があるかもしれません。
  5. 複素共役の取り扱いミス

    • エラー: 計算結果がわずかに異なる、または正しくない。
    • 原因: her2k の定義には α と αˉ の両方が含まれます。alpha が実数の場合は問題ありませんが、複素数の場合、ユーザーが conj(alpha) を誤って渡したり、式の解釈を間違えたりすることが原因で起こることがあります。her2k 関数は内部でこの共役を正しく扱いますが、もし手動で式を組む場合に混同すると問題になります。
    • トラブルシューティング: BLAS.her2k を直接呼び出す場合は、alpha のみを渡せばよく、conj(alpha) は内部で適切に処理されます。
  6. BLAS.her2k! vs. BLAS.her2k

    • エラー: BLAS.her2k が見つからない (MethodError)、または戻り値が期待通りでない。
    • 原因: Julia の慣例として、関数名に ! が付いているものは引数をインプレース (in-place) で変更し、付いていないものは変更しない(新しいオブジェクトを返す)ことを示します。LinearAlgebra.BLAS.her2k は、他の多くの BLAS 関数と同様に、通常 C 行列をインプレースで更新します。そのため、! がない関数名として提供されているかもしれません (これはBLAS関数のJuliaラッパーの設計による)。しかし、一部のJuliaのBLAS関数では、! が明示的に付いているバージョンと付いていないバージョンが存在する場合があります。
    • トラブルシューティング: REPL で ?BLAS.her2k と入力して、関数のシグネチャとドキュメントを正確に確認してください。通常、BLAS.her2kC をインプレースで変更します。
  • 他のBLAS関数と比較: 類似のBLAS関数 (gemm, herk など) の使用方法を調べて、引数のパターンが一致しているかを確認するのも良い方法です。
  • 中間変数の確認: デバッグのため、計算の各ステップで中間変数の値や形状を確認してください。
  • 型情報の確認: typeof(variable) を使用して、すべての引数の型が期待通りであることを確認してください。
  • 次元の確認: 常に size(matrix) を使用して行列の次元を確認し、n および k の値がそれらに一致していることを徹底してください。
  • シンプルな例でテスト: 問題の複雑なコードの前に、小さい次元の簡単な行列で her2k が期待通りに動作するかどうかを確認してください。
  • ドキュメントを読む: まずは ?BLAS.her2k を Julia REPL で実行し、関数の正確なシグネチャ、引数の説明、および使用例を確認してください。


ここで、C はエルミート行列である必要があります。BLAS 関数は、C の上三角部分または下三角部分のみを更新し、残りの部分は対称性/エルミート性に基づいて自動的に補完されると期待します。

例1: 基本的な使用法 (複素数行列)

この例では、C := α * A * B' + conj(α) * B * A' + β * C の形式で her2k を呼び出します。ここで A'A の共役転置 (Hermitian transpose) を意味します。

using LinearAlgebra

# 1. 行列の定義
# C はエルミート行列 (Hermitian matrix) である必要があるため、
# まず正方行列として定義し、Hermitian() でラップするか、
# または Hermitian型の配列を直接作成します。
# BLAS関数は C の基となる配列を直接操作します。
N = 3 # C の次元
K = 2 # A, B の内部次元

# A と B は ComplexF64 型の行列
A = rand(ComplexF64, N, K) + rand(ComplexF64, N, K) * im
B = rand(ComplexF64, N, K) + rand(ComplexF64, N, K) * im

# C はエルミート行列なので、Hermitian() でラップします。
# C の内部データは Float64 の実数部分と虚数部分からなるため、ComplexF64 を使用します。
# C はエルミート行列として初期化します。
# ここでは C = I (単位行列) と仮定しますが、任意のエルミート行列で構いません。
C_data = Matrix{ComplexF64}(I, N, N) # 基となる配列
C = Hermitian(C_data, :U) # 上三角部分を保持する Hermitian オブジェクトを作成

# スカラ値の定義 (ComplexF64)
alpha = 2.0 + 1.0im
beta = 0.5 + 0.5im

println("--- 初期状態 ---")
println("A:\n", A)
println("B:\n", B)
println("C (初期):\n", C)
println("alpha: ", alpha)
println("beta: ", beta)

# 2. her2k の呼び出し
# BLAS.her2k(uplo, trans, alpha, A, B, beta, C_array)
# 'U': C の上三角部分を更新
# 'N': A と B は転置しない (C := alpha * A * B' + conj(alpha) * B * A' + beta * C)
# her2k は C の内部配列を直接変更するため、C.data を渡します。
BLAS.her2k('U', 'N', alpha, A, B, beta, C.data)

println("\n--- her2k 実行後 ---")
println("C (更新後):\n", C)

# 結果の検証 (手動計算)
# C_manual = alpha * A * B' + conj(alpha) * B * A' + beta * C_initial
# C_initial の完全な形を取得するため、Hermitianオブジェクトの値をコピー
C_initial_full = Matrix(C_data) # BLAS呼び出し前のC_data (I)
C_expected = alpha * A * B' + conj(alpha) * B * A' + beta * C_initial_full

println("\n--- 結果の検証 ---")
println("C (期待値):\n", C_expected)

# BLAS は C の指定された三角部分のみを更新し、残りの部分は対称的に埋められることに注意
# 例えば、uplo='U' の場合、C[i,j] (j < i) は C[j,i]' の共役として扱われる
# 近似的に等しいか確認
println("結果は期待値に近似的に等しいか: ", isapprox(C, C_expected))
# エルミート性も確認 (C[i,j] と conj(C[j,i]) の比較)
println("C はエルミートか: ", ishermitian(C))

解説

  • BLAS.her2k('U', 'N', alpha, A, B, beta, C.data):
    • 'U': C上三角部分のみを更新します。
    • 'N': 行列 AB転置されません。したがって、計算は A⋅BH の形式になります。
    • alpha, A, B, beta は、式におけるスカラ値と行列です。
    • C.data: Hermitian オブジェクトの内部配列をBLAS関数に直接渡します。BLAS関数はこの配列をインプレースで変更します。
  • Hermitian(C_data, :U): C_data は基となる配列で、Hermitian 型は、この配列がエルミート行列であるという「タグ」付けを行います。:U は、実際にメモリに格納されている(または更新されるべき)三角部分が上三角であることを示します。BLAS 関数は、このタグを尊重し、指定された三角部分のみを操作します。

例2: trans = 'C' の場合

この例では、C := α * A' * B + conj(α) * B' * A + β * C の形式で her2k を呼び出します。

using LinearAlgebra

N = 4 # C の次元
K = 3 # A, B の内部次元

# A と B は ComplexF64 型の行列
# trans = 'C' の場合、A, B の次元が N と K で逆になります。
# A は K x N, B は K x N
A = rand(ComplexF64, K, N) + rand(ComplexF64, K, N) * im
B = rand(ComplexF64, K, N) + rand(ComplexF64, K, N) * im

C_data = zeros(ComplexF64, N, N) # ゼロ行列で初期化
C = Hermitian(C_data, :L) # 下三角部分を保持する Hermitian オブジェクトを作成

alpha = 3.0 - 2.0im
beta = 1.0 + 0.0im

println("--- 初期状態 (trans='C') ---")
println("A:\n", A)
println("B:\n", B)
println("C (初期):\n", C)
println("alpha: ", alpha)
println("beta: ", beta)

# 2. her2k の呼び出し
# 'L': C の下三角部分を更新
# 'C': A と B は共役転置される (C := alpha * A' * B + conj(alpha) * B' * A + beta * C)
BLAS.her2k('L', 'C', alpha, A, B, beta, C.data)

println("\n--- her2k 実行後 (trans='C') ---")
println("C (更新後):\n", C)

# 結果の検証 (手動計算)
C_initial_full = Matrix(C_data) # BLAS呼び出し前のC_data (ゼロ行列)
C_expected = alpha * A' * B + conj(alpha) * B' * A + beta * C_initial_full

println("\n--- 結果の検証 ---")
println("C (期待値):\n", C_expected)
println("結果は期待値に近似的に等しいか: ", isapprox(C, C_expected))
println("C はエルミートか: ", ishermitian(C))

解説

  • 'L': C下三角部分のみが更新されます。
  • 'C': 行列 AB共役転置されて計算に使用されます。つまり、式は AH⋅B の形式になります。この場合、A と B の列数は N (C の次元) に、行数は K (内部次元) になります。

her2k は、複素数行列専用のエルミート更新ですが、実数行列に対しては syr2k (Symmetric rank-2k update) が相当します。しかし、Julia の LinearAlgebra.BLAS.her2k は、引数に Float64 を渡した場合、内部的に実数版の BLAS ルーチン (syr2k) を呼び出す場合があります。これは、実数のエルミート行列が対称行列であるためです。

using LinearAlgebra

N = 5
K = 2

# 実数行列
A_real = rand(Float64, N, K)
B_real = rand(Float64, N, K)

# C_real は対称行列として初期化 (Hermitian() を使っても良いが、Symmetric() がより適切)
C_real_data = zeros(Float64, N, N)
C_real = Symmetric(C_real_data, :U) # 上三角部分を保持する Symmetric オブジェクトを作成

alpha_real = 2.0
beta_real = 0.5

println("--- 初期状態 (実数行列) ---")
println("A_real:\n", A_real)
println("B_real:\n", B_real)
println("C_real (初期):\n", C_real)
println("alpha_real: ", alpha_real)
println("beta_real: ", beta_real)

# her2k を実数行列に適用 (内部で syr2k が呼ばれる可能性が高い)
# 'U': C の上三角部分を更新
# 'N': A と B は転置しない (C := alpha * A * B' + alpha * B * A' + beta * C)
BLAS.her2k('U', 'N', alpha_real, A_real, B_real, beta_real, C_real.data)

println("\n--- her2k 実行後 (実数行列) ---")
println("C_real (更新後):\n", C_real)

# 結果の検証 (手動計算)
# 実数行列の場合、B' は B の転置と同じ (共役は影響しない)
# また、conj(alpha) も alpha と同じ
C_initial_real_full = Matrix(C_real_data)
C_expected_real = alpha_real * A_real * B_real' + alpha_real * B_real * A_real' + beta_real * C_initial_real_full

println("\n--- 結果の検証 ---")
println("C_real (期待値):\n", C_expected_real)
println("結果は期待値に近似的に等しいか: ", isapprox(C_real, C_expected_real))
println("C_real は対称か: ", issymmetric(C_real))
  • Julia は型に基づいて適切な BLAS ルーチンを選択するため、Float64 の引数を渡すと、内部的に実数用の syr2k が効率的に使用されます。
  • 実数行列の場合、共役転置 (') は単なる転置 (transpose) と同じになります。また、alpha の共役も alpha 自身になります。そのため、her2k の式は実数行列では C:=α⋅A⋅BT+α⋅B⋅AT+β⋅C となり、これは syr2k の定義と一致します。


LinearAlgebra.BLAS.her2k() の代替方法

her2k() が実行する計算は、C:=α⋅A⋅BH+αˉ⋅B⋅AH+β⋅C です。この計算は、Julia の高レベルな行列演算機能を使って表現できます。

  1. 高レベルな行列演算 (推奨される代替手段)

    Julia では、行列積、共役転置、加算、スカラ乗算といった操作は、非常に直感的かつ簡潔に記述できます。内部的にはこれらの操作もBLAS/LAPACKなどの最適化されたルーチンを利用するため、ほとんどの場合で BLAS.her2k() と同等の、あるいは非常に近い性能を発揮します。

    using LinearAlgebra
    
    N = 3
    K = 2
    
    A = rand(ComplexF64, N, K) + rand(ComplexF64, N, K) * im
    B = rand(ComplexF64, N, K) + rand(ComplexF64, N, K) * im
    C_initial = rand(ComplexF64, N, N) + rand(ComplexF64, N, N) * im
    C_initial = (C_initial + C_initial') / 2 # C はエルミート行列であると仮定
    
    alpha = 2.0 + 1.0im
    beta = 0.5 + 0.5im
    
    # --- BLAS.her2k() を使用する場合 ---
    C_blas = deepcopy(C_initial)
    BLAS.her2k('U', 'N', alpha, A, B, beta, C_blas) # C_blas は上三角部分のみ更新されると期待される
    # BLAS関数は C_blas の指定された三角部分のみを更新するため、
    # 完全なエルミート行列として利用するには注意が必要な場合があります。
    # Hermitianラッパーを使用するとより安全です。
    C_blas_herm = Hermitian(C_blas, :U) # 例えば上三角をベースに完全なエルミート行列を形成
    
    println("--- BLAS.her2k() の結果 ---")
    println("C_blas_herm:\n", C_blas_herm)
    
    # --- 高レベルな行列演算を使用する場合 ---
    # 計算式を直接記述
    C_high_level = alpha * A * B' + conj(alpha) * B * A' + beta * C_initial
    
    # 結果がエルミート行列であることを保証する場合
    C_high_level = (C_high_level + C_high_level') / 2
    
    println("\n--- 高レベルな行列演算の結果 ---")
    println("C_high_level:\n", C_high_level)
    
    # 比較
    println("\nBLASと高レベル演算の結果は近似的に等しいか: ", isapprox(C_blas_herm, C_high_level))
    println("C_high_level はエルミートか: ", ishermitian(C_high_level))
    

    利点:

    • 可読性: 数学的な式とプログラムコードが非常に似ているため、理解しやすいです。
    • 簡潔さ: BLAS関数の多くの引数を指定する必要がありません。
    • 安全性: Julia の行列演算は、次元チェックや型変換を自動的に行い、予期せぬエラーを防ぎます。結果のエルミート性も、必要に応じて明示的に保証できます。
    • 性能: Julia の行列演算は、内部的に最適化されたBLAS/LAPACKルーチン(OpenBLAS, MKLなど)にディスパッチされるため、手動でBLAS関数を呼び出すのと同等の高性能が得られます。

    欠点:

    • 中間結果のためのメモリ割り当てが発生する可能性があります(例: A * B' の結果)。ただし、Julia の最適化により、多くの場合は効率的に処理されます。
  2. インプレース演算 (mul!, axpy!) の組み合わせ

    メモリ割り当てを最小限に抑えたい場合や、大規模な行列で効率性を重視したい場合は、BLAS関数が提供するインプレース演算(mul!, axpy! など)を組み合わせて her2k の計算を再現できます。

    mul!(C, A, B, alpha, beta) は C:=αAB+βC を計算します。 axpy!(alpha, X, Y) は Y:=αX+Y を計算します。

    her2k の計算 C:=α⋅A⋅BH+αˉ⋅B⋅AH+β⋅C を分解すると、以下のようになります。

    1. C := β * C
    2. C := C + α * A * B^H
    3. C := C + conj(α) * B * A^H

    これを mul! を使って書くと:

    using LinearAlgebra
    
    N = 3
    K = 2
    
    A = rand(ComplexF64, N, K) + rand(ComplexF64, N, K) * im
    B = rand(ComplexF64, N, K) + rand(ComplexF64, N, K) * im
    C_initial_data = rand(ComplexF64, N, N) + rand(ComplexF64, N, N) * im
    C_initial_data = (C_initial_data + C_initial_data') / 2 # C はエルミート行列であると仮定
    C_inplace = deepcopy(C_initial_data) # インプレースで変更される配列
    
    alpha = 2.0 + 1.0im
    beta = 0.5 + 0.5im
    
    println("--- インプレース演算 (mul!) を使用する場合 ---")
    println("C_initial_data:\n", C_initial_data)
    
    # 1. C のスケーリング: C := beta * C
    # この操作は BLAS.her2k の内部で最初に行われることが多い
    # もし C_inplace がゼロ行列ならこのステップは不要
    lmul!(beta, C_inplace) # C_inplace *= beta
    
    # 2. 最初の項を追加: C := C + α * A * B'
    # mul!(C, A, B', alpha, 1.0) で C := alpha * A * B' + 1.0 * C を計算
    mul!(C_inplace, A, B', alpha, 1.0)
    
    # 3. 2番目の項を追加: C := C + conj(α) * B * A'
    # mul!(C, B, A', conj(alpha), 1.0) で C := conj(alpha) * B * A' + 1.0 * C を計算
    mul!(C_inplace, B, A', conj(alpha), 1.0)
    
    # 結果はエルミート行列になるはずだが、浮動小数点誤差でわずかにずれる場合がある
    # 必要に応じてエルミート性を強制
    C_inplace_herm = (C_inplace + C_inplace') / 2
    
    println("\nC_inplace_herm:\n", C_inplace_herm)
    
    # 前の例の結果と比較
    C_expected_from_blas = BLAS.her2k('U', 'N', alpha, A, B, beta, deepcopy(C_initial_data)) # 上三角のみ更新されたBLAS結果
    C_expected_from_blas_herm = Hermitian(C_expected_from_blas, :U) # BLAS結果をエルミートとして解釈
    
    println("インプレース演算とBLASの結果は近似的に等しいか: ", isapprox(C_inplace_herm, C_expected_from_blas_herm))
    println("C_inplace_herm はエルミートか: ", ishermitian(C_inplace_herm))
    

    利点:

    • メモリ効率: 中間配列の生成を最小限に抑えるため、大規模な計算でのメモリフットプリントが低減されます。
    • 性能: mul!lmul! も内部的にBLASにディスパッチされるため、高性能です。

    欠点:

    • 複数の関数呼び出しが必要になり、コードが BLAS.her2k() の直接呼び出しよりも長くなります。
    • 計算式が分解されるため、her2k の目的であるエルミート性の維持がより複雑になる可能性があります(最終的にエルミートであることを保証するための追加ステップが必要になる場合がある)。

ほとんどのユースケースでは、高レベルな行列演算 (alpha * A * B' + ...) を使用することが強く推奨されます。

  • BLASレベルの関数で発生しやすい次元や型の不一致によるエラーのリスクが低減されます。
  • Julia のコンパイラとBLASライブラリの最適化のおかげで、多くの場合、BLAS.her2k() を直接呼び出すのと同等の性能が得られます。
  • 可読性、保守性、開発速度の点で優れています。

mul! を組み合わせたインプレース演算は、次のような特定の状況で検討する価値があります。

  • マイクロベンチマークで性能ボトルネックが明確に確認され、mul! を使用することで有意な改善が見られた場合。
  • 特定の計算グラフの一部として、既に存在するメモリバッファを再利用する必要がある場合。
  • 極めて大規模な行列で、中間配列のメモリ割り当てが深刻な問題となる場合。