Juliaプログラミング上級者向け:BLAS.hemm()の実践的な使用例

2025-05-26

まず、基本的な理解から始めましょう。

BLASとは?

BLASは "Basic Linear Algebra Subprograms" の略で、線形代数の基本的な演算(ベクトルとベクトルの積、行列とベクトルの積、行列と行列の積など)を高速に実行するための標準的なルーチンの集合です。多くの数値計算ライブラリがこのBLASを内部で利用しており、Juliaもその一つです。通常、BLASの実装は特定のCPUアーキテクチャに最適化されており、非常に高いパフォーマンスを発揮します。

LinearAlgebra.BLASモジュール

JuliaのLinearAlgebraモジュールは、線形代数に関する多くの機能を提供していますが、その中にBLASサブモジュールがあります。これは、下層のBLASライブラリ(JuliaのデフォルトではOpenBLASが多いですが、MKLなども利用可能)の関数を直接呼び出すためのラッパーを提供しています。

hemm()の機能

hemm()は、BLAS Level 3ルーチンの一つで、エルミート行列と一般行列の積を計算し、その結果を別の行列に加算する操作を行います。具体的には、以下のいずれかの計算を実行します。

  • C:=α⋅B⋅A+β⋅C
  • C:=α⋅A⋅B+β⋅C

ここで:

  • α と β はスカラー値です。
  • C は結果が格納される行列です。
  • B は一般行列(General matrix)です。
  • A はエルミート行列(Hermitian matrix)です。エルミート行列とは、A=AH(AHはAの共役転置)を満たす複素正方行列のことです。実数の場合は対称行列にあたります。

重要な点

  • 引数
    通常、以下のような引数を取ります。
    • side: 'L'または'R''L'の場合、A⋅B の形、'R'の場合 B⋅A の形になります。
    • uplo: 'U'または'L'。エルミート行列Aが上三角部分のみ、または下三角部分のみで表現されているかを示します。これにより、メモリの使用量と計算量を最適化できます。
    • alpha: スカラー値 α。
    • A: エルミート行列。
    • B: 一般行列。
    • beta: スカラー値 β。
    • C: 結果が書き込まれる行列。
  • インプレース(in-place)操作
    関数名の末尾に!が付くhemm!は、結果を既存の行列Cに書き込む(in-placeで変更する)ことを意味します。!が付かないhemmは、新しい行列を返します。パフォーマンスの観点からは、特に大きな行列を扱う場合、メモリ再割り当てのコストを避けるためにhemm!の使用が推奨されます。
  • 複素数のみ
    hemm()は、通常、複素数行列に対して定義されます。実数行列の場合は、対称行列を扱うsymm()が対応します。

なぜhemm()を使うのか?

Juliaでは、通常の行列乗算としてA * Bと書くことができますが、BLAS.hemm()のようなBLAS関数を直接使用することには、いくつかの利点があります。

  1. パフォーマンス
    BLASルーチンは、高度に最適化された低レベルのコード(通常はFortranやCで書かれている)であり、CPUのキャッシュ効率やSIMD命令などを最大限に活用するように設計されています。そのため、特に大規模な行列演算において、Juliaの一般的な行列乗算よりも高速に動作することが期待できます。
  2. 特定の行列構造の活用
    hemm()は、行列Aがエルミート行列であるという特性を認識し、その特性を利用して計算を最適化します。これにより、不要な計算を省き、さらに効率を高めることができます。
  3. メモリ効率
    hemm!のようにインプレースで結果を書き込む関数は、新しいメモリを割り当てる必要がないため、ガベージコレクションの負担を減らし、メモリ使用量を抑えることができます。
using LinearAlgebra

# 例として複素数行列を定義
A = ComplexF64[1+0im 2+1im; 2-1im 3+0im] # エルミート行列
B = ComplexF64[1+1im 2+0im; 3+2im 4+1im]
C = zeros(ComplexF64, 2, 2) # 結果を格納する行列

alpha = 1.0 + 0im
beta = 0.0 + 0im

# C = alpha * A * B + beta * C を計算(Aは左側、エルミート行列Aの上三角部分を使用)
# A は Hermitian(A_data, :U) のように Hermitian 型で渡すのが一般的です。
# ただし、BLAS.hemm! の直接呼び出しでは uplo と A のデータ部分を渡す形になります。
# 実際には LinearAlgebra.mul! などが高レベルなインターフェースを提供し、内部でBLASを呼び出すことが多いです。

# 一般的な使用例は mul! を通じて行われます
# C = alpha * A * B
mul!(C, A, B, alpha, beta) # この mul! は、Aがエルミート行列であれば内部的にhemm!などを呼び出す可能性があります


hemm() は通常 hemm! の形でインプレース(in-place)操作として使われることが多いので、hemm! を例に説明します。

引数の型(Type)の不一致

BLAS関数は低レベルなため、引数の型が厳密にチェックされます。特に、数値型が期待通りでない場合、エラーが発生します。

エラーの例

  • ERROR: ArgumentError: arguments must be of Float64 or ComplexF64 type
  • MethodError: no method matching hemm!(...)

原因とトラブルシューティング

  • スカラー値のalphabetaも、行列の要素型に合わせる必要があります。例えば、ComplexF64の行列を扱う場合はComplexF64(1.0)のように明示的に型を指定する必要がある場合があります。

    • alpha = 1.0 + 0imalpha = 1.0 (ただし行列がFloat64の場合)
  • hemmは複素数行列(ComplexF64)に対して定義されています。実数行列(Float64)の場合、BLAS.symm() (対称行列) を使用する必要があります。

行列の次元(Dimension)の不一致

BLAS操作では、行列の次元が数学的に整合している必要があります。これは最も一般的なエラーの一つです。

エラーの例

  • ERROR: ArgumentError: invalid dimensions for matrix multiplication
  • DimensionMismatch

原因とトラブルシューティング

  • 各行列のサイズを慎重に確認し、数学的なルールに適合していることを確認してください。
  • hemm!(side, uplo, alpha, A, B, beta, C) の場合、以下の次元規則が適用されます。
    • A はエルミート行列なので正方行列である必要があります(n x n)。
    • side = 'L' の場合(C:=α⋅A⋅B+β⋅C):
      • A の行数と B の行数が一致する (A∈Cm×m, B∈Cm×k)
      • C の行数と A の行数、B の行数が一致する (C∈Cm×k)
    • side = 'R' の場合(C:=α⋅B⋅A+β⋅C):
      • A の列数と B の列数が一致する (A∈Cm×m, B∈Ck×m)
      • C の列数と A の列数、B の列数が一致する (C∈Ck×m)
    • 最終的に C の次元は B の次元と同じである必要があります。

行列のメモリレイアウトの問題(Strided Arrays / Views)

BLAS関数は、通常、メモリ上で連続して配置された配列(密行列)を想定しています。Juliaのviewなどで非連続なメモリを参照する配列(StridedArrayの一部)を渡すと、パフォーマンスが低下したり、エラーになったりすることがあります。

エラーの例

  • 予期せぬ結果やクラッシュ(稀ですが、メモリ破壊が起きる可能性もゼロではありません)
  • ERROR: matrix does not have contiguous columns (これはgemmでの例ですが、hemmでも同様の概念)

原因とトラブルシューティング

  • ただし、LinearAlgebra.mul!などの高レベルな関数は、このようなメモリレイアウトの違いを内部で適切に処理してくれるため、通常は直接BLASを呼び出す代わりにこれらの関数を使用することが推奨されます。
  • 解決策
    必要であれば、copy()を使って連続メモリにコピーを作成してからBLAS関数に渡します。
    • 例: BLAS.hemm!(side, uplo, alpha, A, B, beta, C) の代わりに、BLAS.hemm!(side, uplo, alpha, copy(A), copy(B), beta, C)
  • viewなどを使って作成した配列を直接BLAS関数に渡す場合、そのメモリレイアウトがBLASが期待するものと異なる可能性があります。

uplo 引数の誤用

エルミート行列は、対角要素に対して共役転置の関係にあるため、上三角部分または下三角部分のどちらか一方のみを格納することで表現できます。uplo 引数 ('U' または 'L') は、BLASがどちらの三角部分を使用するかを示します。

エラーの例

  • 計算結果が正しくない(期待値と異なる)
  • ERROR: ArgumentError: illegal value for argument 2 (これは汎用的なエラーメッセージですが、uploが問題の場合もある)

原因とトラブルシューティング

  • 確認点
    エルミート行列Aが実際にuploで指定した三角部分に意味のあるデータを含んでいるか確認してください。JuliaのHermitian(data, :U)Hermitian(data, :L)のように、Hermitian型として構築することで、この指定を明確にすることができますが、BLAS.hemm!に直接渡す場合は、data自体が渡され、uploでどの部分を使うか指示されます。
  • uploを間違った値で指定したり、または行列が実際に指定した三角部分のデータを持っていない場合(例: Aがエルミート行列ではないのにエルミート行列として扱おうとする)、正しく計算されないことがあります。

BLASライブラリのロード問題/競合

稀ですが、使用しているBLASライブラリのバージョンや設定に問題がある場合、BLAS関数が正しく見つからない、または予期せぬ動作をすることがあります。

エラーの例

  • No BLAS/LAPACK library loaded!
  • Problem calling BLAS from julia directly (could not find function :zhemm_64_ in library libopenblas64_)

原因とトラブルシューティング

  • 解決策
    • Juliaのインストールを再確認するか、別のバージョンを試す。
    • 環境変数(OPENBLAS_NUM_THREADSMKL_NUM_THREADSなど)でBLASのスレッド数を制御している場合、その設定が適切か確認する。
    • もし、LinearAlgebra.mul!などの高レベルAPIを使用している場合は、Juliaが自動的に適切なBLAS関数を選択するため、この種の問題に遭遇することは少ないでしょう。
  • カスタムのBLAS(MKLなど)を使用している場合、その設定に問題がある可能性があります。
  • 複数の線形代数パッケージをusingしている場合に、同名の関数が競合することがあります(例: dot)。LinearAlgebra.BLAS.hemm!のように完全修飾することで回避できます。
  • JuliaがリンクしているBLASライブラリ(デフォルトはOpenBLAS)が見つからない、または破損している可能性があります。

データ型の制限(Float64 / ComplexF64 以外の型)

BLASルーチンは、通常、倍精度浮動小数点数(Float64)または倍精度複素数(ComplexF64)に最適化されています。他の型(例: Float32, Int)を直接渡すとエラーになるか、非効率なフォールバックが発生することがあります。

エラーの例

  • ERROR: ArgumentError: arguments must be of Float64 or ComplexF64 type
  • MethodError
  • Float32などを使用したい場合は、BLASの単精度版(chemmなど、関数名のプレフィックスが異なる)を呼び出す必要がありますが、JuliaのLinearAlgebra.BLASは通常、この違いを透過的に処理してくれません。そのような場合は、より高レベルなmul!関数を使うか、自分でccallを使ってBLAS関数を呼び出す必要があります。
  • hemm()は複素数行列(ComplexF64)専用です。実数行列の場合は、対称行列乗算のためのBLAS.symm()を使用します。
  • LinearAlgebra.BLAS.hemm() を直接呼び出すのは、以下のような高度なケースに限られます。
    • 特定のBLASルーチンを厳密に制御したい場合。
    • 非常に特殊なメモリレイアウトの最適化が必要な場合。
    • パフォーマンスのボトルネックを特定し、BLASレベルで微調整を行いたい場合。
  • ほとんどの場合、LinearAlgebra.mul! を使用するべきです。
    • mul!(C, A, B, alpha, beta) のように呼び出すことで、C = alpha * A * B + beta * C を計算できます。
    • Juliaは、AHermitian型であることや、Aが実際にエルミート行列であること(ishermitian(A)trueを返す場合)を自動的に検出し、内部で適切なBLASルーチン(hemm!など)を呼び出します。
    • これにより、上記で挙げた多くのエラー(型や次元の不一致、メモリレイアウト)が抽象化され、ユーザーがBLASの詳細を意識する必要がなくなります。


Juliaで線形代数演算を行う際、直接 BLAS.hemm! を呼び出すことは稀で、ほとんどの場合は LinearAlgebra.mul! のような高レベルな関数を使います。これは、mul! が行列の型や特性(エルミート行列であるかどうかなど)を自動的に判断し、内部で最適なBLASルーチンを呼び出してくれるためです。しかし、BLAS.hemm! の挙動を理解することは、パフォーマンスチューニングや低レベルな線形代数操作の理解に役立ちます。

以下に、LinearAlgebra.BLAS.hemm!() の使用例をいくつか示します。

LinearAlgebra.BLAS.hemm!() の基本

hemm! は以下の形式で呼び出されます。

BLAS.hemm!(side, uplo, alpha, A, B, beta, C)
  • C: 結果を格納する行列。B と同じ次元である必要があります。この行列はインプレースで変更されます。
  • beta: スカラー値 β。行列の要素型に合わせた複素数または浮動小数点数。
  • B: 一般行列。
  • A: エルミート行列。必ず正方行列である必要があります。複素数行列である必要があります。
  • alpha: スカラー値 α。行列の要素型に合わせた複素数または浮動小数点数。
  • uplo: 'U' または 'L'。エルミート行列 A の上三角部分 ('U') または下三角部分 ('L') を使用するかを指定します。エルミート行列は対称なので、半分だけのデータを保持すれば十分です。
  • side: 'L' または 'R'。エルミート行列 AB の左側に来るか ('L')、右側に来るか ('R') を指定します。
    • 'L': C:=α⋅A⋅B+β⋅C
    • 'R': C:=α⋅B⋅A+β⋅C

注意点
hemm! は複素数行列に特化した関数です。実数行列の対称行列との積には BLAS.symm! を使用します。

例1: 基本的な使用例(side = 'L'

C:=α⋅A⋅B+β⋅C を計算する例です。

using LinearAlgebra

# エルミート行列 A (2x2)
# A = A^H (共役転置) を満たす
A_data = ComplexF64[
    2.0+0.0im  1.0-1.0im;
    1.0+1.0im  3.0+0.0im
]
A = Hermitian(A_data, :U) # Julia の Hermitian 型でAを定義。BLASに渡す際は通常A.dataを使用。
# A.data は内部的に元の配列(A_data)を参照しています。

# 一般行列 B (2x3)
B = ComplexF64[
    1.0+0.0im  2.0+0.0im  3.0+0.0im;
    4.0+0.0im  5.0+0.0im  6.0+0.0im
]

# 結果を格納する行列 C (B と同じ次元)
C = zeros(ComplexF64, 2, 3)

alpha = ComplexF64(1.0) # スカラー alpha
beta  = ComplexF64(0.0) # スカラー beta

# A が左側 (side = 'L')、A の上三角部分を使用 (uplo = 'U')
println("--- 例1: C = A * B ---")
println("元の A:\n", A)
println("元の B:\n", B)
println("元の C:\n", C)

BLAS.hemm!('L', 'U', alpha, A.data, B, beta, C)

println("\n計算後の C:\n", C)

# 検証 (一般的な行列乗算と比較)
C_expected = A * B
println("\n期待される C (A * B):\n", C_expected)
println("BLAS.hemm! の結果と期待される結果の一致: ", C ≈ C_expected)

この例では、AHermitian 型で定義していますが、BLAS.hemm! に渡すのはその内部データ A.datauplo の指定です。uplo'U' の場合、A.data の上三角部分が有効なデータとして扱われます。

例2: side = 'R' の使用例

using LinearAlgebra

# エルミート行列 A (2x2)
A_data = ComplexF64[
    2.0+0.0im  1.0-1.0im;
    1.0+1.0im  3.0+0.0im
]
A = Hermitian(A_data, :U) # Julia の Hermitian 型

# 一般行列 B (3x2)
B = ComplexF64[
    1.0+0.0im  2.0+0.0im;
    3.0+0.0im  4.0+0.0im;
    5.0+0.0im  6.0+0.0im
]

# 結果を格納する行列 C (B と同じ次元)
C = zeros(ComplexF64, 3, 2)

alpha = ComplexF64(1.0)
beta  = ComplexF64(0.0)

# A が右側 (side = 'R')、A の上三角部分を使用 (uplo = 'U')
println("\n--- 例2: C = B * A ---")
println("元の A:\n", A)
println("元の B:\n", B)
println("元の C:\n", C)

BLAS.hemm!('R', 'U', alpha, A.data, B, beta, C)

println("\n計算後の C:\n", C)

# 検証
C_expected = B * A
println("\n期待される C (B * A):\n", C_expected)
println("BLAS.hemm! の結果と期待される結果の一致: ", C ≈ C_expected)

例3: beta を使用して既存の C に加算する例

C:=α⋅A⋅B+β⋅C で、β=0 の場合。

using LinearAlgebra

A_data = ComplexF64[
    2.0+0.0im  1.0-1.0im;
    1.0+1.0im  3.0+0.0im
]
A = Hermitian(A_data, :U)

B = ComplexF64[
    1.0+0.0im  2.0+0.0im;
    4.0+0.0im  5.0+0.0im
]

# C に初期値を入れておく
C = ComplexF64[
    10.0+0.0im  11.0+0.0im;
    12.0+0.0im  13.0+0.0im
]

alpha = ComplexF64(2.0) # 2 * A * B
beta  = ComplexF64(0.5) # + 0.5 * C

println("\n--- 例3: C = alpha * A * B + beta * C ---")
println("元の A:\n", A)
println("元の B:\n", B)
println("元の C:\n", C)

BLAS.hemm!('L', 'U', alpha, A.data, B, beta, C)

println("\n計算後の C:\n", C)

# 検証
C_initial = ComplexF64[
    10.0+0.0im  11.0+0.0im;
    12.0+0.0im  13.0+0.0im
] # 比較のために元のCの値を保持
C_expected = alpha * A * B + beta * C_initial
println("\n期待される C (alpha * A * B + beta * C_initial):\n", C_expected)
println("BLAS.hemm! の結果と期待される結果の一致: ", C ≈ C_expected)

エルミート行列の下三角部分を使う場合。

using LinearAlgebra

# エルミート行列 A (2x2)
# 下三角部分に有効なデータを持ち、上三角部分は参照されないと仮定
A_data_lower = ComplexF64[
    2.0+0.0im  99.0+99.0im; # 99+99im は無視される
    1.0+1.0im  3.0+0.0im
]
A_lower = Hermitian(A_data_lower, :L) # Julia の Hermitian 型でLを使用

B = ComplexF64[
    1.0+0.0im  2.0+0.0im;
    4.0+0.0im  5.0+0.0im
]

C = zeros(ComplexF64, 2, 2)

alpha = ComplexF64(1.0)
beta  = ComplexF64(0.0)

println("\n--- 例4: uplo = 'L' の使用例 ---")
println("元の A (下三角部分が有効):\n", A_lower) # 表示上は全体が表示されるが、BLASは下三角のみ利用
println("元の B:\n", B)
println("元の C:\n", C)

# A が左側 (side = 'L')、A の下三角部分を使用 (uplo = 'L')
BLAS.hemm!('L', 'L', alpha, A_lower.data, B, beta, C)

println("\n計算後の C:\n", C)

# 検証 (エルミート行列 A を明示的に再構築して比較)
# BLASはA_lower.dataの指定されたuplo部分しか見ないので、
# 正しいエルミート行列は Hermitian(A_data_lower, :L) で定義されるべきです。
# 比較のために、完全なエルミート行列を構築
A_full_for_comparison = ComplexF64[
    2.0+0.0im  1.0-1.0im;
    1.0+1.0im  3.0+0.0im
]
C_expected = A_full_for_comparison * B
println("\n期待される C (真のA * B):\n", C_expected)
println("BLAS.hemm! の結果と期待される結果の一致: ", C ≈ C_expected)

この例では、A_data_lower の上三角要素 99.0+99.0imuplo = 'L' と指定したため、BLASによって無視されます。BLASはA_data_lower[1,2]の代わりにA_data_lower[2,1]の共役を使います。

これらの例からわかるように、BLAS.hemm! は非常に具体的な引数を要求し、行列の次元、型、そしてエルミート行列のどの部分を使用するかを正確に指定する必要があります。エラーが発生した場合のトラブルシューティングは、これらの引数の整合性を確認することから始めるのが一般的です。



主な代替方法を以下に説明します。

行列乗算演算子 * を使用する

最も一般的でJuliaらしい方法です。Juliaの基本的な行列乗算演算子である * は、左側のオペランドが Hermitian 型である場合、内部的に BLAS の hemm ルーチン(または同等の最適化されたコード)を呼び出すように設計されています。


using LinearAlgebra

# エルミート行列 A
A_data = ComplexF64[
    2.0+0.0im  1.0-1.0im;
    1.0+1.0im  3.0+0.0im
]
A = Hermitian(A_data, :U) # Hermitian 型で定義する

# 一般行列 B
B = ComplexF64[
    1.0+0.0im  2.0+0.0im  3.0+0.0im;
    4.0+0.0im  5.0+0.0im  6.0+0.0im
]

# A * B を計算
C = A * B

println("--- 代替方法1: 行列乗算演算子 '*' ---")
println("A:\n", A)
println("B:\n", B)
println("C = A * B:\n", C)

# B * A を計算(Hermitian が右側の場合も同様に動作)
B_alt = ComplexF64[
    1.0+0.0im  2.0+0.0im;
    3.0+0.0im  4.0+0.0im;
    5.0+0.0im  6.0+0.0im
]
C_alt = B_alt * A

println("\nC_alt = B_alt * A:\n", C_alt)

利点

  • 新しい行列の生成
    通常、新しい結果行列を返します。
  • 安全性
    型チェックや次元チェックが自動的に行われます。
  • 自動的な最適化
    Julia の線形代数システムが、Hermitian 型を認識し、内部で最適な BLAS ルーチン(hemm など)を自動的に選択します。ユーザーは sideuplo を意識する必要がありません。
  • 最も自然な記法
    数学的な表記に近く、直感的で読みやすいコードになります。

欠点

  • インプレース操作ではない
    結果を格納するための新しいメモリが割り当てられます。既存の行列に結果を上書きしたい場合は、次に説明する mul! を使用します。

LinearAlgebra.mul!() を使用する (推奨)

mul! 関数は、行列乗算の結果を既存の行列に格納するための、インプレース(in-place)操作を提供します。これは、メモリ割り当てを最小限に抑えたい場合に非常に効率的です。mul! もまた、入力行列の型を認識し、内部で適切な BLAS ルーチンを呼び出します。


C:=α⋅A⋅B+β⋅C を計算する場合。

using LinearAlgebra

# エルミート行列 A
A_data = ComplexF64[
    2.0+0.0im  1.0-1.0im;
    1.0+1.0im  3.0+0.0im
]
A = Hermitian(A_data, :U)

# 一般行列 B
B = ComplexF64[
    1.0+0.0im  2.0+0.0im;
    4.0+0.0im  5.0+0.0im
]

# 結果を格納する行列 C (初期値を入れておく)
C = ComplexF64[
    10.0+0.0im  11.0+0.0im;
    12.0+0.0im  13.0+0.0im
]

alpha = ComplexF64(2.0)
beta  = ComplexF64(0.5)

println("--- 代替方法2: LinearAlgebra.mul!() ---")
println("A:\n", A)
println("B:\n", B)
println("元の C:\n", C)

# C をインプレースで更新: C := alpha * A * B + beta * C
mul!(C, A, B, alpha, beta)

println("\n更新後の C:\n", C)

# B * A の場合も同様に mul! を使用できます
B_alt = ComplexF64[
    1.0+0.0im  2.0+0.0im;
    3.0+0.0im  4.0+0.0im;
    5.0+0.0im  6.0+0.0im
]
C_alt = zeros(ComplexF64, 3, 2)
mul!(C_alt, B_alt, A) # alpha=1.0, beta=0.0 がデフォルトで適用される

println("\n更新後の C_alt (B_alt * A):\n", C_alt)

利点

  • 安全性
    型チェックや次元チェックが自動的に行われます。
  • 柔軟なスカラー乗算
    alphabeta 引数により、結果にスカラー乗算と加算を同時に行うことができます。
  • 自動的な最適化
    * と同様に、Hermitian 型を認識し、最適な BLAS ルーチンを自動的に選択します。
  • インプレース操作
    メモリ割り当てが削減され、特に大規模な計算でパフォーマンスが向上します。

欠点

  • * 演算子に比べると、少し記法が長くなります。

これはBLAS.hemm()の代替というよりは、BLAS.hemm()の必要性をなくす方法です。Hermitian型を使わずに、通常の Matrix 型でエルミート行列を表現し、単に *mul! を使うことも可能です。しかし、この場合、Juliaは行列がエルミート行列であるという情報を利用できないため、一般的な行列乗算ルーチン(BLAS.gemm)を使用することになり、エルミート行列の特性を利用した最適化が行われません。


using LinearAlgebra

# エルミート行列だが、通常の Matrix 型として定義
A_matrix = ComplexF64[
    2.0+0.0im  1.0-1.0im;
    1.0+1.0im  3.0+0.0im
]

B = ComplexF64[
    1.0+0.0im  2.0+0.0im;
    4.0+0.0im  5.0+0.0im
]

C = zeros(ComplexF64, 2, 2)

println("--- 代替方法3: Hermitian 型を使わない(非推奨) ---")
println("A_matrix:\n", A_matrix) # Matrix 型として表示
println("B:\n", B)
println("元の C:\n", C)

# 通常の行列乗算として実行される
mul!(C, A_matrix, B)

println("\n更新後の C:\n", C)

# 検証
C_expected = A_matrix * B
println("\n期待される C (A_matrix * B):\n", C_expected)
println("mul! の結果と期待される結果の一致: ", C ≈ C_expected)

利点

  • コードが簡潔に見えるかもしれません。
  • BLAS.hemm() の使用目的である「エルミート行列の最適化」を捨ててしまうことになります。
  • 可読性の低下
    行列がエルミート行列であるという情報がコードから読み取れません。
  • パフォーマンスの低下
    エルミート行列の特性を利用した最適化が行われないため、hemm を直接使用したり Hermitian 型を使用した場合よりもパフォーマンスが低下する可能性があります。
  • LinearAlgebra.BLAS.hemm() を直接呼び出すのは、特定の BLAS の挙動を細かく制御したい、あるいは極めて稀なパフォーマンス最適化の場面に限られます。通常のアプリケーション開発では、ほとんどの場合、必要ありません。
  • これらの高レベルなインターフェースは、内部的に適切な BLAS ルーチン(hemm など)を自動的に呼び出すため、パフォーマンスを損なうことなく、コードの可読性と堅牢性を向上させることができます。
  • Juliaでエルミート行列と一般行列の積を計算する場合、最も推奨される方法は、エルミート行列を LinearAlgebra.Hermitian 型で定義し、その後、通常の行列乗算演算子 * またはインプレース操作の LinearAlgebra.mul! を使用することです。